re.真・女神転生 Ⅲ Biginning king of chaos 作:ブラック・レイン
シンジュク衛生病院を抜け出した人修羅一行。薄暗い病院を抜け、人修羅達は明るい外の光を浴びる。それは、太陽の光……ではない。
無尽光 カグツチ。この世界を管理し、創生の流れを監視している創生戦争という『ゲーム』のゲームマスター。彼の放つ光が太陽に変わってこの世界を照らす光源たなっている。
その光をもたらすカグツチを、人修羅はつい一時間ぐらい前に殺した。死の間際に言い放つカグツチの捨て台詞が人修羅の耳にはこびりついていた。
『……お前は何一つ手に出来まい。人修羅。お前に安息がもたらされる日は来ないのだ……』
『……呪われ続けよ人修羅。お前に未来はない……』
その言葉を、もう何回聞いたことだろうか。それを否定したいがために人修羅は奔走し、今に至るのだが……未だに打開出来る希望すら見えてこない。
「……止まるものか」
憎々しげにカグツチを睨み、吐き捨てる人修羅は前を向く。消えかけの記憶を信じれば、そこには金髪の坊っちゃんと喪服の老婆が立ち、人修羅にカグツチのことを教えたのだ。
最初の一回以来、その二人は現れていない。まるで語るべきことは語った、とでも言うように。
「お前らの希望には……乗らんよ……」
確固たる言葉。しかしカグツチに吐いた恨みの言葉よりかは、力が弱かった。
人修羅は歩みを進める。その隣をピクシーが飛び、後から他の仲魔達がついていく。
人修羅の旅がまた始まった。
人修羅が去ったあと、そこに赤いコートをきた男が現れた。
「ここが、東京か」
男はそう言い、辺りを見渡した。
「どうやらスシだのゲイシャだのって雰囲気じゃなさそうだな」
男はそういうと舌打ちをした。
「まったくあのジジイ。厄介な依頼をもってきやがる…仕方ない、少し調べてみるか」
男はそういうとコートをなびかせながら、変貌したトウキョウの地を、ボルテクス界を歩き始めた。
男と人修羅。邂逅の時が来たのなら、その時は人修羅の無限の輪廻に変化がもたらされるだろう。
人修羅一行はシンジュクを抜けた後、まっすぐシブヤ方面に向かった。道中にあるヨヨギ公園を素通りし、人修羅が言ったとおりチンの群れにうんざりしながら。
シブヤについた頃には人修羅達は機嫌が悪くなっていた。チンに突っつかれ、羽ばたきを喰らい、もみくちゃにされていた。それでも人修羅達の損傷が軽いのは、人修羅とピクシーの数えきれない戦闘経験によるものだろう。
「さて、無事にシブヤに着いたわけだけど……どうする?」
「……先に回復だろう」
「ま、それもそうね」
このシブヤには悪魔のための施設がたくさんある。様々なアイテムがならぶジャンクショップ。悪魔合体が可能な邪教の館。ターミナル。そして回復の泉だ。
この回復の泉というのがなかなか不思議なもので、このボルテクス界のあちらこちらに点在する施設だ。
そして各所にある泉には必ず1人、泉の聖女と呼ばれる女性がいる。この泉の聖女が、泉の癒しの力を行使して様々な負傷や損耗した魔力、毒や呪いをたちまち治してくれるのだ。もちろん、有料だが。
この回復の泉は、どんなに人修羅とピクシーが戦闘経験を重ねて強大になろうとも、お世話になっていることに変わりはなかった。
回復優先とばかりに人修羅一行は回復の泉に向かう。損耗を回復出来るのなら、それを迅速に行うべきなのだ。
このボルテクスという地獄は、継戦能力も問われる。強いだけでいて、次に備えることを怠ると、たちまち死に繋がるのだから。
「……お行きなさい。こちらを振り返ってはなりませんよ……」
意味深なこの言葉を背に回復した人修羅一行はシブヤに地下街に出た。
「……振り返るな、か」
その言葉は、人修羅にある種の重みを感じさせた。今はないあの世界に未だに未練を残している人修羅は、振り返ってばかりだった。そして振り返ってみたその光景を、どんどん忘れていくばかり。
「………」
ふと、ある言葉が人修羅の頭に浮かぶ。
『こんな世界でフラフラと……何やってるんだろうな……俺たち……』
「嗚呼、本当に……何やってるんだろうな」
無駄だと分かってるのに、前の世界の帰還に焦がれる自分に人修羅は自己嫌悪に駆られる。そしてそんな感情を浮かべる自分自身に、さらに自己嫌悪を深める。
「……いっそ壊れろ……」
ボロボロになった己の魂に向かって、まるで威嚇する狼のように唸る人修羅。だが、未だに人の弱さを持つ人修羅の魂は、痛みを訴え続ける。
そしてそれは、人修羅の歩みを、ある少女の元に向かわせる。
それは後に、強者のみを求めて敵となる少女だ。
シブヤの地下街。その奥にあるディスコに、彼女はいた。
「……───」
人修羅にとって、それは苦痛の再開だ。それは間違いなく会いたかった親友の顔だ。そしてそれは同時に、殺すべき敵の、過去の姿でもあるということ。
自ら守護に変生し、ヨスガのコトワリを降ろす者。
橘 千晶が、そこにいた。
「…どんな顔したらいいのかな。こんな時。喜べばいいのかな。お互い無事でよかったね、とか……分かるわ■■君でしょ」
「……っ」
千晶がかつての人修羅の名前を呼ぶ。だが、まるでそこだけ欠落したかのように、その短い音が人修羅の耳に届く前に消える。
