「――貴様ら、とんでもないことをしてくれたな」
とある教室の一室で緑谷、飯田、爆豪の三人が正座させられていた。相澤の凶眼はもはや殺意の域にまで禍々しさを増している。
「え、ええと……でも、こいつらだってよくやってくれたと思いますよ。だって、あのままだったら――」
切島がかばう。彼だけは”戦ってもいいかな”などと中途半端に思う――否、戦わねばならないと思う自分の心から目をそらすことをかろうじて堪えている。もはや”諦めている”他の生徒と違って。
「馬鹿を言うなよ、切島。お前もまとめて除籍処分にしてやろうか。確かにヒーローは危険地帯に突っ込むのが仕事だが、自殺志願者がなっていいものじゃないんだよ。”それ”は自分ではなく仲間を殺すぞ」
この場合、やってやったのになどと思うことなく感謝すべきだろう。どうでもいいのなら怒りもしない――特攻どころかただの自殺行為に対してここまで”怒ってくれる”のだから。”他人の想いを汲む”なんて、誰もができていればヒーローに居場所はないが。
「……ッ!」
そして、生徒たちはその言葉の抜身のような本気にビビってしまう。仲間の死、それを本気で”考えさせ”られ……
「まあまあ、相澤君。それくらいで。不甲斐ない大人に変わって、よくやってくれたと思うよ、私は」
なだめるオールマイト。だが、生徒4人は「あんな危険なことをするなんて、きっちり叱りつけてやらねば」「まあまあ、オールマイトは褒めてやってください。あそこでやれなければヒーローとして終わっていた」「だが、それでも危険すぎる……!」「だから、俺がきっちり締めます」「それだと君が悪者に……」「飴と鞭です。合理的に行きましょう」などというやり取りがあったことは知らない。
「だが、俺はお前たちで勝てるとは――いや、勝負に勝つことはできるかもな、そういう手合いだ。だが、本当の意味で倒すことなど……打ち負かすことなどできはしない。勝利の代償を払い続けて自滅するだけだ」
ふう、とため息をついて”それ”を告げる。
「――終わりだよ、全て」
今度ばかりは本気どころか完全な諦観だ。その
「それは――やってみなければわかりません!」
緑谷が大声を出した。
「いえ、やらなくても分かるわね」
見知らぬ声。……女の子――そう聞こえる。
「……ああ!? ガキが何の用だよ!」
爆豪がキレた。単純にうっぷんが溜まっていたのが爆発しただけだ。特に何の意味もありはしない。
「いや、それはないだろう爆豪君。お嬢ちゃん、迷子かな? 小学生が学園に入ってくるようなイベントはなかったはずだが」
「――あらあら、元気のいい子たちね」
その女の子はにこにこと笑っている。無邪気に笑っているとしか見えないだろう――その無邪気さはただの偽装……実のところはサラリーマンのビジネススマイルとなんら変わることはない。子供を診察するために身に着けた、”子供に共感させるレベルの無邪気さの偽装”でしかない。ゆえ、それを見破れる者など、ヒーロー多しと言えど相澤……イレイザーヘッドくらいのものだろう。
「まあ待て、その人は……」
「でも。ママ、口の悪い子は感心しないかなっ!」
ポシェットからごそごそと何かを探って、取り出したと思ったら本人ごと姿が消える。
「……っむぐ! ぐ――」
そして爆豪が口を物理的に閉じられた。目にも見えぬ早業……一瞬で拘束具を直接縫い上げた。ゆえに外すことなどできはしない、鍵などどこにもついていないのだから。
「……馬鹿な、早すぎる! まさか”加速”の個性――」
「いや、それだと拘束具の説明がつかない。布……糸でできている!? ならば、ベストジーニストの”ファイバーマスター”みたいな繊維を操る系統の個性か……?」
「どちらも違う」
相澤がため息をつく。生徒が不甲斐ないとかではなく、”よくもまあ”というため息。ヒーローでなく個性すらない人間がこの戦闘力とは、と。
「そうよ、私は第二世代だもの。個性なんて持ってないわ」
そして、衝撃発言。二重の意味で。
