個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第11旋回 過負荷、江迎 怒江

「ち、遅刻だーー」

 

 道路を爆走するのは緑谷。

 

「まったく、久しぶりに帰ったからって母さん起こしてくれないんだもん……」

 

 ちょっと恨み言を。まあ自分で起きろと思わなくもないだろうが、彼も高校生。しかも実家に帰宅したばかりなのだから母親に甘えたくなるのもしょうがない。なんといっても、久しぶりの実家。気を抜くに決まっている。

 

「――でも、まいったな。通学距離が延びちゃったなんて……まあ、寝坊した僕が悪いんだけどさ……」

 

 フルカウル、使うか。とつぶやいて首を振る。まあ法的にもヒーロー的にもセーフの範囲だろうが、どうにも遅刻を免れるためだけに使うのは気が引けた。

 

 

 そう、彼が寮生活から実家に戻ったせいで遅刻しかけているのは――これはもう当然ながらというべきか、球磨川のせいだった。

 

 あの事件を受けては寮生活を続けさせるなどリスクでしかない。カモを一か所に集めるような愚行だ。もっとも、当の球磨川自身は根津校長のファインプレーによりホテル生活をしていたわけだが。口八丁で寮は満杯だとかそういうことを言って遠ざけたのだ。それにも限界があるために、実家に戻すのは時間の問題だったわけだ。

 

 生徒たちを実家に戻すこと自体は簡単だった。親御さんたちもヴィラン連合の事件が終わった以上、いつまでも実家から離れさせておくことに抵抗があったからむしろそれは歓迎された。なんといっても、彼らはまだ高校生なのだ。

 

 

 もっとも、結果から言えば最悪な行動だったといえる。もちろん、後から結果を見て好き勝手言った場合でのことだ。それこそ”後からならなんとでも言える”。けれど、やっぱり――それは失敗だった。

 

「――え?」

 

「――え?」

 

 曲がり角、人影が見えて。

 

「きゃあ!」 「うわあ」

 

 ぶつかった。古典的といえば、少女漫画にでもありがちな話――パンでもくわえていたら完璧だった。まあ、緑谷の幸運、もしくはスケベ度が低いために胸に突っ込む形にはならなかったのだが。

 

「ええ!? お、女の子――ごめんなさい!」

 

 だから、ぶつかった相手が女の子だったとわかったときには赤面して慌てまくる。

 

「あいたーっ! ちょっと、あんた馬鹿じゃない!? なんで突っ込んでくんのよ!」

 

 女の子のほうは怒る。まあそりゃそうだ。

 

「本当にごめんなさい! 立てますか?」

 

 手を差し伸べて――

 

「……え?」

 

 それが、人生で初めてのことだから女の子――江迎 怒江は驚いてしまう。嫌われ者でなかったことがない彼女にとっては心ときめく少女漫画の世界がリアルになったようなときめきで。

 

「……?」

 

 心配させないよう、笑顔で。ヒーローの、なによりオールマイトの教えとして安心させるための笑みを浮かべる緑谷。その姿はまるで白馬に乗った王子様。

 

(ひょっとして、これが恋……?)

 

 そんなことまで思ってしまって、もう彼のことから目が離せない。

 

「あの、どうかしました?」

 

 手を取って、立ち上がらせる。痛みが走ったような気がしたが、それを気にするような緑谷ではなく。そういう性分だ、自己の怪我に関心がほとんどない。

 

(あれ? そういえば、この子――緑谷出久? 球磨川さんの言っていたAクラスの! そう、あの人は言っていた)

 

 一方で、江迎の方は彼のことを知っていたことに気づく。

 

『緑谷出久はただの狂人だよ。エリートどころか、その本質はロウソクに向かって飛ぶ夏の虫だ。彼は自分を壊すのが大好きだからねぇ』

 

『だから、彼のことを気にする必要はないよ。取るに足らない、エリートになりたいだけの”普通”。いや、身の丈に合わないエリートの真似事をする凡人だ。どっちにしても、すぐに壊れてしまうさ』

 

『彼、あまりに弱弱しくてかわいそうだから』

 

『会ったら仲良くしてあげるといいよ』

 

(そう言っていた。仲良くしてあげたらいいって――応援してくれた。きっと私のこと応援してくれたんだ)

 

(だったら私、がんばらなきゃだ!)

