そこはさびれたバーと言った風情の場所。けれど、それはそういう薄暗い演出なのであるからには清潔そのもので薄汚さはない。そういう趣味のバーで、気に入るものはとても気に入る素晴らしいバーと言える。
もっとも、その場所に一般人が足を踏み入れることはないだろうが。
「……殺すべきだ。その男はステインの言う偽物のヒーローだ」
とかげ男、といった外見の男が口を開く。いかにもヴィランといった姿で、他の面々も犯罪者らしさを隠さない。そいつらは正真正銘、社会に喧嘩を売る
そんな、悪の坩堝ともいえる場所に一般人は近づくことはできない。本能がそこに足を向けることを拒否するし、鈍い奴がいても気付かれないように他の場所へ誘導する。ヴィランにも理性はある……一般人の被害を出せばその時点で警察に場所を掴まれるだなんて、言われるまでもない。
「やめろスピナー、他も。手を出すな」
彼らを称して、ヴィラン連合。誰もが認める”悪”そのもの――のはずが、今は「ヒーロー殺し」ステインに社会の興味は移っている。スピナーと呼ばれた男でさえ心酔するほどにそうなっていて、連合はうわさ話にすらなっていない。
「なぜだ、死柄木 弔――こいつはヒーローだ。殺さない理由などない!」
それをガキじみた癇癪を無視して死柄木は語る。椅子に縛り付けられ、手を後ろに拘束されている少年に対して友人のように親しげに。
「現代ヒーローってのは堅っ苦しいよなあ。爆豪くんよ」
「人の命を金や自己顕示に変換する言いよう。それをルールでぎちぎちと守る社会。敗北者を励ますどころか責める国民」
「――俺たちの戦いは問い。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう。……俺たちは勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろう?」
「――で、爆豪……勝己くん。俺らの仲間になってくれる気はないかな」
嘘みたいに穏やかだが、それは甘さを意味しない。銃をちらつかせると言う無意味なことをしないだけで、爆豪の額には銃が突き付けられている。その現実を噛み締めさせるようにゆっくりと語った。
「――は。馬鹿が」
椅子に縛られ、腕もまた縛られている彼は吐き捨てる。粗野とか言われようが、己はヒーローなのだと胸を張る。そして、敵にへりくだるような情けない真似はしない。
「ならば、殺す」
とかげ男が一歩前に出る。
「手を出すな、そいつは大切な駒だ。縄をほどいてやれ荼毘」
「……」
白けたような雰囲気が漂う。体育祭で大活躍をして社会の認知度はもしかしなくてもヴィラン連合より高いとはいえ、ヒーローの卵だ。プロではない。そんな彼がこの多対一、しかも場所すらわからない状況で何かができるとは思えない。が、ほどいた程度で意見を曲げるようなガキとも思えないのだ。誰が見ても。
「いいのか、暴れるんじゃないのか」
と、荼毘が聞くが聞いた本人が信じちゃいない。コイツ一人なら仲間とどうにでもできると思っている。
「は。勧誘してるんだ――誠意を見せなきゃなあ」
そのリーダーは考えを変える様子もない。というか、囚われの彼に何かができると考えている者は一人もいない。だから、反対とは言っても一応だ。むしろ、いたずらに信頼関係のなさが露呈している。
「やれ、トゥワイス」
荼毘から言われたトゥワイスは、は!? 俺かよ、嫌だよなどと言いながら前に出る。そこまでは正史の通り。けれど、物語は”ここ”から捻じ曲がる。
『あれ? ここどこ?』
へらへらと笑う男が扉を開いた。
「な――ッ!? 馬鹿な、鍵は閉めておいたはず。いや、それ以前にあの監視網をどうやって突破して……ッ!」
