個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第15旋回 恐怖した者たち

 

 

 その後、生徒たちは病院へと搬送された。幸いにも後遺症はなく、日帰りはできるが――すぐ治る体の傷とは裏腹に心の傷はとても深い……

 

 だが、中には心の傷など全く感じさせることもなく苛立たし気に周囲を睥睨する生徒がいた。

 

「……ち」

 

 つまらなそうな舌打ち。だが、それですら覇気に見えるほどに生徒たちの心は弱っている。悪態をつく相手もなく、ただ苛立ちを募らせていく彼……爆豪。

 

「あなたは――なんで、”そう”振舞っていられるの?」

 

 蛙吹が声をかけた。彼女の傷は深く……それゆえにおちこんでいる他の生徒とは違う。始めから絶望を感じていたためにさらなる絶望に叩き落されようと、もう”慣れている”。人間とはプラスにもマイナスにも慣れてしまう生物であるがゆえ。

 

 そして、初めから立ち上がる気力をくじかれていた故に”立ち上がれない己の弱さ”を自覚して死にたくなることもない。それはもうすでに通り過ぎた道だ。

 

「ああ? てめえらこそ、何を諦めてやがる。江迎が使う腐敗の個性がいくら強かろうと、麗日の奴が個性をいくら強化しようと――対策はできんだろ。殺せない相手じゃねえ」

 

 つまらなそうに言い返す。チンピラゆえのいさぎよさと言ったところか――マイナスのマイナスたる由縁、『向き合いたくもない気持ち悪さ』を無視して強さと言う一つの物差しで測る思考停止。これが案外過負荷にはまる。まっすぐ行ってぶっ飛ばすはよく効くのだ。

 

「……強いわね、爆豪ちゃん」

 

 それがわかったからこそ蛙吹は憧憬とともに感心する。”ああ、すごいな”それが偽らざる感想――あんなものに向き合える強さを羨ましく思うと同時に、それはなんて悪夢だろうと背筋が寒くなる。

 

 強さのみを理由とするなら、例えばオールマイトをその強さだけしか見ていないことになる。その想いや祈り……そう、言ってしまえば”災害救助”などに目を向けることもできない。それはとても悲しいことだと思って。

 

「その強さの秘密、俺に教えてくれないか……?」

 

 自身に理由なく、ただ個性と言う生まれによって闇を抱える常闇踏陰がその鬱々とした会話に参加した。彼もまた闇に耐性がある一人。完全に諦めてしまったゆえ、ただ打ちひしがれるだけのその他Aクラスとは違って行動することはできる。

 

 「――は。そんな理由、ねえよ。”俺は俺だから強え”。そこに才能だの個性だのと言った小賢しい理論なんて要らねえんだ。一つ言うなら、努力ってことだな……クズどもは努力は裏切らないとかほざくが、それは違え。考えろ、スマートにやれよ。努力するための努力ほど馬鹿らしいものはねえよ」

 

 ただ言い切る。それができるのが彼の強さの本質であるのだが――それを彼が気付くことはない。

 

「……お前はお前だから強いか。なあ、爆豪――お前は……なんだ、その。言いにくいが、本当にオールマイトになれるのかと思っているのか?」

 

「どういうことだよ、そりゃ」

 

「オールマイトはNo.1ヒーローだ。彼を超えるようなヒーローは現れないと世間は言う、俺もそう思う。いや、個性を失った今は分からないが――だからと言って、今の彼を超えたからオールマイトを超えたかと言えばそういうことでもないだろう」

 

「……」

 

 無言で聞く。あの戦う姿を見せられたとはいえ……やはり個性社会において育まれた先入観は消せやしない。個性を失ったオールマイトを軽んじる雰囲気は確かにあった。それで彼の偉業が色あせることはなくとも。

 

「全盛期のオールマイト。空を飛び、地を割り――あらゆるヴィランを叩き潰す。全ての民の希望の象徴……そんな彼を超えられると、本気で君は言うのか? ――子供の憧れでは済まされないのだぞ」

 

 それは人類社会のゆがみと言えるだろう。偉大な先人がいる――だから目指すなどと言ってしまえば「お前ごときが身の程をわきまえろよ」と指をさして笑われる。超えられると思うことは一種の”不敬”なのだ。しかも、自分がどうのと言う類ではなく、無関係な他人が何も知らずに嘲笑うような。

 

「なるさ。俺がNo.1だ」

 

 迷いなく言い切ったその姿に。常闇、そして蛙吹は。

 

