個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第25旋回 火付兎(2)

 

 

「……相澤先生」

 

「お前に俺の心配をしている暇があるのか? 気を散らしていると死ぬぞ。ここはすでに戦場なのだと理解しろ。そして、俺が教師だろうとそんなものには構うな。やるべきことを見定めろ、目を逸らせば指の先から救えた命が零れ落ちていくぞ」

 

「分かりました。なら、敵を探しに行きますか!」

 

「……待て。何か、おかしい」

 

 相澤が手を挙げ、切島を止める。二人とも花をめでる趣味はなく、切島に至ってはこの植物園に足を踏み入れるのも初めてだった。もっとも、相澤の記憶にもここは全く残っていない。義務として見回っただけで、花を見たわけではなかった。

 

「何だ、手入れしてないのか? 焦ると足を取られちまいそうだな」

 

 けれど、それにしても――普段とは違うような。散々に蔦が伸びていて、客を迎え入れるような状況ではない気がする。

 

「それだ」

 

 ゆえに、それは――

 

「――は?」

 

「ここはジャングルの救助訓練場じゃない。こんな、伸び放題の荒れ放題はおかしい――ここは”見せるためのアトラクション”なんだから……ッ!」

 

 目の前を覆いつくす緑。気を抜いたら足を引っかけるほどに通路には蔓が無数に伸びている。明らかに異常だ。こんなことがあっていいはずがない――あまりにもあけすけなものだから逆にわからなかった。異常さを一切隠していない……

 

「これは……敵の攻撃? 馬鹿な、相手の個性は腐食と無重力ですよ……こんなことが……」

 

 異常が過ぎる――こんなことが可能なのか、という疑問がそもそも出てくる。少なくとも、切島の個性だったら自分にしか作用しない。こんな、広範囲なんて――

 

「切島! ボサっとするな! 来るぞ!」

 

 その一言で意識が切り替わる。異常事態――そんなものの解明などヒーローの仕事ではない。事故があったとして、危険に晒されている人を助けるのがヒーロー。原因の究明は別の人間の仕事だ。

 

 ――ゆえに。

 

「……相澤先生!」

 

「ああ!」

 

 突如飛来した大きな”何か”にも、ただ対処するだけだ。分かっているのは”それ”が人ではないと言うことで、ならば受け止める。いや……

 

 相澤が包帯を投射する。弾速が遅くなったそれを切島が弾き落す。何も真正面から受け止める必要はない。危険を対処できればそれでいい――し、そうでなければ対処できない。

 

「切島、気を抜くなよ。まだだ!」

 

「――はい!」

 

 さらに、2つ目。3つ目。連続して飛来する、一度に一つなのが救いだが、それはまだマシと言うだけで、だからどうにかできるわけじゃない。

 

「……おおお!」

 

 切島が雄たけびを上げる。常時硬化状態――制限時間はなくとも、当たり前に体力が尽きれば個性は維持できない。さらに言えば、今もその岩のような肌がひび割れ続けている。飛来するのは巨大化した植物の種子、無傷で通すにはあまりにも硬い。

 

 だが、忘れてはならないのは、過負荷が抹殺しようとしている”彼ら”はエリートだ。雄英という金の卵、そしてそれを育てる者。つまり、当たり前に学習能力が高いのだ。このような単調な攻撃など、すぐに学習して予測して――敵の想像をも凌駕する。

 

「切島、行けえ!」

 

「……見つけたぞ! 麗日ァ!」

 

 言うならばパチンコだ。もっとも、それはもう少し複雑――包帯の巣を張り巡らせ、受け止めた衝撃を逆向きの推進力へと変換する。

 

「……はい?」

 

 結果は射出と着弾だ。江迎がその理解不能の状況にコテンと首を傾げ。

 

「やってくれたね、切島君。でも、今のボロボロの君なら二人ですぐにやっつけてあげるよ」

 

 麗日が迎撃する。そこら中に落ちている種子を拾い上げて投げつける。これが彼女たちの遠距離攻撃手段――江迎が植物を操り種子を生成、麗日が投げるコンビネーション。麗日の無重力で投げ、解除することで高い破壊力を得るやり方は相澤が以前経験したとおりだ。

 

「――根……性ォォォォ!」

 

 耐え抜いた。しかも、真正面から――少し体の軸をずらしてやればそれだけで多少は威力が落ちるのに……そんなことを考えるそぶりもなく。

 

荒廃した腐花(ラフラフレシア)ァァァ! 狂い咲きバージョン!」

 

 次いで江迎も正気に戻る。敵がいるのだ――排除する以外にない。土下座するような体勢のまま植物を躍りかからせる。

 

「……んなもんが、今更効くかァ!」

 

 絡みつく植物を強引に引きちぎる。ペースを呑まれれば過負荷は恐ろしい――だが、ペースを取り戻してしまえば彼ら本来の脆弱さが露呈する。問答無用で全てをご破算にする球磨川がここに居ない以上……過負荷の命運は決まった。このまま順当に江迎を殴り飛ばして鍵を奪えばいい。

 

 ここからもう一度盤面をひっくり返すのは不可能だ。

 

「……この! このこのこのォ!」

 

 手を変え、トゲをむき出しにした植物でバリケードを張るが――無駄だ。切島の硬化の前に文字通り歯が立たない……トゲがささらない。

 

「くぅぅぅ……ッ!」

 

 そして、江迎は腐食の手で迎撃どころか、立つこともできない。それには植物を操るためには常に地面に手を触れておかなければならないから。

 

「負けん……負けられないんだよ。私はァ!」

 

 麗日が江迎の援護を無視して突っ込む。こちらには硬化がなく当たり前に全身に傷を作って――

 

「……な!?」

 

