個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第20旋回 マイナスの戦略

 

 教室に帰った彼らが見たのは血の海に沈むクラスメイト達だった。そこに立っている者らは一様に歪んだ笑顔で――そして、球磨川が口を開く。

 

『自分より強い敵と戦うにはどうしたらいいか考えたことはあるかな。もちろん、相手より強くなればいいだなんてトンチキはなしだ……だって、そんなの始めは手加減してたってだけの話じゃないか』

 

 螺子から滴る血の雫が床に落ちて破裂する音がする。

 

『しかも、それが5回戦だとしたらどうだい。偶然に頼ってラッキーパンチが出てもそんなギャンブル性は回数を重ねるうちに均されてしまう。考えてみても、どうにも実力の高い方が有利らしい』

 

 彼の着る学生服もまた、血に汚れて見るも無残な有様だ。

 

『じゃあ、どうしよう?』

 

 なのに、その服には不思議と傷は何一つない。それは圧倒的な実力差による虐殺をどうしようもなく示唆してくる。

 

『――考えに考えて出た結論はこうだ。敵は四人なんだから、不戦勝の一勝を大事にしようって。まず一勝を得ることを考えなきゃ、だって僕らは弱いから』

 

 血の凍るような緊張感。まるで出来の悪いホラー映画の世界にみせられているよう。現実感がどこか希薄なのは目をそらしたいからか。

 

『だから、これは君のせいなんだよ。考えなしに4人で5回戦に挑むものだから、これはもう5人目をそろえさせなくなる他ないじゃあないか。僕に他にどうしろって言うんだよ』

 

 ああ、なんて悪い冗談だと現実逃避をしたくなる。倒れているのはクラスメイト達。寝食を共にし、笑い合った仲間たち――

 

『どう考えても、これ以外になかった。考えに、考えて――僕にしては珍しく10分も考えてたんだよ? あれ、ジャンプ読んでたっけ。まあ、いいや』

 

 誰一人としてこの災厄を逃れた者はいない。呼び出された四人以外は例外なくここで血の海に沈んでいる。

 

『ともかく』

 

 その中で、場違いなまでにへらへらした笑顔。当事者感のまるでない、誰かを助けるための笑顔とは真逆の――

 

『僕は悪くない』

 

 その言いようのない過負荷(マイナス)に戦慄した。

 

 

 

「……球磨川ァァァ!」

 

 ワン・フォー・オール、フルカウル。緑谷が殴りかかる。

 

「あなたの相手は私だよ、緑谷君」

 

 腐食の手、江迎が襲い掛かる。いくら隙を突いたうえの奇襲だとしても、緑谷はそれをどうにかするだけの反射神経は身に着けている。むしろ迎撃を考えて――しかし相手が見知った女子であることで躊躇する。結果は泥沼、足止めに引っかかって動けなくなる。

 

「……緑谷、君――ッ!」

 

「お、おい。こりゃ、どういうことだよ……ッ!」

 

 飯田、そして切島はどうしても動きが遅くなる。それはよく言えば慎重と言うことだが――

 

「あなたたちの相手は私がしてあげる」

 

 切島に声がかけられる。ナイフのギラリとした輝きが見えて、反射的に硬化を使う。その程度、できなくて何が雄英――だが、卵だ。

 

「……う、わーー」

 

 ナイフは刺さらない。けれど、その手が押し込まれる。摩擦が無くなったかのようにふんばりが意味をなさず、体重によるブレーキすらも無効。そう、これは無重力の個性。

 

「甘いよ。切島君の個性は知っとるから」

 

 まるで巨人に投げられたかのように勢いよく射出される。このまま無重力の個性を切られたら、重力が復活してまともに壁に叩きつけられる。ゆえに。

 

「硬化を切ってくれ! 切島君」

 

 飯田が受け止める。もちろん、麗日は狙って飛ばしている。そして、切島もそんな飯田を信じて硬化を切る。切っていなければ飯田は戦闘続行は不可能な程度のダメージは喰らっていた。

 

「……大丈夫か」

 

「問題ない」

 

 言いつつ顔をしかめる。人間大の岩球を喰らったわけではないとしても、湿布が欲しい程度のダメージは入った。

 

「すぐにおねんねさせてあげるよ。飯田君、切島君」

 

