今回はエリカ視点です。
窓から差し込んだ光と胸に何かが押し付けられているような違和感で目が覚めた。
半覚醒状態で起動した脳のクラッチを少しずつ吹かしながら周囲を見渡すと、どこか見覚えのある熊のぬいぐるみが視線に飛び込んでくる。
眠気の残る頭で小梅が以前みほに貰った物だということを理解すると共に、昨夜は小梅の部屋に泊まったことを思い出す。
胸元に目を視線を移したところ、両腕で私を抱きしめたまま小さな寝息を立てて眠る小梅の姿があった。
胸に埋められた顔が呼吸をする度に伝わってくるむず痒い感覚、そしてお腹にぴったりと密着した胸の柔らかさ。
パジャマ越しとはいえ、付き合い始めて一週間にも満たない私にとってあまりに刺激的過ぎた。
「これ、ヤバいわね……どうにかなっちゃいそう」
体全体で感じられる小梅の体温と鼓動で興奮が収まらない。
散々えっちなことはまだ駄目だと言っておいてなんだけど、小梅がキスの先をしたがる理由がよくわかってしまった。
好きな人と触れ合うのは幸せ過ぎて、もっともっと触れ合いたくなってしまう。
もっと小梅の柔らかいところや普段見えない所を擦ってみたい。
どこかからか湧き上がってくる欲望を必死に抑えながら、理性の遠のきかけていた意識を無理やり引き戻す。
そのまま、気持ち良さそうに眠る小梅を起こさないようにそっと体をずらして拘束から逃れようとするものの、体を腕から離そうとした瞬間、小梅の腕が再度伸びてくる。
眠っているはずにも関わらず、その追跡はあまりに的確で、私は再度小梅という捕食者の手の内に戻ることとなった。
「ん……エリカ……さん」
眠っているはずなのに、まるで私を抱きしめられたことを安心するかのように名前を呼ぶ小梅がどこか愛おしくて胸が疼く。
昔だったら決して感じることのなかったであろう気持ちに自分でも驚きを隠せない。
「昔の私に言ってもきっと信じないわね、この子と付き合ってるなんて」
最初は同級生なんてみほ以外の子は眼中に無くて、小梅は地味で目立たないその他大勢の1人に過ぎなかった。
でも、みほと関わっていく内に成り行きで接する機会が増え、次第に戦車道への取り組みに対する熱意に圧倒されていた。
小梅は私に負けないぐらい自主トレに励み、そして戦車道に真剣で、
全国大会で彼女が車長としてレギュラー入りを告げられた時には「うかうかしていられない」と競争心が芽生えたのはよく覚えている。
その直向きさを何よりも実感したのは、あの全国大会の滑落事故以降のことだった。
滑落したⅢ号の乗員だった小梅はみほや他の乗員とともに連覇を台無しにした敗戦の原因として、タチの悪いOGや一部の先輩、無関係な生徒から心無い言葉や嫌がらせをを受け続けた。
そんな地獄のような状況であっても、小梅は変わることなく戦車道に対して熱心であり続けた。
朝早く練習に出て、居残り練習もこなす。
そんな姿を見ていたら放っておけなくなっている自分がいた。
真面目に努力をし続けてきて結果を掴んだ子が努力もしなかった奴や無関係な外野に侮辱される理不尽さに腹が立ったというのもあるけれど、純粋に「この子は私が絶対に守ってあげなくちゃいけない」と思わずにはいられなかった。
決意の元、私は小梅を守るためにあらゆる手をつくした。
可能な限り小梅とは常に行動を共にし、私がいない時には他の同級生は勿論先輩方にも協力してもらって徹底した防衛体制を構築した。
しばらくした後、隊長の尽力もあって悪意ある人たちは一掃され、小梅に付きっ切りになる必要はなくなったものの、慣れというものなのかいつしか小梅と一緒にいるのが当然のようになっていた。
私が副隊長になり、そして隊長になってもその状況は変わらず、それどころか、これまでのお返しとばかりに私の世話を焼いてくれるようになった。
仕事中にコーヒーを入れてくれたり、自主練や書類業務に付き合ってくれるのは勿論のこと、私が隊員に言い過ぎてしまった時にさりがなくフォローしてくれたり、西住隊長の後を担うプレッシャーで落ち詰められていた私を慰めて一緒に解決策を模索してくれたりと、その優しさ、気遣いの上手さに数えきれないぐらい何度助けられていくうちに、いつしか自分が小梅に惹かれていることを自覚した。
とはいえ、私にとってそれは叶わぬ想いとして最初から諦めていたも同然だった。
