個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第28旋回 人比べ

 

 

「――球磨川禊。僕は個性を取り戻した」

 

 自信に満ちた表情。緑谷はミリオの雄姿を見てもなお怯えているだけの臆病者ではない。ゆえ、覚悟はしっかりと目に宿っていた……その個性とともに。

 

『そうみたいだね。まったく、だからプラスってのは嫌なんだよ。なんでもかんでも都合の良いようになっちゃうんだからさ……』

 

 対して、球磨川はひどくつまらなそうだ。シャツ姿――しかもよれよれの。やる気のないことこの上ない。

 

「あのミリオ先輩の姿を見せられたんだ。怯えたままではいられない――そして」

 

 指を突き付けた。

 

「この会長戦。戦いに出る人間が居なければ――お前の負けだ。そして、この学園にお前の味方はいない」

 

 つまり、5回戦中2勝2敗のこの状況。つまり――

 

「僕たちの勝利だ」

 

『それは一方的な見方だなあ』

 

 やれやれと首を振る。確かにもうこの学園に過負荷は居ない。転校させて来ようにも、さすがに根津校長の権力でも無理があった。

 

「僕が不戦勝して3勝2敗。僕たちの勝利だ、この学園から出て行ってもらう」

 

『いや、別にそんなこと約束した覚えもないしなあ。うーん』

 

 ここまで言われてもへらへらしている。やる気のなさも健在だ。

 

「……お前の負けだ」

 

『いいや、まだだ。それに僕はこちらの対戦相手が居ないなんて言ってない。さあ、出ておいで』

 

 そう、へらへらしていたのは過負荷だからと言う理由ではない――返し手を用意していなくとも嗤っていそうなこの男だが、今回はきちんと裏を用意してあった。

 

「――」

 

 暗がりの中から出てきたのは――

 

「なんで、君が……」

 

『過負荷に味方は居なくても、正義に敵は居るんだぜ? お願いするよ、轟ちゃん』

 

 球磨川はけらけらと笑っている。気楽そうに、無責任に。

 

「お前の相手は俺だ、緑谷」

 

 そこに居たのは“個性”:半冷半燃――轟焦凍だった。酷く濁った眼で、やはりやる気の欠片もない表情でどこかを見ている。球磨川でも、緑谷でもない、ここにいない”誰か”を。

 

「それではこれより生徒会戦挙会長戦を始めさせていただきたく存じます。轟さま、十三枚のカードの中からお好きな一枚をお選びください」

 

 そして、そんな様子に平等の個性を持つ長者原は関与しない。ただ試合を厳粛に進めるのみ。

 

「なら『人』でいい。俺は人を嫌い、敵を潰す――ただの人間だ。ヒーローになんてなれやしない」

 

 やはり、カードを見もしない。

 

「轟君……?」

 

 その、どぶが腐ったような目に一瞬、ひるんで。

 

「『人』のカードでございますね。では」

 

 そのカードは白紙だった。

 

「ええ、白紙。つまり『人』のカードはジョーカー。いわゆるワイルドカードでございます」

 

「会長戦の『人』のカードに限り、緑谷さま側に――この場合は緑谷さまですね。自由に戦挙のルールを決めていただくことになります」

 

「……そうかよ。まあいいや。どーでも」

 

 選んだ本人は天を仰いでため息を漏らす。こちらも球磨川と同じく、勝とうと言う気概がまるで感じられない。

 

「なら、僕が決めさせてもらう。名付けて『人比べ』、ステージは雄英学園全域――スタートはたった今、この場所から。ファールナシ、タイムアップなし」

 

 そんな彼を緑谷は睨みつける。誰もが本気で戦っていた、”あの”球磨川でも勝つために戦っていた。今不真面目なのは――それはどっちだろうが勝敗に関係ないからだろう。相手への向かい方は最悪でも、勝利にだけは誠実だった。

 

「そして、ルールはただ一つ」

 

 けれど、轟には”それ”すらもない。負けたら負けたでさっさと帰りそうな雰囲気だ。……悔しがるような思い入れすらもなく。勝利に対してどうとも思っていない。

 

「負けたと思った方の負けだ」

 

 ――毅然と言い放った。己が”勝つ”ことを宣言するように。

 

「ああ、そうかよ」

 

 そして、轟はくるりと背を向けてしまった。

 

「な――轟君! 君は……ッ!?」

 

 火柱が立つ。制御無視の適当な攻撃――見てもいない、それでも緑谷が開始時点から動いていないものだから、そっちに向かう。

 

「もう始まってんだろ、緑谷? 悠長に話してていいのかよ」

 

