個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第26旋回 狂犬落とし(1)

 

 

『――さて、蝶ヶ崎ちゃん。僕は心配してることがあるんだ』

 

 どこかの教室。球磨川と蝶ヶ崎は二人きりでそこに居た。

 

「……心配、ですか。不肖、この私は確かに強いとは言えませんが――それでも負ける気はしませんよ。皆さんのため、負けられないと言う気持ちがあります」

 

 毅然としている。どこか他人事な雰囲気が抜けきられなかった蝶ヶ崎が……いまや真剣に前――後ろかもしれないが、ともかくも一点を向いている。

 

『うん、君の覚悟は素晴らしいものだと思うよ。でも、それじゃ足りないんだ』

 

 たしかに生まれて初めて本当の意味で真剣になれたことは凄いことだ。それは大きなパワーを生み出すに足る決意だが――当たり前にそれは悪意を醸造し続けてきた球磨川の足下にも及ぼないし、決意を実行し続けるヒーローにも劣る。

 

「足りない……ですか? 短い人生でもこれほど”やらなくてはいけない”と言う気持ちになったのは生まれて初めてなのですが……」

 

『んー。蝶ヶ崎ちゃんの過負荷の性質かな。言ってしまうと、執念が足りないんだ。勝つんじゃなくて負けないと言っちゃう辺りがね――もちろん、引き分けでもこっちの勝利のようなものだけどさ……でも、それで勝てると思っちゃいけない。向こうはエリート(プラス)の中でも、えり抜きなんだから』

 

 ぽりぽりと頭をかく。とてもいいにくそうに――だが、真剣に相手に向かい合っている。仲間が相手だからこそ、抉るためではなく力になるために弱さ(マイナス)を見る。

 

「いや……しかし……だとしても、私にはどうしようも……努力はしますが――」

 

『だから、僕が力を貸してあげよう』

 

「――え?」

 

 そして、球磨川がそのセリフを言う。

 

『お前なんだか、トランプとか武器にして戦いそうな顔だよな(笑)』

 

 時が止まった。

 

「なんっ…でそこまで!的確に人を傷つける台詞が言えるんだよ、お前はあああああっ!!」

 

 激怒する。

 

「言うに事欠いてまさかのトランプだと!?」

 

 髪が逆立つ。

 

「トランプを武器にする奴なんて現実にいるわけねーだろ!俺が二次元と三次元の区別もつかねー馬鹿だってのか!?」

 

 性格が激変している。というか、見た目ですら変わってしまっている。まったくもって意味が分からない。

 

『いいね、その過負荷(被害妄想)。まさに理解不能(マイナス)だ』

 

 その混沌を前に、球磨川はただ意味のない笑いを浮かべる。

 

『なんか人を殺しそうな顔をしてるけど、突っ立ってる相手を殺したのも後で気が咎めるだろうし、こっちから仕掛けてあげるね蛾々丸ちゃん――』

 

 螺子を手にもってしかけ――

 

「――」

 

 ねじが不可思議に”止まる”。糸の仕掛けとかそういうものでは断じてない摩訶不思議。

 

『うわ……えっと、なんて言うんだっけ。これ……』

 

 そして、蝶ヶ崎が”それ”を口に出した。

 

「……『不慮の事故』(エンカウンター)――」

 

 そして、結果はこれまた不可思議。球磨川は倒れ、その頭には足が乗っている。

 

「感動したぜ、これが理性のない世界か」

 

 蝶ヶ崎がタガの外れた笑みで天を仰ぐ。好戦的としか呼べない笑み、今までの彼には決してできなかった笑み。さっきまでの気弱な少年風の表情はどこにも残っていない。

 

『そうだよ、蛾々丸ちゃん。きみの勝利は揺るがない』

 

「ククク! 礼を言うぜ球磨川先輩。俺のためにまさかここまでしてくれるとはな」

 

『なあに、僕の勝利のためでもあるのさ。今回はちょっと生き返るまでにちょっとあるかもしれないから、死体は掃除用具と一緒にロッカーにでも入れといて』

 

『んじゃ、がんばれ』

 

「がんばる」

 

