「――凶化合宿、やってみる?」
集められた4人にかけられたのはそんな言葉。人間心理を知る人吉瞳にしてみれば、心を守る術に通じているなら、壊し方を知っているのも当然のこと。
「よくわかんない人がよくわからないものを遺していったのよね――そのデータすらもう廃墟の中で消えているだろうけど」
やれやれと首を振る。もちろん、ここにその何者かが誰なのかを知っている人はいないけれど、彼女がよくわからないという者など、一体どんな”もの”なのだと身震いする。
「まあ、私ですら誰が何を考えてこんなものを作ったのかさっぱりわからないけど。それでも、精神外科医の私から見れば方向性くらいは分かる。過負荷に対抗できるような精神性の獲得……まあ、単なる拷問の一環かもしれないけど。知ってるかしら? 社会がこうなる前は殴るとか歯を抜くとかの肉体的な苦痛よりも、精神的な苦痛を与える方へ拷問術が進化してったみたいなのよ」
まあ肉体に痕が残ると捕虜の扱い云々で大変なことになるからだろうけどね。と、付け加える。有効性と言うのは”そのもの”よりもむしろ状況がモノを言うのはいつだって同じだ。ルールがあれば抜け道を見つけようとするのもまた同じ。今となっては個性があるからそんなことをする必要性が薄いのだけど。
「――で、やる? 私としてはもうこれくらいしか考え付かないわ。前回の戦いは撃退したように見えて、単に相手の方は目的を達成した後だっただけよ。今のままじゃほぼ全敗すると考えて間違いない」
そう、有効な”個性”の撃滅――確実な一勝よりもそちらを優先したのは間違いないと踏んでいた。試合である以上、過負荷はそれだけで不利だ……なぜなら、いつも負けるのが過負荷なのだから。
(ま、爆豪君の精神性なら試合形式でなら簡単に勝利を拾えるだろうけど、それは言わないでおくわ)
お茶を飲みながら言う彼女。だが、自分の力不足は先ほど体感したばかり。あのマイナスな戦略を見抜けなかったばかりだ。自分の推測が当たっているとも思えない。
「――受けます」
緑谷が言った。飯田も静かにうなづいている。爆豪は言わんでも尻込みなんざするかボケと反抗的な視線を投げかけている。
「……なら、最初の書記戦は棄権ね。単純に時間が足らないわ。4戦の中で3勝しなきゃならないけど、過負荷を相手にする以上はこっちの方が勝率は高いはずよ。丁度一人いないしね」
「……」
緑谷は神妙にうなづいて、爆豪は態度悪く舌打ちする。切島はそんな二人を心配していて、どこか他人事。
「――それは」
だが、飯田は。
「納得できません。彼らはそのために僕たちのクラスメイトを襲った……! 奴らの思い通りになんかさせてなるものか……ッ!」
机の上を叩きはしないけども、その代わりに手を垂直に伸ばして直立する。
「でも、これが勝率が高い方法なの。それに、むしろ過負荷と言うのはそういう勇気や善性といったものを突いてくる。あなたの友情は奇麗だけど、奴らはそれを貶める」
「――それでも」
「大体5人そろってすらいないのに……」
「それでも、僕は嫌だ! 僕が戦う!」
譲らない。決して。子供らしい直情さ? 確かにそう言えるだろうが、それは違う。これは勇気と言うものだ。悪を許さない正義の心と言うのだ。
「あなた、本当に戦えるの? 相手は――」
だが、正義の心があれば過負荷と戦えるかと言えばそうではない。奴らがよって立つのは暴力などではないのだから。暴力には立ち向かえても、過負荷と言うねじれに相対するのには必要な資格はまた別の――人でなしの素質だ。
「相手が恐ろしいことは知っている。けれど、我慢がならない。ここで引くようなら、僕にヒーローになる意味はないんだ!」
その正義の心は大人に言わせれば間違ってはいるけども。
「飯田君」
緑谷が肩に手を置いて。
「任せるよ。後は、僕たちが2連勝する。そうすれば5人いないのなんて関係ない。ね、かっちゃん」
「――うるせえ、糞デクが! この俺が負けるわけねえだろうが!」
「勝って。勝って見せるから、この、力……で……?」
「どうしたんだ、緑谷君?」
「つか……えない……個性が――」
後で人吉先生に聞くところによると、それはよくある奇病らしい。奇病にしては発症率は高く、日本にも両手の指に勝る患者がいる。そして、それは増え続けていると聞いた。
