re.真・女神転生 Ⅲ Biginning king of chaos 作:ブラック・レイン
『誰カ、ドウカ、救ッテクダサイ』
ノイズが走る思考で、悲鳴をあげる心で彼は懇願する。
彼は死体の山の上に立っていた。敵だったもの。味方だったもの。おぞましい化け物から神聖な存在まで様々な存在が物言わぬ骸と化していた。
皆、彼の手に掛かって死んだ。彼を守って死んだ。己の理想のために戦って、そして死んだ。
彼は生き残りだ。幾万と繰り返された闘争の生き残り。戦い、勝ち残り、力を得て、また戦う。その繰り返しの果てに生を勝ち得た者。
だから彼は手にいれるべきなのだ。願ったものを。理想が現実となったものを。荒んだ心を癒す、日常を。
なのに……
「酷い………」
それは拒絶された。
「酷すぎる……」
やり直しと言う形で。
「惨すぎる……!」
彼をループに閉じ込めるという形で。
「無意味に過ぎる……!!」
彼に結末を与えないという形で。
「嗚呼……」
彼は嘆いた。たった文字にしてたった二文字。そこに彼の全ての悲嘆が内包されていた。
幾億もの願いを踏み潰し、悪も善も骸に変え、積み重ね、その果てに得たのは『無』だったのだ。
「………止まれない」
それでも彼は歩みを止めなかった。否、止められなかった。ここまで築いて来たものが何者かの意思によって否定されたものなのだとしたら、なおのこと止まる訳にはいかなかった。
でなければ何のための戦いだったのか。何のための悲劇か。犠牲になった者は、何のために犠牲なったのか。
数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいに命を奪ってきた彼だからこそ、彼は絶対に止まるわけにはいかなかった。
そして彼はまた死体の山を積み上げる。何度も何度も。
なのに……彼はまだ救われない。犠牲者に意味を持たせられない。
「誰カ、ドウカ、救ッテクダサイ」
彼は壊れていった。救いに餓えて、殺していって、また壊れて、それでもまだ救われず、また殺す。また壊れる。
「誰………カ………」
彼の名前は■■■■。もはや名前すら失った哀れな虐殺者。【人修羅】という忌み名のみが、もはや自分の名前になっていた。
そして、またプロローグが始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼は何度目になるか分からないプロローグを迎えていた。
元は脆弱な人間だった人修羅は、すでにその身を悪魔に変えられている。
【マガタマ】
そう呼ばれる虫のような何かが人修羅の体内に寄生し、人修羅を悪魔に変えているのだ。
人修羅の周りには夥しい血痕がある。全て人修羅のものだ。【マガタマ】の肉体改造はここまでの流血を引き起こすらしいが、人修羅の身には今は何も傷はなかった。
『悪魔の再生力様々だな。まさに化け物』
人修羅は己を自嘲する。
見た目は人間だった頃とそこまで変わりはない。変わったことは三点。
一つ、全身に幾何学的な模様があること。
二つ、首の後ろに黒い角が生えていること。
三つ、瞳の色が灰色に変わっていること。
それらを除けば、人修羅の体の形は人間と変わりない。だが中身……つまりは身体能力その他諸々の力は人間を遥かに凌駕する。
現在、人修羅の身には悪魔の糧である【マガツヒ】と呼ばれる物質が不足している。これを多く保有している悪魔ほど強くなれるのだ。そしてこれは人修羅にも当てはまる。
だがプロローグを迎えたばかりの人修羅の身にはわずかな【マガツヒ】しか存在していない。エピローグを迎える時には万軍を相手に出来るほどの力を得ている人修羅だが、この時の人修羅には大した力は持っていないのだ。
早急に、かつ大量に【マガツヒ】を補充する必要があった。
