『天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!』
①.不可思議な出来事の原因説明、又は責任転嫁の慣用句
②.①の狭義で特に少年の失踪におけるもの
『人里に一陣の風が吹いた。通りで遊ぶ童の姿が忽然と消え去り、遅れて届く声*1
を聞いた者達は口を揃えて答えたという。「天狗じゃ、天狗の仕業じゃ」と。』
『幻想郷事件録』著:稗田阿弥*2 より抜粋
天狗に攫われた者が修行を経て戻る逸話は全国各地で散見されるものだ。
"少年が男になって帰ってくる"
この逆転世界におけるそれもやはり神話的メタファー。天狗おねショタ拉致監禁逆レつまりそういう事だ。
博麗大結界の成立による外界との隔絶と人里に関わる協定の確立は天狗の風習の一つを廃れさせ、ポスト大結界とそれ以前の世代間対立の一因となったりしている。具体的に言うと煩悩に身を委ねた前科持ちと拗らせ系未経験者の対立である。別に人里でなければ何をしてもかまわないのだが、安全圏から踏み出す人間、特に男性は絶無であり、協定後の人里における公的な事案発生件数は0である。奇跡的な数字の背景には管理者八雲紫と博麗の巫女の尽力があったことは想像に難くない。そして100年を超える月日の流れは妖怪自身に強漢を良しとしない倫理観を多少なりとも普及させた。それを妖怪としての本能の退廃や認知的不協和の解消と呼ぶか、モラルの向上と呼ぶかは個々の判断に委ねられるのだろう。
――――――――
博麗の巫女の身に何かあったのではないか。
天狗の飲み屋で酔っぱらいの喧騒を背景に、吟醸酒が揺らめく酒杯を傾けながら射命丸文*3は切り出した。
「命名決闘法は長期的に見て、幻想郷という妖怪の為の人間牧場を維持するシステムとして理にかなってはいます。しかし、人妖の在り方を根本から変えようというのに、その調停者たる博麗の巫女を妖怪を大量殺戮してきた当代の巫女にそのまま継投させるというのは、あの八雲紫にしては些かキリが悪いと思いませんか?」
問われた姫海棠はたては神妙な面持ちで答える。
「なるほど……つまりどういう事?」
はたては察しが悪かった。
「週27で神社を訪れる八雲の式に毎度邪険に追い払われていますが、観察していればすぐに分かります。あの巫女がまるで憑き物が落ちたかのようにやつれて、毎日お茶を飲んでは黒白魔法使いと戯れ合うだけの日々を送っているのですよ。これで何もないとは言わせませんよ。そう、例えば――戦えなくなってしまったとか。」
博麗神社で素敵なもふもふを見かける確率は150%。滞在中に一度帰り再来した姿を拝む事があるためだ。行き過ぎた面倒見の良さが1日30時間の過保護という矛盾を成し遂げたッッ!!
それはさておき、ずいと身を乗り出し挑戦的な目で陰謀論を語る文とは対照的に、はたては胡乱な目で頬杖をついている。
「病気にでもなったとか?妖怪より化け物じみたあの人間も一応は人間だったということかしら」
「いえ、一時的なものではなくておそらくもっと根本的な……何にせよ命名決闘法の公布は博麗の巫女を戦わせないためのカバーストーリーと考えるとピタリと辻褄が合うのですよ。あの八雲紫が幻想郷よりも私情を優先させるとは思えませんが、それでも巫女への入れ込みようは尋常ではありませんからねえ。高度に政治的な判断というやつですよ」
はたては腕を組み首を傾げる。
姫海棠はたては政治がわからぬ。縦割り組織と名高い天狗社会において会合にも出ず家で新聞を書いて暮らして来た。けれども濡れそぼった蕾を刺激する指先の動きには人一倍敏感だった。
先程からの察しの悪さは、ほろ酔い加減で仄かに朱がさした文が挑発的な表情で問いかけてくる姿は扇情的だなぁとか考えており、思考リソースが消費されていたからである。
妖怪は総じて長寿のため子を成す必要性は少ないが、性欲は薄いという事はない。長命である程情欲を蓄積し処女を拗らせていくのだ。それは月の満ち欠けと共に妖怪を狂わせる大きな要因の一つとされている。(後の永夜異変は満月に当てられて幻想郷中が発情した妖怪で溢れることになるため速攻で事態を収束させる必要があり、二人掛かりで異変解決へ向かうことになる。)
では幻想郷において溢れた欲望は何処へ向かうのか?