「個性を持っていない……それであれだけの早業を!?」
「待って、第二世代って、それ――お母さんと同じ年代の人!?」
「初めまして! 人吉瞳、42歳です!」
ノったのか、ニコっと笑う。
「むぐ――もが――!」
「よ……よんじゅう、にさい――ッ!?」
「そ、それって――おばさん!? 全然見えない!」
「み、緑谷君。それはさすがに失礼だろう」
「飯田君だって驚いて……あ、いや。ごめんなさい」
「きちんと謝れる子はおばさん好きよ。それに、そんなに気にしなくてもいいわ」
「え……あのーー」
空気が停まった。ところで。
「で、どうでしたか。人吉先生」
「――先生!?」
「ああ、私は元心療外科医なのよね――元だから、普通に名前で呼んでくれればいいのにね。相澤君」
勤めていた箱庭病院が廃墟にされた後、彼女は生き残って……人知れず生きてきた彼女を相澤が引っ張り出してきた。
「人吉先生。あなたは勝率をどう予測しますか」
「もちろん、0よ」
ためらいなく言い放った。
「「「……ッ!」」」
純然たる驚きに息を呑む。対して切島は一人目を伏せた。
「断言するわ。このパーティで過負荷に挑むなんて格安自殺ツアーを組むようなものよ」
静まり返った。さしもの爆豪でさえ反論することなどできはしない。ヒーローにとってはヴィランは倒すべき敵に過ぎないが、精神科医にとっては患者だ。叩き潰して終わりのヒーローとは、向き合ってきた時間が違う。そこには確かに重みがあった。
「……けどよ。そんな言い方はねえんじゃねえか。俺はともかく、こいつらは――その、諦めてなんかねえんだしよ」
他人事のような切島。実際に過負荷と向き合うことを真剣に考えていないような……けれど、それは当然のことだ。一般人というものが日々物事に真剣に当たっていると、できない自分は死ねばいいとまで思っているなんてことはありえない。”その他大勢”としては当たり前の思考だ――他人事は。
「……いい子ね、切島君。でもね、それが命取りになるの。こと、過負荷との戦いにおいてはね」
重いため息をついて。
「そうね。なんて言えばいいのかしら、過負荷を相手にすると言うことは――そう、いたいけな女の子に生々しいセックスを見せつけるようなものなのよ」
――皆、引いた。
「あれらが見せつけてくるのは見なくてもいいもの。命を育むのは大切な行為だわ、早い遅いはあるとしても。……でも、過負荷は直面しなくていい現実を見せつける。それを考える必要なんてないの。真面目なほど壊れてしまう」
「だって――犠牲は、救われなかった人は必ず出る。ヒーローは、”それでも一人でも多く”と頑張るけれど、けれど誰もが見ない社会の深淵に直面したら壊れてしまう。人々が逃れられない現実で生きていけるのは、いつだって目を逸らしてきたからなのよ」
重い沈黙が落ちる。そこで、人吉瞳はお茶を一口飲んで。
「てっきり、過負荷の来襲があると思ったけれどなかったわね」
と、軽い調子で漏らした。
「――そいつはどういうことだ!?」
噛みついてきたのは爆豪。
「君たちはあの過負荷の敵になったのよ? なら、襲ってくるのは当然というものでしょう。ま、それを警戒して相澤君は少し離れた教室にあなたたちを呼んだみたいだけれど」
彼を見るとうなづいた。
「あなたたちは4人。なら、2人消せばあちらの勝ち――違うかしら?」
過負荷と敵対した実感がわいてきたのか、顔を蒼くしている4人。
(そう、ここまで時間が経って襲撃がないと言うのはおそらく相澤君とオールマイトを警戒してのこと。あとはこの子たちが一人になった隙を狙うとかそういうことのはず――)
彼女は余裕そうな顔をしている。が、それはただの演技だ。自分が怖がる姿を見せると悪い方へ思考が誘導されてしまうから。しかしその内心は焦燥感に焦がされていた。
(問題はない。問題はない、はず。向こうの取りうる盤外戦術に対して対策は取っている。そう、
教師二人、そして元女医は生徒たちと教室に帰る。とりあえず、カバンを持ってこさせなければ帰らせることもできないから。