しかし、その前に人修羅にはやることがあった。それは……
「起きなピクシー。朝だぞ」
人修羅は隣に寝転がっている小さな悪魔を指で突っついて起こしにかかる。
彼女の名前は【妖精 ピクシー】人修羅が一番始めに仲魔にした悪魔だ。
彼女もまた、この終わりのない輪廻に閉じ込められており、人修羅と一緒にこの世界をさまよい続けている存在である。
最も人修羅とは違い、記憶の欠損は無さそうだが。否、もしくは忘れていることに何の未練もないだけかもしれない。
なぜなら彼女は悪魔で妖精。『後悔』や『未練』といった人間臭い感情とは縁遠い存在なのだから。
人修羅はしばらく突っつき続けているとピクシーは「んん……」と可愛らしい声をあげて身じろぎし、人修羅の方を向くと目を開けた。
「おはよう」
「ん、おはよう……」
ふわぁと可愛らしい欠伸をしながらピクシーは人修羅の挨拶を返す。そして寝ていたことで固まってしまった体をグーンと伸ばすと彼女はキラキラ光る羽を羽ばたかせ、宙に飛んだ。
「さて、と。今回もやり直しか……またダメだったみたいね」
「ああ……残念ながらな」
人修羅は肩をすくめながら言う。その様はループしている事実について何一つ思ってないような素振りだったが本当は違う。ただ、それでくよくよしている方が時間の無駄だと心で理解してしまったのだ。
つまる話、涙が枯れてしまったのだ。
あの暖かい日々を諦めたくない。ただそんな意地が彼を突き動かしていた。たとえそれで自らが壊れてしまっても、構わなかった。
人修羅は立ち上がる。何度目になるか分からない、戦いへの歩みだ。
その一歩を踏み出そうとした時だった。
「ねぇ」
ピクシーが声をあげた。
「………どうした?」
人修羅が尋ねる。声をあげたピクシーはいつになく真剣で、ひたと人修羅を見据えていた。
「いつまでこうしているつもり?」
「…………」
それは人修羅にとって残酷な問いだった。
「何が言いたい?」
人修羅の金の瞳に剣呑な光が宿る。それを真っ向から受けながらピクシーは話を進める。
「諦めようよ。現実世界を諦めてさ、別のことをしようよ」
「……たとえば?」
「……そうねぇ」
問い返されたピクシーはいたずらっぽく笑いながら並べあげ始めた。
「まず、そこらの悪魔を殺して殺して殺していって……とにかく強くなるの。そしたらあなたの意にそぐわない……【創世】を目指す奴らを殺して、そして最後に空で偉そうにふんぞり反っているクソッタレカグツチを殺してこの世界を掌握するの」
「……そうしたら?」
「貴方は、この世界に悪魔達の王として降臨するの」
キラキラと眼を光らせてピクシーはその言葉を口にする。その姿は可愛らしく、なにより悪魔らしかった。
「ゾクゾクしない?ワクワクしない?あなたは億万もの悪魔の上に立つのよ?豊穣を司る悪魔達に食べ物を捧げてもらいましょう。酒作りの上手い悪魔達に極上のお酒を作ってもらいましょう。見目麗しい女悪魔達も、抱きたい放題よ?だから……」
ここでピクシーは表情を消し、言葉を止め、人修羅をひたと見据え、再度その言葉を投げ掛けた。
「現実世界を……諦めましょう?」
「…………」
まさしくそれは悪魔の囁きだった。
ピクシーの言うとおりにすればどれたけ楽に生きられるだろう。何も考えず、何者にも縛られず、頂点に君臨し続ければ彼は何も痛まなくて済む。
それに拍車をかけるのは今の人修羅ならそれが出来てしまうということだ。
人修羅もピクシーも、ループする以前の力を引き継げる訳ではない。カグツチと戦う最終決戦の時のような膨大な力は、ループする度にリセットされてしまう。
だが何一つ引き継げないわけではない。
