たわわなJKは肉食系が嫌いなので純粋なショタッ子に恋をします 作:青ヤギ
彼女はできたか?
と、たびたびメッセージをよこしてくる従姉弟に、悠莉は「ひとまず女友達はできた」とだけ伝えていた。
毎度まいど、ほぼお約束と化した質問が煩わしかったので、そう言ったのだが。
「詳しく教えろ!」
と、今度はやたらと相手の詳細についてたずねられたので、結局新たな質問攻めに遭う羽目になってしまった。
ともあれ、従姉弟は悠莉に異性の知り合いができたことを喜んでいるようだった。
「安心したよ。てっきり女に興味ないのかと思ってたぜ」
失敬な、と悠莉は思った。
人より興味が薄いだけで、女性にときめく感性は当たり前にある。
「あ、けど、お前もむかしは普通に好きな女の子いたもんな」
と、従姉弟はそんな話題を振ってきた。
いったい、いつの話だと悠莉はたずねた。
「ほら、俺が駆けつける前に虐めっ子ども投げ飛ばした女の子がいたじゃないか」
従姉弟はそう答えた。
そういえば、と悠莉は思い出す。
桜舞う季節のことだった。
見ていると、自然と穏やかな気持ちになるほどに美しい、そんな桜景色だった。
けれど、どんなに綺麗でも、風流のわからない人間の心には到底届かない。
だから、その日も悠莉は、変わらず悪童たちから虐めを受けていた。
せっかくの桜景色をぶち壊すような、陰惨な行為だった。
桜に見惚れていた悠莉は、干渉に浸っていたところを暴力で邪魔されたので、二重の意味で辛い気持ちになっていた。
そんなときだ。
突如、見知らぬ少女が助けてくれたのだ。
『おどりゃああ! 人が桜見てロマンチックな気分になってるところで、つまんないことしてんじゃないわよ!』
少女はそう言って、次々に悪童たちをやっつけていった。
綺麗な少女だった。
年齢のわりに、ずいぶんと発育が良く、大人っぽかった。
彼女の後ろで舞う桜の花びらが、とても絵になっていた。
どうして助けてくれたのと、悠莉がたずねると、少女はフンと腹立たしげに鼻を鳴らした。
『助けたわけじゃないわ! 見ててイライラしたから! それだけ!』
少女は見た目のわりに子どもっぽかった。
そして、男の子よりも男らしかった。
せっかく綺麗なのに、勿体ないな、と悠莉はそんなことを考えた。
ポカンとした顔を浮かべる悠莉に、少女は鋭い目で指を差し向けた。
『言っとくけど、私はアンタみたいにやられっぱなしな男だって、見ていてイライラするんだからね!』
少女はそう怒鳴った。
『まったく、情けないったらないわね! 男だったらもっと意地見せなさいよ!』
いつも虐められて惨めな気持ちになる悠莉だったが、その日は特に惨めな気持ちになった。
というよりも、悔しい気持ちになった。
『や、やられっぱなしじゃないもん! いまは無理でも……いつか絶対に強い男になるんだ!』
悠莉は言い返した。
弱虫の自分が言ったとは思えない、強気な発言だった。
『ふん! アンタみたいなチビスケには一生無理よ!』
『無理じゃない!』
少女に鼻で笑われても悠莉は引かなかった。
そのときばかりは、どうしても言い負かされたくなかった。
『ふんだ! 強がっちゃって! 女子の私よりも小さいくせに!』
『いまに大きくなるもん! 君よりもずっと大きくなって、君よりも強くなってやるんだ!』
悠莉は自分でも驚くほどに奮い立った。
いつもなら自信がなくて出てこない言葉。
それが初めて、堂々と他人に言うことができた。
口だけの宣言ではない。
絶対に実現させてみせるという、気合いまでが満ち溢れていた。
そんな悠莉の真っ直ぐな視線に、少女も心を打たれたのかもしれない。
嘲るだけだった表情には、いつのまにか驚きの顔に変わっていた。
『……ふぅん。そこまで言うんだ』
やがて少女は、どこか期待を寄せるような、喜ぶような笑みを浮かべて言った。