トラウマの一種、だそうだ。普通はもっと幼児期に発症する。例えば、個性が暴走して母親を傷つけるなど――心的原因で使えなくなってしまう。トラウマが原因と聞くともっといそうな気もするが、個性は身体能力の一部なので完全に使用不能になるのは珍しいらしい。トラウマで目が見えなくなる例などほとんどいないのと同じだ。
だが、この段に当たっての個性使用不可……笑いごとではなかった。過負荷のおぞましき能力には個性で対抗するしかないと言うのに――
そして、庶務戦当日。
「それでは定刻になりましたので始めさせていただきたく存じます。まずは皆様、ご多忙の中こうしてお集まりいただきありがとうございます」
どうにも自分に目隠しをしている格好だが、実際には彼の眼は見えている。まあ、ヒーローによくあるかはわからない、意味があるか不明の装束だ。
「わたくしめは僭越ながら今回の生徒会戦挙を管理させていただく2年C組
「この『平等』の個性にかけて公正な審判を進行いたす所存にはございますが、至らぬところがあれば遠慮なく仰ってください」
頭を下げた。
『んー。至らぬところねえ。いきなりそんなこと言われてもな――』
ぺこりと頭を下げ返す緑谷に対して、球磨川は逆に上を向いて頭をポリポリかいている。どこまでも対照的なリーダーの姿だった。
『……ッ!』
そして、出し抜けに螺子を取り出し攻撃を仕掛け――
「これはどういった趣向でございますか? 球磨川さま」
その螺子は長者原の指先に受け止められていた。
『いや、なに。君に資格があるか試してみただけなのさ。そして、不満なく合格だよ。よろしくね、長者原くん』
一つ頷いて視線を戻す。平等の個性――感性そのものがずれている。そのあたりがA組にいない理由なのかもしれない。それはともかく、彼は自らの命が危険に晒されようが友が地獄に堕ちようが関係なく、公正に戦挙を進めていく。
「では、庶務戦を務めるお二方。前へ」
「僕だ」
意気揚々と飯田が前へ出る。
『僕だね』
ただ足を進めただけなのに、どこか薄気味が悪い――というか、普通はボスキャラは最後に出てくるのがお約束だろう。強烈な違和感、そして予測不能。
「――なぜ、貴様が!?」
『おいおい、相澤先生。僕は昔から庶務になるのが夢だったんだぜ? 人の夢を馬鹿にするなよ』
「貴様に、夢などあるものか……!」
『酷い言い草だね。でも、そうかもしれない。僕には夢なんかなくて――だから夢を追いかけられるエリートに”それ”は恵まれてることなんだと、分かってもらいたいだけなのかもしれないね』
「どうせ、貴様のそれも嘘だろうが……!」
『うん。きっと、そうだね』
相澤と睨み合う球磨川の肩に手を乗せて振り向かせる。
「お前の相手はこの僕だ。最初に出てくれるなら好都合! この僕が戦挙を終わらせてやる!」
『……いや、君が勝っても5回戦なんだから、ここで決着なんてつかないと思うんだけど』
「何とでも言うがいい! さあ、長者原さん。ルールを教えてもらおうか!」
自信に満ちた――という空元気に近い。元々人の話を聞かないところはあったけれど。
「では最初に球磨川さまに試合形式を選んでいただきたく存じます。今回の選挙戦に当たり、十三の決闘法をご用意いたしました。球磨川さま、ここに伏せられた十三枚のカードよりお好きな一枚をお取りください」
「……待ってほしい! ルールを選ぶと言うことは、それは球磨川の側に余りにも有利すぎないか!? それでは、とても公平とは言えないと思うのだが!」
「なんでも先達は偉い、と限ったわけではないのですが――”一番”というのはそれだけで意味を持ちます。なので、両者を公平にするための枷と思っていただければ」
「なるほど。質問に答えていただきありがとうございます!」
『ええと。僕、選んでもいいのかな』
「お願いいたします」
『じゃあ巳だ。縁起を担いで蛇で行こう』
「――では」
選ばれたカードの裏側、ルールは”蛇の巣”。
「庶務戦の形式は『毒蛇の巣窟』に決定いたしました。これは我々の用意した13の決闘法の中で最も残酷なルールで行われる選挙でございます」
