集められたそこは植物園。本来なら緑で人々の心を癒す空間だが、すぐに血塗られたキリングフィールドに変わる。塗り替えられてしまう。血塗られた戦挙のステージへと。
「それでは皆々様、会場に到着いたしましたところで江迎様が選ばれた『兎』の試合形式、『火付兎』のルールを説明させていただきたく存じます」
――過負荷側はさすがに三連続で『蛇』を選ぶことはなかった。実のところ、江迎は元々ヒーロー側だった麗日に次いでまっとうな空気もある。もっとも、彼女は一端の過負荷……それが不気味なところでもある。
ともかく。
「さて、今回は候補者の他に各陣営よりそれぞれ一名ずつサブプレイヤーとして競技に参加していただくことになります。形式としてはタッグ戦と言うことになるのでしょうか」
『質問。それは僕が出てもいいのかな?』
「その答えを最初に申しておきますと『否』でございます。球磨川さまはもちろん、競技に参加した方は出られませんし、この競技に出られました方についても以降の戦挙に参加していただくことは不許可になります」
「どういうことでしょうか!? 前回の戦挙で重傷を負った二人はすでに戦えるほどには回復しておりますが!」
「はい。ただでさえ苛烈な戦挙、短期間の位置に何度も経験されますと精神に不調をきたす恐れがあるからとご納得ください。もちろん、あなた方がどうかを言うわけではございませんが、必要以上に残酷になってしまいますと教育機関として不適格の烙印を押されてしまいますので」
まあ、球磨川がいる時点で”そこ”は教育機関としては間違いなく不適格だろうが――それを言えるはずもない。というか、ルールだ。そこを変えると言う思考はヒーロー側にはないし、過負荷側も警戒されていてはできやしない。
『そっか。まあいいや。じゃ、麗日ちゃん行ってよ』
「私……? でも、それだと次の戦いは?」
『それは蝶ヶ崎ちゃんにやってもらうよ。大丈夫、当てはあるから』
「球磨川さん、確かに我々過負荷はぜい弱な集団――勝つ機会を逃すべきではないのは分かりますが、一体だれが私たちの味方になってくれると言うんですか?」
ひそひそと耳にささやく。そして、球磨川も向こうに聞こえない程度に声を抑える。
『それは違うね。僕たちに味方はいない――けれど、ヒーローに敵はいるんだよ』
「――は?」
『ま、見ててよ。失敗したら恥ずかしいから言わないんだけどさ――それに、江迎ちゃんと君が勝てば僕たちの勝利だ』
「あまり頼られてもご期待に添えられるか……」
『マイナスってのはそういうものだしね。大丈夫。失敗も敗北も、全部僕がなかったことにしてあげるから』
そして、足を一歩踏み出す。
『さあ、江迎ちゃん。そして麗日ちゃん。こいつはチャンスだぜ――なぜならヒーローとは本来、孤独なものなんだよ。オールマイトに隣に立つ者がいないように。圧倒的な”個”が彼らの強さ。ならば――僕らは仲間と力を合わせるしかないだろう?』
『脆弱で、負けっぱなしな僕たちでも……力を合わせれば、きっと勝利を掴むことだってできるさ。――勝とう、江迎ちゃん、麗日ちゃん』
「――さすが球磨川さん☆。いいこと言いますね。麗日ちゃん、よろしくね」
その、差し出された腐食の手を。
「……」
一瞬、ためらって。
「よろしく」
手を取った。激痛が走り、次の瞬間には消えている。手を離しても痕なんて欠片もない。……オールフィクション。
さらに球磨川は江迎の肩を抱いて囁く。
『君の能力の本当の使い方を教えてあげる』
「――サブプレイヤーか。ならば、私が」
「オールマイト様は不許可でございます。第1戦の時の妨害行為を考えますと、競技としてなりたたなくなる恐れがございますので」
「……じゃあ、僕が――」
「緑谷少年は駄目だ。せめて個性が使えていたらよかったが、武器もなしに彼らと戦わせることなんてできない」
「――ぐ」
「俺が出てって潰してやんよ! 糞デクにゃ無理だろうがな!」
「いや、君でも無理だぞ爆豪君。競技参加者は出られないと説明されただろう」
「なら、俺が一人で出る!」
「いや、だからそれはルール違反で失格だって。それに、あなた以外が出ても、それはそれで一敗が確定するしね――」
「でも、人吉先生――」
「ドクターストップなら反論できたけど、予防的措置じゃあねえ……ここに居る人間で戦うしかないんだけど……」
人吉瞳は出ない。彼女の心は折れている。支えがなかったために堕ちて、流れて――頼られたならばまた別の道もあったかもしれないが、ヒーローは望まぬ者を戦いに送り出さない。それは拒否する人間だけでなく、言われたらやろうかな程度も説得することはない。
