個性社会の球磨川禊   作:黒箱BoX

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第8旋回 転校生にありがちなこと

 

 球磨川が転校してから一週間。彼の存在により教室は滅茶苦茶なことになってしまうのではないかと、事情をわずかでも知っている人間は思っていた。そして、彼女もその一人。

 

(なんで、こんなことになってしまったのかしら)

 

 唯一球磨川のマイナス性に気付いている蛙吹は頭を抱えていた。なぜなら――

 

(球磨川くん、彼とっても弱いわ。でも、それにしても)

 

 誰がどう見ても強く思えない、のだ。ひょろひょろで吹けば折れてしまいそうな、”女の子よりも頼りにならなそう”などと1週間で言われてしまっている。その弱さは授業でもいかんなく発揮されている。

 

(でも――だから虐めるなんて、ヒーロー養成校にあるまじきこと……)

 

 いじめ――そう聞けば緑谷のことを思い出してしまう。一応は隠しておこうという気はあるようだが、それでも思い出話を聞けば彼は爆豪にいじめられていたというのは容易に察せられてしまう。

 

(そもそも今でも当たりは強いわ。爆豪ちゃんにとってはあまり変わってないのかもしれないけど、いじめがなくなったのは”取り巻きがいなくなったからできなくなった”からとみられても仕方ない。いいえ、実際にそう見ている人もいる)

 

 レッテル貼りというのは許されない、なんて風潮はあるところにはある。しかし、実際の社会に出ている人間ならば誰でも知っている――それはレッテルを貼ることが許される人間と許されない人間がいるだけだということを。”それ”は本能に根差した自然な行動で、だからこそ爆豪にいじめっ子というレッテルが課されることも当然だった。

 

 そして、推定無罪とやらがどんなに軽い言葉かなど、子供ですら知っている。”疑われたら終わり”など、誰でも感じていることだ。

 

(いえ、私でさえ爆豪ちゃんを信じていないのかも知れないわ。彼はそんなことをする人間ではないと思っている――けど、彼が真犯人なんだと聞けば、心のどこかで納得してしまうわ)

 

 白黒つける、なんて言葉があるけれど。他人と付き合えば分かるはず、世の中に白黒なんてなくて、黒っぽい灰色と白っぽい灰色があるだけだと。――言ってしまえば8割がた信じているということは、逆に言えば二割は信じていないことになる。土台、信じ切るなど無理な話だ。相手はただのクラスメイトにすぎないのだから。

 

(嫌ね、この空気……)

 

 もちろん、蛙吹は白黒についての観点など持っていない。別に社会学者でも心理の専門家でもないのだ。ただ、本人の察しの良さから薄々と気づいてしまっただけだ。

 

 ――これが悪循環であると。

 

 誰もが声にしなくても気づいている。空気がよどんでいる。球磨川が転校してくる前の和気あいあいとした雰囲気がなくなっている。……着実に悪くなっている。そして悪くなり続けている。

 

 

 

『え? うわっ! 気持ち悪!』

 

 球磨川が自分の下履きを放り出す。中にはミミズが何匹ものたくっていた。

 

「どうしたんだ、球磨川君! これは、酷いことをするな」

 

 飯田がどこからともなくやってくる。その面倒見の良さから球磨川と一番絡んでいた。

 

『あーあ、ホントいやになるよ。こんなこと、お母さんに言えやしない』

 

「む、確かにご母堂に相談するわけにもいかないな。男として」

 

 球磨川は外でミミズを捨ててくる。この程度はもう慣れたものだ。

 

『一体僕に何の恨みがあるんだか』

 

「先生方も調査してくれているらしいが。しかし、こんなこと栄えある雄英学園の一員として恥ずべき行為だ! 犯人には一刻も早く名乗り出ていただきたい!」

 

 と、憤慨しながら球磨川に使い捨ての除菌シートを渡す。

 

『でも、飯田君は本当に面倒見がいいね。ヒーローみたいだよ』

 

