――そして、一週間。
「球磨川君、ついてきてもらえないかな? 真犯人がわかったんだ」
そう、緑谷出久が切り出した。いじめ事件の真相は誰もが追っていて、最初にたどり着いたのが彼だった。
『……へえ。すごいね、緑谷君。頭いいんだ』
へらへら笑う球磨川の腕は包帯で吊られている。いじめは激しさを増し、ついには階段から落とされてけがをするところまでエスカレートしていた。
「そうでもないけど――でも、確かにこの事件の真相は難しいかもしれない。発想の転換が必要になるからね」
『それならなおさらだよ。オールマイトの後継者はやっぱり違うね』
へらりと、そんな言葉をねじ込んだ。No.1 ヒーローのお気に入りになりやがって、という嫌味。蔓延する悪い空気がこんな嫌味まで簡単に言えるようにしてしまった。
「……ッ! 僕は、そんなんじゃないよ」
『そうかい? みんな言ってるけどね。オールマイト先生は緑谷君をひいきしているって』
「と、とにかく来てくれるかな。ここじゃ言いづらいし」
『いや、ここで言うべきだよ。だって、こっそり解決するなら被害者に言うべきじゃない。吊るし上げみたいなことをして、他人の興味を煽るだけ煽るのはよくないと思うな』
正論、と言えるのかどうか。こんなこと、普通は言えない。まるで他人のあらをつければそれでいいというような。
「――球磨川君、あなたって人は」
緑谷は驚愕する。その言葉は球磨川自身が言うのだけはおかしいのだ。彼がつかんだ真相が正しければそのはずなのに。
『で、僕をいじめていた暗くて陰湿なヒーロー失格は誰なんだい?』
ぞわぞわと背筋に悪寒が走る。緑谷は今、まぎれもなく背中を向けて逃げ出したいほどの恐怖に襲われていた。
(――でも。ここで背を向けちゃいけないんだ)
そして、我慢できなくなった他の生徒も真相がわかったならもったいつけるなと騒ぎ出す。教室にいるクラスメイトはむしろいつもより少ない……雰囲気が悪いからわざと遅刻ぎりぎりに来るクラスメイトも多いのだ。
「――まず疑われてたのはかっちゃんだけど、僕はそれは違うと思ったんだ」
それが始まり。かっちゃんはやっていないのに、なんで疑われなきゃいけないんだと怒ったのが彼をほんの少しだけ他の皆より熱心にさせた。
『他ならぬ君自身がいじめられてたのに? ねえ、いじめられっ子の緑谷君』
「だから、だよ。かっちゃんはあんなことしない。やるなら、絶対に正々堂々だ。こんな隠れていやがらせなんて絶対にしない。かっちゃんは正面から殴りに来るよ」
『それ、威張って言うこと? 殴られてたってことじゃん――虫けらみたいに』
「ごほん。それはともかく……僕はかっちゃんは違うと信じてる。だから、明らかにおかしいところに気づいたんだ」
『おかしい? いじめはおかしくないのかな』
「……いや、茶々を入れないで黙っていてくれるかな球磨川君」
さすがにあらをつくばかりの言葉に流石の緑谷も”いいかげんにしやがれこの野郎”と思った。いや、確かに正論かもしれないけど。
『やれやれ、そこまで言うなら緑谷ちゃんのために黙っていてあげよう。いじめを疑われている誰かさんとは違うからね』
とてつもなく恩着せがましいことと皮肉を同時に発する。
「誰のこと言ってんだ、おらァ!」
「悪いが君も黙っていてくれないだろうか、爆豪君。それで、おかしいところとは?」
飯田。クラスメイトの大半はまだ来ていないが、まじめな彼はいつも時間に大幅な余裕を持って来ていた。そして、爆豪もまた疑われているからこそいつも通りに行動するという意地ですでに来ていた。
「あ、うん飯田君ありがとう。おかしいのはカラスの事件だよ。あれ以降いじめが激化したけど――あれだけは”対象”が別だった」
「対象が別? 入っていたのは球磨川君の机のはずだが」
「そうだね。でも、あれのせいで疑われる人がいたでしょう」
『ええと、爆豪君じゃないとすると轟君かな。お父さんにいじめられていたから炎を使ってヤンチャしてたんだよ、きっと』
ここでも球磨川はへらへらと滅茶苦茶なことを言い出す。もちろん、推測としては間違ってはいない。普通の放火事件だって、警察はまず発火能力者を調べる――爆豪や轟のような。
「確かに轟君も火を使えるよ。でもね、球磨川君。”それ”で疑われたのはかっちゃんだよ。だから、あの事件の本当の被害者は――」
「……ッそうか! あの事件の本当の被害者は不当に疑われた爆豪君ともいえる――ッ!」
あの事件で爆豪が犯人だという空気が決定的なものとなった。生徒の多くは言わずとも彼が犯人だと確信してしまったのだ。教師陣の疑いは晴れたのと対照的に。そして教師がいくら違うと言おうとも、”真犯人は分かりません”では信じられるはずがない。