「……俺が出るしかないだろう」
皆が驚く。なぜなから、彼は――
「駄目よ、相澤君。予防的措置なんかじゃなくドクターストップよ。私は外傷専門じゃないけれど、貴方の身体が戦える状態でないことくらい分かるわ」
「だが、ここは俺が出る以外に合理的解決手段は存在しない。それに、飯田に戦術を授けてなお負けたしな。雪辱としてはいい機会だ」
「――待って!」
「長者原。俺がサブプレイヤーだ」
「了解しました。では、球磨川さまのチームは江迎さまと麗日さま、緑谷さまのチームは切島さまと相澤さま。サブプレイヤーの両名さまにつきましては、このブレスレットを装着していただきます」
「おいおい、えらく趣味の悪い腕輪じゃねえか? これ」
渡されたのは、脈動するかのような禍々しい意匠が施された腕輪。血を吸うとか言われてもすんなりと納得できる。もっとも、”そいつ”が本性を現すときはそんなものでは済まされないが。
「はい、切島さま。端的に申し上げまして爆弾でございます」
そう、爆弾。ただでさえ人の命を奪うに足る代物だが――
「そんな……! 硬化のある切島君はともかく、相澤先生なんて爆発を受けたら……!」
「腕が吹っ飛ぶだけじゃないわね。腕輪の形状から見て、むしろ爆発よりも破片で傷つけるタイプ――要は手榴弾ね。そんなもの間近で喰らったら相澤君は……!」
元々病室で絶対安静にしていなければならないはずの、その体で破片が重要な血管を傷つけるようなことがあれば。そうでなくとも爆発のショックで全身の傷が開くかもしれないのに。
「ええ。ですから急いで外して差し上げないといけませんね。それがこの会計戦のテーマでございます」
「江迎さまには相澤さまの腕輪の鍵、切島さまには麗日さまの鍵をお渡しします。どのような手段を用いても構いません――相手の持つ鍵を奪い、パートナーの腕輪を外してください。先にパートナーを救った方の勝利となりましてございます」
「持つ鍵、または奪った鍵は肌身離さずよく見えるようにお持ちください。捨てたり隠したりするのはルール違反といたします。もちろん鍵の破壊も反則となりますので、特に江迎さまはその点お気を付けください」
「即ち、この会計戦において留意すべき点は以下の4つ。1.制限時間以内に 2.鍵を守りながら 3.鍵を奪い 4.パートナーを助ける。ただそれだけの実にシンプルな競技でございます」
『質問、引き分けならどうなるのかな? ほら、2勝2敗1引き分けとか、1勝1敗3引き分けとか。延長戦とかあるのかな』
「はい、その場合は球磨川さまの勝ちとなります。これも先行側の優位だとお考えください」
『そっか。ありがと』
(このルール。想像以上に性質が悪いわね)
その悪辣さが最も理解できるのは球磨川を除いては人吉女医しかありえない。心理学を扱う彼女にしか。
(というか、球磨川くん……一々プレッシャーのかけ方がうまいわね。ここで引き分けをほのめかす――しかも、引き分けでも実質は向こうの勝利のようなものじゃない)
(即座に決着がつくなら、これはバトルに向いた人間が有利と言える。けれど、鍵を隠すことはルール違反でも人を隠すのはアリ――相手が強いなら逃げ隠れして時間を稼ぐのも戦略と言える。なにせ)
(この戦いにおけるプレッシャーは”仲間が死ぬかもしれない”というそれ。自分の死が近づいても冷静を保つのは心の強さと言える――けれど、仲間の死は……仲間が死ぬ直前さえ冷徹な心を保つのは、それは果たして強さと言えるのかしら? むしろ、それは過負荷の領分……)
(仲間を案じる気持ちが仇となる。仲間が大切であるほどに心を刻む、このルール。誰が作ったのか知らないけど……なんだか、凶化合宿と似たような匂いが――)
「ま、その点で言えば大丈夫かしらね」
「人吉先生? なにかおっしゃいましたか」
「いえ、オールマイト。相澤君と、ある程度とはいえ凶化合宿を受けた切島君。おそらく、勝負にはなるはずよ」
そう――相澤の命を心配して切島が暴走することはない。助けるため、暴走する――そんなまっとうな心を持っていては勝てないから、塗りつぶした。もっとも、人間の心理と言うのはそんな簡単にどうにかできるものではないが……本人の同意、というか施術者への信頼があり、短期間の条件反射であればやってやれないことはない。
――それが、心優しい切島少年の心をどす黒く塗りつぶすものであっても。
「……彼の勝利を祈りましょう」
「ええ」
「だが、彼の命が危険なときは躊躇はしない」
オールマイトはためらいなく言い放った。