 床ごと、その頭を踏み砕いた。

 

 

 

「副会長戦――僕が戦います」

 

 ヒーローサイドは全員で集まっていた。もちろん、作戦会議のため。ではあるのだが……相澤がいない。怪我を押して仕事をして、さらに戦挙の参謀じみたことすら引き受け、止めにあの植物園での戦いだ。攻撃は全て防いだが、元々戦いに出れる身体ではなかったものだから傷が開くのは当然ともいえる。全員一致で(もちろん本人の反対票は数に入れず)病室に拘束されることが決まった。

 

「だが、緑谷少年。君はまだ個性を取り戻していない。そんな状態で戦うのを認めるわけにはいかない」

 

「でも、オールマイト! 相澤先生も今度こそ入院させられてベッドに拘束されている今――他に手はないはずです」

 

 そう、今は2勝1敗。一見すると勝利に王手をかけた状況に見えるが、そもそもが緑谷側の選手は4人なのだ。一人が二試合出ることができない以上――後がない。いや、不戦敗でなら一回負けてもよいのだが、それは単なる言葉遊びの範疇だろう。

 

「いいや、副会長戦は棄権する」

 

 とはいえ、撤退(それ)にも言葉遊び以上の戦略的な意味がある。相手の出場選手を見極める、以前に今はただ”時間が欲しい”。個性を使えなくなった緑谷のために。もはや最後の出場選手である彼のために。

 

「……そんな! それは、あまりにも!」

 

 とはいえ、合理性でもって感情を抑えられたらヒーローになんてならないだろう。金も名誉も、もっと楽に手に入れる方法はあるのだから。”そっちの方がいいんだ”を理解できないのがヒーローだ。

 

「だがな、飯田。もうこっちには緑谷少年しか残っていない。副会長戦に出るにしても、会長戦に出るにしても同じことだ。稼いだ時間で個性を取り戻せるよう訓練するしかない」

 

「球磨川を相手に逃げることなんてできません! 副会長戦で出て、勝ちます!」

 

 叫ぶ緑谷。だが、その言葉は余りにも空虚だ。いくつもの無茶をやって、その度に生き残ってきた彼でも『個性』がなければ……。それは社会の病巣、常識と言う名の思い込み。

 

「緑谷少年……聞き分けのないことを言ってくれるな。どうせ、どちらかは負けが確定しているのだから」

 

 どっちで負けても変わらない。3勝2敗で勝つ――それだけだ。それ以外にあり得ないのなら、経過が違ってもそれは誤差だろう。もちろん2勝3敗もありえるわけで、それは絶対に紡がせてはならない未来だが。

 

「かっちゃんみたいに、僕は勝ちます!」

 

 ……それでも、なお。地頭はいいのだ、理解はできる。けれど感情は納得しない。正義は曲げられない。

 

「――」

 

「そうですよ、オールマイト先生。それじゃ、問題を先送りにしただけです」

 

 扉を開き、現れた男。

 

「……君は」

 

 少し陰のある笑顔。見ようによってはやつれてしまったように見えるだろう。以前は快活以上に明るすぎる少年だったから。

 

「通形ミリオ……もうルミリオンでなくなってしまった、ただのミリオです。でも、僕は戦える。個性なんかなくても、僕にはまだこの鍛えた肉体がある」

 

 だが、そんなのは勝手な第三者の印象だ。見るものが見れば、筋肉はより強靭になっていることがわかる。個性を失ってしまったことで個性訓練にかける時間を筋力強化に回せるようになった――言葉にすればそんなことだが、それで済ませていいことでもないだろう。普通なら失意で部屋に引きこもっているはずだ。

 

「緑谷君だったよね?」

 

「え――はい!」

 

 彼は頭を下げて、誠実に言葉を口にする。

 

「僕を、どうか副会長戦に出させてほしい。あの時、仲間を守れなかった後悔を――ここで晴らしたい」

 

 下げたまま、嘘も偽りもなくただ願う。

 

「――頼む」

 

「頭を上げてください」

 