 彼女、麗日お茶子は怪しい笑みを浮かべる。壊れかけたような、泣き出しそうな――そんな笑顔を。

 

「いいや。縛に着くのは君だ」

 

 だから彼ら二人は決意する。目の前の敵が机を並べた相手であるものだから。

 

「これ以上、お前に誰も傷つけさせねえ」

 

 絶対に救って見せる、と。

 

 

 

「……おやおや、私たちの相手は貴方がたですか。そちらの偉そうな教師面した人はさておき――もう片方は見覚えがあるような気が」

 

 片眼鏡と燕尾服。執事らしきいでたちに思えるが、その本質はまるで真逆。偉そうなものを目の仇にするという幼児性が服を着て歩いているような男。その笑顔はまるで責任感のないガキの残酷なそれだ。

 

「奇遇だな、蝶ヶ崎。実はあたしもだぜ」

 

 対してこちらの女子は見る影もないほどに改造した制服を着ている。言うなればスケバンだろうが、服の方向性は仲良くつるんでいるように見えて真逆だ。もっとも、こちらは暴力性と言う幼児性をむき出しにしている。その笑顔はいかにも夜に学校に忍び込んで窓ガラスを叩き割りそうなそれだ。

 

 ――正体不明の二名の過負荷。対するは。

 

「過負荷だか何だろうが、これ以上好きにはさせん」

 

 笑顔の消えた相澤。

 

「さて、私は貴方たちみたいな生意気そうな面したガキなんて知らないけど」

 

 優しいお姉さんのように見える笑顔。しかし、それもすべては上辺だけの”医者”。

 

「あなた偉そうですね。何様のつもりですか」

 

「はっは。相手があのイレイザーヘッドとか、かよわいあたしが勝てるわけね―じゃん。だから燃えるぜ。……来いや!」

 

 凶悪無比な二つの過負荷に、過負荷も、過負荷に対抗する個性も持たない二人が立ち向かう。

 

 

「死ねや、ボケナスゥゥゥ!」

 

 爆破。爆破爆破爆破爆破爆破――息もつかせぬ連続攻撃。驚くべきは、それでも倒れ伏す者たちに攻撃を当てていないことだろう。被害は行っているが、それも許容範囲……死ぬほどではない。

 

『っく。罪をかぶせられた憎しみを力に変えるなんて、さすがはヒー……ぐあっ!』

 

 さすがの球磨川も皮肉を弄ぶことができない。爆破は物理的に酸素を燃やし尽くし、そして彼の喉を焼く。衝撃が身体を揺さぶって、肺の中の酸素を強制的に絞り出す。

 

「なかったことにする力だァ!? ふざけんじゃねえ。なら、俺はてめえをぶっ殺し続けるだけだァ!」

 

 容赦なく苛烈に火傷を刻んでいく。過負荷に対峙するにあたり、最も厄介なのは”立ち向かう気にもならない”と言う気持ち悪さ。だが、爆豪はそんなものを気にしない。闇がどうだの社会がどうだの関係ない、強いのは俺だという自負だけが全てだ。

 

『いい気になるなよ。そうやって弱さを見ないのが、君の弱さ(マイナス)なんだから』

 

 死角を突く。実のところ、球磨川が真に頼りにするのは弱さを見抜く観察眼。いくら爆豪が生徒の中では完成形に近いと言っても、それは精神の話だ。戦闘スタイルは粗削り……球磨川ならいくらでも隙を見つけられる。だが

 

「――おらあ!」

 

 ぶん殴る。爆豪の拳がめり込んで球磨川の頭をラグビーボールのように床に叩きつける。そうなったのは妨害があったからだ。

 

「悪いが、2対1だ。卑怯とは言わないだろう?」

 

 オールマイトが横から球磨川の攻撃を逸らした――ただそれだけのこと。

 

『いや、言うけど。ずる――』

 

 後はもう、爆破の連続。いくらでもある隙の内、球磨川が狙えるのは限られる。そのすべての行動はオールマイトが潰す。

 

 どう考えても、球磨川が降参しないのがおかしい状況だった。

 

 

 

「――君は、どうして……!」

 

「どうかしましたかぁ☆ そんな楽しそうな顔して」

 

 やはり、ここでも江迎の腐食の手は外れまくる。というか、腐っても過負荷――本気でよける雄英生、しかも実戦経験豊富な緑谷に攻撃を当てることはできない。

 