例えば仲魔達。ボルテクス界の各地に存在する邪教の館と呼ばれる場所には【悪魔全書】と呼ばれる物がある。そこに彼は全ての仲魔達のことを記してあるのだ。
【悪魔全書】に記されている仲魔は邪教の館の主に相応のお金……この世界の通貨である【マッカ】を払えば召喚出来るのだ。それがどれほど強大な悪魔でも。
そして何より……【悪魔全書】の内容はこのループに引き継がれているという真実。膨大なループの果てに、そこに記してある仲魔達は膨大な戦闘経験を持ち、どれもこれも歴戦の猛者ばかりとなっている。
召喚に手間と時間はかかるが、人修羅は強大な悪魔の軍を保有していることに変わりなかった。
そしてもう1つは人修羅自身にある。
ループする度に人修羅の力はリセットされてしまうがそれは悪魔でもマガツヒとマガタマに関することのみなのだ。
例えば経験や教訓、仲魔達の教え、磨き続けてきた戦闘技術はリセットされない。今の人修羅でも、弱い悪魔の群れ程度なら瞬殺出来るだろう、
そんな人修羅が膨大な力を手にし、マガタマも揃えてしまえばどうなるか。最強の悪魔の完成である。
世界を手にする力は、人修羅の手に揃っているのだ。
だが………
「ダメだ」
人修羅は、その王道を頑として歩まなかった。
「お前の言うとおりに、きっと俺は出来るだろう。あいつらのことなんて忘れてしまえばきっと楽に生きられるだろうさ」
「でもそれじゃ、この虚ろな心は満たされないんだよ」
悲痛な顔で、人修羅はそう言う。
「失ったモノばっか数えて、それを埋めようとするその行為がどれだけ愚かしいか分かっている。無くなってしまったものは……きっと取り戻せないのだろうよ。でもな……虚しいんだよ。無くした物の代わりに得る栄華なんて」
「……私は、そうやって取り戻せないものを取り戻そうとしている今が、一番虚しいと思うのだけれど」
「あぁ、その言葉は間違ってないさ……」
自嘲の笑みを浮かべて、人修羅は肯定した。
「……結局、俺のやっていることは無駄なのだろうよ。もうあいつらは帰ってこないことが、決まってしまっているんだろうさ……それが運命ってやつだろうさ……」
だがな、と人修羅は眼を見開きピクシーに向けて叫んだ。
「俺はそんな運命だからといって止まるつもりは全くない!例え神に諦めろと諭されようが、悪魔に囁かれようが!俺はこの愚かな行為を続けてるんだよッ!!」
その声には、歴戦の強者だけが纏える覇気が籠められていた。ビリビリと空気が震え、人修羅の纏う空気が歪む。
「(あぁ、なんて……!)」
ピクシーはそんな人修羅に呆れの感情ではなく、感動を覚えていた。
無くした物に依存する人間の心は、悪魔であるピクシーには理解出来ない。だが、その心の強さは理解出来る。
今の人修羅の魂はボロボロだ。あと数回ループすれば、恐らくは崩壊するだろうと予測できるほどに。だがそれでも、目の前の悪魔は己を見失ってないのだ。
その強さがあるから、人修羅はここまでの境地にたどり着いたのだろう。
「愚かね」
「何を今さら」
ピクシーの軽口に、人修羅は口元をひん曲げて嗤う。
「そんな男に付いてくる……お前も大概だろうに」
「……それもそっか。じゃあ私達、人修羅とその仲魔達はバカばっかってことで」
「あぁ、そりゃどうしようもなく、迷惑な集団だな」
人修羅はそういってますます嗤う。
ひとしきり笑ったあと、人修羅はよしと扉に手をかけた。
「そんじゃ、ま。行きますか。人修羅御一行のどこまでも愚かしい旅をさ……」
「ええ、どこまでも付いていくわよ。地獄でも楽園でも、ね」
「そりゃ、素敵なことだ……」
そういって彼らは再び歩み始める。どこまでもどこまでも救われないその旅路を、再び。
人修羅、彼に似合うのは誰かの上に立つ王道ではなく。
屍の上に立つ、修羅道なのだろう。
文法がある程度進歩していれば良いんですが……