Lost in Reincanation   作:四乃宇内

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ファム・ファタルの告白

FCS――火器管制システムの仕組みが想像できないルル・ベルは、目標へと飛ぶ砲弾を硬い表情で眺めていた。遠景にロケット弾が吸い込まれていく。センサによって計測されたターゲットの運動と、自己の位置、火器の弾速などが計算された結果の弾道なのだろう。

遠くで上がる爆炎に、ルル・ベルは胸をなでおろした。敵――無人MTの排除依頼を終えて、安堵の息が漏れる。命の奪い合いという戦闘行為に、未だ慣れない。

震える手を握り締めて、ルル・ベルは同行者へと通信を送った。

 

「センサってさ、たぶん頭部のカメラだよね」

「急になに?」

「FCSとは別のパーツじゃん。頭なんてピンキリじゃん」

「ピンキリなんて、どのパーツも同じでしょ」

「いや、そうだけどさ。だから。待てって。とりあえず聞けよ」

 

ルル・ベルはまとまらない口調で、同行者の茶々を遮った。

 

「例えばさ、遠距離用のアセンブルを考えてよ。スナイパーライフルに遠距離用のFCSを装備したACだとするじゃん。そんなACに廉価なセンサ搭載した頭をくっつけたらさ、そのセンサは遠距離の目標を補足できるんかねって話」

「できんじゃん?」

「もう少し考えて返事してよ」

「あーはいはい。それじゃ、そうね。コネクタは統一規格で設計されてる訳でしょ。ACってのは。だからセンサの類も任意の武器やFCSに対応できるスペックが必要、みたいな感じの規制があったりするかもね」

「それ今、考えた?」

「って、前にスカイプで蜥蜴君が言ってた。ニーベル君とジンキ君も一緒にいたっけ」

 

蜥蜴と名乗る男の顔を、ルル・ベルはぼんやりと想い描いた。しかし顔を合わせた機会は、数える程度。どのような顔をしていたか、どうにも鮮明に思い出すことができない。

センサ越しに、ルル・ベルは世界を眺めた。蜥蜴とは、この世界を創った張本人である。正確には、創作した人間の一人と言うべきか。かく言うルル・ベルも、その創作に携わった一員だ。

アーマード・コアというゲームを題材とした世界観を蜥蜴が創作し、そこに幾人もの趣味人が群がり肉付けがされていった。一般人による絵や小説をベースに創作された世界が「Original Virtual Arena」、通称OVAである。

 

「蜥蜴さんも、こっちに転生してたりして」

 

自分で言っておきながら、転生という言葉にルル・ベルは目がくらむようだった。

ルル・ベルは一か月ほど前に、このOVAの世界で目を覚ましたのだった。誕生ではない。今、流行りの転生という言葉が、もっともしっくりくる。もともとルル・ベルは日本の東京で働く一般人である。名前も、もちろん違う。何より男だ。いや、男だったと言うべきか。妻と結婚記念日に外食したあたりから記憶が怪しい。お互い大の酒好きゆえ、鯨飲の末に記憶を失った可能性もある。気が付けば、東京ではない、日本ですらない、OVAの世界で目を覚ましたという次第だ。

 

自らが投稿したキャラクタ「ルル・ベル」として。

 

十三歳の少女という設定で投稿した自身を、ルル・ベルは恨めしく思った。設定のみならず、自分で描いた肖像通りの未発達な矮躯まで、投稿内容に忠実である。それでACを乗り回すというのだから、滅茶苦茶である。

モニタがうっすらと反射する己の顔を、じっと見つめた。そこには二十代男性の面影などなく、幼い女の子の顔がある。自身の趣味――フェチをまるっと投影しているためか、豪く可愛らしく目に映る。

 

「蜥蜴君が? ショートテイルとして?」

「他のキャラかもしんないけど。バイトのねーちゃんとか」

「少なくともショートテイルの中身は、蜥蜴君じゃないと思うよ。あのキャラを素で演じれないでしょ」

 

もっともだと思った。

数日前に出会ったショートテイルは、確かに常人では真似できないほどに奇天烈だった。仮に蜥蜴がOVAの世界に転生していたとして、たがの外れたショートテイルを装うことができるだろうか。いや、不可能に違いない。

 

「俺も、このキャラを演じるのツラい」

「自分で投稿したんだから自業自得でしょ」

 

同行者――妻のつっけんどんな物言いに、少しだけ苛立った。自分はどうなんだと。そう。転生したのはルル・ベル一人ではない。ルル・ベル同様、OVAに投稿したキャラクタ「エルトラス・ドラミア・セラ・クルパ・ナイジェ」に妻は転生しているのだ。あまりにも長い名前であるため、普段は略称のエルドラと呼んでいる。