『じゃあ、本当に強くて立派な男になれたら、私の旦那様にしてあげる!』
悠莉は目を見開いた。
とつぜん何を言い出すんだ。
そう驚いたものの、顔が一気に熱くなった。
こんな綺麗で、逞しい女の子の旦那様になれたら、それは素敵なことだと思った。
悠莉の胸はドクンと大きく鼓動を打った。
『ま、難しいと思うけどね。私、そもそも男って嫌いだし。よっぽど素敵な男の子にならないと、惚れることだってないんだから!』
少女はまた、そう挑発的に言った。
それはどこか、悠莉を試すようでもあった。
そして見事、悠莉は挑発に乗った。
『よし! 見てろよ! 君が驚くぐらい、素敵な男の子になってやるんだから!』
悠莉の言葉に、少女は満足げな笑みを浮かべた。
『そ……じゃっ、がんばれよ! 男の子!』
少女とは、それっきり会うことはなかった。
どこの誰だったのか、いまとなっては知る術もない。
それでも、いまの悠莉を作った大きな一因であることには違いない。
思えば、従姉弟を目標にし始めたのは、その出来事があってからだった。
悠莉は思わず苦笑した。
強くなりたいという動機が、わりと俗っぽいものだったことを思い出したためだ。
(結局、身長は伸びなかったけど……)
いまの自分は、少しはあの少女に見合う男になれたのだろうか。
もっとも、名前も知らない少女だ。
仮に再会できても、きっと相手は覚えてもいないだろう。
悠莉自身、あのとき記憶は曖昧になりつつあるのだ。
ただ……。
自分を好きだと言ってくれた少女。
高峰亜衣。
彼女を見たとき、なぜだか思い出の少女が脳裏を過ぎった。
話したときも、どうしてか懐かしい気持ちになった。
それは、もしかしたら彼女が……
(いや、まさかね)
悠莉は首を振った。
そんな偶然、あるわけがない。
あの少女は、今ごろどうしているのだろう。
きっと、そのまま素敵な女性として成長して、自分よりも立派な男と交際していることだろう。
そうだとしても、別段、傷つきはしない。
思い出は思い出のまま、綺麗なまま閉まっておくべきだと悠莉は思う。
初恋とは基本、実らないものなのだから。
ただ……自分が亜衣の告白を受け入れたら、ひとつ、例外が発生するわけだが。
従姉弟にたずねられた。
その女の子と付き合うのかと。
それは悠莉にもわからない。
ただ、こんな自分を真剣に好きでいてくれるその気持ちには真剣に応えてあげたい。
そして、なにより。
――私、変わりたいの。
努力する人間は、応援したくなる。
自分という存在が、彼女の成長の助けになるのなら、それは素直に喜ばしいことだ。
「さて」
放課後。
今日は亜衣と出かける約束をしている。
まずお互いのことを知るため、そうすることになった。
親友の浩輝にこのことを説明すると「デートなんて羨ましいぞお!」と泣きつかれた。
デートだなんて。
そんなんじゃない。
友達同士が一緒に出かけるなど当たり前のことじゃないか。
そう思う悠莉だったが……
それでも、同級生の女の子と一緒に出かけることを意識すると、妙にソワソワしてしまうのだった。
実の姉や、幼なじみの妹分と出かけるのと同じようなものだ、と思っていたのだが。
これは、やはり亜衣が飛び切りの美人だから、変に緊張してしまうのだろうか。
(高峰さんは、どんなことが好きなんだろ)
自然と、そんなことを考えていた。
できれば、彼女が楽しめるような、お出かけになればいいと思う。
人が喜ぶ姿。
それは、悠莉にとって最も好きなものだった。
誰かが喜ぶと、自分も同じように嬉しくなる。
頭の中でプランを立てながら、待ち合わせ場所に到着すると……
「はぁはぁ……悠莉きゅぅうん」
息を荒くしながら、恍惚した顔を浮かべる亜衣がそこにいた。
「ふへへへ。きょ、今日は素敵な思い出を作りましょうね~」