「そうなんだ、飯田君。カラスの事件だけは、被害を被ったのはかっちゃんだ。燃え後だけなら、マッチの一つもあれば無個性でも作れるんだから」
『へえ、面白い着眼点だね。でも、よくある捜査の攪乱じゃないの? ほら、自分が疑われないために爆豪君に罪を押し付けたのさ。そうすると火を使えない個性の人がやったってことに――何人いるのさ、それ』
「……球磨川君。おかしいのはまさにそのことなんだ」
そう、だから犯人に気づいた。それこそが決定的な過ち。疑いをそらそうとしたのなら、逆にそれをもって、そらす”前”の誰かを特定すれば犯人は分かるのだから。つまり自分から疑いをそらすために墓穴を掘った。
『誰かに罪を押し付けるのがおかしなこととは思わないけどね』
「でも、そんな必要はなかった。だって、あの時点で疑われている犯人はターゲットにされたかっちゃんだけなんだから。わざわざ押し付けるまでもなく、犯人が自身の疑いをそらす必要があったとは考えにくいんだ」
『じゃ、面白半分とか。きっと犯人は彼のことが気に入らなかったんだね。スカした態度で喧嘩を売り歩いて何様のつもりだって』
これも正論と呼べるだろう。だって、爆豪は体育祭の時に面と向かってそう言われたことがある。……球磨川は知らないはずだけれど。
「でも、疑いを逃れる人は一人だけいる。犯人と疑われてなくても、事件の中心にいて疑いをそらす必要のあった人物――」
『なるほど。では、犯人の名前を教えてもらおうじゃないか緑谷君。さあ、声高らかに発表したまえ』
大きな身振りで称えるような仕草をする。その気持ち悪さに緑谷は吐きそうになる。けれど――
(ヒーローは逃げない……ッ!)
だから、言葉に力を乗せる。ヴィランに立ち向かうように、堂々と。
「かっちゃんに並んで注目されていた人物。かっちゃんに冤罪を押し付けて嘲笑っていたのは、それは――君だ。球磨川君」
真実を突き付けた。
『……』
球磨川は気持ちの悪い薄気味笑いを浮かべて黙っている。
「君しか考えられないんだ。だって、そうじゃないとカラスの説明がつかない。それに被害者だから皆は君を無意識に犯人と結び付けられなかったけど――元々、君は全然こたえてなんかいなかったじゃないか。苦しみもせずへらへら笑っていた!」
『それは、経験からかな?』
「そうだよ、僕は苦しかった。でも君はいじめられているにしてはそれを何とも思っていない。なぜなら――君が自分でやっていたからだ! カラスの死体を机に入れたのも! 罠を仕掛けて腕を折ったのも! すべて――君の犯行だ」
『……うーん。すごい説明だ。これが推理小説なら部屋から蹴り出されるぜ。なんたって証拠が何一つないんだから。君が虐められてどう思ったのか知らねえけどさ。僕はいじめられることには一家言あってね。これくらいじゃ眉も動かさないのさ』
推理小説だったら犯人がわめいて、コイツが犯人かと確信させるシーン。けれど球磨川は違った。反論でもなく――ただ探偵側の不備を指摘する。これは厳しい、だって反論ならば潰すことができる。けれど、これはそういった類のものではない。9割犯人でも、日本の法律は逮捕できないのだ……10割でなければ。そこを突いている。
「認めないつもり? そもそも、いじめが始まったのだって君が来てからだ。君が来る前は誰もいじめられてなんてなかった。それは、君が自分でやっていたことなら説明がつくじゃないか……!」
『そんなもの、偶然だよ』
けれど――球磨川のそれは言い逃れにしか聞こえない。”証拠を出せ”では反論にならないのは当たり前だろう。教室の空気は”何を適当にゴマかしてるんだ、真犯人”という疑いに染められていた。
『そう、ただの偶然。ううん、僕が来る前はいじめがなかったなんて誰が言えるのさ。もしかして君は全知の個性でも持っているのかな? いじめがなかったことを証明なんて、そんなことできるわけないだろう』
けれど、球磨川はへらへら笑っている。
『だから』
その笑みは、まるで奈落の底のような――
『僕は悪くない』
捻じ曲がるような
「……なんで!」
『だって、僕は悪くないから。被害者なんだぜ、僕はよ――』
「でも!」
『どうしてもって言うなら、証拠を出せよ。証拠をよ……証拠がなければ全部君の妄想でしかないだろ』
「……ッ!」
緑谷出久にはここまでだ。分析を得意とするタイプとはいえ、探偵でもなければ警察でもない。ヒーローをミステリーに出したところでこんなところが限界だ。だが、ヒーローならば。