ただでさえ男の絶対数が少ないうえに、立場や力量に見合う相手など見つかりようがない。男性の割合に反比例する様にインフレする女性陣の美貌。ふと隣りを見ると同性でも息を呑む美女が発情しているではないか。詰まる所、幻想郷でレズ(バイ)はメジャーな性癖である。たった今そういう設定が生えた。なので、はたてが文へ持て余した欲情を向けることに何の不思議も存在しないのだ。
その後も神社のガードが固いから念写でネタを探って欲しいという要望を文が迂遠な言い回しで続けたのだが、煩悩に支配されたはたては一向に気付かないままに文を視姦し続けて飲み会は終わってしまった。
▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎
「ぅへへえ……今日も文はエロかったなぁ……」
上機嫌で家に帰り着いたはたてはお茶で一服すると服を脱ぎ戸棚を漁る。
取り出したのは河童謹製のマッサージ器だ。このマッサージ器は、にとりがカメラを作成する際にガラケーを弄っているのを横から見ていたはたての「この振動は使える」という一言が生み出してしまった、動力を組み込んだ画期的マッサージ器である。その実用性の高さから幻想郷でも類を見ない高い普及率を誇り、河童の重要な資金源と化した。そのおかげで姫海棠はたての名は一部への莫大な知名度を獲得し、花果子念報の発行部数を飛躍的に伸ばしたという逸話がある。
器具を用いる前に丹念に身体を揉みほぐしていく。固くなった部位をコリコリと指先で刺激すると得も言われぬ快感が広がるのだ。
恍惚とした表情で控えめな声を漏らしていたはたては一旦手を止めて用意していたマッサージ器を手に取りスイッチを入れる。するとヴヴヴと怪しく振動を始めたそれを自らの身体へ押し当てる。
先程とは打って変わってだらしのない顔で喘ぎ声を垂れ流し始めるのだった。
マッサージ()を終えたはたての目には賢者の如き理性の光が灯っていた。
手早く身を清めると机前に座して原稿と向きあう。筆を握る腕の動きは軽快だ。綴られる文章の内容は先に公布されたスペルカードルールに関するものであり、人妖の在り方を一新するその意義の考察に始まり、それが幻想郷へ齎す展望の予測が書き連ねられている。堅実な論調とその中に垣間見える鋭い切り口、これが花果子念報の持ち味だ。一部識者からの評価は高いのだが、バイブ事件からの新規層にとってはあまりにクソ真面目な内容だったため飛躍した発行部数はほどなくして元に戻ってしまった。当時のはたては「高く飛ぶほど落下ダメージは加速する」というコメントを残している。
空が白み始めた頃おい、原稿を書き終えたはたては満足感を胸に伸びをする。窓から差し込む陽光に釣られ、おもむろに外へ目を向けると妖怪の山から幻想郷を一望する景色が広がっている。
「黎明の光が幻想郷へ注いでいる。弾幕は新たな時代を照らす光となるだろうか……」
なにやら無駄なキメ顔で詩的っぽい台詞吐いているが、完全に徹夜明けのテンションである。
「原稿を書きあがったしあとはおしゃけのんでねりゅー」
えへへーとニコニコ笑みを溢しながら酒瓶を抱く姿が可愛らしい。秒速でキャラが崩壊したが、推敲は一度寝てからした方が良いという判断はできているので何も問題はない。はたてちゃんは合理的なのだ。
「お酒うめー、このために生きてるぅ」
酒器も使わず瓶ごと酒を呷り、気分良く酒気を堪能する。
一瓶を飲み干し余韻に浸っているとハイになったテンションも落ち着いて来たのか、ここに来てようやく文との飲み会での発言について思い出した。