温厚で人当たりの良い小梅と違って、すぐカッとなって皮肉を口にする私は自分でも人に好かれるような人間とは思っていなかったし、それに何よりも小梅は恩人であるみほのことが好きなんだろうと思っていた。
その間に入り込めるようなことは出来るはずもなかった。
私に出来るのはせいぜいあの子が手にすることの出来なかった優勝を一緒に勝ち取ることぐらい。
そう思っていた。
だから祝勝会の日、やっと小梅を解放してあげられると胸を撫でおろしていた最中に皆の前で小梅から告白された時には思わず耳を疑った。
想い人と両想いであったという予想もしていなかった事態に私の頭は軽いパニック状態に陥り、しばらくの間、言葉を発することすら出来なかった。
『……本気なのよね? 冗談じゃなくて?』
冷静になり、口から出たのは告白が事実であることを確かめる言葉。
小梅がそんなことをするはずはないとは思ってはいたけど、「もしかしたら、私を驚かすドッキリなのかもしれない」そんな不安が拭えず、恐る恐る問いかけてみたところ、私を安心させてくれるかのように小梅が真剣な顔で肯定してくれた。
あまりの嬉しさに「私もあなたのずっと好きだったの」と一瞬言葉が出かかったものの、隊員や一般生徒といった大勢のギャラリーに囲まれたこの場で口に出すにはあまりに恥ずかしい台詞だった。
沸騰冷めやらない頭でどうにか考え付いてひねり出した肯定の言葉はよく覚えていない。
覚えているのはその後、服が皺だらけになるぐらい揉みくちゃにされ、キスコールの嵐が巻き起こってからだ。
キス自体は小さい頃からママや姉さんとよくしているけれど、恋人同士、それもファーストキスを衆人環視の中で実行するなんて今となってはとても信じられなかった。
きっとそれが気にならないくらいその時の私は大いに浮かれていたのだろう。
「何だか嬉しそうですね。良い夢でも見たんですか?」
いつの間にか目を覚ましていた小梅が私の顔を見つめながら不思議そうにしている。
その様子から見る限り、私はきっとあからさまな笑みを表情をしていたのだろう。
「……なんでもないわ。おはよう、小梅」
恥ずかしい顔を見られた羞恥心の誤魔化しと朝の挨拶を兼ねて軽い口づけをしたところ、小梅は驚いたような表情をして顔を真っ赤にする。
「……不意打ちはずるいです」
両手で顔を隠し、恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いでこちらを見つめるその仕草があまりに可愛らしくて、先程までの小梅を真似て胸元に顔を埋め、ぎゅっと恋人の体を抱きしめる。
小柄な体格を考慮すると中々に豊かな胸の感触がとても心地良く、暖かい。
「もう、エリカさん。そんな胸にしがみ付くなんて子どもみたいですね」
あなたもさっきまで似たようなことをしてじゃない、なんて無粋なことは口にせず、そのまま小梅の柔らかい体を堪能する。
「願いが叶うならいつまでもこうしていたいわね」
「もう、エリカさん今日から実家に帰るってお母さんやお姉さんと約束してたじゃないですか? ちゃんと間に合うように準備しないとダメですよ」
今日から4日間はエキシビジョンマッチ前の短い完全休業期間でチームの練習は一切行われない。
久しぶりの長期休暇、しかも3年ぶりの優勝を果たした直後ということもあって、ほぼ全ての隊員がこの休みを利用して親元帰省するらしい。
私は実家が熊本市内で帰ろうと思えばいつでも帰れなくはないこともあり、当初はこの機会に引継ぎ資料の整理でもしようと思っていたものの、
休みの情報をどこかからか聞きつけたママと姉さんからの電話攻勢でその目論見は崩れ去った。
『最近は帰って来てもすぐとんぼ返りしちゃうしママ寂しいわ。今年はちゃんとゆっくり出来るのよね?』
『今年もエリちゃん帰って来ないなら私が黒森峰行くね。泊まるところ? エリちゃんの部屋でいいでしょ?』
実際のところ、ここ数年はチームのゴタゴタや副隊長、隊長としての職務もあってゆっくり帰省したことがなく、後ろめたいところがあったのは確かで、そのあたりを突かれるとさすがの私も反論のしようもなく、帰省と長期の滞在を約束せざるをえなかった。
「そういうあなたこそ、大丈夫なの? 見た所、帰省の準備がしてあるようには見えないわよ」
実家とはいえ、日用品の大半は現在共住している学園艦の寮の中にある。
財布と携帯1つで帰宅する豪の者もいないことはないけど、それでも着替えを始め部屋からある程度の荷物を持っていく子が大半だ。
