エリ梅は尊い。
書いた理由はそれだけです。
戦車道の世界において同性愛は決して珍しいものじゃない。
元々、戦車道に力を入れる学校艦の大半は女子校、所謂お嬢様学校と言われる花の園であることから、必然的に異性との出会いが限られてしまう状況にある。
勿論、学園艦に通う前の知り合いだったり、人づての紹介を経て知り合った異性と恋愛関係になる子もいないわけではないけれど、戦車道の練習で忙しい中、自ら積極的に出会いを求め、さらに恋人関係に発展したとしてもほぼ間違いなく遠距離恋愛が待っている。
恋人を作るどころか関係を維持するだけでも相当の労力を惜しまなければならないのなら、無理して異性と付き合わなくても今は戦車道に注力した方が良い。
そのように考えてしまう戦車乙女が大半である。
しかし、そうは言っても皆恋に憧れる年頃の女の子であることには変わりない。
恋愛感情を一切無くすことなんて出来るはずもなく、溜め込まれた感情は必然としてごく身近な相手。
魅力的なチームの仲間だったり、同じ学校に通うファンの子に向けられることになる。
こうした恋愛事情は私の通う黒森峰女学園でも同様で、「チーム内で誰と誰が付き合い始めた」なんて噂に一喜一憂したり、親しい仲間内で誰のことが好きなのか恋バナに花を咲かしたりする。
かく言う私もそんな恋焦がれる乙女の1人で、想いを寄せている人がいる。
正確に言えば、喜ばしいことにその想いは成就したので「かつてそうだった」と言うのが正しいかもしれない。
「どうしたのよ、人の顔をじろじろと見て」
夜も更けた戦車道チームの隊長室。
執務机を挟んで対面に腰かける私の恋人――チームの隊長であるエリカさんが自身の顔を凝視していた私を不自然に思ったのか、書類から顔を上げ、怪訝な表情を向けてくる。
「いえ、エリカさんはいつ見ても綺麗だなあと思いまして」
「……馬鹿なこと言ってないで書類仕事に戻りなさい。まだたくさん残ってるのよ」
率直な言葉にエリカさんは照れくさいのか、顔を赤くして素っ気ない返事を返してくる。
普段はあれだけ強気なのに、こうしてストレートに想いを伝えると受け身になってしまう。
そんなエリカさんが愛おしくて可愛くて、つい笑みが零れてしまう。
「この辺で少し休憩しませんか? まだまだ先は長いんですから」
積み重なった処理すべき書類はまだ半分ほど残っている。
寮には遅くなる旨を伝えているので、時間を心配する必要はないのだから、ゆっくり確実に行った方が良い。
そんな私の意図を理解したのか、エリカさんも書類を机に置くとソファから立ち上がる。
「あなたもコーヒーでいい?」
「エリカさんが淹れてくれるものなら何でも歓迎ですよ」
「そう言うからには何が出てこようと責任取ってちゃんと飲みなさいよ?」
「大丈夫ですよ。エリカさんはそんなことしないってわかってますから」
他愛無い話をしながら備え付けのサーバーからコーヒーを注いでくれる。
エリカさんは2人分のコーヒーカップを机に置き、私の横に腰掛けたかと思うと、そのまま私の肩に体を預けてくる。
真っすぐで綺麗な銀色の髪がふわりと舞い、細かな繊維と良い匂いが私の鼻をくすぐる。
「……悪いわね。今日も遅くまで付き合わせちゃって」
「そんなの気にしなくていいんですよ。好きでやってることですから」
寄りかかりながら申し訳なさそうにしている恋人の頭を撫ぜ、優しく慰める。
「去年とは忙しさの種類が違いますから全然苦になりませんよ。これも嬉しい悲鳴ってやつです」
つい数週間前のこと。
私たち黒森峰女学園は隊長であるエリカさんの元、3年ぶりの全国大会優勝を成し遂げた。
優勝経験の無い全隊員、そして私たちにチームを託してくれた先輩方が何よりも切望していた悲願の達成。
