個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第27旋回 狂犬落とし(2)

 

 

 

「――君たちの個性は過負荷とか言って、とてつもない効果を持っているんだろう?」

 

 ミリオは危なげなく鉄骨の上に乗っている。筋肉は脂肪よりも重い――細身の蝶ヶ崎と比べてしまえば体重は2倍であってもおかしくないだろう。それだけの重量を支えて、横風にもびくともしない。とてつもない体幹だ、鍛えているのは伊達ではない。

 

「まさか。私たちにそんなプラスなものがあるわけないでしょう。あるのはただの欠点(マイナス)ですよ」

 

 対して蝶ヶ崎の方は危なっかしいの一言だ。体重が軽いのが幸いしてそこまでバランスは悪くないが、風を無効化もできずにときおりよろよろとよろめいてしまう。むしろなぜ落ちないのか不思議だが、それは過負荷特有の自殺志願者めいた精神力のなせるわざだろう。恐怖による動きの阻害がない、それだけが蝶ヶ崎の落ちないあまりにも細い糸のような理由。

 

「それに何の違いがあるのか僕にはわからないけどね。なにかしらの、他人には使えない唯一の能力はあるんだろう? ――僕は失ってしまったけどね」

 

「だからこそ、あなたは私には勝てませんよ。なんだって、戦う”個性(能力)”がないんですからねええええ!」

 

 襲い掛かる。危なっかしくても躊躇はない。細い鉄骨の上を駆け抜ける。

 

「――だが、君たちは素人だ。戦うということを分かってない」

 

 突き落すための手がすり抜けた……ように見えた。外側で見ていた観客には見えていた――ただのフェイントだ。しかし、それはかけた対象ではないからわかったというだけの話……かけられた対象である蝶ヶ崎にしてみれば、魔法にしか見えない。いや。

 

「今のは――個性!? 球磨川さんがなかったことにしたはずなのに!」

 

 今の社会で連想するのは個性(それ)しかない。

 

「まさか。ただ、球磨川禊に個性をなかったことにされても。――これまでの全て、無駄にはなってない! それだけのことだ!」

 

 吠えた。未だヒーローとして健在であることをこれ以上なく見せつける。

 

「――は。ただのまぐれだ! 個性を使えないヒーローもどきが!」

 

「――ここは言わせてもらおうか! POWERRRRR!」

 

 真正面から、殴り飛ばした。

 

「がっ……はっ……っ!?」

 

 よく飛ぶ。それは個性などなくとも戦えると言うミリオの言葉通り。一点の破壊力という点で言えば爆豪にさえ劣らない。努力の結晶、強化の個性無くても人はここまで到達できるという証。

 

「ヒーローが! 個性を失ったからって! 戦わない理由にはならないぞ!」

 

 蝶ヶ崎は鉄骨から落ちないようにするだけで必死だ。無論、意識を失わなかっただけでも褒めるべきだが。

 

「さあ、蝶ヶ崎蛾々丸。君を倒して、雄英の闇を晴らさせてもらう!」

 

「――闇を払ったら光が差すなんて、なんて能天気な思考なんでしょうね」

 

「だが、君だって痛い思いをするのは嫌だろう? さっさと降参するといい」

 

「いいえ、どうかお気になさらず」

 

 立ち上がる。ヒーローであろうと立ち上がれなくなるほどの一撃を喰らったのに。――それだけの手ごたえは確かにあったのに。

 

「……は?」

 

「こんなのはただの不慮の事故ですから」

 

 モノクルを上げる。ダメージなどなかったのように。ただのやせ我慢をするように。

 

「訳が分からないことを言うんだな、君は!」

 

 そして、戦いが再開する。殴って――そして、殴られることはない。それは(ひとえ)に戦闘技術の違いだ。かけてきた時間が違う。技術が違う。そもそもバトルの経験値さえも全く劣るとすれば、戦いになる道理がない。

 

「おおおおおお!」

 

「――はん」

 

 蝶ヶ崎は鼻で笑うが――

 

「――さすが学園最強! こっちの勝利は確定だぜ!」

 

「ミリオ先輩、本当にすごい」

 

 戦う先輩の姿に心強さを覚える1年生たち。こんな一方的な勝負を見て負けるなどと思う人間はいない。そして、爆豪は。

 

「――ボケが! テメエに勝ち目なんざねえからとっとと降参しちまえよ!」

 

 ヤジを飛ばした。

 

「分かりませんね」

 

 また、モノクルを上げる。バトルの熟練度の違いから、彼にできるのはその程度のものだ。

 

「学園最強ごときがどうしてこの『不慮の事故(エンカウンター)』を屈服させうると思うのかね」

 

 手をポケットを入れる。

 

「――何だい? 君の個性はもしかして、手をポケットに入れると傷が治るとかかな?」

 

「まさか。というか、個性ではないと言ってるでしょう。そして、能力にも関係がない。これはただ、負ける時は潔く負けて、勝つときは態度悪く勝つのが私の主義なのですよ」

 