 

「じゃエルドラは納得いってんのかよ」

 

売り言葉に買い言葉、ルル・ベルは嫌味っぽく言った。現在の妻は、筋骨隆々とした肉体に禿頭(とくとう)が乗っかった大柄の男性――エルドラである。その細部まで思い描くことができる。他でもない。絵を描くことを趣味とするルル・ベルが、エルドラの全体像が描いたのだから。「眉毛薄いけどモリッと厳めしく」だとか、「唇は厚くてセクシーかつ繊細な感じで」などという抽象的なニーズを昇華させて表現したのも懐かしい思い出である。転生と同時に、そのような男に性転換までしてしまったのだ。そう簡単にわだかまりが解けるはずもない。吐いた嫌味が、慙愧の念となって重くのしかかるようだ。

詫びようかと思った矢先にエルドラが口を開き、そしてルル・ベルは耳を疑った。

 

「最近は別に。男になったこととかは、どうでもいいかな、問題ないかなって思う」

「マジで?」

「そりゃ最初はとまどったけどさ。アンタ女になってるし。夫婦の関係は継続できるじゃん」

「え。ちょ。ちょっと待って。え?」

 

問題は、ない。お互いの体は、それぞれ女性と男性だ。転生前の夫婦生活を延長することに、問題はない。か?

はたして、うん?

 

「いやいやいや。俺、今、十三歳の幼女だぞ。お前、四十路のゴリラじゃん。オッサンじゃんよ。それで夫婦て。問題あるだろ。青少年育成なんとかみたいな決まりが」

「大丈夫。確認した。OVAの世界に、そんな法律はない」

「投稿しとけよ、ロリコンどもが」

 

設定厨ばかりの集団とはいえ、法律まで議論されることなど少なかった。誰もがキャラクタや所属組織の設定考察に終始していたように記憶している。

貞操が脅かされている今、ルル・ベルはいい加減なOVAの世界観を呪った。

 

「年端もいかない少女を、手籠めにする気かよ。鬼畜か」

「落ち着いて。法律どうのってのは冗談だって。私だって今のアンタをどうこうするつもりはないよ。待つから」

「待つ?」

「アンタが大人になるまで待つから。そしたら、もう一回結婚しよ」

 

不意のプロポーズに、ルル・ベルは言葉を失った。OVAという不慣れな社会に放り出されてなお、将来のことを現実的に考えているエルドラに、返す言葉が見つからない。恥じ入るばかりである。

ただ、エルドラの気持ちは、素直に嬉しかった。

 

「すまん。その通りだ。本来なら男の俺の方から」

「今、アンタ女だし」

「転生して外見も中身も男前になったね」

 

ふふ――と、エルドラが笑ったようだった。スピーカ越しに聞こえるエルドラの笑い声は、転生前、いや結婚前に惚れた特徴の一つだ。転生しようがしまいが、夫婦の絆に変わりはない。

幸福感に包まれた。

が、次の瞬間、ルル・ベルは嫌な予感を覚えた。芽生えた予感が、思考の外で妄想のごとく肥大する。

 

「――死亡フラグ」

「気にしすぎでしょ」

 

結婚の約束をほのめかすキャラクタは戦死する――非常に有名なジンクスに、ルル・ベルは途端に浮足立った。今、直面している現実は、創作された「物語」を基盤としている。投稿された物語は、登場するキャラクタにとって宿命であり、現在のルル・ベルとエルドラにとっては運命である。

 

「たしか小説、投稿したよね」

 

転生する数日前に、エルドラが小説を投稿していたことをルル・ベルは思い出した。

 

「あら。読んじゃった?」

「いや、まだ、だけど。他の人の感想は読んだ。隊長、ジンキさんと怨是さんの感想。内容について感想が正反対だった」

「そうね。怨是君の方が高評価だった」

 

両名の性質を勘案すると、正反対の感想が付く理由に想像がついた。

 

「悲劇でしょ。内容は」

「まあ。うん」

「誰か死んだりする?」

 

返事の前に、エルドラが嗚呼と嘆息した。どう返答したものか思案に暮れている、そんなため息がスピーカから漏れる。沈黙によって、刻一刻と妄想が確信へと変えられていくようだ。

ため息の残滓をかき消すように、エルドラが口を開いた。

 

「ルル・ベルの想像通り。私は戦死する。そんな内容の小説を投稿した」

 

世界が傾くような錯覚を、ルル・ベルは感じた。妻のエルドラは、エルドラ自身が投稿した小説の内容に殺される。OVAという世界に、命を簒奪される。

 

敵は運命だ。

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