「なら、証拠があればいいのかい?」
ヒーローならば、仲間がいる。今は、頼れる先生か。
『オールマイト先生。いやですね、いじめですか? ヒーキしてる子のためだからって、真実を捻じ曲げるなんて許されませんよ?』
「君に真実がどうのを言われるとはね」
『――やだな。かよわい一生徒を囲ってぼこぼこにするなんて』
「そうやって惑わすのが君の手管かな。なら、私はさっさと言ってしまおう。……これに見覚えはあるね?」
カラスの死体。
『もちろん。僕の机に入れてあったものですね? まったく、犯人もひどいことをするものだよねえ。同じ人間として恥ずべき思いですよ』
この期に及んでぬけぬけと言ってのける。
「――君の指紋が検出された。指紋が残るような場所になかったのは流石だが、警察を舐めるなよ……若造!」
『なるほど』
球磨川は天を仰ぐ。
『ああ、そうですか――確かにそれなら証拠になりますね。あの時、それに触れられなかったのは失敗だったな。驚いたふりして掴んでおけばよかったかも』
一瞬だけ、表情が消えて。
『――また勝てなかった』
そう言う彼は、どこか救いを求める子供のように見えて。
「――球磨川君?」
一瞬で間違いのようにへらへらとした笑いが復活する。
『でも、やっぱり僕は悪くない。ねえ、オールマイト先生? 今、なにか持ってますかねえ。僕には全然見えないなあ。証拠なんて本当にそこにあるんですかぁ?』
目線がふらふらとゆれる。しかも滅茶苦茶なことを言い出した。誰もがそのカラスは見えているし、幻覚でもない。
「あるさ。ここに」
オールマイトは実物を掲げる。勝利のしるし。
『では、なくなってしまったらどうでしょう? 証拠がなければ犯人を証明することなどできはしない』
「まさか、球磨川禊。君は――」
『僕はあらゆるものをなかったことにできる能力がある! オールマイト先生も忘れたわけじゃないでしょう? さあ、皆様。ご一緒に! It’s all fiction!』
最悪の過負荷、大嘘憑きが発動――
『……え?』
しなかった。
「なるほど。君の力はやはり限界がある」
そのカラスの死骸はそこにある。消せなかった。
『馬鹿な。なぜ消せない!? 確かに僕はカラスの死骸をなかったことにしたはずなのに……!』
「球磨川君。実はね、”見る”だけで発動できる個性は少ないんだ。何かを飛ばしたり、触ることで因子を付着させたりすることが条件であることが多い。君の大嘘憑きはあらゆるものをなかったことにできるそうだが、”触ったことすらない”カラスの死体は消すことができないんだね」
オールマイト。ワン・フォー・オールをなくしたとはいえ、平和の象徴の戦闘経験は健在である。個性をなくしたからヒーローじゃない? そんな馬鹿な。なぜなら、彼こそがヒーローだ。
『……ッ!』
理解して、息をのむ。つまりは偽物だったから消せなかった。本来ならただの死骸に偽物も何もないが、少なくともオールマイトの持つそれは球磨川が触ったこともない『偽物』。本物は警察の証拠保管室にあって、そのまま持ち出されていない。
「そう、これは私達が作った偽物だ。本物はまだ警察にあるよ。というか、証拠を持ち歩けるわけがないだろう」
そう、単純な事実。いや、推理小説では証拠をポンポン持ち出すのは割かしあることだが。それにしても普通は信用する相手だろうが証拠を外に持ち出させるはずがないだろう。金庫に入れておけば無くならないのだから。管理も楽だし。
『……そうか、僕の何の関わりもないただの
苦しむ顔。腕を折られたときですら、へらへらと笑うだけだったのに。何かが、球磨川の心と呼べなくもない何かに触れていた。そう、”理解されてしまった”。わずかな断片とはいえ、そのことが――
「無敵かと思われた君の大嘘憑き。けれど、万能というわけではないみたいだね」
ただの一面とはいえ『負完全』が理解されてしまった。それは彼の本質にひびを入れることに他ならない。理解不能、共感不可能こそが彼のパーソナリティであるがゆえ。
『――あは。あはははははは。すごいですね、オールマイト先生。まさかそこまで見抜かれてしまうとは。本当に……すごい』
一瞬、割れた。仮面の向こうに隠された素顔ーーそれが、少しだけ。
「ありがとう。けれど、これは私だけの力ではないよ。……罪を認めてくれるんだね?」
『っぷ。あは――罪って、何のことですか?』
けれど、それもすぐに消える。球磨川はへらへら笑いを取り戻して往生際悪く抵抗する。
「とぼけないでほしいな。君はいじめの主犯じゃないか」