 目を細めて。

 

「――ま、過負荷がゆえに勝ったことなんてほとんどありませんけど。ね」

 

 一瞬、暗く笑った。

 

「そうか。では今回も、降参させてみせるよ――君を!」

 

 そして、蹂躙劇と呼ぶにふさわしい戦いの幕が開ける。ミリオの拳の威力はすさまじい――だが。

 

「なるほど。すさまじい回復力だ。それが君の能力だね」

 

「――」

 

 蝶ヶ崎は依然として人を馬鹿にしたような笑みを浮かべている。表情からは思考が読めない。

 

「防御力じゃない――それなら殴った感触でわかる。けれど、ダメージはしっかり通った感触があった。ピンピンしてるように見えても、実のところは無傷じゃないだろう?」

 

「さて」

 

 さらに、攻撃。悪に対して容赦はしない……それがヒーローの一側面ゆえに。先の推理は当たればいいなくらいのもの、反応を見たかっただけだ。実際は見当もついていないのに臆せず立ち向かう。……ヒーローは立ち向かってしまう。

 

「……ッ!!?」

 

 そして、ミリオが攻撃の手を止める。それは、軋むような不審な音を聞いたから。ミリオと蝶ヶ崎では強さの厚みが違う。ひたすらに努力してきたミリオの人生は重い――それは個性とは何の関係もない”視野の広さ”というギフトを与えた。

 

「……っくく」

 

 だが、視野が広いだけで『異常』を止められるなら世話はない。”それ”は観客たちに聞こえるほどに大きくなり――

 

「大きくて重くて硬いものは、反面崩れやすくも壊れやすくもなる。たとえば、この作りかけの校舎も根元の鉄骨が数本折れるだけでバランスを失い、あっけなくもあっさりと全体が瓦解する」

 

 蝶ヶ崎の耳元にまで広がるすさまじい笑み。

 

「もっとも、その鉄骨数本を折るためにあなたのパンチ、百発分が必要でしたけどね――」

 

 言った通り、”態度悪く”勝利する。

 

「君は何を――」

 

「何もしてませんよ。私はあくまで何もしてません」

 

 そして、”不慮の事故”が実現する。骨だけの校舎がきしむ。鉄骨が歪む。あらゆる不協和音がないまぜになって耳をつんざく金属音が反響する。

 

「こんなのはただの不慮の事故ですから」

 

 ――崩れ去った。

 

「「――ミリオ先輩!」」

 

 声が重なる。崩れ去った校舎、崩壊に巻き込まれた彼。個性を持っていた頃ならともかく、今は致命傷になってもおかしくはない。

 

「何をしているお前たち! 決着だ! 通形さまの生死確認を急げ。おそらくは絶望的だろうが、ひょっとするとまだ息があるかもしれん!」

 

 委員会が急いで救出しようとする。だが、そんな彼らを志布志は嘲笑う。そして、頼りになる、そして恐るべき彼の過負荷を開帳する。

 

「受けたダメージを他の場所に押し付ける、それが蝶ヶ崎蛾々丸の過負荷『不慮の事故(エンカウンター)』だ」

 

 得意げに言い放った。

 

「この場合は通形先輩の拳のダメージを鉄骨に押し付けたんだろ。そのダメージは蛾々丸くんの身体を素通りしていたのさ」

 

「これでわかったろ? あいつがあたしらの中で唯一理性的な人間であったっていう理由ってやつが。あいつはトラウマやストレスみたいなダメージまでずっと他人に押し付けてきたんだから。だからあたしとか迎江ちゃんみてーに性格が歪むことがなかったんだよ」

 

 そして、過負荷らしく余計な言葉を付け加える。

 

「……もっとも、押し付けられた奴がその後どんな人間になったのかは知らんがね」

 

「いや、まだだ」

 

 瓦礫の中から手が突き出る。

 

「僕はまだ――死んでないぞ! ルミリオンでなくなっても、まだ僕は依然として通形ミリオだ!」

 

 叫んだ。血だらけになりながら、醜く腫れた打撲痕を晒しながらも立ち上がった。誰が見ても満身創痍、病院に叩き込むべきだ。

 

「やれやれ……諦めの悪い。その体で何ができますか? 病院でも行った方がいいんじゃないですか。相澤先生のように」

 

「君は、この僕を舐めすぎだ! この程度でどうにかなるものか!」

 

 けれど、言葉通り。ミリオはまだ戦える。ヒーローだから? そんな下らない言葉で表せない。あんなになろうと戦えるヒーローなど、そこらへんに居てたまるものか。

 

「――学習しないんですか? いくら決意を燃やしたって、新しい個性が得られるわけじゃないでしょうに」

 

「諦めない! 僕は諦めないぞ! ”あの”時とは違うんだ!」

 

 吠える。まだ彼の心は折れていない。ラッシュをかける。

 

