個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第30旋回 頂上決戦

 

 

「あー。なんかどーでもよくなってきた」

 

 オールマイトの眼がどぶ色に染まる。却本作りからは彼でさえ逃れられない。こう、これで彼もまた負完全(球磨川禊)になった――

 

『こうなってはさすがのオールマイトのも形無しだね! でも、念には念を入れて四肢を串刺しにしてあげるよ――』

 

「いや。待ってくれ、私の負けでいいから。痛い思いはしたくないんだよ」

 

 しょぼくれた老人のように言う。めっきり年を取ってしまったようだった。

 

『……あは!』

 

 ”勝った”そう思って、心からの笑みを浮かべた。――が。

 

「と、言うとでも思ったか」

 

 顔面にいいのが入った。そして、オールマイトにも傷が。却本作りの効果……球磨川に与えられた傷はそのままオールマイトにも転写される。

 

『っち! まだ動けたか――』

 

 反撃。オールマイトの足に螺子が刺さる。

 

「……む」

 

 痛みに顔が歪む。だが――ダメージはなかった。”なるほど”と納得する。つまり、球磨川になると言うことは、与えたダメージはそのまま帰ってくれるが、与えられたダメージはなかったことになる。

 

『貴方が僕になった以上、勝ったところで勝ちと言えるかは怪しいけど。本気でやらせてもらうよ――』

 

 球磨川が仁王立ちするオールマイトを睨みつける。今の彼は誰が見ても本気としか見えない。本気で、どんなに汚い手を使っても勝つつもりだ。

 

「いいや、それは違うさ。なぜなら、私は君になどなっていないのだからね」

 

 もう一度、顔面。マッスルフォームになれもしないその身は枯れ木の様で、しかし中身は噴火寸前のマグマのように燃え滾っている。

 

『ばかな――却本作りが効いてないなんて。……ありえない!』

 

 そう、”殴る”――却本作りを受けて脆弱になった人間にできることではない。立ち上がる強さすらもない(マイナス)になっているのだから。

 

「効いてはいるよ。――けれど、”それ”は君の思っているような能力ではないのさ」

 

「……はあ?」

 

 一瞬、球磨川に素が出た。

 

「確かに君のスキルは効いているよ。このような思いをしていた者を助けるどころか、分かってやることすらできなかった自分を恥じ入るばかりだ。とはいえ、君のスキルの影響か嗤うくらいしかできないけどね」

 

『――訳の分からないことを。僕のレベルまで堕ちたんなら、あなたにだって勝てるはずだ! 平和の象徴――この時代を築き上げた立役者にして世界最強! あなたに勝てたのなら、きっと――僕だって”どうにか”なれるはず!』

 

「やはり、君はただ全てを無意味にして混沌に叩き落すだけの(マイナス)じゃない。マイナス(劣等感)に打ち勝ち、仲間とともに誇りを持ちたいと言うのが君のちっぽけな祈り(プラス)なんだろう。……ゆえに」

 

 そして、泥臭い殴り合いが始まる。子供の喧嘩の方がまだ見ごたえがある低レベルの決闘。全ては球磨川の場所まで引き下げる却本作り(ブックメイカー)がために。けれど同じになったはずなのに、勝負は一方的だった。

 

 勝負は決着がつかないはず、なんていうのは性能に誤解がある。あくまで却本作りはRPGで言うステータスに作用するスキルなのだ。証拠など、オールマイトが球磨川の姿に変身していないことから明らかだ。というか、本当に球磨川に”なる”というのなら姿だけでなく記憶も同一にならなければ”そう”なったことにはならない。

 

 そして、中身に関しても。『できないことはやらない』――それは一般人として当たり前の感覚だ。球磨川のステータスになれば歩くことすらできやしない……100%無駄と分かっていることに挑戦する馬鹿がどこにいる。だからこそ、むしろオールマイトが戦えているのは異常である。球磨川のスキルの本質はあらゆることを『できない』にして心を折るスキルだ。

 

 弱さの究極は伊達ではない。立ち上がる強さすらもないのだから、2,3本叩き込めば封印状態になるのも分かる――存在することすら『できない』弱い(マイナス)存在になると言うことだからだ。

 

 けれど、ここで忘れてはならないのが、球磨川はそんな状態でも人に恐怖を与える魔王のごとき存在として君臨している。つまるところ、”それ(却本作り)”が強さ(プラス)を全て弱さ(マイナス)に置き変える力ならば――それ以上の異常(アブノーマル)で挑めばいい。

 

 憧れ(プラス)でもなく。誇り(プラス)でもなく。友のため(プラス)でもなく。家族のため(プラス)でもなく。あらゆるプラスとかけ離れた。

 