それに顔をしかめるが、面に出さず人修羅は返す。
「あぁ……その通りだ」
そして無理矢理笑ってみせる。ギギッとまるで錆び付いた機械のような、ぎこちない笑みの作り方だった。
それに対し、千晶も僅かに微笑むが、すぐにまた泣きたそうな顔になる。
「私、分かったの。泣いても……大声を出しても……この悪夢は覚めないって」
「……現実さ。残念ながらこれは」
突きつけるような人修羅の言葉に千晶は目を伏せる。
「そうね……少しだけ疲れちゃった。■■くんは……知ってるの?世界に、いったい何が起こったのか」
もちろん、人修羅はその答えを持っていた。それこそ受胎を引き起こした氷川以上に。だが、それを千晶に言う必要はなかった。ただ一言、人修羅は千晶に伝えた。
「どうやら、オカルト雑誌に載っていた受胎、という現象が起きたらしい……」
人修羅の言葉に、千晶は目を見開く。
「……受胎?それって、東京……受胎?■■くんの雑誌に載ってたあれが……現実になったってこと?」
信じられないという千晶だが、今の状態で人修羅が冗談を言うわけがないと思い直した。驚愕に見開かれた千晶の瞳が、再び伏せられる。
「そっか、嫌になるわね……」
「………」
『千晶。お前はボルテクスの表層を垣間見ただけだ。地獄はこれからだ。お前は、これからそこに俺を叩き落とすんだよ』
それが言えたらどれだけ楽だっただろうか。もし繰り返しの中で見つけた真実を全て千晶にぶつけられたら、どれだけ良かっただろうか。
だがそれはならない。物語を根底から覆すことは、人修羅に許されていない。
千晶は人修羅の心情を読み取ることなく、嘆き続ける。
「街の外がどうなってるか……もう見たでしょ?
わたしの家なんて、何処に建ってたかも分からなくなっちゃった……もしかしたら人間は世界中で私1人なのかもって、本気で考えてたわ。……■■くんに会えて良かった」
「……あぁ、俺もだ。一人ぼっちなんて、耐えられないよな」
心にもない同情の言葉を、千晶に投げ掛ける。弱々しく、人修羅の言葉に賛同する千晶。
「ちょっとだけ……希望が見えた気がする。無事だった人、他にもきっといるわよね。祐子先生だって、勇くんだって、何処かにいるかも知れない」
生存者の数だって、人修羅は知っていた。だが言葉に出さない。
「あぁ、居るさ。絶対居るさ」
何度も吐いた。そのセリフを人修羅はまた言う。今の千晶のように、受胎の被害を受けて右も左も分からない被害者を、人修羅は演じた。
伏せた目を再び見開いた千晶。その瞳には、弱々しいが確固たる覚悟を秘めていた。
「……私、探してみるわ」
「……この地獄みたいなところを?何のあてもなくか?」
人修羅はここで千晶の『引き留め』に入った。ここが人の千晶と、創生を目指す千晶との境界線だ。このボルテクス界をさまよう時を与えたのなら、千晶は己の真理を見つけてしまう。
だから、ここで千晶を止めたかった。それだけが、人修羅に出来る物語の反逆だった。
だが千晶は決意を鈍らせなかった。
「このままじゃ、済まないもの」
そういって、人修羅の恐れを抱かせる言葉をはねのけた。
「……そうかい」
ならば、ここで殺すべきか。人修羅の脳裏にその考えが浮かぶ。
真理を見つけてしまった千晶は守護を降ろすために何でもやる覚悟を持ってしまう。そして血の上に力の信仰を築き上げるのだ。
だが、だが……
「みんな、きっと生きてる……運命は、そんな残酷じゃない。そうじゃなきゃ……あんまりだわ……」
消え入るような千晶の言葉。それが人修羅の殺意を揺さぶる。
親友なのだ。
たとえ未来、人修羅の心をズタズタに引き裂こうとも、絆を否定されようとも、敵対しようとも、
人修羅にとって、今の彼女は親友、橘 千晶なのだ。
「……あぁ、そうだな。きっと俺たちは救われるさ」
だから人修羅はまたそんな嘘をつく。心にもない、どうしようもなくくだらない。そんな大嘘を。
そんな嘘に励まされ、千晶はしっかりとした歩みでディスコを去っていった。
「………嘘つき」
「知ってる」
ピクシーに咎めるような言葉に人修羅は自嘲の笑みを浮かべながらそれを肯定する。
「あぁ、そうだ。俺は嘘ばっかだ。千晶も、勇も、先生も、ヒジリも、そして自分にも嘘ばっかついてさ。本当にどうしようもねぇ……そんなことは知ってるさ」
だが、と人修羅は続ける。
「俺はあいつらの友達でありたい。
それは、切に人修羅に残された、最後の未練。
吐き出すような人修羅の心情の吐露をピクシーはかぶりを振った。理解できないとばかりに
「……私には分からないわ。その未練。裏切られると分かっていてなんで友達でありたいと願うのよ?」
人修羅はその問い掛けに対して答えられなかった。人間の、その言葉に出来ない複雑な心情を伝えることなど、人修羅には出来なかった。
そんな価値観の違いこそが、人修羅とピクシーを隔てる壁であった。
明確な答えを示せないまま、彼はディスコの出口に向かう。ピクシーは追求せずに人修羅の後を追う。分かっているのだ。追求したところで、ピクシーは、悪魔は人の弱さを理解出来ないということが。
理解されないまま彼らはゆく。ゆくしかないのだ。