 炎が爆発する。空気が焼かれる。地面が焦げる。轟の個性――この能力を生むための個性婚、などというコンプレックスを持っているだけに個性そのものが強力だ。他の生徒に比べるまでもなく、あまりにも強すぎるその個性。しかも、ここで語っているのが氷結のみに絞っているのだから笑えない。

 

「もちろん、警戒はしてたさ」

 

 緑谷は無理やりな笑みを浮かべて見せる。火傷――普通の人なら、指先にちょっと火傷しても泣き叫ぶ。彼のそれはもっと酷い……さけきれずに手のひら程度の火傷痕ができている。並の人間なら生命に別状なくとも敗北を宣言しているところだ。そして、彼ほどの精神力を持ってさえ、目にはわずかに涙が浮かんでいる。最も苦しい死に方は焼死であるのだから。

 

「そして、話してるだけでもないぞ……!」

 

 けれど、自損を計算に入れて戦う狂気の戦法を敢行する緑谷だ。その程度の痛みはどうと言うこともない。”憧れるあの人はこの程度でくじけたりしない”などという憧れだけで、その苦痛を踏破する。

 

「……っち」

 

 片方、轟の方にはやる気が見えない。それゆえ……

 

「ここだ!」

 

 拳を腹にまともに喰らってしまう。

 

「っが! ち――」

 

 だが、浅い。そもそもの緑谷に一撃必殺の意思がない。ただ勝利を望むのなら100%を使うべきだったのに、今のはフルカウルだ。手加減をした――”相手に後遺症を残さないように”。顔面でもグチャグチャにしてしまえば勝っていたのに、相手が光を一生失うかもしれないなんて、球磨川なら迷うこともないことを忌避して。

 

「皆のため、今度こそ君の全力を待つなんてしない!」

 

 緑谷はさらに追撃をかけようとする。けれど、それでも”それ”は勝利を目指す戦略ではなく、感情論の代物だ。血の通った、非人間的な戦略。自らの身体と苦痛を秤に乗せるそのやり方は余人が習っていいものではない。

 

「……来るな!」

 

 氷の結晶が行く手を塞いだ。

 

「けれど、こんなもの!」

 

 簡単に砕いていく。今はもう体育祭の時とは違う――体を凍らされても、フルカウルで内側から破壊できる。ゆえに自損覚悟の大技は要らない。一つ一つ砕くだけでいい。

 

 そして、体育祭の時とは違うことがもう一つある。……ルールだ。あの時は動けなくすれば勝ちだったが、こっちは負けを認めない限りは負けないのだ。氷結の優位はほとんど消えた。あとは規模の大小だが――解放空間なら逃げ場はいくらでもある。ただ、総評すれば体育祭ルールが轟に有利すぎたと言うことになる。それがここでは互角の条件。いや、跳ねまわるのであれば緑谷の方がわずかに有利と言えるか。

 

「一瞬、で十分なんだよ」

 

 だが優位が消えた――それで”はい負けます”とはさすがにならない。明晰な頭脳が状況に適合する戦術を導く。新しく作った戦法、彼は浮かび上がっていた。氷の天使――女性のように見える人型に羽らしきものをくっつけただけの氷の塊に抱かれ……それが火柱に押されて空を飛んでいる。

 

「……は?」

 

 呆然とする。氷と炎――確かに可能だろうが……これはさすがに個性の領域を超える規模ではなかろうか、などと考えて。”それ”はもはや神々しくすらある。それだけの大規模さ、そして永続性。こんなものがただ一つの個性によって成し遂げられてしまうとは。

 

「……燃えてしまえ」

 

 火の玉が適当に落ちてくる。それはまるで神の裁き。地上に使わされた天使が最後の審判をもたらし、あらゆるものが炎に飲まれる。

 

「な――ぐぅっ!」

 

 狙いが読めない。そもそも狙い自体がない。火の玉が爆発して熱波が身体を焼く。地面が裂け、建物が焼ける。もはや天災とすら呼べる光景――これをただ一人の個性が成し遂げているとは信じられないことだろう。

 

「はは。いい光景だな? 親父の炎が全てを焼き尽くしていく」

 

 天使に抱かれながら、適当に災害を振りまく絶対者。強さに『信念』とか『清廉さ』とか余計なものを持ち込まずスペックを素直に見るならば――彼こそが最強だ。単一個性の究極にして、全てを焼き払う絶望の化身。

 

「……それが! それが君の本音か!? 轟君……ッ!」

 

 緑谷は必死に逃げ惑う。そうするしかない――天使は100%を使わなければ壊せないが……ここまで火の玉が大量に落ちてくると、それの処理だけで精いっぱいだ。さらに言うと緑谷はこれで姑息なところもある、相手の体力切れも期待していた。

