――雄英、会議室。そこでは塚内刑事を加えた教師陣営で話し合っていた。しかし、その空気は何ともいかんともしがたく……一言でいえば暗い、重苦しい雰囲気が会議室を包んでいた。
「えー。とりあえず、爆豪君の救出作戦は空振りに終わったわけだけど――」
校長が口を開く。ねずみでありながら雄英という名門を治める彼の個性は『ハイスペック』、つまり頭がいいということだが。しかし、頭が良ければ知らないことが分かるというわけでもなく空元気の有様だ。
「なんとも予想外ですね。とりあえず脳無の生産工場を押さえられたのはよかったのですが」
刑事が口を開く。が――”生徒がさらわれたままで良かったも何もない”、という視線を受けて居心地悪げに口を閉ざす。
「――オール・フォー・ワン」
オールマイトが口を開いた。
「オールマイト、それは……」
「校長、ここは知らせるべきでしょう。闇社会を取り仕切っていた、私が倒したと思っていたアイツが生きていた」
「まあ、そうだね――」
プロフィールを明かす。それでもワン・フォー・オールや都合の悪いことについては口を閉ざして。もちろん、教師全員にオールマイトの傷を明かすということもしない。
「問題は奴が何と戦っていたか、だ……!」
「それについては警察のほうではお手上げだ、オールマイト。目撃証言が何もない。まるで幽霊とでも戦っていたかのようにね」
「……僕も、心当たりはないね。いっそのこと、ヴィランが仲間割れでもしてくれたのだったら話は早いんだけどね」
「それについては、何分現場がひどい有様なので。ヴィランの死体でも出れば僕に話が来るようになってますけど」
「いや、それはないと思うな。奴は闇のカリスマ、衰えたとはいえ逆襲を許すようなやつではないと思う」
議論が白熱する。そこに冷たい声が響く。
「いや、存外良い評価をしてくれるじゃないかオールマイト。僕も、君ほどしつこい奴はついぞ見たことがない――誉め言葉だよ?」
圧倒的な闇の雰囲気。教師陣営ですら動くのを忘れた。けれど。
「……オール・フォー・ワン!」
オールマイトが動こうとして。
「おっと、動いてくれるなよ?」
死柄木 弔。口にビー玉のようなものをくわえている。
「それは、Mr.コンプレスの……!」
「そう、動いたら爆豪君を食っちまうぜ?」
いきなり現れたヴィラン連合。瞬く間に会議の場を掌握してしまった。
「さあ、このゲートを抜けてついてくるんだオールマイト。君と僕の決戦の場だ」
「もちろん、他の人間が入ってくることは許さない。破れば――ま、分かるだろ? 偽善者諸君」
かりかりと歯の上で玉を転がす。逆に言えば取り返すチャンスだが、死柄木を驚かせて反射的に口に含んだものを噛み砕かれたらたまらない。……動けない。雄英のヒーローたち、誰一人として。
「……良かろう。貴様の茶番に乗ってやろう」
恐れ一つ見せずに歩き出すオールマイト。
「馬鹿な! 待つんだオールマイト。これは罠だ!」
「罠であろうと、真正面から潰すのがヒーローだ!」
「オールマイ……!」
踏み込んだ彼とともにゲートが消える。
ゲートの先は樹海につながっていた。
「さて、改めて久しぶりと言わせてもらおうかな。オールマイト」
「オール・フォー・ワン、ここまでついてきたのだ。爆豪少年は返してもらう!」
「え? 嫌に決まってるじゃないか。そんな約束をした覚えはないよ」
けらけらと笑う。
「……ぐ! 貴様、どこまで――」
「ま、いいさ。彼は人質、だなどと言うつもりはないよ。存分に殺し合おうオールマイト。なぜなら僕は君を憎んでいる。簡単には殺さないよ」
暴力的なまでの圧力。怪我が治り、全盛期に戻った彼の闇の威圧は桁が違う。おそらく先程の会議で出していたら教師たちは再起不能になっていた。
「良かろう。今度こそ引導をくれてやる」
けれど、オールマイトには通じない。この”平和の象徴”に、ただ強いだけでは膝を屈させることは能わない。そう、どれだけ強い敵にも立ち向かう姿こそがヒーローなのだから。
「では、僕は絶望を与えることにしよう」
悪の首領、そして平和の象徴――究極域に達しながらも方向性が全くの逆を向いている到達点二人の戦闘が始まる。
一方、ヴィラン連合はというと――ヒーローと戦っていた。死柄木はかつて”どこからともなく湧いて出る”なんて言ってしまった通りに、派手な行動を起こした以上はヒーローがここに集まってきていた。もちろんヴィラン側が選んだ土地、名のあるヒーローは近くにいない。
どころか爆豪を人質に取っているともなれば、もはや戦いどころではなく虐殺だ。手も足も出ずに虐殺されていくヒーローを踏みつけて高笑いする。怪我人、どころか死者すらも積まれて――