『主犯? そんなのおかしいですよ――だって、被害者がいないじゃないですか』
「――あ。君は、犯人であると同時に被害者だから」
『そう。靴にミミズを入れたのも、机にカラスの死骸を入れたのも、不注意で階段から落ちたのも! すべては単なる冗談ですよ。ちょっとしたイタズラです。被害者である僕自身は被害を主張しない。ほら、いじめだって色んな犯罪と同じで親告罪でしょう?』
「た、確かに……!」
犯罪というからには犯人と被害者が必要だ。だが、この場合は犯人と被害者が同一人物。裁く以前の問題となってしまう。
「でも、かっちゃんは君のせいで疑われたじゃないか!」
「緑谷少年……!」
『はぁ? いつ僕があいつが犯人だなんて言ったんだよ。他の人が勘違いして言ってただけじゃないか。彼を犯人扱いして傷付けたのはあくまで僕”以外”の誰かさんだよ。悪いのはみんなだ。僕のせいにするなよ』
「……でも、君がそうなるように仕組んだんじゃないか! 君のせいで――」
『それでも、僕はやってない。だから、僕は悪くない』
「ああああああああああああ!」
「待て、緑谷少年」
ワン・フォー・オールの100%を発動しかけた緑谷の肩を掴んで止める。
『やめてよね。今度は君が僕がいじめるってわけかい? そうだ、知ってるかな。親に虐められて育った人間は、実の子供を虐めるらしいぜ。なら、君はどうなるのかな緑谷君。友達に虐められた君は、友達をどう扱う人間になるんだろう』
「……球磨川ァ! かっちゃんを悪く言うな!」
「落ち着くんだ、緑谷少年。ヒーローは私情では動いてはならない!」
暴れだす緑谷をうまく抑える。増強系……フルカウルを使う彼を無個性のオールマイトが。
『ねえ、そうでしょう? オールマイト先生』
「いや、ここまでの騒ぎになっているのは事実。名誉棄損、公務執行妨害くらいは確実に付けられる」
『それもどうでしょうね? いえ、逮捕するには十分な根拠でしょうね。でも、それって銃刀法違反と同じく胸先三寸――カッターを持って外出して、捕まる人間と捕まらない人間がいるように。所詮はそんなもの、どうとでもごまかせる。そして、僕にはお友達がいるんですよ』
「……ね」
オールマイトは口を塞ぐ。根津校長――脅されている彼がそちら側につくのなら、確かに立件するのは難しい。そして、校長の名前を口にすることも許されない。彼の側に寝返ったなど、生徒に知られるわけにはいかない。
『今回は僕の負けです。だから、お友達を頼ることにします。新しいお友達にね――』
結局、オールマイトと緑谷のコンビは勝利をつかんだことは事実だろう。この期に及んで球磨川が勝ったなどと思う人間は誰一人いない、球磨川本人とて敗北を認めている。
けれど、それでも。
”状況が良くなった”なんて欠片も思えないのはどういうわけなんだろう――
いじめの真相編でした。犯人は球磨川、被害者も球磨川という訳の分からない結末でしたね。ただ、本編で失敗と言われたカラスの仕込みも実際はそれで爆豪の精神をやすりで削っていたわけで。勝敗を度外視するなら効率的でエグい手でした。
球磨川の能力の制限はオリ設定です。原作に遠距離攻撃が難しいなんて縛りはありませんでしたが、基本的に近距離攻撃で遠距離は範囲が広いために遠くまで作用したことがあっただけでした。まあ、縛りというより使い方、照準の問題ですが。元々因果に関係するスキルであるからには、消す対象に因果を差し込む必要があると思ったのでこうなりました。ただしあの後近づくだけで消せました。あくまで”何の関わりもない”ものを消せない、消そうとしても世界そのものの因果と見分けがつかないために世界ごと消してしまいそうになるから失敗しただけです。そもそも球磨川に能力の精密制御ができれば通用しない手でした。
ただ、球磨川と戦うに当たっては何の救いにもならないという。球磨川の認識いかんにかかわらず、攻撃を当てれば因果はできる。しかも負傷のほうは球磨川のだから認識をずらすも何もない、と。つくづくバトルものに出すようなチート能力じゃないですね。なろう主人公でもあるまいし。安心院さんの「身気楼(ミラージュプナイル)」なら通用するかもしれませんが、普通に近づけばそれで終わりです。まあ、彼女は他のスキルでどうとでもできるでしょうが。
安心院さんのスキルがない以上、原作ほど凶悪無比なスキルには仕上がっていません。ただし劣化というほどまでではないので原作でできたことはできます。アンコントローラブルな側面が大きくなっただけで想いのこもった事象でもなかったことにできる、という設定にしました。