re.真・女神転生 Ⅲ Biginning king of chaos 作:ブラック・レイン
ヒョコヒョコ。落ち着きという言葉がないとばかりにその悪魔は動く。ヒョコヒョコヒョコヒョコと。
子供が作る雪だるまに手足を着けて、青い帽子を被せたかのような悪魔、妖精 ジャックフロストの開く店に人修羅はいた。
ジャンクショップの名前にふさわしく、店内にある商品の並び方は乱雑としており、店の狭さがそれに拍車をかけている。
人修羅がここにいる理由は当然買い物だ。傷薬や状態異常に対するアイテムの補充は、この世界を生き抜く中で言うまでもなくやるべきことだ。
おまけにこの店には人修羅の力の根元たるマガタマが売られている。それも買わないわけにはいかなかった。
「(しかしそれにしても……)」
人修羅は最大の目的と言っても良いマガタマに提示された金額を見て辟易した。
「(……高い)」
マガタマのイヨマンテとシラヌイ。双方のお値段はどう贔屓目に見ても高い。特に弱小悪魔ばかりのシンジュク・シブヤエリアにしかいられない今の時点では
「(とはいえ、金をケチって死んだら元も子もなし……)」
人修羅はそう割りきって現状、大金とも言える額を店主のジャックフロスト……固有名をヒーホー君と言うらしい……に支払う。
「ヒホ!まいどあり~!」
懐が寒くなった人修羅に対して、大儲けのヒーホー君はその喜びを隠そうともせずにヒョコヒョコ跳ねる。
そんな彼(?)も、人修羅とはいずれ敵対関係になる運命にある。強力なマガタマを手にいれ、帝王を名乗って人修羅の目の前に立つのだ。
それを思えば、千晶や勇同様、このヒーホー君も人修羅と因縁浅からぬと言っても良いのだろう。違うのは、その後に復活して人修羅と行動を共にするようになるということか。
とはいえ、敵になるのは変わりない。人修羅はお調子者のヒーホー君に良い笑顔でこう言った。
「……覚悟しておけ」
「ヒホ!?」
現時点でヒーホー君は人修羅のことを何も知らない。ドスの聞いた声でそう言われて、ヒーホー君は人修羅に対してびた一文値切らなかったことに怒ってるのではとあながち間違いではない想像を働かせる。
そんなヒーホー君を他所に人修羅はひっそりとジャンクショップを出ていった。
その後、邪教の館にて悪魔合体を行い、パーティーの強化を行うと人修羅一行はシブヤ・ターミナルに向かう。そこには今までの流れと同じように、ある男がいた。
記者であり、現人修羅の協力者。ヒジリである。
「お前……驚いたな。自力でこの街まで歩いて来たのか。どうやら、大変な力を得たらしいな」
「嬉しくない話だがな。どんどん人間をやめていってるんだ。ちなみに今なら口から火が吹けるぞ?」
「………ここでやるなよ?」
「……それはやれってことか?」
「そうじゃねぇよバカ」
人修羅がわざとらしくすぅ~と息を吸うとわりと本気に見えたのかヒジリはターミナルを盾に隠れる。
そんな反応にくつくつと笑うと人修羅はヒジリに
「で?アンタはどうやってここへ?まさか歩いて来たわけじゃないだろ?」
そりゃもちろんとヒジリは頷きながらコツンとターミナルを叩く。
「こいつを使ってな、少し前に来たのさ」
「ふうん」
気のない人修羅の相づち。人修羅は続くヒジリの言葉を知っている。故に気がない。
そんな人修羅の態度にヒジリは軽く眉をひそめるが、ヒジリは説明を続ける。
「覚えてるか……?同じ物が病院にもあっただろ。こいつはただのオブジェじゃねえ。トンデモねえ機能を秘めた装置だ。
1つ1つが回路のような不思議な空間でつながってるんだ。その回廊……『アマラ経絡』を使えば、何でも一瞬で離れた場所へ飛ばせる。その転送機能で、オレはここまで来たのさ」
「……そんなワケわからん代物をよく使おうだなんて思ったな」
「……お前の言うことはもっともだが、あの病院に何時までも閉じ籠ってるわけにもいかなかったからな」
呆れたような声をだす人修羅に肩をすくめながら返すヒジリ。そしてヒジリは話を本題に移していった。