「はは。そう言われて悪い気はしないな。ただ、僕は前に少し”やらかして”しまってね。その誉め言葉を受け取るにふさわしい人間であるかどうかを自問せざるを得ない」

 

『いや、誉めてるんだから素直に受け取ればいいじゃん』

 

 飯田は一瞬、信じられないものを見る目になって――噴き出した。

 

「はは。あっはっはっは!いや、そうだな! 誉め言葉なんだから素直に受け取っておけばよかったな! こちらこそ礼を言うよ、最近事件が続いてそんなことさえ忘れていたよ」

 

 彼は真面目過ぎて妥協を許さないところがあるのだ。それは人を寄せ付けないストイックさにつながるものだが、わずかに折れた。

 

 頑固さが人との関わりで柔らかくなったといえばいいことに聞こえる。けれど忘れてはいけない。強烈な完璧主義者はその完璧さゆえに偉業を成し遂げる。他人の迷惑など考えもしない者が文明を発展させる。そう、あの理想に狂ったヒーロー殺しに言わせれば”弱くなった”。

 

 けれど”これ”は何かにつながるような強烈なシーンではない。ただの日常の一幕で記憶に埋もれる欠片以上にはなれない。けれど、布石にはなる。これから訪れるかもしれない決定的なシーンにおいて染みができた。

 

 このように、球磨川は誰にも気づかれず、誰も気づかないような捻じれを仕込んでいた――無数に。

 

『うおっ!』

 

 球磨川が扉を開けると同時に飛び上がる。もう毎朝のシーンとなってしまった。

 

「………………」

 

 強烈に射殺さんばかりの目で見つめる爆豪。もちろん、その視線の先は球磨川しかありえない。ヴィランすら裸足で逃げ出す眼光と陰で呼ばれている。

 

『……そ~っと。そ~っと』

 

 抜き差し差し足で歩く。いや、隠れるべき相手の爆豪は完全に気付いて睨みつけているのだが。

 

「災難だよな、球磨川。毎度のこととはいえ、何をあんなに睨みつけることがあるってんだよ、なあ?」

 

 切島が声をかける。彼だけではなくクラス全員が球磨川に対しては同情的だ。というか、問題があるのは疑いの目を向けられてもなお球磨川に殺意の目を向ける爆豪だろう。

 

 もちろん、口では違うと言うが……行動を見れば信じられたものではない。

 

『ううん……』

 

「おい、どうしたよ。腹でも痛いのか?」

 

『いや、慰めてもらうなら女子にしてほしいと思ってさ』

 

「球磨川、お前な……」

 

 毒気を抜かれるが、切島が近づいた目的は球磨川が怪しいと思ったからだ。10割爆豪を信じていると胸を張って言えるのは彼くらいのものだろう。

 

 そんな男気溢れる彼だからこそ、調査のために近づいた。シロだったなら、それはそれで友達になれるからよし! などと、被害者の近くでクロを捕まえてやるぜと意気込んでいた。

 

 

 

 けれど、そんな努力は実らない。一生徒の力どころか、雄英の力を使っても犯人を見つけ出すことができなかったのだ。言うまでもなく緑谷も真犯人を探していたのだが、同じことだ。

 

 そして大事件が起こる。

 

 

 

 カラスの死骸が球磨川の机に突っ込まれていたのは発見した球磨川がさすがにたまらず叫んだ。

 

『うおおっ!? な、なんだこりゃ――ッ!』

 

 机を倒して転げ落ちる。普段から結構オーバーリアクションの球磨川だが、さすがにこれは様子が違った。

 

「どうしたんだね、球磨川君。……っこれは!」

 

 そう、カラスの死骸。ヒーローを目指すからこそこういうものには弱かった。ヴィランは”倒す”。だが、目の前には無造作にその先――”死体”が転がっていた。たかがカラスとはいえ、それでも生き物には違いない。それが死んでいる。

 

 今までのお遊びとは比べ物にならない負の雰囲気が教室を満たす。

 