 

 決意を固めて。

 

「あ、あの! 出久くん! 私、江迎 怒江っていうんだけど!」

 

 少女らしく、ほおを紅潮なんてさせて。

 

「子供っ! 子供は何人ほしい?」

 

 言った。

 

「私は三人欲しいな。女の子がふたり、男の子がひとりね。名前は緑谷くんが決めてあげて。私ってあんまりネーミングセンスないから。えへへ、どっちに似ると思う? 私と緑谷くんの子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いよね。それで庭付きの白い家に住んで、大きな犬を飼うの。犬の名前くらいは私に決めさせてね。緑谷くんは犬派? 猫派? 私は断然犬派なんだけど、あ、でも、緑谷くんが猫の方が好きだっていうんなら、勿論猫を飼うことにしようよ。私、犬派は犬派だけれど動物ならなんでも好きだから。だけど一番好きなのは、勿論 緑谷くんなんだよ。緑谷くんが私のことを一番好きなように」

 

「そうだ、緑谷くんってどんな食べ物が好きなの? どうしてそんなことを聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ明日から私がずっと緑谷くんのお弁当を作ることになるんだから、ていうか明日から一生緑谷くんの口に入るものは全部私が作るんだから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃない。好き嫌いはよくないけれど、でも喜んでほしいって気持ちも本当だもんね。体液なんていれないから安心して。愛情はたっぷり入れるけどね。最初くらいは緑谷くんの好きなメニューで揃えたいって思うんだ。お礼なんていいのよ彼女が彼氏のお弁当を作るなんて当たり前のことなんだから。でもひとつだけお願い。私『あーん』ってするの、昔から憧れだったんだ。だから緑谷くん、明日のお昼には『あーん』ってさせてね。照れて逃げないでね。そんなことをされたら私傷ついちゃうもん。きっと立ち直れないわ。ショックで緑谷くんを殺しちゃうかも。なーんて」

 

「それでね緑谷くん、怒らないで聞いてほしいんだけど私、中学生の頃に気になる男の子がいたんだ。ううん浮気とかじゃないのよ、緑谷くん以外に好きな男の子なんて一人もいないわ。ただ単にその子とは緑谷くんと出会う前に知り合ったというだけで、それに何もなかったんだから。今から思えばくだらない男だったわ。喋ったこともないし。喋らなくてよかったと本当に思うわ。だけどやっぱりこういうことは最初にちゃんと言っておかないと誤解を招くかもしれないじゃない。そういうのってとても悲しいと思うわ。愛し合う二人が勘違いで喧嘩になっちゃうなんてのはテレビドラマの世界だけで十分よ。もっとも私と緑谷くんは絶対にその後仲直りできるに決まってるけど、それでもね」

 

「緑谷くんはどう? 今まで好きになった女の子とかいる? いるわけないけどもでも無理やりした女の子くらいはいるよね。いてもいいんだよ全然責めるつもりなんかないもん。確かにちょっとはやだけど我慢するよそれくらい。だってそれは私と出会う前の話だもんね? 私と出会っちゃった今となっては他の女子なんて緑谷くんからすればその辺の石ころと何も変わらないに決まってるんだし。緑谷くんを私なんかが独り占めしちゃうなんて他の女子に申し訳ない気もするけれどそれは仕方ないよね。恋愛ってそういうものだもん。緑谷くんが私を選んでくれたんだからそれはもうそういう運命なのよ決まりごとなのよ。他の女の子のためにも私は幸せにならなくちゃいけないわ。うんでもあまり堅いことは言わず緑谷くんも少しくらいは他の女の子の相手をしてあげてもいいのよ。だって可哀想だもんね私ばっかり幸せになったら。緑谷くんもそう思うでしょう?」

 

 それを一息で言い切られた緑谷は――

 

「うん。そうだね!」

 

(って、何を頷いてるんだ僕は――ッ!)

