個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第10旋回 忍び寄る過負荷

 

 

『――やあ、お茶子ちゃん。お茶しない?』

 

 そう言って、球磨川は気持ち悪く笑った。

 

「……へ?」

 

 麗日お茶子も無警戒だったわけではない。いじめ事件の真相は学園中に知れ渡り、球磨川は学園の敵という認識が出来上がった。……にもかかわらずそれ以前と全く態度の変わらない球磨川に対して警戒を抱かない人間などいない。ヒーロー以前の人としての危機感の問題である。

 

『うん。悲しいけど、僕は嫌われちゃったみたいでね。皆に無視されるのは階段から落ちるよりもこたえるよ』

 

 まったく傷ついた様子のない顔で笑う。この段になければ気づかなかった――彼の異様な雰囲気こそが学園を暗くしているのだと。というか、雄英学園は実はAクラス以外にも色々あるマンモス校だ、たった一つのクラスのいじめが学園全体にああまで悪影響を及ぼすはずがない。……球磨川こそが元凶だと、真相が明らかになることでようやく皆が気づいたのだ。

 

「……なんで?」

 

 なぜ、ここにいるのか。麗日は球磨川のことをマークしていたわけではないが、二人きりになるのを許すほど愚かでもない。1対1になるような場面を避けるよう行動していたのに、と。

 

『おいおい、僕は君が一人でいたから声をかけただけだぜ。別に、君の大事なあの人たちをどうにかしたわけじゃない』

 

「……ッ! デク君に何したの!?」

 

 一瞬で激昂する。あのとき、やりこめたのは彼だから恨みを買っていてもおかしくない――そう思って。

 

『いや、言ってみただけだよ。けど、ふーん……』

 

「何が、おかしいの……」

 

 球磨川が嫌らしく笑う。嫌な予感が止まらない。

 

『いや、君の大事な人って緑谷君なんだって、ね――』

 

「……あ。あなたって人は!」

 

 失敗した、と思う。今この場では乙女の恥ずかしがりな感情よりも、ヒーローとしての義憤に燃えていた。何かするなら許さない、そんな思いを込めてにらみつける。

 

『いやいや、本当に緑谷君はどうだっていいんだ。まあ、君みたいなかわいい子に想われてるってのは、ちょっと嫉妬することもないわけではないけど――』

 

「デク君には手を出さないで!」

 

 構えを取る。触りたくも――というか相対したくもない気持ち悪さだが、好きな人のために勇気を奮い立たせる。

 

『もちろん、出さないさ。でも、皮肉だよねえ。僕じゃなくてほかならぬ君自身が愛する彼を窮地に陥れていただなんて、さ。ちょっと聞いたけど、腕とか足とかぐちゃぐちゃの潰れたトマトになったんだって?』

 

「――へ?」

 

 愕然とする。けれど、理解していた。この男が言うなら、それは本当だ。こいつは人を堕とすときは酷く真摯な男なのだ――

 

『ま、でももう安心だけどね。ヴィラン連合なら檻の中だからもう緑谷君には手を出せない』

 

「……あの、何の……こと……かな……」

 

 けれど、やはり意味は分からない。――もはやヴィラン連合は過去の事件だ。それを、ここで引き合いに出されるとは。

 

『うん、ヴィラン連合の事件だよ。ほら、さ。僕の転校する前のことだけど、ワイドショーでたくさんやっていたから僕でも知ってるんだよ』

 

「いや……うん。それは、そうなんやろうけど」

 

 それが今更何の関係が? としか思えない。麗日、お茶子としては。それはAクラスの誰もが共通する思いだろう。だからこそ、球磨川は君だけは別だとあざ笑う。

 

『なんで、ってそりゃ――先生たちの探してた、内通者が君だからだ』

 

「え? えええ? ちょっと待って。なんで、うちが――」

 

『もちろん、君が自覚してやっていたことじゃない。悪いのは君のパパとママさ』

 

「父ちゃんと母ちゃんが、何か――」

 

『第一の事件、これはマスコミに門を破られた件になるのかな。でも、これは関係がない――敵に転移の個性を持つヴィランがいた以上は内通者がいなくてもどうにでもなったよね』

 

『でもね、第二の事件USJ襲撃事件。これはオールマイト先生が狙われていたのに、当の本人はいなかった。君も知らなかったよね』

 

 けれど、こいつは転移能力者がいようが関係ない。もちろん盗聴を仕掛ける役には立つのだろう――けれど、そんなことをすれば尻尾を捕まえることができた。盗聴器を置いて行って、それを見逃すほど雄英は甘くない。だからこそ、残る手段は誰かに聞くしかない。