そして、場所を移動する。
「それでは皆様、右手をご覧ください。縦10m、横10m、深さ10m。この深き闇こそが生徒会選挙庶務戦の舞台となりましてございます」
そこにあったのは穴としか言えない。グラウンドに垂直に掘った巨大な穴だ。これだけ巨大な穴となれば、個性でも掘れはしまい。
「この穴の中で戦うのでしょうか!?」
ビシリと手が天を突く。
「どうしてもと仰るのであればそれも考慮いたしますが、飯田さま。しかし、わたくしめといたしましてはあまりお勧めできません」
そう言われて穴をのぞき込んで見ると。
「……な!? これは」
過負荷とは違う純粋な生理的嫌悪で足が下がる。
「これは……へっっ……蛇ぃぃっ!?」
「はい、蛇――正確にはトカゲ目クサリヘビ科のハブにございます。賢明なる皆々様には申し上げるまでもありませんが猛毒の種類にございます」
「――この中で戦えと? 毒耐性の個性もないのに……」
こんなところで戦ったらすぐに死んでしまう。――それも、両方だ。おぞましい想像に身震いして。
「ええ、その件でございますが実はこのリングまだ未完成でして――おやおや? どうやら丁度良いタイミングの様ですよ」
何人もの黒服がでかい金網を運んできた。
「……金網、か――ッ!」
それがはめ込まれる。そう、はめ込まれただけだ。固定するための螺子などどこにも見当たらない――
「決戦舞台『毒蛇の巣窟』。これにて完成にございます」
これで、完成。この、不安定なままのリングが――
「飯田さまと球磨川さまには穴の底ではなく、この金網の上にてバトルを行っていただくことになるわけでございますね」
「ルールを説明しますと飯田様がお巻きになっている仮章、それを奪えば球磨川さまの勝利――守り切れば飯田さまの勝利となります。奪取または取得に当たって、いかなる手段を用いようとかまいません。また、特に制限時間は設けておりません」
「攻防や時間の経過によって金網は沈むことになるわけでございますが、そこに達すれば両名とも獰猛な毒蛇の餌食となるわけでございます。この場合は両者失格となりますので悪しからずお願いいたします」
「ちなみにルール上ギブアップは認められております。その際はその旨を申告していただければ、その時点で決着と致します」
これで、ルール説明は終わり。十三のルールのうち、最も残酷と言われるのにふさわしい真綿で首を絞めるような命と心を削るルール。
「こちら側に勝利条件がないのは、あまりにも不利すぎないだろうか」
「そうは言われましても、答えは前と同じなのですが。それに、飯田さまの条件は球磨川さまに『まいった』の一言を言わせることになりますね」
とりあえず、これ以上は反論をやめてリングを見る。
『ねえ、飯田ちゃん』
球磨川は肩に手を置く――まるで友人のように。
『この庶務戦なんだけどさ』
『僕、わざと負けてあげよっか?』
にたりとした笑み。飯田はそちらを見てはいないが、それを容易に想像できるようなねっとりとした声。
「……ッ!?」
だが、その言葉にはさすがに驚いた。まさか、負けてもいいとは――ヒーローには想像もつかない思考だ。
『なんか選管の皆のノリが思いのほかよくて若干テンションが下がっちゃったし』
言い募る球磨川に侮蔑すべき嫌悪を感じて、振り払う。
「球磨川くん、君って奴は……どこまでーー」
『あは! なに怒ったの? やーだー!』
へらへらと笑う。いつものように。
『忠告してあげる。そうやって僕を不快に思ってるうちは百年かけてもきみには僕を止められない』
そして、その笑顔のまま足を踏み出す。
『受け入れることだよ』
そのまま踏み出していく。
『飯田ちゃん』
その薄気味の悪い笑顔のまま。
『不条理を』『理不尽を』『嘘泣きを』『言い訳を』
『いかがわしさを』『インチキを』『堕落を』『混雑を』
『偽善を』『偽悪を』『不幸せを』『不都合を』『冤罪を』
『流れ弾を』『見苦しさを』『みっともなさを』『風評を』
『密告を』『嫉妬を』『格差を』『裏切りを』『虐待を』
『巻き添えを』『二次被害を』『愛しい恋人のように受け入れることだ』
彼は続ける。
『そうすればきっと』『僕みたいになれるよ』
躊躇なく毒蛇のリング上に足を踏み入れた。