 

「この子、なんだかよくわからないけどヤバイぞ。知らないけど普通の人とは違う。ヴィラン? そういう気配もないし、こんなかわいらしい女の子なんて心当たりがないぞ。いや、でもヒーローじゃないから知ってる範囲は広くないし。でも、僕にわざわざ近づいてくるなんてヴィラン連合の関係者かと疑うこともできるけど、ヴィラン連合は壊滅したはずで僕なんかにかまっている暇はないよね。そんなことよりも組織の再編、そして捕まった幹部の救出が最優先なはずで。やっぱりヴィラン連合はあり得ない」

 

「なら、普通の女の子? この子が? いや、これは勘だけどあり得ない。初対面でこんな長いセリフを言い切るはずがないし、そもそも僕にプロポーズだなんて奇特なことをする女の子がいるはずがない。そんなことがあるとするなら轟君とかのはずだ。そういえば、この子の着てる制服がこの辺のものじゃないぞ。じゃあどこかというのは知らないけど、確実に近辺の高校にこんな制服はないはず。残る可能性は、残る……可能性は――球磨川、禊……ッ! 彼の関係者。なら、この気配にも納得がいる。この圧倒的な、捻じ曲がるような気配――」

 

 フルカウル……今度こそ、先生なら誰でも緑谷含む問題児どもに何度も言い聞かせたように――逃走を選び。

 

「っあ! あああああ!」

 

 包丁を両足に突き立てられた。さすがのフルカウルも初動の前に潰されたら意味がない。

 

「なんで逃げるのよなんで逃げるのよさっき手を取ってくれたじゃない。あれって好きってことでしょあれって好きってことでしょ私のこと好きなんだよね。私たちはもう恋人同士なのでしょう?」

 

 はいつくばった体勢の江迎が見上げてくる。その姿は恐怖でしかなかった。

 

「な、なにこれ――女の子に好かれてるのに全然うれしくない!」

 

「あんたは私を愛するために生まれてきたんだしあんたは私を愛するために生まれてきたんだし――私に出会ったあんたはもう何もしなくていいのよいいんだから」

 

「う、わあ――ひぃ!」

 

 刺されていない方の足で蹴った。けれど、その蹴りにフルカウルは乗っていない。恐怖のあまりに集中力が切れてしまった。

 

「っきゃ! 何? もう――照れ隠し?」

 

 だから、その蹴りは彼女の体を少し揺らしただけで終わった。

 

「おい、てめえ――」

 

 そして、第三者が現れて。

 

「何よ、私と彼の逢瀬を邪魔しないで――」

 

 江迎はそちらを向いて。

 

「デクに何してくれとんじゃ、てめえ!」

 

 BOOOOM! 爆発。

 

「……っが!」

 

 つぶれた声。確実にダメージが通った。

 

「か――かっちゃん!?」

 

 現れたのは爆豪であった。

 

「はん。なんか変なのに絡まれてるみてえだな。おい、デク」

 

 爆豪は粗野で短気――確かにそういう一面が目立つが同時にクレバーだ。一般人に向けて個性を向けて放つなど決してしない。直情的に口は動かしても、動きは完全に制御できている。つまりは有能なチンピラと言ってしまってもいいが。

 

 だが、この場合は江迎はヴィランであるかは微妙。そもそもにして個性を使った攻撃はヒーロー仮免を持っていない現状では犯罪行為であることも分かっている。なのに攻撃を仕掛けてしまったのは。

 

(このアマ……ヤベエ気配がするぜ)

 

 彼女の危険度を肌で感じているためだった。一般人ではありえないほどの禍々しさを彼の戦闘センスが嗅ぎ付けていた。

 

「おい、デク。手ぇどうした?」

 

「え? 痛っ。これ……腐って、る?」

 

 緑谷は手を見る。治療は十分可能だが、痕が残りそうなほどの――腐敗。

 

「なるほどな。腐敗の個性か」

 

 爆豪はちらりと見るだけで向き直る。

 

「あは。そんなプラスと一緒にしないでくださいよ。私の過負荷は無意味で 無関係で 無価値で――何より無責任☆ それが私たち過負荷ですから」

 

 起き上がる。これこそ過負荷。目にしていたくもないという嫌悪感。

 

「はん。だからどうした? まとめてぶっ潰してやるよ」

 

 だが、それは爆豪には通じない。

 

「私の荒廃した腐花(ラフラフレシア)を爆弾くらいで何とかできるとは思わないでくださいね――」

 

 それでも、足は震える。緑谷など、完全に戦意をくじかれている。もっとも、江迎はヴィランとは言えないために立ち向かったらそれこそヒーロー失格、個性無断使用の罪で将来を閉ざされていたかもしれないから幸か不幸か。

 

「か、かっちゃん――」

 

 逃げよう、と袖を引く。

 

「……ち。この雑魚が」

 

