「皆様、一週間の御無沙汰でございました。それではこれより生徒会選挙書記戦を始めさせていただきたく存じます」
生徒会戦挙、二戦目。ヒーロー側は初戦を敗退で飾った以上、負けられない。
「前回と同じく、まずは試合形式を決める運びですが。それに先立ちましてオールマイトさま、少々前に出てきていただいてよろしいでしょうか」
黒服がオールマイトの周りを囲んだ。
「オールマイト様は戦挙遂行に支障をきたしかねない危険行為が目立ちますので、我々選管により監視させていただきます。異存はありませんね?」
「……ああ、問題ないよ」
特に驚いた様子もない。なにかあればまた”やる”な、などと長者原は思うがゆえに油断しない。それでどうにかできるとも増長できないが。
「では、時間も押してまいりました。志布志さま、十三枚のカードの中からお好きな一枚をお選びください」
「……『巳』のカードがあるけれど、その裏側は庶務戦の時と同じく『毒蛇の巣窟』なのかい?」
素朴な疑問。
「いえいえ、まさか。庶務戦と書記戦では性格が違いますので。『巳』のカードのみならず十三枚のカードの裏側を我々は総とっかえしております」
「じゃーあー考えんのめんどくせーし、あたしも球磨川さんと同じ『巳』でいーや」
「『巳』のカードでございますね。わかりました。『毒蛇の巣窟』を知りながらこのカードを引くとは、志布志さまの度胸にはこのわたくしめ、ただただ感服するばかりでございます」
カードを引く。
「書記戦の形式は『冬眠と脱皮』に決定いたしました。これもまたやはり! 今回、我々が用意した十三の決闘法の中でもっとも残虐なルールで行わわれる選挙でございます」
またもや、もっとも残虐などという言葉が出たが――まあ、それはいつも言っているからなどではなく、戦挙における”蛇”と言う札にそういう性質があると言うことだろう。
「――今回もまた蛇を利用するのですか! そんなことをしたら沖縄からハブが居なくなると思うのですが!?」
負けたくせに元気な飯田だ。
「いえ。今回は実際の蛇は用いません。蛇はあくまでモチーフでございますね。相手の身包みをすべて剥いだ方の勝ちとなりましてございます」
『おいおい、いい加減にしなよ長者原くん。苦言を呈さずにはいられないよ』
怒る――この段に至っては、そういう風に見せかける気まぐれが発動しただけだと誰もが看破しただろうが。
『そんな芸者遊びみたいなふしだらなルール、神聖なる学び舎で行っていいわけないだろう』
とはいえ、言っていることはまとも。まあ、正論を言って茶々を入れる機会を逃さないのがこの男だから……というか、正論が言えなければ虚言を弄するから、どちらにしても茶々は入れるのだが。
「いえ、球磨川さま――妄想たくましくされているところ申し訳ありませんが、そんな色っぽい試合にはならないと思いますよ」
『え?』
そして、案内されたのは極寒の部屋。
「学食を提供してくれる皆様が使用している巨大冷凍庫、零下48度――南極さながらの極寒空間、この倉庫全体が書記戦の舞台となりましてございます」
ガチガチに凍ったコンテナ、凍り付いて貼り付いた棚に収められている箱が並べられている。この霜に覆われた世界でふしだらなことに考えを及ばせるのは相当に難しいと言わざるを得ないだろう。肌を晒せば、即座に凍る。
まずは赤くなるだろう。しかし、それも一瞬のこと。次は白くなり、腫れ、水泡ができ――大した時間もかからずに黒い革のようになってしまう。そんな病変に欲情できるやつがいたとすればそれは大変な変態だ。球磨川でさえそこまで
「僕の受けた毒蛇の巣窟もそうだが……冬眠と脱皮、これは――こんな中で身ぐるみはがされたらあっという間に凍死するぞ……!」
その空間では、そもそもそこに居ること自体が死因となる。防寒対策程度では死を防ぐことはできない――というか、無理やり電力を大量消費して普段より冷やしている。そこまでして凍らせた食材など、溶かしたころには放課後になっている。
「かつては氷室でバトルを執り行ったようです。ちなみに今回はギブアップは認められません。
ギブアップは認められない――とはいえ、自分で脱いでしまえばいいだけだ。この空間でパンツ一丁になったら、何秒も持たずに凍死する。敗北条件を満たしたらすぐに選管が助けてくれるだろう。……それより前はどんな介入も許さないが。
「言うまでもなく身ぐるみの剥ぎ合いは脱皮の見立てであり、極寒ステージは冬眠の見立てでございます。つまり今回は立候補者こそが蛇であり、この決闘は蛇同士の食い合いなのだとご理解ください」
もっとも残酷とは言い得て妙――むしろ死人が出ない方がおかしいルールだ。
「――では、この戦いに挑む立候補者様、前へ。ちなみにこの書記戦におけるオーダーは事前に伺っており、ルールが決まった後で有利な人選を行ったものではないことをご理解ください」
「俺だ」
爆豪が前に出る。極寒に対して爆発――ピンポイントに有利なところを突いてきたように思えるが、もちろん緑谷側がルールを知っていたわけではない。