いまさっき来た悠莉に向けて言っているのではない。
どうやら、カバンに着けているマスコット人形を悠莉に見立てて話しかけているらしい。
きっとお出かけ本番前に練習しようとしたのだろうが、いつのまにか興が乗ってしまい、周りが見えていないようだ。
マスコットに頬をスリスリしたり、口づけをしたり、果ては豊満な胸の間に挟み込むようなことまでしだす。
「あんっ、悠莉くんたら。甘えんぼさんなんだから。でも、いいよ。男の子なんだもんね~。うふふ。この胸なら悠莉くんのカラダ全部挟んであげられるよ~♪」
いくら小さくてもそこまで小さくねーよ。というツッコミも現在の亜衣には届きそうにない。
ふたつの膨らみを淫猥に動かしながら、乙女が浮かべるべきではない顔をしながら亜衣はトリップを続ける。
「ぐふふふふ♪ 安心して悠莉くん。私が責任持って立派な男の子にしてあげるから。一緒に大人の階段昇ろうね~♪ ……はっ!?」
一回のお出かけで、どこまで進む気なのかこの女は。
という呆れの混ざった視線を向けられていることに、亜衣はようやく気がついた。
「あ、あの、悠莉くん。これは、違うのよ? ちょっとイメージプレイ……じゃなくてイメージトレーニングしてて!」
亜衣は慌てて説明をしだす。
「べ、別に悠莉くんに変なことしようと思ってたわけじゃないんだよ!? でもほら、もしものことがあるかもしれないし……その前に覚悟を決めておこうと思ってたら、だんだんと興奮してきちゃって……いやいや!」
弁解しようにも、墓穴しか掘っていない。
「だ、だからその、あうう……」
悠莉の冷めた視線に涙目を浮かべる亜衣だったが……
「……こうなったら開き直ってやるぅ! 悠莉きゅん! 私の思い受け取って~!」
ヤケクソになった亜衣は感情の赴くままに、悠莉に飛びついた。
結果。
ビィビィビィ! と思い出深い防犯ブザーの音が鳴り響くのだった。
◇◆◇
「待って~悠莉くん! 逃げないで~! ごめんなさい! もう何もしないから防犯ブザー止めて~!」
悠莉は走る。
いくら人の喜ぶ姿が好きでも、自分の身は大事である。
亜衣は追いかける。
せっかくのお出かけを、己の変態行為で台無しにしたくないがために。
桜並木が夕陽の色に照らされる中。
小さな少年と大きな少女、正反対の男女は、そんな追いかけっこをしていた。
「あっ! でもこれはこれで『愛してるなら僕を捕まえてごら~ん!』ってシチュエーションみたいで燃える! よっしゃあ! 絶対に捕まえてやっからな悠莉きゅぅん!」
恋する乙女はどこまでも前向きである。
「うへへへ。一生忘れられない一日にしてあげるからね悠莉きゅん……ああっ! おまわりさん違うんです! 私は純粋に好きな人を追いかけているだけですから! ていうか私の恋路を邪魔するんじゃねええ!」
防犯ブザーを鳴らしつつ、悠莉はやれやれと思った。
この少女と一緒にいると、毎日が慌ただしくなりそうだ。
けれど。
それを、どこか楽しみにしている自分がいるのだった。
「悠莉くん! 私は絶対にあきらめないよ! 必ず惚れさせてみせるんだから!」
少女の宣告に、少年はどこか微笑ましいものを感じる。
まるで、かつての自分と似たようなことを言う少女に対して、挑発的な目線を向けた。
あの少女のように。
(がんばれよ。女の子)
心の中で、そんなエールを送りながら、悠莉は走った。
今度は、自分が誰かにとってのゴールになった。
なら、そう簡単に辿り着かせてやらない。
走り続ければ、それだけ、素敵な人間に、なれるはずだから。
桜が舞う。
まるで人々に恋を芽生えさせるような、そんな季節。
来年になったら、少年と少女は、いまとは違う関係で、この桜を見ているかもしれない。
少年は昔を懐かしみながら。
少女は未来を夢見ながら。
桜いっぱいの道を、走り続けるのだった。