個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第7旋回 根津校長と過負荷

 

「――で、どういうことですか根津校長」

 

 相澤先生は校長に詰め寄っていた。

 

「私も、聞きたいですな」

 

 オールマイトもまたその席にいる。三人だけ――彼の危険さを理解できた者の数としては多いほうだろう。なにせ、弱すぎるがゆえに恐ろしいという矛盾(パラドクス)――”障子紙よりも無抵抗な”球磨川の恐ろしさを理解することは強さを目指すまっとうな人間には難しい。

 

「球磨川禊――彼についてはすべてを伏せると、決めたときにあなたもいた。なのに――」

 

 球磨川禊の名前は伏せられている。ヴィラン連合逮捕の時に現れた謎の少年、だがそれをありのままに報道することは状況が許さなかった。オールマイトの弱体化による社会の揺らぎをこれ以上刺激することはできない。弱体化はすでに全世界が知っているのだから。

 

 そしてオール・フォー・ワンは厳重に幽閉されている。彼にもう闇社会のドンだった記憶はないとはいえ、凶悪な個性がある。そもそも記憶が消えても罪は消えない。はたから見れば悲惨の一言だが、だからといって釈放することなどできやしない。”かわいそうだから”などという理由で罪を許されたら社会は成立しないのだ。

 

「彼は危険だ」

 

 そんな誰にとっても後味の悪い事件の原因、実行犯の彼が逮捕されない理由はない。闇社会のドンから罪を償う機会を永久に奪った彼。大体ヴィラン相手だろうとヒーローでないものが傷害事件を起こして罪でないはずがない。

 

「HAHA。まあ落ち着いて。言いたいことは分かるよ」

 

 絞め殺さんばかりに迫る二人に対して、根津校長は空を仰いでコーヒーをすする。

 

「では、なぜ? 入学許可を出せるのは――というより、書類をごまかせるのはあなたしかいない」

 

 そう、入学は決して正当なものではない。叩けば埃が出るどころか一片の真実すらも残らない、嘘とまやかしのみで構成された入学許可。

 

「……ううん」

 

 言いにくそうにまごまごとしている。

 

「話してください、事情があるのでしょう?」

 

 たっぷりと十秒ほど経って。

 

「どれだけ謝れば許してくるかな?」

 

「……根津校長!」

 

 相澤先生が校長を掴みあげる。

 

「はは――ま、君たち相手ならどうやっても口を割ることになるんだろうね」

 

 そう前置きして、観念した。

 

「昨日ね、球磨川君が来たんだ。理事会からの転校許可証を持ってね」

 

「理事会か――いや、待て。理事会に転校生を入れる権限など、というかそんな制度自体がないはずだが……」

 

 そう、雄英に転入制度などない。生兵法は大怪我の元、などという言葉があるように途中からヒーロー育成のカリキュラムを進めて事故を起こすわけにはいかないという教育上のルールだ。

 

「まあ、そんなの僕も持ってないけどね。まあ、偽造とかごまかしとかね」

 

 つまり、誰も転入などさせられない。正式にそれを行う手段など誰であろうと持っていない幻の転校生。それをしたのなら、犯罪だ。裏口入学以外の何物でもない。

 

「「……」」

 

 それでもあまりにあっけらかんと言われると黙るしかなくなる。

 

「とにかく、彼はそれを持ってきて転校させてくれと頼んできたんだ」

 

「それで、首を縦に振ったと? あなたが!」

 

「いやいや、もちろんしぶったさ。と、いうか理事会だろうとそんな好き勝手はできない。彼を雄英に入れた僕が言えたことじゃないけどね」

 

「……なぜ」

 

「脅されたんだよ。ただそれだけさ」

 

「ヒーローが脅しに屈するなど!」

 

 オールマイトのその顔は、なんだか悲しそうだった。

 

「君はそうだろうさ、オールマイト。でもね、皆そういうふうにはなれないものさ。君は不動の一位、並び立つ者がいない。だから、弱い者の気持ちがわからない」

 