 だからこそ、意表を突けた。さらに、江迎に向けて一直線に突っ込んだ切島の側面を突く攻撃。達人であろうとも切り返しは難しい。

 

「ふ――」

 

 切島の身体を”回す”。格闘術――天地の感覚を失わせ、叩きつけて失神させる。そして、麗日はそれにマイナスの応用をしている。――頭から地面に叩きつける殺人技。

 

「あが!」

 

 切島の眼が焦点を失う。体が力から抜ける――なにせ、紛れもなく殺人業だ。受け身を取れても、持ち前の根性がなければそのまま死んでいてもおかしくなかった。

 

「かっ――」

 

 勝った。麗日は一瞬、そう思って――

 

「てねえよ」

 

 切島がニヤリと笑う。

 

「あ――投げられたときに、鍵を!」

 

「……なあ、麗日ーー俺は、お前がそんな酷いことなんてできねえと思ってたぜ」

 

「え? ……なにを」

 

 つまり、自分の硬化を信じていたわけじゃなくて、麗日なら殺さないと信じていたからこそ受けた――硬化が体ごと叩きつけられるような衝撃に対して、あまり効果がないのは当然麗日も知っているだろうからこそ説得力だけはあるのだが。……マジか。みたいなことを思って麗日は動きが止まってしまう。

 

「――麗日ちゃん!? なにしてるの、早く奪い返して!」

 

「……あ!」

 

 我に返る。だが――

 

「遅えよ」

 

「っが!」

 

 腹に蹴り。今も変わらず仲間だと信じているからこそ手加減はしない。

 

「麗日、お前のことも絶対に助けてやるからな」

 

 そう言って、身をひるがえす。後は相澤の元まで行って鍵を解除すれば彼らの勝利。

 

「させる……ものかァァァ!」

 

 木々が脈動する。マイナスが増大する。決定的な敗北感、そして筋違いな”裏切られた”という被害妄想が過負荷(マイナス)を加速させる。

 

「麗日お茶子――あなたもしょせんはそっち側なんだね。なら、仲良くぺちゃんこになっちゃえええ!」

 

 もちろん、麗日は本気でやっていた。鍵を取られたのも、呆けたのも、それは麗日の実力を切島が上回ったというだけの話だろう。マイナス化など、枷が外れて強くなったように思えて――実は奇跡を起こす力を放棄しただけだ。だって、勝つのはいつだってヒーローだから。諦めない者が諦めた人間に勝つのは当然だから。

 

「あ――」

 

「ち、こいつは……」

 

 緑がうねる。もはや樹海どころか津波と言うのがふさわしい――四方八方から蔦が這い、枝が伸びて――覆われ、持ち上げられ……余りの密度により圧縮される。何が起こるかと言えば……巨人が両の手のひらで押しつぶすような圧死。

 

「もう……駄目だね。ごめんね……」

 

 麗日が涙する。高度ならともかく、圧縮をどうにかすることなど彼女には不可能。

 

「――諦めんな!」

 

 だが、道理を覆すのがヒーローならば、”ここ”にいる。心優しい、仲間を見捨てないヒーローが。

 

「守るって、言っただろ!?」

 

 個性など関係ない。時間が尽きたのかひび割れ、欠けていく岩のような肌――だが、彼はただの人間の手でその圧壊から彼女を守る。

 

「――おおおおおお!」

 

 終わりなどない。この樹々は彼らを無慈悲にただの”もの”に変えるまで止まらないだろう――だが、それがどうした。仲間を守るのが彼の本懐ならば。トゲによって切り裂かれた腕から血が噴き出ようが、圧迫に骨が折れようと。

 

「守るんだ! 俺が!」

 

 ただ、耐える。

 

 

 だが、忘れてはならない。もう一人いる。

 

「……そこか! 隠れたくらいで私を倒せると思うなよ!」

 

「――は、ガキが」

 

 江迎は近づく相澤を察知していた。枝に種子、いたるところに散乱したそれを踏まずに近づくのは不可能だから耳をすませば分かる。それでも、互いの顔が見える位置まで無音で接近したのはさすがと言える。

 

「病人が、その様で戦うことなんてできないでしょうが!」

 

 ついに切島に接近された時ですら離さなかった手を地面から離す。腐食の手――まともに当たっただけで死に、時間をかけても腐食した空気が相澤を殺す。それほどまで体は弱っていた。

 

「壊す気か? ……こいつまで」

 

 絶対に全ての攻撃は避けなければならないし、さらに短期決戦でなければ勝利も命も危うい。だというのに――相澤はその絶死確定の一撃を受け止める構えだ。

 

「――腕輪で!?」

 

 そう、腕輪で。破壊したら負け……しかし、そうなれば相澤は死ぬのだ。その腕輪に江迎の腐食を防ぐ防御機能はない。だというのに、なんらためらいも見せずに――当然のように死の綱渡りを相手に託す。

 

「ほら、隙だ」

 

 だからこそ、一瞬だけ動きが止まった。相澤を殺すことよりも、負けることに意識が動いた。その隙を見逃さず一撃で江迎の意識を絶った。

 

 過負荷の敗因が”皆のことを考えて”と言うのは皮肉と言うべきか、それともそんなものだと嗤うべきか。

 

 

 

「――圧力が。なら……おおおお!」

 

 内側から破壊する。江迎が気絶した今、その植物に二人を拘束するだけの力はない。

 

「守り切ったぜ、お前を」

 

「切島……くん」

 

 麗日の胸に暖かい感情が灯る。それは決して恋とか呼ばれる感情ではなかったが――今まで寒かったということに気付いて震え始める。確かにその淀んだ瞳には光が差していた。

 

 ともかく、会計戦――勝利したのは切島、相澤チーム。もはや過負荷チームに後はなくなった。

 

 

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