 睨み付けて、舌打ちをもう一つ。

 

「なんですか。諦めでもつきましたかあ?」

 

「あ? 馬鹿にすんなよ、右を見てみろ」

 

「うん☆」

 

 言われたのと逆に左を向いて。

 

「馬鹿が。敵の言うことを真に受けんじゃねえよ」

 

「……嘘か!」

 

 距離を詰められた。わざわざ横を向いて隙を晒してくれたには突く以外にない。不思議なことではない――過負荷はもともとひよわでかよわい……その表現が正しいかはともかく、ステータスが低いことには変わらない。その上で隙をつく。対応などできるわけがない。

 

「くたばれ!」

 

 けれど、常に不利なのがマイナスだ。敵の必殺技を食らう? 当然だ。防ぐ? そんなことができたら、そいつはマイナスではない。だから。

 

「私の愛は負けない!」

 

 選んだ選択肢は”耐える”だった。喰らってなお突っ込む、それを選択してしまったからこそ。

 

「残念だったな! 『スタングレネード』」

 

 爆発的な光と音に江迎の身体が強制的に停止させられる。意思とは関係ない身体の反射だ、ビビらずとも動きが止まる。

 

「てめえなんざ眼中にねえんだよ、くそ女! 『爆速ターボ』」

 

 そして、緑谷をひっつかんで逃亡に移る。そう、ここでは戦闘そのものが悪手だ。なぜなら、緑谷も爆豪も仮免を持っていない。ここで江迎を再起不能にして――それで? ヒーローの道が絶たれるだけだ。

 

 この事件を受けて爆豪は権力側、まあ先生サイドか警察かはたまた経営層かは知らないが、球磨川はそういうところに繋がりがあると見抜いていた。

 

 ”だからこそ戦闘はできない”。

 

「……くそが!」

 

 まあ、それでも感情の面では納得できるものでもないが。しかし、ここで逃走を選べるのは紛れもなく爆豪の強みだった。敵の狙いを嗅ぎつける戦闘センス、プロですら持っている者が少ないそれを自然と身に着けていた。

 

「か……かっちゃんが逃げるなんて――」

 

「ああ!? 俺は逃げちゃいねえ! アレが罠だと見抜けもしねえボケにゃわかんねえよ」

 

 実際、あれは偶発的遭遇だったが彼にとっては罠ともいえた。あそこで戦闘を回避したのは紛れもなく英断だった。あそこで戦闘したが最後、球磨川ならばその材料をどうにでもできたのだから。

 

「……ああ、それもそうか」

 

 緑谷も納得する。そういうことであればわかりやすい。自分に惚れる女の子がいた、なんて別世界のような出来事よりも。

 

「――で、お前どうすんだ?」

 

「どうって……」

 

「ターゲットにされたろ、あのヴィランぽいのに」

 

「ええ……と。ど――どうすればいいと思う? かっちゃん」

 

「俺が知るか」

 

「だよねえーー」

 

 重い沈黙。やはり、これもまた何かを達成できたとも思えない。さらにむこうへ(ブルスウルトラ)とは裏腹に。

 

 

 




 心操君の個性があるのにマイナス側有利になるのはおかしいと言う意見があったので、その辺について。

 まず、この世界では犯罪者の心を操ることは警察には不可能です。できるできないの話でなく、立場的な意味で不可能です。警察、並びにヒーローの活動は市民の活動団体が見張っているので、心を操るなんて”おいしい”人権侵害が見逃されることはありません。
 爆豪の報道を見る限りマスコミはヒーローの味方ではないと見なしました。そして、叩く材料があれば遠慮なく叩くでしょう。叩きたいがために叩く人なんて現実にはいくらでもいます。SNSとかみれば一目瞭然です。

 ここからは本ssの設定となりますが、ゆえに心操君は警察に就職することはできません。
 心を操るという個性が警察に所属した、それだけで警察が犯罪者の心を操っているという証拠には十分です。そもそも自白が心操君の「複雑な命令はできない」という縛りで実は不可能だったとしても、”それっぽい”だけで状況証拠になるんですね。法廷で使うわけでもないので。
 証人もでっちあげられます。……そして、その嫌疑を晴らすために”嘘を見抜く”個性を使ったとなれば、黙秘権の侵害ですね。どこかの誰かの偽証など無視して、胸を張って警察の人権侵害を非難できます。

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