人質は一人だから、それができるのは死柄木一人と思うかもしれないが、それは違う。Mr.コンプレスの個性に目印はない。”それ”に何が入っているかはわからない。で、ある以上はヒーローはどうしようもない。たとえ10分の1だろうが、可能性がある以上は手出しできない。それがヒーロー。
ゆえにこそ、それは今ただただ死体と負傷者を山と積み上げていくレミングと化していた。
だが、戦いの結末はそんな木っ端を考慮しない。
オールマイトが敗れれば築き上げた象徴が崩壊し、果ては社会が崩れ去る。けれどオール・フォー・ワンが負ければ、ヴィラン連合は消耗戦だ。限られた戦力であらゆるヒーローを相手にしなければならない。どれだけ善戦したところで終わりの見えないチキンレース、必ず負ける戦いだ。それがわかっているだけにオールマイトとオール・フォー・ワンは負けられない。
「オールマイト!」
「オール・フォー・ワン!」
戦う理由は十分で、負けられない理由は十二分。どちらにとっても後はない。同時に踏み出す。勝たなければならないのは同じ、だからこそ二人が選択したのも同じ。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。
「馬鹿正直なのは変わらないね! 『衝撃反転』」
かちあった拳と拳、オールマイトの腕から血が噴き出す。
「……おお!」
それでもひるまない。それがどうしたといわんばかりに逆の腕で顔に一撃を入れた。
「悲しいねえ、オールマイト。あの時は君が上回った。けれど、今は君が”下”だ。その体ではねーー」
お返しに殴り飛ばした。オールマイトは木々を折りながら飛んでいく。
「なるほど。確かに治っているようだ。貴様、何をした?」
「さて、僕は一体何をされてしまったんだろうね――」
「は、貴様らしい煙に巻いたような言い分だな」
「誉め言葉と受け取っておくよ」
向かい合う。とはいえ、オール・フォー・ワンが”らしい”かと言えば、実はそんなことはない。卑怯卑劣で、闇そのものを凝縮したともいえる悪魔的頭脳が発揮されていない。彼のヒーローじみた正々堂々は球磨川に勝ってしまったことに端を発する。
「この身に代えても貴様を討つ」
「では、僕はこの身に代えずとも君を倒そう」
かつかつと歩を進める。目と鼻の先まで、近づいて。
「「……ッ!」」
同時。拳が互いの顔にめり込んで。
「「--っおお!」」
殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る――すさまじい、どころか悲惨とすら言える拳の連打。両者、一歩も引かず。
「『空気を押し出す』個性、+『筋骨発条化』+『瞬発力』×4+『膂力増強』×3」
引いたのはオール・フォー・ワンだった。すかさず遠距離攻撃を放つ。
「甘いぞ!」
だが、オールマイトはかわす。後ろに人質がいなければ当たってやる理由はない。
「それは君だオールマイト。遠距離攻撃手段がないのは変わらないだろう?」
何度も撃つ。
「それで私を倒せるとでも?」
かわす、怪我もない。何十回でもかわす自信はある。
「さて、それはどうだろうオールマイト。喰らえば君でも一発でおしまいじゃないのかな。そして、僕は何度でもチャレンジできるんだ」
オールマイトはまともに食らえば動けなくなる。そして、まともに食らわずとも、相殺してさえ残りの力はなくなる。オールマイトは弱っている。それを感じているからこそ。
「全盛の僕と、弱った君の違いさ。こうしているのは僕の方がはるかに疲れるよね。けどね、それでも――君はあと何秒持つ? 僕は1週間でもこうしていられるよ。元々の体力が違うのさ」
「……ッ!」
持久戦。オールマイトは歯をかみしめる。それでは勝ち目がない、マッスルフォームに制限時間があるのでは。
「ワン・フォー・オールの力あろうとも! 傷つき弱った君に無限に戦い続けることはできない。ゆえに僕が勝つ。手堅くいかせてもらうよ」
「いいや、それでも勝つのは正義だ」
オール・フォー・ワンが驚愕する。オールマイトはなんと突っ込んだ。
「勝負を諦めたかい? わざわざ喰らってくれるなんて――ね!」
同じ個所に二度、三度。油断はない、確実にとどめを。
「貴様を倒す! そこに行くから待っていろ!」
だが、それがどうしたとばかりに突き進む。消耗戦では勝ち目がないから特攻? それは奇策ではなく暴挙と言う。”勝ち目が0に近づくなら0にします”って、そんなのは初めから破綻している。けれど、それでも――その無茶を通せず何がヒーローか。成功率など100万回に一回成功するなら十分だ。
「馬鹿、な――」
「――私が来たぞ!