 その決意は本物で、だからこそ緑谷も目をそらすことができない。個性を使えなくなるなどヒーロー失格、見知らぬ人にそんな目で見られていた。鬱屈した感情がないとは言えないが、そんなものがちっぽけに思えるほど彼の決意とが勇気が偉大に見えたから。

 

「緑谷君……」

 

「どうか、お願いします。勝って、この戦挙を終わらせてください」

 

 ミリオに決着を譲ることに否やはない。打算でなく、彼になら任せることができると思ったから。

 

「君の出番を奪ってしまうことになるかもしれないよ?」

 

 冗談めかして。

 

「それでも、学園が救われるなら――勝ってください」

 

 緑谷はここ最近で、始めて快活に笑った。

 

「任せてくれ」

 

 ミリオは自信にあふれた笑みを浮かべた。

 

 

 

「それでは皆様、お集まりいただきありがとうございます。時間になりましたのでこれより生徒会戦挙、副会長戦を執り行いたく存じます」

 

「出場されるのは球磨川チームからは蝶ヶ崎さま、緑谷さまチームからは……通形ミリオさまですか」

 

「おおっと!  ちょお―――っと待ってくださいよお選挙管理委員会『副』委員長の長者原くん!」

 

 風貌が激変した蝶ヶ崎が言いがかりのストップをかけた。球磨川っぽいと言えなくもないが……

 

「そういうことはちゃあああんと上のかたに確認した方がいいんじゃないですかあ! 万が一にも出場資格がないなんてことになったらオオゴトですからねえ――」

 

 とはいえ、球磨川もこんなキャラではない。これでは、むしろスタンダードなトリックスターじみた人格だ。これを見ると心療外科の人吉瞳などはどれだけ捻じれまわった能力(過負荷)なのかと心配になってくる。型にはまった過負荷など、そんなのは存在からして矛盾している。そして、この手の連中は矛盾しているほどに凶悪だ。

 

「……そうですね。では、やはり確認を取りましょう。その間に蝶ヶ崎さまは選ぶカードを決めておいてください」

 

 長者原が消える。

 

「――なんか、あいつキャラが激変してるな」

 

「つか、球磨川はどこ行ったんだ?」

 

 そんな声。どこか能天気な声。”あの”ミリオに勝てるはずない――そんな生徒たちの無邪気な思い込み。もっとも、個性がなくては……という考えも未だとして根深いが。

 

「確認が取れました。通形さまには問題なく戦挙に参加していただけます」

 

「ですので、早速。皆様を副会長選の会場へご案内したいと思います」

 

 そして、カードが選ばれる。

 

「蝶ヶ崎さまが選ばれた『戌』の試合形式(カード)、『狂犬落とし』でございます」

 

 連れてこられたのは建設途中の鉄骨細工。吹けば折れるほど弱くはないが、みすぼらしくはある――そこを通り抜けるのはただの風で隙間風でもないと言えば、その建設途中振りが分かるだろうか。

 

「御覧の通り建設中の校舎が今回の舞台となります。ルールは単純明快――相手を地面に突き落した方の勝ちでございます」

 

「もちろん参加者の安全を第一に考えセーフティネットを張ってはおりますが、そのセーフティネットは当然地面の一部とみなされますのでご注意ください」

 

 そして――

 

「――ミリオ先輩に個性があったら」

 

 嘆く声。彼の『透過』があったら風など関係ない、突き抜けるだけだ。まあ、それはただの素人考えだ。実際は下に沈んで、地面に落ちてアウトだろう。透過していたら地面に触れていないことにはならない。

 

「ふふ――はーはっはっはっは!」

 

 そして、やっぱりキャラが激変した蝶ヶ崎がそのままのキャラで大笑いする。邪悪な笑い声だ――漫画にでも出てきそうな典型的な悪役の笑い声。

 

「私はあらかじめ予習してきたんですよおおおおおおお! ですから、この自分に有利なステージを選ばせていただきました!!」

 

 どういうことかわからない理解不能(マイナス)の言葉。大体、なぜこのルールが彼に有利なのか分かるものは誰一人いない。球磨川が居ればわかったかもしれないが彼は姿を消している。

 

 蝶ヶ崎の言葉の真意がわからないまま副会長戦が開始される。

 

 

 

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