 対する根津校長は諦めと絶望をないまぜにしたかのような疲れた表情。

 

「……」

 

 黙り込む。なによりも疲れ果てた根津校長の姿が痛々しくて。

 

「彼は人を食ったような男だったよ」

 

 前置きして回想する。

 

 

 

『やあ、こんにちは。僕だよ』

 

 そういって彼は校長室に入ってきた。ヴィラン連合のこともあって強化した設備は元に戻してないのにね。当然だよ、残党が暴発する可能性を考えないほど馬鹿じゃない。だからこれは彼が規格外だったというだけの話だね。

 

「……君は」

 

 うめくことしかできなかったね。なにせ、僕の個性は戦闘系じゃないから。ただの椅子に座ってるところに来られちゃバトルも何もないよ。

 

『今日はお願いがあってここに来ました』

 

「へえ、何かな。とりあえずコーヒーでも淹れようか」

 

 この展開は望むところと思ったよ。いや、怪我の功名だとね。僕ならばうまいこと言いくるめられると己惚(うぬぼ)れていた。なにせ、普通のヴィランというものは”何かを達成する”ために生きているからね――そこを利用すれば組すのはたやすい。

 

『とりあえず、死んでください』

 

「っが!」

 

 殺されちゃったさ。螺子で頭をぐしゃりとね。貫くどころか、頭そのものがなくなっちゃったよ。……僕は小さいからね。

 

『――なんてね、冗談ですよ冗談。僕は愚か者が好きでね、あなたも愚か者のほうにカテゴライズしてあげますよ』

 

 悟ったよ。あれは無理だ。交渉も懐柔も説得もすべては無意味――あの這い寄るマイナスの前には。それは人間とやるものだ。アレは違う。

 

「なにをしたんだ?」

 

『ささやかながら僕の持つ異能でね。”すべてをなかったことにできる”ごくささやかな能力だよ』

 

 意味が分からない能力だろう? 絶望したね。

 

「すべてをなかったことにする……だって?」

 

『そうだよ。傷も、記憶も――なんだってなかったことにできるのさ』

 

 なにせ、僕はそれが真実だと悟ってしまったのだからね。

 

「何を言われようと、僕は生徒を売る真似はしない。羊の群れに狼を放つような真似だけはできない」

 

 けど、だからって生徒を生贄にできるわけがない。存在を消されようと抵抗するつもりだった。

 

『舌を噛み切って、かい? 自殺でもって対抗、というわけかな。無駄だけどね』

 

「他者すら生き返せる能力、あながちはったりと言い切れないところが恐ろしい。――それでも、社会に君を告発することはできる。さすがに社会に広まる噂話なんて形のないものはなかったことにはできないだろう? 記憶が形のないものと言えば嘘にはならないかもしれないけれど、科学的見地ではニューロンが溜めこんできた電気信号という物質的存在とみなせる……個性による干渉が不可能じゃない。それでも、多数の人間に干渉なんてできるわけがない。一人二人ならともかく」

 

『おいおい、僕の過負荷を個性なんてものだと考えていたのかい? そんなプラスなもの、僕はもってるはずないってのに――』

 

「個性でなければ、なんだと……?」

 

『マイナスさ。才能ではなく、失ったものだから取り返しがつかない。だから君の予想は正しいよ。うわさ話なんてなかったことにはできない。なんせ、僕のこれは油断すると世界そのものをなかったことにしてしまうからね――たぶん、間違って世界ごと消しちゃうからさぁ』

 

「世界……そのものを……ッ!」

 

『どうだい? 止めてみるかな――その小さな前歯でも、がんばれば僕の喉首を掻っ切れるかもしれないぜ』

 

「あっはっは。無理だよ、だって僕の腰は砕けている。いや、慣用句でね。死んでもなお立ち向かう精神力は残念ながら僕にはないみたいだ。……オールマイトなら、諦めないのだろうけどね」