「「……」」

 

 呆れるしかなかった。本気で言っているのは分かる。けれど、それは常識的に考えて世迷言と言ったものだろう。小学生がプロ野球選手だのアイドルだのになると夢を見ているのとは違うのだ。もう高校生――夢だけを見る時期は終わっている。

 

「俺はてめえらみてえな雑魚とは違う。お前たちには無理でも、俺にはできるんだよ」

 

 絶大なまでの自信。そこに理由はない……物心ついたときにはすでに”特別”(スペシャル)で、今までも――そしてこれからも特別であることに疑いなどない。それは己の生き方を肯定し続ける強さ(プラス)

 

「……”強いわね”、爆豪ちゃん」

 

 それは最初の言葉と同じ。けれど、意味は180度違ってしまっている。ヒーローとしての強さではなく、理解できない強さ。それは方向性が違ってもマイナスと同じ……”外れた”強さ。

 

「それが貴様の歩む道だと言うのか」

 

 ゆえにこの会話に意味はない。爆豪に得ることは何一つなく、そして蛙吹と常闇は爆豪のそれを真似できず、してもいけない強さであると認識した。だからこの話は終わり。

 

 爆豪は爆豪でしかなく。そして、蛙吹はその諦観を強めた。常闇もそれを参考にすることは意味がないと見切った。ただ、常闇には気になることはあって――

 

「聞くことがねえなら俺は行くぞ」

 

 もう用は済んだだろ? と言わんばかりに背を向けて歩き出す爆豪に常闇は声をかける。

 

「――切島はどうなのだ? お前の言う強さは他人を必要しないものと理解した。だが、だからといって彼を見捨てていいのか。彼の友情は、真実……一方通行であったのか? 答えろ、爆豪。他人は不要か? 俺たちはいい。卒業したら忘れてもらって構わない。だが、あいつは」

 

「……あいつのことなんか知らねえ」

 

 そのまま別の場所へ行ってしまう。まだ帰宅は許されてはいないが、辛気臭い場所はごめんだとばかりに振り返りもしない。

 

「……」

 

「常闇ちゃん?」

 

 後姿を睨みつける常闇に蛙吹は理解できない感情を抱いて――それでも、何かが始まりもしない。ただただ後味の悪い砂を噛んだような苦さがずっと後を引いているだけだった。

 

 

 

 そして、たっぷり30分は経ったころ爆豪はこそこそ戻ってきていた。

 

「……おい」

 

 切島に声をかける。

 

「……」

 

 だが、彼は無反応だ。他の生徒と同じくショックなら何やらで、鬱々と負のスパイラルが渦を巻いてひたすらにネガティブな方向に考えが行っている。一言でいうならそれは無駄だ。対策を考えることもなく、ただ己の無能を責めるのは楽だろうが……そんなものはただの自慰と変わりはない。

 

「おい」

 

 もう一度言って缶を頬に押し付ける。

 

「――うひゃあ!」

 

 変な声を上げた。

 

「大声出すな馬鹿。ほれ、受け取れ。前なんか奢ってくれただろ。借りは返した」

 

 ひどくぶっきらぼうに、子どもがすねたみたいな態度である。

 

「……爆豪、お前――」

 

「バカやろう! 俺はテメエを心配なんかしてねえからな! 単に借りを返しただけだかんな!」

 

「――っく。ふふ。あはは――」

 

「何がおかしいんだ、テメエ! ぶっ殺すぞ!」

 

「いや、お前はお前だなと思ってよ」

 

「意味わかんねえ。いつでも俺は俺だろうが」

 

 本当に心底理解できないように言う爆豪に、切島はなんだか安心してしまって――

 

「いつもの調子が出たんならもういい! 俺はもう行くぜ」

 

「ああ、ありがとよ。爆豪」

 

「俺は何もしてねえよ」

 

 正義(プラス)では弱者(マイナス)に立ち向かえない。大多数と言う正義は少数の弱者(マイノリティ)を踏み潰す、しかし”それ(マイナス)”を直接目にした時――その悼ましさに立ち向かうことができなくなってしまう。

 

 それを克服するには正義すらも(プラス)として超越するしかない。現にオールマイトが戦えているのはそのためだ。強迫観念とも言える、しかし明らかにそれを超克した信念、光の意思を彼は持っている。

 

 けれど、もう一つ道があるのなら――今ここで爆豪と切島が描いたように”友のため”というプラスがあるのかもしれない。

 

 

 

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