個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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最終旋回 物語は終わらない

 

 

「……球磨川ァァ!」

 

 勝利の咆哮を上げた球磨川を緑谷が打ち据える。誰の予想もつかない慮外の一撃が、有無を言わせぬ必殺として突き刺さる。さすがに今度ばかりは球磨川にもどうしようもない。

 

『……ば、馬鹿な。緑谷ちゃん――君、死んだはずじゃ……ッ!』

 

 だが、それはありえないはずだった。なぜなら、その攻撃を仕掛けた緑谷は無力化されている。動くことすらできなくなったからこそ、誰もそれを予想できなかった。そう、彼の胸には却本作りの螺子が――

 

『ないッ!?』

 

 なかった。抜いてはいないはず。解除した覚えはない。それにアンテナのような役割を果たすプラス(能力)なんてあるはずないが、しかしあえて能力を解除する馬鹿もいない。彼が動ける道理はない。なのに、なぜ――

 

「おおおおお!」

 

 球磨川は元より自傷のために方腕しか動かない――ただ打ち据えられるままに殴られる。いや、先の一撃が効いている。フルカウルの一撃がテンプルを撃ち抜いた、もはや思考は暗転してパンチドランカーの病状まで発症してきている。

 

『っぐ。この――』

 

「……遅い!」

 

 取り出した螺子は蹴りでどこか遠くに飛ばされる。

 

「お前はオールマイトに”勝った”んだ! だから『何もない』が終わったんだ。お前の却本作り(ブックメイカー)はもう機能しないぞ! 球磨川ァァァ!」

 

 そう、過負荷が使い手の精神状態に深く絡みついたものならば、心が変わってしまえば能力もそのままではいられない。世界の救世主(オールマイト)に勝つと言う偉業にして、異形――それは劣等感(マイナス)を覆いつくすに足るものであり。

 

『……っく! おのれーー螺子が!』

 

 もはや、却本作りのための螺子が出せない。これ以上ない物証だった。球磨川が勝利を得て負完全から脱却した、そのこと自体が彼の過負荷を壊してしまった。”勝った”その瞬間に転落するというなんとも球磨川らしい落ち。

 

「オールマイトを破っても、彼の意志まで曲げることなどできないぞ。まだ、彼の意志を継ぐ僕らが居る!」

 

『……それ……でーー』

 

「いいや、お前にはもう何も言わせない。貴様はここで終わるんだ、球磨川」

 

 まさに鬼神。元から暴走癖はあった。普段はともかく、緊急事態になると爆豪よりも”やらかす”性格だ、緑谷というのは。全身砕いてタコにしてやるくらいの気概はある、それが過剰防衛だか何だかの罪に問われようとも躊躇いはない。

 

「……てめえらァァ! 負けを無視して好き勝手あたしらみてえなことを恥もなくやりやがってェェ!」

 

 だが、それを黙って見ているほど球磨川の仲間はお人好しでも友達甲斐のない奴らでもない。真っ先に動いたのは志布志。好き勝手にボロボロにされていく球磨川の姿を自分に重ね合わせて憎しみを募らせる。――それは秒すら必要とせず奈落の底から噴火するマグマと化す。

 

「てめえら、全員ぶっつぶれちまえ。『憎武器(バズーカー・デッド)ォ!』」

 

 無差別に古傷を開かれていく。瞬く間に傷だらけとなり、動けないほどにまで傷が溜まる。もはや”損な気がするから人殺しはしない”などというこだわりなど、憎しみの前に吹き飛んだ。――降り積もる憎悪であらゆる全てを破壊する。

 

「好きにさせるかァ!」

 

 真っ先に反応したのは爆豪だ。低空どころか地面を、負傷すらも構わずに”飛ぶ”。飛行技の自滅的アレンジだ、一瞬でも早く届せるために。

 

「それはこちらの科白なんですよね☆ 荒廃した腐花(ラフラフレシア)……狂い咲きバージョン!」

 

 だが、無数の人植物が前に立ちふさがった。それはもはやゾンビのような凄惨な有様で――。奈落の底から生者への憎しみが眼の形をした空洞の洞に反射する。

 

「しゃらくせえ!」

 

 爆破。植物を燃やしていくが――

 

「……届かねえ!」

 

「いいや、届いたさ。君のおかげで! 爆速ターボ」

 

 爆豪が開いた道を飯田が駆け抜ける。

 

「君の能力は殺傷力と言う点では最も危険だ。女であっても手加減できない。悪く思ってくれるなよ!」

 

 全力の加速を乗せて蹴り込むつもりだ。なぜなら、それが一番早いから。そして……それは致死の一撃と化す。

 

 速いから軽い? なんだ、それは――速くするために無理に中身を空にしただけの話だろう。もし中身があったのならば、衝撃の威力は破滅的に跳ね上がる。威力を無視してスピードだけを追い求めた一撃が絶殺の”血肉をぶちまける必殺技”になるという皮肉。

 

「いえ、お気にせず。こんなのはただの不慮の事故(エンカウンター)ですから」

 

 だが、蹴り砕いたのは蝶ヶ崎の細い身体だった。デク人形の様に転がっていくが――傷はない。そばの地面に大穴が空く。衝撃をどこかに逃がす過負荷……つまりはそれだけの力だったが無駄になった。

 

『――あ。やめてよ、緑谷ちゃん。死にたくない……』

 

 それでも、過負荷たちの救いの手は球磨川にまで届かない。

 

「どうせ、それも嘘だろう」

 

 緑谷が拳を握り。

 

「「「……ッ!?」」」

 

 全員が息を呑んだ。あまりにも破滅的な”それ”を予感したがため。

 

 ――”バキバキバキバキバキバキバキバキ”ッ……!