 

『じゃあ、僕の転校届も受理してくれますね?』

 

「それは嫌だよ」

 

『……』

 

 しーん、と空気が流れた。

 

「え。いや、だって――相当どころかただの無茶だよ。正当な手続きなんて、元からないし。転入制度がないからね、雄英は。理事会の許可証だって、それで納得する先生方はいないよ? もちろん、この僕だって社会から叩かれて校長を追い出されるのがオチだよ。転入したところで、1か月持たせるのも難しいよ」

 

『では、僕のお願いは聞いていただけないということですか?』

 

「脅迫の基礎をわかってないね。もしかしたらバレないかもしれない、と思うからこそ脅迫されるんだよ。初めから破滅するのが分かっていてやらかす奴はいないさ」

 

『うーん。もう一声』

 

「一声って言われても。君がここに来たことを黙っていることしかできないよ?」

 

『じゃあ、こうしましょう。今からあなたの個性をなかったことにします』

 

 空気が捻じ曲がる。悍ましい気配が物理的に世界を侵食するほどまでに濃くなっていく。これこそが負完全、過負荷(マイナス)の極致の具現……一瞬ですべてを台無しにしてしまうかのような。

 

「……え」

 

『自己紹介が遅れましたね。僕の名前は球磨川禊。そして所有する過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)。実は今は亡きヴィラン連合に代わり、社会に問いを投げかけるためにここに来ました。ねずみであれど個性を得て人権を付与されたあなた、しかし個性をなくしてしまえばどう扱われるのか――実験動物かそれとも変わらず人と見るか、個性社会に問われることとなるわけです』

 

 螺子を取り出し――

 

「待て。まってまってまってまってまってまって。……やめてくれ! 僕は、僕は――」

 

『さあ、皆様ごいっしょに! It’s all fiction!』

 

 突きつけた。

 

「僕は、あんなところに戻りたく――」

 

 ぶつん、と光が消えて。

 

「……あれ?」

 

 非常灯が灯る。

 

『なんて。ちょっとしたお茶目ですよ』

 

 光をなかったことにした。もちろん、部屋内の――だから時間がたてば他から入ってきた光が中を照らす。

 

「……う、嘘ーーあ、大……嘘……」

 

『さあ、選んでください。個性(人格)を捨てて尊厳を失うか、正義(教職)を捨てて生徒を失うか。どちらでもお好きなように』

 

 ぞわぞわとマイナスが空気を侵食する。これこそが球磨川禊の真骨頂。人を堕とす手管にかけては悪魔でさえも彼の右に出ることは許されない。

 

『どちらを選んでもこれからあなたの生き方は捻じ曲がることになりますから』

 

 そのおぞましく侵食する邪気に根津校長の心は完膚なきまでに螺子曲げられた。

 

 

 心が折れた根津校長を放って二人で相談する。

 

「――で、どうするオールマイト?」

 

「え、いや。どうしようね?」

 

「さすがにあなたでも思いつかないか。さっさとあんな奴は除籍してしまいたいものですが」

 

「なかったことにする力……あれは反則だね。そういう力技をしては君自身の身も危ない。それだけならともかく、生徒のほうに危害を加える可能性がね……とりあえず今は刺激しないようにするしかないかな」

 

「そうですね。様子を見るのが今は合理的か――」

 

 有効な手などなかった。ヒーローはどう盤上の駒でどう人を救うかが商売だが、マイナスは盤外戦術で心を挫きに来る。ヴィランとは違う第三の敵の前に有効な手など打つべくもなかった。

 

 

 





 根津校長の回でした。かわいいですよね、ねずみ校長。こう、かわいいと虐めたくなるのはなぜなんでしょうか。

 ヒロアカ本編では力を失ったオールマイトはフェードアウトっぽいですが、むしろ本SSではこれからが本番です。この物語は過負荷の物語であると同時にオールマイトが無個性まで落ちても戦い続ける物語なのですから。

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