その喜びは今まで味わったことも無いほど素晴らしいもので、エリカさんにいたっては嬉しさのあまり皆の前にも関わらず号泣してしまうほどだった。
西住隊長という偉大な先人から隊長職を引き継ぐ重圧。
そしてOGや寄付者からの要求される王者奪還のプレッシャー。
これらを一心に引き受けてきたエリカさんを労おうと直下さん主体で催された祝勝会は、これでもかというぐらい盛大に行われ、戦車道チームのみならず学園全体が数日間お祭り騒ぎに包まれた。
ただ、あまりに盛り上がり過ぎてしまい、祝勝会後の片づけに隊員全員が忙殺される羽目になったことや、それに加えてエキシビジョンマッチの準備といった優勝の結果急増した業務によって日々の業務が圧迫される羽目になってしまったのが大きな誤算と言えた。
滞っていた業務量は相当な量に上っていたものの、隊長としての責任感から「優勝したから気を抜いたなんて外野に思われたくない」「今年のお盆休みは全員が安心して帰郷できるようにしたい」と残務を必死に処理しようとするエリカさんの手助けをするのは私にとって当然のことだった。
「あなたがいてくれて本当に良かったわ……。ありがとう、小梅」
顔を上げ、子犬のような目で見つめてくるエリカさんに思わず胸が高まってしまう。
寄りかかっていたエリカさんの体を起こして、そのまま肩に手を回す。
「……今は休憩時間だから、いいですよね?」
返事を聞く時間も与えず、一気に顔を近づけて唇を塞ぐ。
「ん……んんっ……」
何度口づけを交わしても蕩けるように柔らかいエリカさんの唇。
私がその美味を味わいつくしていると、突然のことに一瞬戸惑っていたエリカさんも負けないとばかりに私の唇を味わいまいと吸い付いてくる。
見つめ合いながらいつしか互いに舌を這わせ始め、キスはより深いものになっていった。
「お願い……もっと……もっとして……」
他の人には決して見せないであろうエリカさんのおねだり。
その恍惚とした表情は、私がエリカさんの恋人であると深く実感させてくれるもので、嬉しさのあまり、いつしか私の頬を涙が伝っていた。
「小梅、泣いているの」
私の涙を見たエリカさんは「もしかして嫌だった?」とキスを中断して心配を声をかけてくれる。
「……違うんです。こんな風にエリカさんといられるのが夢だったから……本当に嬉しくて」
エリカさんに初めて出会った時、その透き通るような銀髪、雪のように白い肌に目を奪われた。
言い方がキツイこともあって、最初は少し苦手にしていたけれど、誰にも負けないくらい戦車道に真剣な姿勢や、2年前の全国大会の後、事情も知らないチーム外の生徒、心無い先輩やOGからナイフのような言葉を投げつけられる私やみほさんを守ってくれた優しさ。
そしてどんなに厳しい状況であっても投げ出すことなく突き進むひた向きさにいつしか私は魅了されていた。
でも、恋を自覚した私に待っていたのは厳しい障壁を目の当たりにすることになった。
人目を惹く容姿を持ち、面倒見の良いエリカさんは隊内で西住隊長に次ぐ人気者で、同級生や後輩にはエリカさんに恋心を持つ子も多かった。
それどころか、先輩方の間では西住隊長を凌ぐほどの人気っぷりで、落ち込んでいる時の子犬のような姿が普段とのギャップを感じられて特に可愛く見えると評判だった。
ただでさえライバルが多いのに、私は小柄でスタイルにも自身が無かったし、私自身が黒森峰の10連覇を阻んでしまった原因の1人だという負い目があった。
それに何よりも、エリカさんは西住隊長のことを誰よりも尊敬し、想いを寄せているように感じていた。
厳しくも優しく、どんな時でも冷静沈着で、人としての器も大きい。おまけにスタイルも抜群な西住隊長に私が勝てるはずがない。