彼の性格上、会長選に出ようとするだろうが……そこは最初の戦いで負けた以上、二連続で負けるわけにはいかない、この戦いは後に控える会長選よりも重要なのだと説得された。彼の人選は”彼なら勝てる”という信頼――まあ、それは生来の乱暴さからくるものだが、それでも過負荷に対して相性がいいのは変わらない。
「あんたか。あたしは女だけど遠慮するこたねえぜ。女の服を剥ぐのは紳士じゃねえって後で言い訳されても困るしな」
「ボケが。てめえ相手にそんなん考えるわけあるかよ。速攻でマッパにして晒してやるよ」
さらに、もう一つの利点。飯田や緑谷では決して志布志の服を剥ぐことなどできなかっただろう。だが、爆豪ならば。
「かっちゃん、勝って」
緑谷の真摯なお願い。
「……は、ボケが。クソナードに言われるまでもねえ――勝つのは俺だ」
この残酷なルールにも尻込みせず、凶悪な笑みを浮かべて見せる。
『志布志ちゃん、先の庶務戦は僕が勝利した。でもね、やっぱりこれはチーム戦なんだよ。僕だけが勝ったところで、チームが負けてしまったら敗北なんだ』
『だから、僕は真剣にお願いするよ』
言葉を切って。
「――勝って」
一瞬だけ、
「ひひひ」
志布志の顔に思わずと言った笑みが浮かぶ。
「無茶言うなあ、球磨川さん。あたしの弱さを知ってる癖に! 勝つとか! 99%無理に決まってんだろ、そんなこと――」
扉の前に立つ。極寒の世界がこちら側に接続される。ただ漏れた冷気だけで体の芯まで凍えてしまう。
「だけど! 1%でも可能性がある限りあたしは諦めない!!」
入る。
「クソが! 俺より先に入るんじゃねえ――」
爆豪も追って入る。勝手に入らなかったのは開始の合図を待っていただけ……この男はチキンレースは最後までブレーキをかけないタイプだ。
「さあ! てめえをぶっ殺して、さっさと糞さみいとこから出てやん……」
爆発を連続させながら入った爆豪は、その瞬間血を噴き出して倒れた。
「……ッかっちゃんっ!」
「ぼんやりしてんじゃねーぞ、小僧。試合場に入った瞬間から既にバトルは始まってるんだぜ!」
頭を踏みにじろうとして。
「言われなくても知ってんだよ。――糞スケバンがァ!」
ただの売り言葉に買い言葉……ルール違反を問うようなことなくそのままバトルに移行する。そして、常にキレているように見えて、その戦闘思考は冷徹。一気にバトルを終わらせるべく靴を狙う。
「っち!」
飛びのいた。さすがに靴をやられては動けなくなる。霜だらけの地面はただでさえ素足を切り裂き、しかも裸足は冷気に耐えるべくもない。むしろ上着よりも守るべきものだ。
「――APショットォ!」
さらに範囲攻撃ではなく収束した一撃。ただ”ぶっぱなす”一撃は爆発の性質上、敵を温めてしまう。それで服を破ければいいが、そんな偶然に頼るギャンブルなどしない。
「っぐ! は――」
そして、叩きのめされた志布志は逃げ出した。もちろん、冷蔵庫の外ではなく――みっともなく這いつくばって、必死に攻撃から逃げて隠れる。
「――は。隠れたところで無駄なんだよ! どこに行ったかくらい、音で分からァ!」
極寒の中、爆発と言う個性を持っていたら絶やさず使って寒さを和らげようとするのが一般的な感性だろうが……爆豪はそれを選ばない。個性の使用はそれだけで体力を使うし、何より爆発で音が聞こえなくなる。
「その辺だなァ!」
さらに、音を聞くために爆破を使わなかったからと言って、その思考に己を縛ることもない。やるべきときにはやってしまう――コンテナの裏に隠れた志布志を爆破でもろともに吹っ飛ばす。
「よお。そろそろ降参したらどうだ? その傷じゃ立ち上がれもしねえだろうよ」
「……は。馬鹿言うなよ。約束したんだ――あたしは這いつくばっても勝つってな! 『
その言葉通り、這いつくばったままで放たれた過負荷が爆豪をズタズタにする。
「――ッ! くそ、が……」
膝をつく。もはや両者負傷により戦闘続行不可能と言ってもいい状況だが――
「ひひ。勝ってやる。あたしが、雄英のエリートに。……体育祭の覇者に!」
ずるずると身体を引きずって近づいていく。このまま爆豪を全裸にひん剥けば志布志の勝利だ。
(……くそが。なんだってんだ、あいつの個性――過負荷だったか? 発動条件……触ることじゃねえな。見るだけか? いや、それだけでここまでのダメージを与えるなんて馬鹿なことが……)
爆豪は必死に考える。
(だが……くそ! 分からねえ。あいつの能力は何だ? 切り裂く能力――違う、服は傷ついてねえ。斬撃とかそういうものじゃねえが……だとすると何になる? どう防ぐか……発動条件すらわからねえんじゃなんとも……)
(生命だけに効くカマイタチ? なんだそりゃ――つか、カマイタチだったら避けられる。脈絡もねえっつうのはおかしい。本当に、発動させようと思うだけで発動するような……)
「――ひひ。そうさなあ、ヒーローつうのは諦めないもんなんだろ?」
たっぷりと時間をかけているのにまだ半分も近づいていない志布志。それを思いついて、ニタリと笑う。
「じゃあ、念には念を入れとかねえとなあ? もう一丁喰らっとけよ」
「っづ! ぐあ――」
(分からねえ。今の一撃……何の拍子も、飛んでくる”何か”も分からなかったぞ! 魔法とでも言うのかよ――糞が!)