 

 その音は破壊だ。破壊が連鎖して、全てが終わる。彼らを構成するに等しい世界――つまりは雄英学園。その土地が。

 

「……ッオールマイト!」

 

 間一髪、地割れに引き込まれそうなオールマイトを助けて脱出する緑谷。だが……

 

『――ふふ。せっかくの勝利なんだ。勝ち逃げさせてもらうことにした』

 

 ニヤリと笑う球磨川。そして、後ろに付き従う3人の影。

 

『なるほど。僕は確かに却本作りを使えなくなった。だが、こうは思わなかったのかい? ゆえに次は大嘘憑き(オールフィクション)が使えるようになったと、さ』

 

「――球磨川。貴様ァ!」

 

 ああ、確かに治っている。球磨川は確かに立っているし、志布志のバズーカーデッドの無差別攻撃に巻き込まれたはずの三人にも血が付いていない。

 

「けれど、治しきれてはいない」

 

 だが、オールマイトが息を吹き返す。死んだときには却本作りが有効だった、にしても―ー死ねばそれは精神に致命的な負荷を与える。が、オールマイトならそんなものは昼寝すれば生き返る。

 

『オールマイト。僕はもうあなたに勝ったんだから黙っていてくれませんかね?』

 

「黙らないさ。治っているのは表面だけだろう? 見れば分かる。過負荷と言うのはそうそう都合のいいものでもないみたいだね。……また何かやらかすのなら私の近くでやりたまえ。次は負けん」

 

 痩せ細った体でニヤリと笑って見せる。そこには敗北者のみじめさなどどこにもなかった。

 

『ふん。もうあなたと勝負はしませんよ』

 

「……こりごりだ」

 

 球磨川は本音でため息をついた。

 

「はは。待っているよ」

 

『精々好きに待ちぼうけてください。メールくらいなら送りますから』

 

 そして、4人は姿を消した。崩れ行く雄英は13号、セメントス、エクトプラズムが被害を食い止めた、奇跡的に死者も出なかった。しかし校舎は修復ではなく作り直すことになった。

 

 もっとも、物は治すことができても――全てが元通りになるわけでもなく、そしてヒーロー代表と言える雄英の醜聞が高まった以上はステインに対する賛美はますます過激になっていく。

 

 未来は決して明るいものではありえない……それでも、ヒーローたちは正義を胸に戦うだろう。

 

 

 

 そして、語られなかった伏線。

 

「オールマイト。あなたは俺を助けてくれなかった。だから嫌いだ。お前だけは……おまえだけは決して許さない……! 例え個性を失おうとも、それだけで済ますものか。必ず……必ずお前の全てを奪ってやる……!」

 

 元はオール・フォー・ワンのために作られた究極の対”個性”牢獄の暗闇の中で胎動を続ける影。――死柄木弔。

 

 

「ねーねー、オールマイト。折り鶴さんできたよ」

 

 青年、というにも年を取りすぎているだろうか。決して老境というわけではないが、若そうには見えない。そんな男がニコニコと折り鶴を振って喜んでいるさまは一種の異常に見える。それに折り鶴はよれよれだ、お世辞にもよくできているなどと言えない。

 

「ああ、すごいね。うむ、よくできている。……たえちゃん」

 

 そして、妙に不釣り合いな名前――当然だ、それは”彼”に名付けられた名前ではない。この男は元はオール・フォー・ワンと呼ばれていた人間だ。今は女の子のようにふるまっていて、その記憶も持っている。”それ”がどこから来たのかは不明であり、記憶から照合された”たなかたえ”という人物は現代には存在しないと言う調査結果が出ているが。

 

 彼は今、特別に改造された、個性を暴走させてしまう子供たちを治療する施設へと入れられていた。

 

「えへー。私ね、大きくなったら鶴さんに乗って世界を旅するの。きっと、気持ちいいよ」

 

「そうか。……できるといいね」

 

「ちがうよー。オールマイト、テレビで言ってたでしょ? 夢は叶えるものだって」

 

「はは、一本取られちゃったな。ゼリービーンズを上げよう」

 

「いらない。まずい」

 

「ええ……こんなにおいしいのに……」

 

 そんな彼の元にオールマイトが今もなお通うのは――何のためか。あるいは本人にもわかっていないのかもしれない。

 

 けれど、そんな”彼女”は紛れもなくオール・フォー・ワンの全盛の力を持っている。あらゆる技術を忘れようとその個性は強大に過ぎ……一つの火種と呼ぶには大きすぎた。

 

 

 





 これにてオールマイトと球磨川の物語は終わります。メタ的な言い方をすれば主人公:オールマイト、ラスボス:球磨川をラスボスの視点から見たストーリーでした。

 これまでお付き合いくださり、ありがとうございました。


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