「どうして、こんな……酷いことを!」

 

「どうして、だなんて変なことを聞くんですね。そんなこと聞く前に殴ってくる人がほとんどです……からぁ! あうっ」

 

 恥も外聞もなくスカートがめくれ上がるのにもかかわらず果敢に突進して……結果、辺りの机にまともにぶつかったり、床の血に足を取られて転んで自爆ダメージばかりが積み重なる。

 

「分かり合うことはできないの……ッ!?」

 

「あはは☆ あなたに私の何が分かるんですかぁ。私のこと何も知らないくせに、分かり合おうとか言わないでくださいよ♤」

 

 そして、初めて緑谷が反撃する。いくら痛みを気にしないようにしても、体の反射行動まで無くすことはできない。江迎の身体が打たれた衝撃に反応して勝手に丸くなる。……わずかに動きが止まる。

 

「知ってる」

 

 だから、わずかにできた隙に言葉をねじ込んだ。

 

「……?」

 

「僕は、君があのとき本気で幸せになりたがってたって、知ってるんだ! だから、君はそんなことしちゃいけない!」

 

 その言葉は本気だ。敵を言葉でどうしようとか考えていない、本気で救うためだけの言葉。

 

「……」

 

 江迎が反射行動が収まるよりもわずかに長い時間、動きが止まって。

 

「僕と一緒に来てほしい」

 

 その差し出された手を腐食の手で払う。

 

「……わかったような気にならないでくださいよぉ。私たちは酷い目に遭ってきた。だから、他人をひどい目に遭わせるのが楽しいんです。皆、好きでしょ? やり返すのってさあ――」

 

 顔に消えない傷跡を刻む手が伸びる。

 

「――う」

 

 ”それ”の痛みは先ほど知った。払われた手は腐食で焼けただれて激痛を発している。それに、いくら男で、しかもファッションとか興味のない緑谷と言えど二目とみられぬ顔で生活していく未来など、想像すらしたくない。

 

「わあああああ!」

 

 女の子だから攻撃しなかった甘さが、ついに恐怖の前に振り切れた。目の前の恐ろしい何かを叩き潰す。

 

「あは♡ やっとやる気にな……った、っうぐーー」

 

 叩き込まれる攻撃。江迎の視界はグラグラ揺れて、ただでさえ当たらない攻撃の目測がさらにずれる。

 

「……こうなったら、もう意識を刈るしか――」

 

 緑谷は嫌な気分を飲み下しながら拳を振るう。けれど、女の子の柔らかい身体に振るうそれは全力など出せなくて。無意識で手加減するがゆえに、決定的な一撃を繰り出せない。相手を気遣うがゆえに、ただ痛みを重ねて行くだけのリンチじみた拷問になってしまうという皮肉。

 

「……ッ!」

 

 もはや口を開くこともできなくなって。なのに、立ち向かってくる江迎。その虫じみた痙攣するあざだらけの体を引きずって、無意味に何度も立ち向かうその姿は筆舌に尽くしがたく――ただひたすらに気持ちが悪かった。

 

「ああ……!」

 

 虫けらのように飛ばされて。

 

「うわ……!」

 

 それでも体を引きずってくる。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――

 

「ああああああ!」

 

 悪夢の光景の前に心が呑まれた。ついに、ワン・フォー・オールの制御が完全に外れて……100%の力が江迎に突き刺さり、ぴくりとすら動かなくなる。どす黒い血を大量に吐き出して倒れ伏す。

 

「――ひ!」

 

 ”つい、やってしまった”。緑谷の心境を表すならそれで事足りる。女の子の肉を潰し、骨を折り、内臓までひしゃげさせた――生々しい肉の感触。しかも、自分の拳にはそれほど痛みはない。岩と豆腐、殴った時にどちらが痛いかなど言うまでもなく、わざわざ個性で治すほどでもないダメージに収まった。

 

 一方、江迎が大量に吐き出した血はどす黒かった。それは内臓まで損傷したことを示す。重症の中でもかなり重い傷だ。

 

「……ああ。あああああああああああああ!」

 

 その後は、何も覚えていない。後で聞いたことによると球磨川達は倒れた江迎を連れて逃げ出したらしい。

 

 

 

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