声が聞こえたような気がして――そちらを向くと。
「かっちゃんっ! かっちゃん、返事してよっ!」
緑谷が騒いでいた。ウゼエと思って。
「ああ。ウゼエ。ウゼエんだよ。テメエらも、糞デクも! 面倒くせえ――こうなったら考えんのなんてヤメだ!」
身体の痛みなど無視して無理やり立ち上がった。
「ひひ。そうこなくっちゃなあ――食らいなあ! 『致死武器』」
「っが! ぶっ殺す! ぶっ殺してやる!」
血まみれになりながら前へ出る。
――これは皮肉と言っていい。なぜなら、図らずも爆豪が使っているのは
元々志布志は『罪が軽くなるから、未成年の身で人殺しをすると損な気がする』というイカれた信念があるが――事情を無視して結果だけ見れば”人を殺すことができない”と言うことになる。そして、精密コントロールなんて過負荷にはそれこそ似合わない。足に集中させて機動力を殺すこともできない。
結果、爆豪はまだ動ける。動けないようになどできない。
「――だが、出血による意識の喪失ならどうかな!? 人間は血液の30%を失うと死んじまうが、それ以下でも意識を失っちまうんだぜ。いくらヒーローでも物理法則まで無視できないだろ!?」
そう、どのくらい血を流せば気絶するかなど過負荷の嗜みとして経験済み。ゆえに、殺さずとも動けなくすることはできる。
「なら、塞げばいい話だろが!?」
爆破。太い傷を焼き潰す。狂気の所業――焼け焦げ、二目とみられない傷跡を残しながら爆豪は進む。
「――そんな……」
「勝ったのは俺だ」
爆豪が志布志の服に手をかけようとして。
「ばーか。あたしの『致死武器』にはもう一つの使い方がある!」
そう、志布志の過負荷は”他人の古傷を開く”。爆豪は予測することすら諦めてしまったが、実はここで言う古傷というのは2種類ある。
「この、トラウマを開く力……が――」
身体の古傷。それは怪我や故障だけでなく、虫歯だって筋肉痛だって古傷だ。アスリートの中でも最高峰にキツイ雄英生が喰らえばただではすまなかった。そして二つ目――精神の古傷。
「ウゼエ」
そして、爆豪は一瞬にして爆破で志布志の服を焼き消した。
――何が悪いかと言えば、志布志の戦略だろう。この一撃に効果があったら、こんなあっけない幕切れにはなってなかった。目の付け所が最初から間違えていた……なぜなら今のは爆豪にトラウマを克服するだけの心の強さがあったからというのでは全然ない。そんな大したトラウマなんてなかっただけの話……塵も積もればという話があるが、しょせん塵は塵だ。
エリートが憎いとか言いながら、それを全然想定していなかったのは志布志の頭が悪いとしか言いようがない。だって、エリートは恵まれているからこそエリートだ。トラウマまみれの
ああ、もちろん効いてはいる――爆豪の心はしっかり嫌な気分になっている。だが、それだけだった。
「生徒会戦挙書記戦は! 爆豪勝己さまの勝利でございます!」
これにて、地獄の第二戦が終了する。
過負荷サイドは原作とは違った姿勢になっていますね。個人的に球磨川の「ただそこに居るだけで全てが台無しになる」というのは彼の性質で、本音とはまた違うと思います。彼はきちんと自分が納得できる形で勝ちたいと願っているのではないでしょうか。もちろん、庶務戦での勝利は納得できるものではないでしょうが。