「……恐らくこの装置はまだ幾つもあって、巨大なネットワークになってる。あの男…氷川の所にも必ずつながってるはずだ……よう、手を組まないか」
「……なるべく支援してやるから、それを使って氷川の所へ行けって?」
人修羅の言葉にヒジリは苦々しい表情になる。
「今の状況を変えるには氷川の影を追うしかない。現状、実力的にそれができるのはお前だけだ。
ウワサじゃ『創世』とやらを掲げる組織がギンザにあるそうじゃねえか。
しかも率いてるのは人間だってな。オレは……それが氷川の事だとにらんでる」
「……例えそれが真実だとしても俺が無事に氷川の下にたどり着ける保障がないのだが」
「……確かに危険だが、やみくもに歩き回るよりだいぶマシな提案だと思うぜ?」
ヒジリの言葉に人修羅はため息をつく。ヒジリの言葉は何回と行われたやり取りとほとんど変わらないものだ。ループの打開は、残念ながらここにはないようだ。
「……分かった。行くよ」
「そうか、行ってくれるか。すまねぇな子供にこんな重荷を背負わせて」
「仕方がない。その代わり、しっかり働けるところは働けよ?」
「あぁ、分かってる………それじゃ転送するぜ?……死ぬなよ」
「あぁ」
人修羅が頷くとヒジリはターミナルを何やらいじり始める。するとターミナルが淡い青に発光しながらぐるぐると回転し始める。それを見つめていれば、ターミナルはますます光を強め、回転が速くなる。
そして次の瞬間。人修羅はターミナルに、アマラ経絡に引きずり込まれた。
ヒュオオという空気を猛スピードで切り裂く音が人修羅とピクシーの耳を打つ。人修羅もピクシーも何一つ動作を行っていないのに。体が何かに引っ張られて無限の回廊をかけていく。
目まぐるしいと感じるほど、何度も何度も回廊の曲がり角を曲がってゆき、どんどんと進んでいくが、途中で異変が起きた。
ジリジリと人修羅が見る光景に赤いスパークが走る。その瞬間、凄まじい音と共に人修羅とピクシーの体に急制動がかかる。
「おおっと……」
アマラ経絡の床に足をつけ、ふんばり、前のめりに転ぶことを難なく防ぐ。
何のことはない。これもまた
「おい、大丈夫か?」
切羽詰まったようなヒジリの声に人修羅はあぁとだけ返す。
「そうか。無事で良かった……どうやら転送に失敗し、アマラ経絡に落っこちてしまったらしい」
「……ここからギンザまで徒歩で行けるか?」
「え?あぁ……路である以上、当然出口はあるし途中まで転送は成功していたから距離もそこまで遠くはないはずだが……」
「なら問題ない」
淡々とそう言う人修羅に頼もしいなと微かに呟くヒジリ。
「そっちは全然頼りにならないわね」
「うぐ……」
情け容赦なしのピクシーの言葉が深く突き刺さったようでヒジリは呻くような声をあげる。
「な、何か困ったらその時は俺に言え。これを操作すれば何とかなるかもしれん」
「はいはい」
期待しないわよーと言わんばかりのピクシーの言葉にヒジリはついにぐうの音も出なくなってしまった。
しかしピクシーの言葉も当然と言えば当然なのだ。今後のことを知っている人修羅達にとってヒジリのもたらすものはあまりプラスにならないものだ。
人修羅は頭の中に入っているアマラ経絡のマップを頼りに進み始める。あまりプラスにならないとはいえ、ギンザまでたどり着くためにはヒジリの協力は必要だ。
頼りにならないのなら、頼りになるようにしてやれば良い。人にも仲魔にも、人修羅は常にそうしてきたのだから。
とりあえず最初の弊害。アマラ経絡名物である封鎖される通路を目にするため、人修羅は進んでいった。
アマラ経絡。経絡とは血の流れ、神経の流れの事を指し、すなわちアマラ経絡とは世界の血管であると仲魔の一人が人修羅にそう教えた……もっとも、流れるのは血でも神経の電気信号でもなく、大量のマガツヒなのだが。
すなわちマガツヒこそが世界の動力源であり、それは即ち人々の感情こそが世界の動力源に他ならないということでもある。