『僕は――僕だって、一度くらい勝ってみたいと思ったんだ!』

 

 球磨川の弱さ(マイナス)とは違う。

 

「私には分からない感情だな。勝利も、敗北も――それ自体はただの解釈だろう。ああ、まったくもって訳が分からない。人々が価値があるというものも、大切だというものも……私には本当のところがわからないんだよ」

 

 ただひたすら突き進むと言うだけの光の意思。あらゆる全てを焼き尽くしてもなお進む異常(アブノーマル)。暖かさとはかけ離れた太陽のごとき灼熱の意思。それは決して暖か(プラス)なものではないのだから。

 

『人気者が! そんなことを言うなよ!』

 

「だが、事実だ。なぜなら――私はやると決めたからやっている。平和の象徴が必要だと結論し、できることをやってきた。……が、これは人間的な感情ではないだろう。人間とは柔軟なものだ。それを弱さと捉えるならそうなのかもしれないが、しかし人間性としては重要な要素(ファクター)だろう。欠かすことのできない当たり前の、人が人に関わるために不可欠な生温(なまぬる)さだ」

 

『それが、ないと?』

 

「だから、こうして戦えている。君と同じになっていても、君と逆の方向で戦っている」

 

 球磨川の『プラスを弱さ(マイナス)で覆す』戦法――負完全というステータスではそうでもしなければ戦う術がない。

 

 けれど、オールマイトは当然のように異なる戦法を選択する。あらゆるものから『強さを見出す』戦法、生き方。本当の意味で強さ(プラス)が一つもない人間など存在しないゆえに、球磨川からすら彼は強さ(プラス)を見出してしまう。

 

『勝つのは、僕だ!』

 

「そうか。だが、悪いね。私は勝たねばならない。なぜなら、誓いを立てたのだ――譲りはしない」

 

 そう、全ては平和の象徴になると誓ったゆえに。それは生まれ落ちたが最後、止まるどころか減速すらできない暴走特急のように。まるで努力しなければ生きていくことすらできないと主張する深海魚のように。

 

 ただただ――前へ前へと進み続ける光の英雄(バケモノ)

 

『負けるもんか。……負けるもんかァ!』

 

「君の根性は大したものだな。今の君を臆病者と嘲笑う者はいるまい。ヒーローに勝るとも劣らない決意だ。……だが、勝つのは私だ」

 

 長い、長い時間殴り合って――ついに、球磨川が膝をついた。

 

「負けを認めるかね?」

 

『嫌だ』

 

 殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る――

 

 眉をひそめる者がいる。さすがにそこまで、と目をそらす者がいる。我関せずにぼうっと明後日の方向を見ている者が居る。

 

「――負けを、認めるかね?」

 

『嫌だ! 僕は……僕は!』

 

「勝ちたいっ!」

 

 本音を言って、螺子を持つ両手を振り下ろした。

 

「あいつ、自爆……ッ!」

 

 外野の声。球磨川は自らの両足を貫いていた。

 

『いいや、違うね!』

 

 さらには片腕さえも貫いてしまう。

 

「……ぬ。ぐぐ――」

 

 そう、その怪我はオールマイトにも転写する。

 

『這いつくばって、いいや違う。そうだね――這いつくばりながら勝つ。だよね? 志布志ちゃん』

 

 そして、言葉の通り這いずる。強さで戦うオールマイトは戦いが長引けば不利になる――全ては却本作りが生み出したルール。なにせ、基準となる球磨川の強さは怪我、疲労によって一方的に下がっていく。そして今、片腕と両足まで潰した。

 

『そうそう、勝つときは態度悪くってのも忘れちゃいけない。まあ、こんな苦し紛れの芋虫状態に態度の良いところなんかあるはずがないけどね』

 

 だが、弱さで戦う球磨川は動けた。

 

『所詮は、過負荷(僕たち)の気持ちは過負荷(僕たち)しか分からない』

 

 残ったただ一つの腕で螺子を振り上げ。

 

『だから、あなたはただ僕たちの勝利の証(トロフィー)になってくれ』

 

 頭を潰した。

 

「――」

 

 だが、オールマイトは死なない。却本作りの作用だ。それに物理的な意味がないことくらい球磨川にもわかっている。けれど。

 

『今度は僕が聞く番だ。負けを認めるかい?』

 

 意味はあるのだ。

 

「――ああ、私の負けだ」

 

 勝利の証。突き付けられた敗北の前に見苦しくあがくことなどできはしない。なぜならヒーローというものは崖っぷちに落ちてからの輝かしい逆転だ。――泥にまみれながらあがき続けて相手のギブアップを誘うことではない。

 

 だから。

 

「勝った!!」

 

 今度こそ誇らしげに、球磨川は叫んだのだった。

 

 

 

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