「犯人は、こんなものまで……ッ!」

 

「関係ない動物を手にかけるなんて、人として最低ですわ」

 

 そんな声が聞こえる。

 

「待って。これ――焦げ跡?」

 

 緑谷が目ざとく見つけた。彼は爆豪を信じたがっていて、だからこそ彼がやったのではないという証拠を見つけたかったのだが。

 

「デク、てめえデタラメ言うんじゃねえ!」

 

 爆豪は反射的に怒鳴る。彼の明晰な頭脳は焦げ跡という言葉が自らに不利を招くことを瞬時に理解していた。焦げ跡、それは直感的に彼の個性『ニトロ』を連想してしまうだろう。

 

「お、おい爆豪。まさか――」

 

 けれど、不幸なのはさらにその先を考えられなかったことだ。”疑いの目は強まった”。いじめっ子そのままの言動な上、見ようによれば証拠が見つかって焦っているように見える。才能ゆえ、というのが完全に皮肉になっている。気づかないほど鈍ければよかったのに。せめて、気づくのが一瞬でも遅れていたら。

 

「違う! 俺じゃねえ!」

 

 時として、真実に意味はない。どこかの誰かが言っていたように、大衆は本物ではなく”それっぽい”ものを求める。今の状況、とても爆豪が犯人”ぽい”。少し考えてみれば焦げ跡なんて証拠にはならないが、幅を利かすのは事実よりもうわさでしかない。よく考えなければ、その死骸は証拠として十分なインパクトを持つ。

 

「俺はやってねえ! やってねえっつってんだ! その目はなんだ!? ええ、デク」

 

 掴みかかる勢いでデクに詰め寄って。

 

「やめたまえ、爆豪君」

 

 飯田がその腕をつかんで止める。

 

「……テメ――」

 

「やめなさい、あなたの立場が悪くなるだけよ」

 

 蛙吹にも止められて。

 

「――ッチ」

 

 舌打ちして、席に着く。カラスは回収され、事件は教師陣に取り上げられた。

 

 だが……犯人は不明ということでは。こんなでかいものの入手経路が分からないはずがないと雄英関係者は意気込んだものだが、しかし結果としては何もわからなかったのだ。

 

 無能と言ってしまえば簡単だが、しかし今は社会の変革期が来て未だに安定してきたところ――そもそも調査の土台自体ができていない。マニュアルを作る前の試行錯誤する段階で、成功例を集めているような段階だ。誰もが個性を持っていなかった頃の科学調査レベルを期待するのは間違っている。

 

 とはいえ、教師陣はもう爆豪は疑っていない。彼はマークされていた。悲しいことに教師陣は爆豪を疑わざるを得なかったのだ。そして、その中でこれができるほどの計画性は彼にはないと判断された。まあ彼にとっては屈辱かもしれないが、そもそも生徒レベルで抜けるのは無理な警戒網だ。

 

 ――雄英関係者としてはまさに悪夢だ。ヴィラン連合に続きさらなる災難。

 

 このままでは雄英の雰囲気は悪くなる。それは生徒の成績だけではなく、当校の評判まで落とすことになってしまうだろう。マスコミには生徒を守れなかった結果とか好き勝手なことを言われてしまうかもしれない。

 

 ゆえ、誰もが必死だ。もちろんクラスメートを守ろうとするヒーローの卵たちも。教師をやっているヒーローも。なのに、犯人は見つからない。

 

 ……ただそこには被害者がいるだけだ。

 

 

 





 少女漫画にして10巻書けるくらいのいじめがありました(偏見)。それくらいにして詳細は飛ばします。

 犯人が誰か、推理できた方はいるでしょうか。もちろん、オリキャラではありません。もしかしたら、犯人はB組にいた日向 破瞬君とかあるかもしれませんね? (ちなみに彼はめだかボックス1話に出てきた剣道少年です)※もちろん冗談ですが。

 次回は真相編。


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