そしてマガツヒがある以上、この場所でも当然悪魔は生まれる。だが、ここにいる悪魔は外の悪魔とは少し様相が異なる。
外道や幽鬼、精霊や御霊といったアストラル体……つまり霊的存在の悪魔のみがここには出現する。これはこのアマラ経絡がマガツヒの流れる場所……言い方を変えれば『不特定多数の存在の意思が流れる場所』だからである。
外道や幽鬼は亡霊や怨霊と言った類いの者であるし、精霊は自然の意思の形。御霊は神の意思の側面の一つである。
そしてそれらはアマラ経絡の大量のマガツヒを吸って強大な存在になる…わけでもない。
このアマラ経絡のマガツヒを大量に得るためには、ターミナルよりも強力なアマラ経絡そのものに干渉出来る装置を用いるか、もしくは強大な力が必要になるのだ。
それがない悪魔にこのアマラ経絡のマガツヒを啜ることは不可能。もしくはこぼれたほんの僅かなマガツヒのみを得るのみである。
故に、人修羅にこのアマラ経絡のマガツヒを吸うことは不可能。手っ取り早く強くなる方法は、やはり敵対する悪魔を殺し、その遺体からマガツヒを奪うのみである。
あれこれ手を尽くしてこのアマラ経絡からマガツヒを得ようとして挫折した人修羅は、その結論に達していた。
だがアマラ経絡の特徴はマガツヒだけではない。様々な世界に繋がる路であるため、あちこちから貴重なアイテムが流れてくるのだ。
そしてそれに代表するものが、宝石である。
この世界において宝石は大した金銭的価値はない。悪魔は人間のように宝石に多大な値段を付けないからだ。
ならば何に使うのかと言えば、この先のギンザにある宝石店と物々交換するためだ。
パッと見て人間のようであるそこの店主は少々風変わりな商売をしている。ボルテクス界でも希少とされるような強力な力を持つアイテムや特別な力を持つ精霊や御霊を、宝石と交換するというものだ。
言葉による交渉には一切応じない御霊や精霊をどうやって己の手の内にしているのか甚だ疑問ではあるが、そんな彼からもたらされるものは確かに大きなものだ。
このアマラ経絡は、そのための交渉材料である宝石を集めるのに向いている。
だが欲に眩んでこの路をさまようのは大変よろしくない。この路はボルテクス界を歩くより危険なのだ。
アマラ経絡は無限の回廊であり、ヒジリのような協力者がいない限り確実に迷う。その上、アマラ経絡は常に形が一定であるとは限らないのだ。
無限の回廊に絶えず変化する路。それに加え、このアマラ経絡は人の心を狂わせ、変質させる魔性の力がある。
そしてそれは、ヒジリや勇を後戻り出来なくなるほどに変えていってしまうのだ。
そして人修羅もまた、そんなアマラに影響されつつある男の一人であった。
「……………」
絶えず変化する路、多数の悪魔を、そしてある意味アマラ経絡の主である外道 スペクターを倒し、ギンザへの路を拓いた人修羅。眩い光に包まれた出口を超え、たどり着いたその先は……
アマラ深界
無限の回廊であるアマラ経絡を奥へ、さらに奥へと進んだ先にあるアマラ経絡の深奥の世界。様々な闇が蠢き、ひしめくこの地は、ボルテクス界とは比較にならないぐらいに危険だ。
心だけでも人としてありたいのならば、一刻も早くここから立ち去るべき。そんな言葉をこの地の思念体からかけられるぐらいに。
だが人修羅はこうして呼ばれてしまう。この地を、闇を統べる。堕ちた天使によって。
人修羅は今、魔法の覗き穴によって視界を奪われている。視界を奪われているというのは目を潰されているというわけではなく。言葉のまま、体は覗き穴の前にあったまま、人修羅の見える風景だけが、覗き穴の奥へ奥へと進んでいくのだ。
そしてその先にある舞台に、彼と彼女はいた。
それは車椅子に乗った老紳士と、老紳士が乗った車椅子を引く、顔を布で隠した喪服姿の若い女性であった。
女性の表情は伺えない。服と同じく、裏側を見せない黒の布に隠された表情は何なのだろうか?