「そういえば文が霊夢の具合がどうこうとか言ってたわね・・・」
正直、あの妖怪デストロイヤーの身に何かあるとは思えないが、人間は脆弱な生き物だ。
たとえ、幻想郷最速を名乗る鴉天狗に平然と追い縋り拳を叩き込んだあの巫女であっても。
たとえ、数で囲んで妖術を放ってもお祓い棒の一振りで全てを掻き消し絶望に落としてくるあの巫女であっても。
たとえ、あの風見幽香と正面から殴りあって勝ったとかいうあの巫女であっても。
・・・怪我もすれば病に勝てないことだってあるだろう。人間は脆弱な生き物だから(震え声)
「知らない仲でもないんだし、様子を見るくらいはいいかな」
一応、心配の方が上回ったため、能力の念写を使用すべくカメラを構えた。
ところで、姫海棠はたては己が記者であることに誇りを持っている。
それ故、己の能力を男性の盗撮に使うなどということを記者としての矜持が許しはしなかった。
しかしながら、徹夜明けの寝不足、酒に吞まれた頭、相手を気遣うという善意、というかそもそも知らないことは対策できない・・・幾つもの要因が重なり合い、そして事故は起こった。
カシャリとシャッター音が響く。そして画面に写っていたのは――
トロ顔の霊夢が股間の猛々しいお祓い棒から謎の白濁色の液体を大量射出する姿だった。
幻想郷史上初、男の娘の自慰行為が写真に収められた瞬間であった。
その画像が何なのか、はたての意識が認識する前に指は己の股座に向かっていた。
総じてショタコンな天狗の御多分に洩れず雄臭さの少ない少年好きであるはたては、また、少女の愛らしさをめでる嗜好も兼ね備えている。それら二つが混交し調和した"男の娘"という完全性を体現する概念を啓示され、この瞬間に魂で理解していた。それに加え、少女然とした体躯にはあまりにも不釣り合いな、もはや異物感すら覚える巨大な砲塔とそれから放たれる濃厚な生命力が強烈に主張する雄としての格。これらの矛盾を孕むはずの要素が一体となり、はたての性癖へクリティカルヒットで叩き込まれたのだ。
全てを焼き尽くす棒力に精神を薙ぎ払われたはたてには理性や知性など欠片も残されてはいなかった。
「 ん ゛ ほ ぉ ゛ ぉ ゛ ぉ ゛ぉ ゛ ぉ ゛ ♡ 」
仰け反る背筋、飛び散る体液、アヘる姿は対魔忍。
ここにいるのは快楽を貪る一匹の獣だけだった――――
対魔忍よろしく失神アクメから復帰し正気を取り戻したはたてはハイライトの消えた目で頭を抱える。
知り合いがいつの間にか男の娘へ昇華してるとかワケが分からん。もしや博麗神社不在の祭神は男の娘という完全性を獲得した博麗霊夢だった?(錯乱)
「あかん……これバレたらスキマに消されるやつだわ……」
写真一枚でこれだけ女を狂わせる代物なのだ。存在が公になれば幻想郷が滅亡する規模の戦争が起きるのは容易く想像できる。それでも霊夢なら全てを返り討ちにできるはずだが、わざわざここまで手の込んだ隠蔽を図っている以上、お察しの有様である。全てが繋がってしまった。よもや文々。新聞お得意の陰謀論が正解とは誰も想像できまい。
「それでもッ……それでもこの写真は消したくないッッ!!……私は
記者として真実を明るみにすれば確実に自身は葬り去られるという恐怖。溢れる煩悩。
そして葛藤の末、はたては筆を執った。
後に幻想郷文壇コミュニティにおいて、"女装コスニーは男にしかできないから最高に男らしい行為だ"というキャッチコピーで男の娘物というジャンルを確立しカルト的ブームを巻き起こすことになる、小説家姫海棠はたて伝説の始まりだった。