せめて想い人のことを助けてあげたい。
そう考えた私は少しでもエリカさんの力になれればと支え続けてきた。
でも、一緒にいればいるほど想いはよりいっそう強くなるばかりで苦しくなるばかりで、西住隊長がドイツへ留学して、エリカさんと2人きりになる時間が増えたことでその傾向はより顕著になった。
募る感情に我慢出来なくなかった私は祝勝会の最中、エリカさんに思いの丈をぶちまけた。
『エリカさんのことが好きです! 私と付き合ってください!』
突然の告白に周囲の隊員が驚愕する状況で一世一代の告白を聞いたエリカさんは今まで見たことも無いような凄い顔をしていた。
そして、しばらくの沈黙の後『……本気なのよね? 冗談じゃなくて?』と確認するかのように私に問いかけてきた。
私が肯定したところ、エリカさんは何かを呟いたかと思うと顔を真っ赤にしながら返事を返してくれた。
『……私なんかで良いなら……その……よろしく』
想いが成就したと理解できた瞬間、瞳からは大粒の涙が溢れてしまい、
今みたいに泣き止むまでエリカさんに慰めてもらった。
その直後、同級生や後輩たちから揉みくちゃにされ、会場全体から轟くキスコールの中、初めての口づけを交わしたことは忘れられない思い出だ。
「まったく、もう。あなたって意外と泣き虫なのね」
エリカさんは呆れた声を出しながらもようやく涙が止まりかけた私を優しく抱きしめて、先程までとは少し違う、優しいキスを頬にしてくれた。
「今まで助けてもらった分、あなたがやりたいこと全部付き合ってあげるわ。だから、次から泣くのは止めなさい」
「……それは、キスより先のことも含めてですか?」
魅惑的な言葉につい隠していた欲望が口から漏れ出してしまう。
キスをするだけでも心が飛び上がるぐらい嬉しくてドキドキが止まらないけれど、交わせば交わすほど恋人としてもっと先の段階へ進みたいという衝動は溜まっていくばかりだ。
許されるのなら、今すぐにでも先の関係に進みたいというのは私の偽らざる気持ちだった。
「そ、そういうのはまだちょっと早くないかしら? 私たちまだ高校生だし……」
付き合い始めてからわかったことの一つとして、エリカさんは結構初心だということ。
愛する者同士がするであろう行為を想像するだけで顔を真っ赤にしているのがその証拠だ。
「キスはすぐしてくれたのに、どうして他はダメなんですか?」
「……だって、キスは家族でも普通にするじゃない」
家族同士でも普通はキスなんてしないとは思ったものの、お母さんが欧米系のハーフであるエリカさんのお家では私たち一般的な日本の家庭とは違って、キスをし合うのが当たり前なのかもしれない。
それにしても、エリカさんといつでもキスが出来るなんてエリカさんの家族が羨ましくて仕方ない。
「とにかく、せっ……じゃなくて、えっちなこととキスはまた別なの! そ、そういうのはもっと時間をかけてするものでしょ?」
赤い顔で必死に言いつくろうエリカさんがまたいじらしい。
私の理性が後少しでも脆かったら、今すぐ押し倒して一線を越えてしまいかねない可愛さだと思う。
「仕方ないですね。そっちは追々にしてあげますから、今はいっぱいキスしましょう。それで許しちゃいます」
ソファにエリカさんを押し倒し、覆いかぶさるようにして顔を寄せる。
そのまま愛おしそうに目を瞑る恋人の唇に触れ、再度甘い口づけを交わした。
「大好きですよ、エリカさん……」
「……ええ、私もあなたのこと好きよ」
ずっと夢に見ていた何よりも幸せで暖かい触れ合い。
私たちは淹れ立てだったコーヒーも処理途中の書類のことも忘れて、時間の許す限りお互いの唇を求め続けた。