黒霧が驚愕する。”ここ”を用意したものとして、容易に知れるような構築はしていない。一見はただのバーだが、その本質は要塞だ。一体どれだけの金をかけたと思っている。正史ではオールマイトはじめ豪華パーティから奇襲を仕掛けられていたが――それはむしろ、それほどのすさまじい人選が必要だったと褒めるべきだろう。
ゆえに、コスチュームもなく、警察の制服を着ているわけでもない、どこかの学校の制服を着たその少年がそこに居るのは間違っているのだ。
『……あれ? 爆豪ちゃんじゃないか、久しぶり。元気してた!?』
相手がヒーローならともかく、球磨川のあまりの意味不明さに思考が停止したヴィランの隙を突いて爆豪の前に出る。
「――あ?」
だが、思考が停止したと言う意味では爆豪も同じ。というか、より酷い。まあ当然の話と言ってもいいだろう。いきなり友人のようにふるまわれたのだ。ヴィランに閉じ込められた現場で、一度も会ったはずのない人間に。
『いやあ、心配してたんだよ。ほら、テレビでは君が攫われたことばっかりやってるからさあ。虫けらみたいにぷちって潰されちゃったのかと思ってたよ』
「……ああん?」
その言葉を思考が停止した中で挑発と受け取り、怒鳴りつけようとして。
『あれ? なんか熱いぞ』
球磨川がきょろきょろとあたりを見渡した瞬間、彼が黒く燃え上がった。
「そのまま殺せ、荼毘」
死柄木が冷酷に命令を降す。有名なヴィランでないことは分かる、その辺りの名前と顔は頭に叩き込んである。ゆえに言える、こいつは違うと。だから排除する。
『ぎゃああああああ!』
球磨川が炭化する。炎による熱が強制的に筋繊維を駆動させて不気味なダンスを踊らされる。
『あ。ああ――あああ』
爆豪に伸ばされた手がぱたりと落ちる。
「うわ――ああ。……てめえらあああああ!」
爆豪が叫ぶ。無意味に個性が発動して己の肌を焼く。騒音が響く。さしもの爆豪も、人が死ぬのを目の前で見るのは初めてだ。混乱して、わめいてもなお戦意を失わないのはさすがともいえるが状況は見失っている。
「ふむ、高校生には刺激が強かったようだね」
いつのまにか爆豪の後ろに回ったMr.コンプレスが己の個性で封印しようとする。けれど、癖が出た。マジシャンというのは、”観客の注意を逸らす”ことが仕事。ゆえに己は一般人とは別の注意の払い方をする。それが不幸だった。だって、まともに見てしまったのだから。
『やれやれ、酷いなあ。君たちはママに人に火をつけちゃいけませんって習わなかったのかい?』
ぐにゃりと生理的嫌悪をもたらす冒涜的な動きで立ち上がった死体がある。いや、それはもう死体ではない。炭になったはずの学生服までもが戻っている。
「……う!」
Mr.コンプレスは吐き気を抑えるようにマスクに手を当てる。
「なんだ――こいつは!?」
「へえ、不思議ですねえ。ちょっともう一回死んで生き返る所見せてください」
判断が早かったのはトガヒミコだった。ナイフで一直線に球磨川の腹を狙って突進して。
『女の子が僕に向かって飛び込んでくる!? なんて積極的な女の子なんだ。さあ、おいで!』
狙われた球磨川は大きく両手を広げて待ち受ける。当然、ナイフは根元まで刺さって。
「いえ、あなた私の好みじゃないんで――」
ぐり、とひねった。”殺し慣れた”手法、実はナイフで刺突しても重要器官でなければ手術で助かることもある。けれど、刺した上でひねれば絶望的だ。
『だが、これで僕を止めたつもりかい? 甘えよ』
もう手遅れな球磨川は、どこからともなく取り出した螺子を投擲した。
「「「――な!?」」」
そして、それは爆豪の頭を貫いた。
球磨川と爆豪が知り合いというオリ設定と勘違いした何人いるかな。ちなみに爆豪の名前はテレビでガンガン流されているので知っていただけです。