小梅は部屋はしっかりと片づけられていて鞄やスーツケースといった運搬用具が目の届くところには存在せず、昨夜準備をしているような様子も無かった。
ただ、なんとなく気になったので聞いてみただけだったのだけど、それを聞いた小梅は今まで見たことの無いような気まずそうな顔をした。
「心配しないでください。私、帰らないので」
「帰らないって……私が言えた口じゃないけどあなたも全然帰省してないじゃない。せっかくの機会なんだから少しは帰った方がいいわよ?」
私が知る限り小梅は年末年始も長期休暇も学園艦に残っていて、私がとんぼ返りする前と後もそれは変わらなかった。
きっと2年前のことを気にしていて、少しでも隊のために尽力しようとしていたのかと思っていたのだけれど、今彼女が見せている表情はとてもそんな風には見えなかった。
「家に帰っても誰もいませんし、それなら学園艦でいいかなって思って……」
その言葉を良い方に解釈するのであれば、今年はたまたま仕事等で家を空けているから帰省しない、というように解釈することも出来る。
でも、小梅のどこか寂しそうな顔を見てしまったら良い方の意味にはとても取れなかった。
「……どこかに出張でも言ってるの?」
「お母さんは私が小学生の頃に亡くなって……。お父さんは生きてるんですけど、ちょっと事情があって偶にしか会えないんです」
まるで砲弾で頭を殴打されたかのような衝撃だった。
なんとなく想像はしていたものの、実際に口にされたその言葉はあまりに暗く、重いもので、まるで胸が握り潰されるような鈍い痛みを感じた。
「ごめんなさい。言い辛いこと聞いちゃったわね」
「気にしないでください。いつかは話さないといけないなって思ってましたから」
私に気を遣ってか、小梅はいつもどおりの穏やかな表情で、明るく振舞おうとしている。
でも、普段のより角度の下がった優しそうなタレ目がそれは空元気だと主張しているように見えて辛かった。
「確かに寂しいなって思うこともありますけど、今の私にはエリカさんがいますから……だから何があっても大丈夫です」
「……小梅っ!?」
痛ましくも気丈に振舞う恋人を思わず抱きしめる。
小梅はこんな辛い境遇にありながら、2年前の悲痛な状況にもずっと耐え忍んできたのだ。
それなのに、今も私のことを思って明るく振舞って暮れている。
こんな健気な子に私が出来ることは最早1つしかなかった。
「あなた、これから一緒に私の家まで来なさい」
「え? でもせっかくの家族団らんなのに……んんっ……」
反論しようとする小梅の口を唇で塞ぐ。
そんな寂びそうな顔した恋人を置いて呑気に帰省するなんてこと私のプライドが許さない。
いくら小梅が拒否しようと引きづってでも家まで連れて行く。
これはもう決定事項だ。
「ん……ん……んんっ……」
言わんとすることを目で訴えながら小梅の口内を舌で蹂躙する。
突然の強襲になされるがままにされるその姿に若干の興奮を覚えつつも、抵抗する気がなくなるまでひたすら口づけをし続ける。
「エリカ……さん……」
いつしか小梅は息絶え絶えとなり、蕩けるような目でベッドに倒れ込む。
そんな小梅の目を私は真剣かつまっすぐな視線で見つめた。
「私の家族に、あなたのこと紹介させて。凄く素敵で可愛い子だって知ってて欲しいから」
私の想いを察したのか、小梅は無言で首を縦に振り、実家への同行を承諾してくれた。
無理やりだというのは充分承知しているけれど、意固地になった小梅はこれぐらい強引に引っ張りあげない限り自分の意志を変えない。
それを考えれば、仕方ない選択だった。
「エリカさんはズルいです。そんなこと言われたら断れるわけないじゃないですか」
「甘いわね。私はまどろっこしいのが嫌いなの。あなただってよく理解してたことでしょう?」
「ふふ、そうでしたね。エリカさんのそういうところ、私大好きです」
先程までの暗い空気が嘘のように二人して笑い合う。
そのまま、見つめ合いながらベッドに倒れこんで今日何度目かもわからないキスを交わす。
久方ぶりの帰省は久しぶりの長期滞在どころではなく、恋人同伴に変更されたことを知ったら、ママや姉さんがどれだけ驚くのかは少し気になったけど、今はそんなことどうでも良かった。
ただ愛しい小梅が楽しそうに笑っていてくれさえすれば、それだけで私は幸せだった。