 

「――ああ。その通りさ、俺は球磨川に気付かされちまったんだよ。……俺はヒーローにはふさわしくない甘ったれのクソガキだよ」

 

「それだけの力を持ちながら……!」

 

「そうさ、だが力を持っているだけで相応しいなら親父以上に相応しいものはいないことになっちまうだろう? 力だけを求める人格というなら、それはアイツのことだしな。そんなのがヒーローだなんて、あっちゃいけない。お前もそう思わないか?」

 

「アイツアイツって――誰のこと言ってるんだよ!」

 

「――」

 

 口喧嘩……だが意味のあることは何一つ返ってこない。彼の諦めた瞳は何も変わらず、そしてこちらのことを見もしない。

 

「こんなんで――何ができるって言うんだよ! 僕はまだ負けたなんて、全然思ってないぞ!」

 

「んじゃ、お前が負けたって思うまで繰り返すだけだ」

 

 さらに爆撃が繰り返される。その有様は前時代、空襲の爆撃痕を思い起こさせる。もはやただ一人の人間の手によって校舎は戦場と化していた。

 

「それで――そんなんで、閉じこもってばかりで……ヒーローになりたいんじゃなかったのかよ!?」

 

「――それはな、違うんだよ。緑谷」

 

「何が違うって言うんだ!? 僕もヒーローを目指してた! 君も仲間だと思っていたのに!」

 

「それはお前の眼が節穴だな。俺はな、緑谷。お前のように凄くない。ただ個性が強かっただけの人間で、別にヒーローになりたかったわけじゃない。俺はただ――いや」

 

「なんだよ!? 言ってみろよ!」

 

「お前は強情だな、緑谷」

 

「残念ながら――ね!」

 

 火傷痕が幾多にも刻まれている。これほどの爆撃には対応しきれない。”戦争”に立ち向かうには、ヒーローの人間の身ではあまりに儚すぎる。それでも、と耐える緑谷の身に『よくやるなあ、こいつ』と思って轟は苦笑を隠せない。

 

「……甘えたかったんだよ、母さんに。ヒーローを目指したのだって、あいつがヒーローだったから俺が越えられれば、甘えても許されるかな、なんて――馬鹿みたいだろ? こんなガキがヒーローになんてお笑い草だ」

 

 嗤う。自嘲だ、轟は誰一人のことだって見ていない。自分だけだ。そして、父を憎んでは居ても向き合ってはいない。ただ父から受け継いだ力で暴れまわっているだけだ。

 

「……違う!」

 

 だからこそ、緑谷は我慢ならない。運命がままならないのは当たり前だ。自分だって無個性だからと失意に沈み、無気力に日々を過ごしてきた。けれど――それで誰かを恨んだことはない。そして、周りの誰からも目をそらすことはしなかった。当時の自分にとって恐怖と畏怖の象徴であった爆豪相手にも逃げたことはない。

 

「お前は違うんだろうがな。人を助けたいだなんて、高尚な気持ちはお前にしかないんだよ。少なくとも、俺は――ただの甘えたがりのガキなんだ。それを嫌になるほど理解させられた……その気持ちはお前にはわからねえよ」

 

 なにより嫌いなのは自分。それは緑谷も一致しているだろう。いや、していたと言うべきか。親を怨むことはできなくても、弱い己の五体をいつも嫌っていた。だからこそ、というべきなのか緑谷は己の身体を壊すことに躊躇がない。

 

「いいや」

 

 緑谷が止まる。仁王立ちして、睨みつける。つまり、自分が嫌いと言う点では五分と五分――ゆえにこそ、先に進んだ緑谷は轟のことを許せない。許してはいけないと、心が叫ぶ。こんな体たらく、人間の尊厳に対する侮辱だろう。人は努力し、乗り越えていく(プルスウルトラ)べきだ。

 

「――なぜ止まる? 諦めたか」

 

「僕も諦めていたから分かる! 諦めたからダメなんじゃない。諦めて、そのままなことがいけないんだ!」

 

 火の玉を砕く。その代償に拳が焼けても――構わずに。

 

「やっぱりすごいな、お前。俺とは大違いだな。でも、悲しいな……」

 

「今すぐそこに行ってやる!」

 

 拳の風圧で火の玉を潰して、一歩一歩進む。己の身体の破壊など無視してしまえば、足を一歩進めるだけの時間が稼げる。痛みなど、その程度では止まらないと輝きを存分に見せつける。己すら焼き尽くす光でもって緑谷は進む。

 