 

「それは……!」

 

『第三の事件、君は知っていただろう? なんせ、当事者なんだから。詳細までは知らずとも、それでも襲撃をかけるには十分な情報はあった。なにせ、学園だからね――学園側は生徒に知らせる義務がある』

 

「でも……それで、うちの仕業だなんて――」

 

『そうだね。君以外のクラスメイトにもできた。けれど、君以外にそんなことする必要はない』

 

「うちにだってない! そんな理由……」

 

 大仰な手ぶりで球磨川が言う。悲惨な事実を、へらへら笑いながら。

 

『君、貧乏だろ?』

 

「それが、何の関係――」

 

『でも、この学園で馴染んでいる。それはなぜなんだろうね』

 

「え? それは皆が優しいからに決まってる」

 

『あはは。それは絵にかいたようなプラスの発想だね。現実とかけ離れた考えだ。だって、貧乏(マイナス)マイナス(負い目)であって変わることはない。その緑谷君とやらが優しいかなんて関係ないんだ』

 

『だって、君はマイナスだもの。裕福(プラス)を恨んだことは、ないかもしれない。それでも……羨んだことはあるはずだ。君がプラス(ここ)に居られないのはそれが原因だ。みじめでたまらないよねえ、貧乏な自分が。きらびやかな彼らに比べて、ボロを纏う自分はなんと浅ましいことか』

 

『だから、君は本来ならここ(プラス)になじめるはずがない人間だ。影がある限り、光とまともにはつきあえない。向こうが気にしなくてもこちらが気にする――家柄を。そして裕福さを。そして、それを見下すことなく自分と付き合う彼らの(プラス)を』

 

「それでも、お父ちゃんとお母ちゃんはやってない……! 悪いことをできる人じゃないんや!」

 

『やっているなんて自覚は必要じゃないんだよ。君の両親は善良らしい。でも、取材と言われたら娘の近況を聞かれては答えてしまわないかな? ……そう、善意で情報を漏らしてしまったと考えることはできるはずだ』

 

「……え。いや、それは。でも」

 

『ほら、やっぱり。それにさ。ひょっとして雄英に入ってから、やけに羽振りがいいときがなかったかな』

 

「……あ!」

 

 それは普通に裕福な周りの人間であればごくささやかなこと。けれど、自分を雄英に入れてお金に困っている両親にはできないはずのちょっとした贅沢――

 

『心当たり、あるようだね?』

 

「でも、でも――」

 

『そんな人じゃない? それなら騙せばいいだけじゃないか。先生たちが探していたのはあくまで内通者。だから期せずして情報を流出させてしまった可能性までは考えられなかった。包囲網に穴があったんだ』

 

「でも、でも、でも――」

 

 否定する根拠がなかった。心当たりはあって……そして否定する根拠であった善性も、そんなものはヴィランにとっては騙せばいいだけだと。確かにお茶子自身も両親はいつか騙されてしまうのではないかと心配していた。……それが、最悪の形で実現した。

 

 貧乏……お茶子が慣れ親しんだそれ。だが、雄英に入ってからはそれを感じたことがなかった。いや、もちろんそれでも裕福さの違いというのは八百万どころか小市民的な緑谷にすら感じるが。それでも、以前の悲惨なまでの貧乏生活を今思えば、違和感は確かにあった。

 

 ちなみに緑谷は持ち家もあって、母は専業主婦で、という――富豪では決してないが裕福な類の家である。そして、雄英ではそれが最低基準。上は果てしなく。……つまり、新聞紙の味を知っている彼女とは違うのだ。

 

『ねえ、お茶子ちゃん。この間、君を見かけたけど――きれいな服を着てたね?』

 

 つぎはぎのないそれ。普通の家なら当然でも、外ならぬ麗日の家では……

 

「……うわ。ああーー」

 

 そして、それが雄英の情報をヴィランに流していたからとするなら。しかも、ただ”騙されて”。お金をもらう? 取材だからと言われれば違和感は持たないだろう。もとから人の嘘を疑うような人格ではない。そして、機密と秘密の区別がつく人でもなかった。言っていいこと、悪いこと――その境界を理解できる人ではなかった。

 

『ねえ、お茶子ちゃん。考えてみてよ。悪いのは――君だ』

 

「……あ」

 