そして、オールマイトこそがヒーローだ。だから彼は不可能なはずの道を踏破する。4回どころか1回相殺すれば終わりの身で連射をさばききって接近、渾身の一撃で叩き伏せ、地にひびを走らせた。
「っぜ、はぁ――……ッ!?」
反動でマッスルフォームが解け、そして静寂が戻った森にヘリのローター音が聞こえてくる。報道機関のヘリ。つまり、世界に見られてしまった――このやせこけたトゥルーフォームを。
「けど、奴は――ッ!?」
起き上がる。倒したはずの、全てあらゆる力を振り絞って放った渾身の一撃を受けた敵が。
「はは。弱くなったね、オールマイト。これで終わりだ」
腕が巨大化する。
「これが今の僕が使える最高威力。君はきっちりこの手で殺しておかないと安心できないからね」
「……あ」
「さあ、お別れだ。オールマイト。ちょうどそこにヘリが飛んでいる。遺言の言葉を残しておくといい。それくらいは待ってあげるよ」
「--」
気力、体力。果てには残り火さえ、火がつかない燃え残り。
「ふふふ。よく考えて。これからはヴィランの時代なのだから」
「--」
それでも、最後に残るものがあるとすれば。それは声援。そう、どこかの誰かが応援する声が聞こえた気がして。
「おいおい、黙ってれば見逃してくれると思うんじゃないよ? そろそろ我慢の限界だ。さあ、君は最後に何と言うのかな」
「私は平和の象徴オールマイト。悪になど負けはしない」
だからこそ、決意を込めて笑顔を見せるのだ。それがやせこけた歪なものであろうとも。
「……そうかね、命乞いの一つも見れないのは残念だ」
ビルさえこともなく壊し粉砕する一撃が振り下ろされて――
「--何!? 馬鹿な、その力どこから来る!? もはやこぶしを握る体力すらも尽きたはず! 君の体を動かすそれはなんだ!?」
それが受け止められていた。何の力もないはずのオールマイトに。
「悪がいる限り、何度でも言おう。私が来た!」
腕だけのマッスルフォーム。歪なそれがオールマイトはもはや限界すらも超えていることを示す。
「だが甘い。『衝撃反転』」
「――がぁ!」
血を吐いて。いや、それどころではない。腕が砕けて紫色に。
「そして、片方だけじゃあない」
今使ったのは片手。とどめの二撃目。人の腕は二本ある。
「だからこそ――」
オールマイトがかわして懐に潜る。
「まさか……! 腕を犠牲に? そんな戦術、どこで――」
「これが我々が紡いできた歴史! 受け継がれてきた志! 貴様が侮ってきた者も思いを今こそ――」
残り火が燃え上がる。これが正真正銘、最後の一撃。ワン・フォー・オール、闇の帝王を打ち倒すために受け継がれてきた歴史の極致にして到達点。
「
その一撃こそが世界最強。誰であろうとも超えることはできない人の歴史が詰まった”重い”一撃。
「が……はーー」
ついに、オール・フォー・ワンが倒れた。
「これで、ようやく終わりました。師匠――」
「だと、思ったかね」
絶望が立ち上がった。
私はオールマイトが好きです。でも試練を与えたくなるのはなぜなんだろう。ああいう折れない信念を持った逸脱者が大好きです。
ステインも括りとしては同じでも、信念が破綻してないのがどうも好きになれないです。
人類皆殺しにしてもオールマイトは残るから、”ヒーローを求めた結果、何もなくなる”ということにならないんですよね。
ちなみにオールマイトはエミヤのように壊れている類の人間だと思います。おそらく、彼の目指す”平和”に自分の席はありませんよね? ヴィランがいる限り働き続けても、いなくなったら居る意味がなくなる。彼が妻子を持ってないのはそういう意味かと思います。