「お前はすごいよ。そんなにボロボロになってまで人を助けてるんだから。ただの承認欲求で動いていた俺とは大違いだ。オールマイトも、そりゃ気に入るよなあ。そして、節穴のアイツは俺を最高だなんだとほざいてたわけだ。……滑稽で笑えて来るな」

 

「どこも滑稽なんかじゃ――ない!」

 

 目も覆いたくなる負傷。後で回復してもらえるからなどと考えなしでなく、本当に己の寿命さえ対価に捧げている。ただの外科治療では余命を幾ばくすらも伸ばすこともできない傷を自らに刻み付けて。ついに、天空の城までたどり着き――

 

「そんな凄いお前が相手でも、ただの生まれ(個性)の差で勝ててしまうんだからさ――」

 

「……っぐ!」

 

 一言で言えば炎の渦。四方八方から火が押し寄せてくる。射程の問題だ、距離が縮まった分だけ威力は強力になる。

 

「これでわかっただろ? お前の個性と俺の個性じゃ俺のが上だ――諦めろよ。現実はがんばったところで、どうにもなりゃしないんだ」

 

「嫌だ!」

 

 叫ぶ。酸欠で肺は潰れ、火傷で喉は使い物にならない。そんな常識をただ気合いと根性で叩き壊す。

 

「分からず屋だな――?」

 

 ふと、横を見ると氷が割れていた。いつの間に……そう訝しむ。実は勝ちたいと思っているわけですらない。ただただ、暴れたい気分であるだけだった。けれど。

 

「緑谷、お前ェェェ!」

 

 激昂した。

 

「……あ」

 

 そういうことか、とストンと納得した。

 

(轟君にとって、あの氷は母なんだ。そして、炎は全てを壊していく父の象徴。母に抱かれ、父を汚す――それが)

 

「君のやりたいことか」

 

 で、あるならば――負けられない。ただ母親の陰に隠れて父親にやたらめったら八つ当たりを代行させる、そんなふざけた考えなど認められないと緑谷は決意を新たにする。

 

「もうルールなんかどうでもいい。……ぶち壊してやる!」

 

 炎が渦巻く。学園そのものを焼き尽くすに足る熱量。

 

「轟君、君に勝たせることなんてできない。だから――僕が勝つ!」

 

 手加減なし。100%――

 

「「おおおおおおお!」」

 

 絶対の一撃と究極の一撃がぶつかった。

 

「――やっぱり、勝負を決めたのはただの個性の差だったな」

 

 轟がため息をつく。

 

「――ってない」

 

 すさまじい炎の威力は未だ衰えることを知らない。恐ろしい破壊をまき散らし、なおかつそれが”とどまっている”。オーバーキルにもほどがある。……なのに。

 

「なんだ?」

 

「終わってない! まだ、まだァァァ!」

 

 声がする。死んだはずの彼が。確かに炎は揺れただろう。ただ、それだけだ。炎の津波を多少揺らしたところで0.1秒すらも稼げない。確実に死んだはずの彼が――飛び出てくる。

 

「な――に……ッ!?」

 

 だからこそ、轟は何もできない。絶対の事実だと思ったそれが覆された。あまりにもありえないことが起きて、思考が停止した。

 

「……『デラウェア・デトロイトスマッシュ』!」

 

 それは掟破りの二段”100%”。右腕はすでに使っていた――以前に、殴ったら殴ったで普通は終わりだ。コンビネーションにはタイムラグがあるため、それは違う。炎を破り、氷を貫く1段目。そして、氷の壁の復活の前に2段目――慮外の攻撃が轟を貫いた。

 

「……ばか……なーー」

 

「これだけは言っておく。勝つのは恵まれた人間じゃない――最後まで笑っていられる人間だ!」

 

 ”それ”が誰を示すか、言うまでもないだろう。

 

「――」

 

 そして、だからこそ轟も何も言えなくなる。なぜなら、憧れた人物は同じだから。あの背中を目指して努力してきたのは嘘じゃない。個性を失ってなお戦う彼は、世間がどんなに勝手なことを言っても未だに”夢”そのものだから。ゆえにこそ――

 

「さて如何でしょう。轟さまは緑谷さまに負けたと思いましたか?」

 

「ああ――俺の負けだ」

 

 ここに、生徒会戦挙が終了した。

 

 






 最後の緑谷君の攻撃は銃の二連射を想像してもらえれば。マスキュラーに見せた変な体勢からの攻撃とか空中スマッシュがあればノータイムの二段攻撃はできると思うんですよね。

 轟君は中学時代の阿久根君のポジを想定しています。そもそも彼は最初から過負荷に堕ちていませんでした。球磨川に言いくるめられて出場です。

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