『君が雄英に入りたいだなんて分不相応なことを言ったからこうなったんだ。ご両親は悪くない。だって、君がここに来なければこんなことにはなってなかったんだから。ヒーローになりたいだなんて、君みたいなやつがどうして夢をかなえられるだなんて思っちゃったんだい?』

 

 呪わしい球磨川の過負荷(マイナス)は伝播する。麗日の心に生まれた黒い染みが急速に膨張する。彼の禍々しい雰囲気に当てられて正気が狂気へ落ちる。

 

「ああああああああああああああ!」

 

 認めてしまった。彼女自身もそれが”真実”なのだと。球磨川が語ったことが事実なのだと。

 

『でも、僕はそんなお茶子ちゃんを許してあげるよ』

 

「……え?」

 

『真実を知れば先生は君の両親を罰するだろうね』

 

「そんな!」

 

『仕方ないだろう? 気づかなかったとはいえ、罪は罪だ。ヒーローが犯罪を隠すものじゃない。たとえ、望まぬものだったとしても、さ――』

 

「でも、お父ちゃんもお母ちゃんも悪くないのに……!」

 

『そうだね。悪くない。でもさ、それで納得するかな? 世間が』

 

「……ッ!」

 

 爆豪に関する報道、そして雄英の言われようを見ていればそんなものを信用などできるはずがなかった。間違いなく世間は両親を連合にヒーローを売ったヴィランとみなすだろう。貧乏な家がささやかな贅沢をできるだけのお金、別に大した金でもないのに。

 

『でも、大丈夫。黙っていてあげる。僕がなかったことにしてあげる。大丈夫さ、もう事件は終わったんだから気づく人なんていやしない』

 

「――あ」

 

 そして、それは最悪の選択肢だ。もっとも、二つの選択肢はどちらも最悪。

 

 罪を告発するなら、ヒーローとしての義務を果たせても両親を売ることになる。もちろんそれがヒーロー失格ということになるわけでもない。たとえ親でも悪ならば斬る、正義として間違ってはいない。それでも、やはり両親を裁くのは人の道に外れることだろう。

 

 一方で両親をかばえばヒーローとしての道を踏み外すことになる。悪を裁いても傷付く人しかいない。誰も救えない――それでも、ヒーローとしては悪を”見なかったことにする”など許されていない。誰かを守るヒーロー、ではなく社会に認められるヒーローであるためには。

 

『――君のせいだ』

 

 そして、お茶子のひび割れた心を球磨川が解体にかかる。

 

「……」

 

『君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ君のせいだ』

 

 これこそが球磨川の本領発揮。人を魔に堕とす悪魔の手練手管。

 

『君がヒーローになりたい、なんて分不相応なことを思わなければ君の両親はただの善人でいられたのに』

 

「――うわ。わあああああああああん!」

 

 泣き出した。

 

『でもね、君は悪くない』

 

「……え?」

 

 差し出された手を呆然と見つめる。

 

『人気者になりたい、だなんて誰もが思うことだろう? その結果が裏切りだとしても、世界の誰が責めても僕は責めない』

 

「球磨川……君?」

 

 一転。優しくなった彼にお茶子は戸惑う。でも、これは当然のことだ。だって、彼はいつだって弱者(マイナス)には優しいのだから。

 

『さあ、僕の手を取って。僕と一緒に来れば、君はどこまでも落ちていける――』

 

「……あ」

 

 最低、だ。この男は負完全――見るだけで心を折られるような悼ましさ。だが、この安心感はなんだろう。そうだ、自分より下種な人間を見るほど心安らぐことはない。

 

「これから、よろしくね」

 

 伸ばした手をがっちりと捕まれて、逃げることはできないんだと悟った。

 

 

 






 完全にオリジナル設定でした。原作では裏切者が誰かはまだ明かされていませんが、たぶん上で言ったようなAクラス親族に聞き込みなどと言う方法ではないと思います。
 
 記者に変装してお茶子の両親に聞き込み、まずは当たり障りのないことを聞いて信用を得る。そこで親密になったところで深い情報を聞く。そもそも両親のほうは話していい情報と悪い情報の見分けなんてつかない”善人”だった、と。そんなわけでAクラスの人間が知っている内容は全部ヴィランに流れていました――なんて罠。

 記事を書くためにリアルタイムで話を聞く必要があるといえば毎日話を聞いても不自然ではなく、学園側も前日にはカリキュラムを公開する必要があるはずです。内通者をあぶりだす流れはUSJの後ですから、USJそのものは情報は知れたはず、という妄想でした。

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