「違う? 同じじゃないんですか」

 

 だが、殴られる蝶ヶ崎はそんなミリオを嘲笑する有様だ。

 

「――何を」

 

 そして、それに気づいたのは爆豪だった。

 

「……クソ執事! ダメージをどこに押し付けやがった!?」

 

「さあ、どこでしょう。あっちかなあ。こっちかなあ。たぶん、そう遠くない場所だと思うんですけど――」

 

 嘲笑う。何もできないのは、仲間を人質に取られ、生徒会長となる資格を奪われたあの時と同じだろうと。

 

「……っがは!」

 

 そして、緑谷が血を吐いた。

 

「あー。そこでしたかあ。そのザマじゃあ仮に通形先輩が私に勝っても会長選は棄権ですねえ。ときに先輩。間接的とはいえ自分の攻撃が仲間を傷つけるってどんな気持ちなんですか? 私にも経験がありますけれど――やっぱり嫌なものなんですか」

 

 ゲラゲラ笑う。あの時よりよほど酷い。諦めた方がまだマシだっただろうと指さして。

 

「――こんなの、全然痛くない! 僕だって、戦える! そして、勝つのはミリオ先輩だ」

 

 けれど、ヒーローは一人じゃない。この個性社会にあってはヒーローとは孤独な存在ではないのだから。――緑谷が吠える。骨が折れ、血だらけになり……それでも、と立ち上がる。”彼を見習って”。

 

「おやおや。まあ、攻撃する本人がダメージを受けていた分だけ威力が少なかったと言うことですか。まあ、テレビで見た腕をボキボキ折りながら戦ってたゾンビヒーローなら当然とも言えますかね。ゾンビを殴っても心なんて痛くないでしょうしね」

 

「いいや。――嫌な気分だよ。とてもね!」

 

 吐き捨てるミリオ。けれど、戦意は衰えない。人質を取られたなら、どうにかするのがヒーローだ。できるできないじゃない――”やる”んだと、気力をみなぎらせて。

 

「また繰り返すつもりですかあ?」

 

 仲間を傷つけるのを、とせせら笑う。

 

「いいや――ヒーローたるもの、創意工夫を胸にってね!」

 

 走って行って、胸倉を掴んだ。

 

「ああ。無駄ですよ、予習したって言ったでしょう」

 

 押し倒そうとして――びくともしない。押される力をダメージとしてどこかにやってしまえば彼本人は動かない。そこがたとえ針の上でも。

 

「――だが、これでは君も勝てないだろう?」

 

「……ッ!?」

 

 そうだ、これは膠着状態。で、あるならば――先に集中が切れるのは蝶ヶ崎だ。過負荷であるがゆえの当たり前の理論。重症……その程度のマイナス(負傷)があったところで、まともな体力勝負なら勝つのはプラス(ヒーロー)だ。

 

「この戦いに引き分けはない。だから、勝つのは僕だ!」

 

「通形、ミリオ――ッ!?」

 

 じりじりと状況が動かない。それでも針の上のような緊張感が続く。一見して蝶ヶ崎が詰まされた状況だが――ミリオが血液の喪失による意識の混濁もあり得る。そもそも鉄骨に潰された腕が自らの出す力に耐えかねて折れる可能性だってあるのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 皆が固唾をのんで……

 

「「……」」

 

 じっと見守る。まったく動きのない――だが、本人たちは必死だった。これ以上ないほど真剣に……相手を潰すため、命だってかける。

 

「……」

 

「……っうお!」

 

 蝶ヶ崎が””足を滑らせた”。やはり、最後は人生の重みの差――どこまでも本気であり続けたミリオが最後に上回る。確かに精神の変革は劇的だろうが、それでも人の身体は血肉で編まれている。積み重ねてきた時間は心などと言う曖昧なものに関係なく冷たく審判を下す。

 

「これで、僕の――」

 

「――負けられないんですよ。私は!」

 

 堕ちる。二人ともに、だが――

 

「勝ったのは僕だ!」

 

「……殺してやる! お前の家族を、仲間をズタズタに引き裂いてやるぞ……ッ!」

 

 負け惜しみ。だが、ミリオの顔色が変わり――

 

「副会長戦……勝利は蝶ヶ崎さまのようですね」

 

 先に地面に着いたのは通形ミリオの手だった。

 

 

 






 と、言うわけで脅迫でした。現時点で捕まっていないと言うことは、この戦いで勝っても過負荷どもを捕まえられるかは不明と言うことで。

 蝶ヶ崎の過負荷ならば、ミリオの家族でも仲間でも好きに害することができます。というか、わざわざナイフを人質に突き付ける悪役は手遅れ状態で無駄にあがいているだけでしょう。人質を取るなら、自分が拿捕されない状況でないと意味がありません。

 そういうわけで、ミリオは負けました。勝つよりも友や家族のいくらかの安全を優先してしまいました。


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