人でありたいと言うのにこんな地に訪れ、これから先またこの地へ訪れる、矛盾した人修羅を嗤っているのだろうか?憐れんでいるのだろうか?何も分からない。
ただ一つだけ言えるのは喪服姿の女の立ち振舞いは、人修羅の恩師にとてもよく似ていた。
老紳士と女は覗き穴を見ている人修羅を見上げていた。その様は有名なニーチェのあの言葉を彷彿とさせるものだ。
人修羅は深淵を覗き、そんな人修羅を深淵にいる者達が見ている。まさにその通りだった。
老紳士と女。そして人修羅は言葉は交わさなかった。語るべきことは語っている。それ以上のことは、人修羅が老紳士によって示された復讐の道を行った時だけだろう。ただ一つ。無限のループの中で同じようにもたらされるものがあった。
それは鍵である。このアマラ深界を進むためにはそれは無くてはならないものだ。
そして災いである。これから先、人修羅は狙われる。人修羅の同族にして最悪の存在。魔人達に。
それを……王国のメノラーを手に取った人修羅はこの地から強制に退去させられる。この地を歩むためには、人修羅はまだ弱い。だから、ボルテクス界に戻るのだ。
ブラックアウトしてゆく視界の中で、人修羅は老紳士を見た。人修羅は老紳士がこちらに対して何か言ってることに気づく。
耳をすませてそれを聞こうとするが、転移されかかっている今の人修羅の耳がまともに機能するはずがなく、聞き取れなかった。ならせめて読唇術で読み取ってやろうと目をこらす。
それは、短い言葉だった。
「最後のチャンスだ」
「!?」
何のことだと問う暇もなかった。五感がまともに機能する頃には、人修羅はギンザのターミナルにいたのだ。
「……い、聞こえるか!」
「……あぁ、聞こえるよ」
ターミナルから吐き出される、慌てたようなヒジリの声に人修羅は心ここにあらずといった様子で返事をする。ほっと安堵したように息を吐くヒジリ。
「よかった。なんとかギンザについたようだな。途中、お前の気配が消えたから心配したんだぜ?アマラ経絡に引き込まれたんじゃないかって……」
「………」
ヒジリの心配は当たっている。人修羅は先ほどまでアマラ経絡に、その深奥に引き込まれていたのだから。
「……よし、次の行動に移ろう。次からはお前は足を使って氷川を追ってくれ。ギンザに手掛かりがあるはずだ」
「だといいんだがねぇ……さっきから全くツイてないからねぇ…」
人修羅はいつものセリフをヒジリに言う。これもまたぼんやりとした様子で。
その暗い声音を、恨みがましいものと勘違いしたヒジリはうぐ、と息をつまらせる。
「う、運はともかくお前には力があるんだ。きっと強い悪魔がいると思うがお前ならきっと勝てるさ……悪いが戦う力のない俺は俺なりに追うさ。
氷川を追っていればいずれまた会うこともあるだろう。………じゃあな、お互いに生きて会おう」
「あぁ……幸あらんことを……ってね……」
その会話を最後にヒジリの声が聞こえなくなった。
「………」
人修羅はふぅと細長い息を吐くと。壁にもたれ掛かり、重力に負けたかのようにずるずると背を引きずりながら座っていった。
「どうしたのよ?」
様子がおかしいと気付いたピクシーが問いかける。
「……あいつが、あの魔王が俺に言ったんだ。最後のチャンスだって……」
「最後の……チャンス……」
反芻するかのように、その言葉を口にするピクシー。
「……言葉通りなら、今回のループであいつは俺を引き込むことを最後にするという意味なんだが……何故だかあいつの言葉が頭から離れない。もっと、何か重大なことがある気がする……」
語る人修羅の声に覇気がない。ここまでずっと戦いっぱなしだったのだ。いくら百戦錬磨の人修羅とはいえ疲れはてるだろう。その上で、あの老紳士の意味深な言葉が掛けられた。それがまるで呪詛のように、人修羅の壊れた心を蝕むのだ。
このままではいけない。そう思ったピクシーは反射的にこう言った。
「
スキル、子守り歌。発動。精神属性に位置付けされるそのスキルは本来妖精 ピクシーが用いる者ではない。
だが生憎、人修羅のそばにいるこのピクシーは、ただのピクシーではない。
イヨマンテのマガタマを取り込んでいる人修羅は現在、精神攻撃に対して絶大な守りを持っている。だというのに人修羅の意識は鉛のように重たくなっていく。
「……眠りなさい人修羅。見張りは……私がしてあげるから、ね?」
小さな手で幼い子供を撫でるかのように人修羅の頭を撫でるピクシー。すると人修羅は少しだけ、ほんの少しだけだけ安堵したような表情をすると。
「……───」
ガクリと意識を失うかのように眠りについた。
それを見届けるとピクシーはふぅと、少し疲れたように息を吐いた。
「精神無効を貫通させるのは……やっぱ大変ね。魔力をごっそり持ってかれるわ」
そう言いながらピクシーは人修羅の肩に着地し、そのまま座り込む。そして、人修羅の言葉を再び口にする。
「………最後のチャンス、か」
ピクシーの言葉はまるでその意味を知っているかのように重たかった。
「……人修羅。可哀想なアクマ。
その声はまるで大切なモノを失って泣く小さな子供をあやすかのように優しく、憐れみに満ちたものだった。
そしてピクシーは人修羅に寄り添うかのように、人修羅の頬に体を預けると、人修羅が起きるまで、そのまま慰めるかのようにその頬を撫で続けた。