門の向こう、久しぶりに入った王都は入った直後から騒がしい街だ、とアインは柄にもなくにやけてしまった。
騎士団に入った理由は単に腕っぽしと速さが取り柄だから、じゃあ手っ取り早く、それを生かせる騎士団に入るかで、自分の将来を決めたアインだが、その理由の幾つかに、弱い人を守れるんならいっか、というさっぱりとした目標もあったから、こういう目に見えて見える人がしっかりと生きている姿を見るのは好物だ。
門から入って直ぐ見える大通りは、活発の二字を表すのに相応しかった。
人の流れは止まる事を忘れるように流れ続けるし、話声や足音もそうだが、それを盛り上げるように子供達が楽しそうに笑ったり、叫んだりする姿があちこちにある。
大人たちもそれに負けないように、商売に走ったり、買い物に走ったり、あるいはのんびりと散歩を楽しむ者がいる。
流石に全員が全員、というには綺麗事になるから言わないが、それでも大半の者が前を向いて歩いている姿はまるでこれが人生だ、と主張しているように見えて、普通に好きだ。
これを見る度に、王都っていうのは悪くねえなぁっとアインですら思ってしまう。
自分が粗暴でガサツな男というのを自負しているが、かと言って平和がつまんねえ、と思うようなろくでなしでも無いので、こういう光景は実にいい。
日々武器を振り回して、重い鎧を付ける甲斐がある。
「よし! 今直ぐ何か買い食いするか!!」
「おい待て、そこのド阿呆」
離脱しようとした足が脳天にめり込む手刀のせいで、停止する。
ふぉぉぉぉぉぉ…………!! と思わず唸るが、これはマジで本気の唸り声である。
何せ、このヴァイスとかいう腹黒野郎は見た目に反して恐ろしいほどの脳筋である。
アーマーナイトには劣っていると思いたいところだが、こいつはリアルに怪力だから、ゼルとほぼ同等かもしれない腕力がある。
それが遠慮なく脳天に叩き落とされたら、当然、悶絶するしかない。
しかし、そこは俺も騎士の端くれ。
痛みを覚悟で押し退け、即座に立ち上がり、手刀をくれやがった緑のあん畜生に対して、奇襲の形で腕を振るう────────が、それを容易く首を傾けて避けるもんだから余計に怒りが募る。
「テメ、くら、避けんじゃねえ…………!!」
「馬鹿かい、君は。僕は拳を喜んで受け入れるような被虐趣味じゃないよ。それとも僕が公衆の面前でコーーーフンしてきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! とか叫べと言うのかい。馬鹿か君は。馬鹿だな君は。すまん」
「勝手に結論出して哀れんでるんじゃねえ、このなんちゃってイケメンが! 今日こそ腹の中に詰まった暗黒面、引きずり出してやらぁ!!」
指を鳴らして、ぶっ殺す気満々でテンションを上げていると、向こうは実にさわやかな笑顔を浮かべ────────首を掻っ切る仕草をこちらに見せたので青筋が立つというもの。
だから、こいつはなんちゃってイケメンなのである。
顔つきだけはまるで喧嘩なんて出来ませーんってな感じで整っている癖に、性格は正逆で、むしろ俺と同レベルで喧嘩っ早い。
────────ただの陰険な奴よりは気が合うのが癪だが。
無論、そんなのは認めたくねえから今も、遠慮なく腹当たり狙って容赦なく朝食をゲロらせてやろうと意気込み────
「どうでもいいけど、僕達は先に報告に行くから、処罰は自分で受けてね?」
うちの隊の仮面男の鶴の一声で、ステレオで舌打ちをするしかなくなったのがマジで無念である。
ここで、喧嘩して遅れたら間違いなく、残りの3人は見捨てる、間違いなく俺達を切り捨てる。
罪状は恐らく馬鹿が馬鹿しているので、置いてきましただ。
流石にようやく王都に帰ってきて、いきなり始末書だったり便所掃除は避けたい。
何せ、一足先に報告に帰ったミリルもいるから、何があったら言い逃れるのは難しいだろう。
故にもう一度舌打ち…………またステレオになってしまったので、問題の相手を互いに睨み合いながら
「…………負けた時の格好いい言い訳を考えておけよ」
「遺産分配はしておいた方がいいね」
けっ、と最後までたわけた事をほざく馬鹿を無視しながら、エルス達3人の後ろについていくことになるのだが……………………
「おお! 騎士団随一の問題児隊の帰還か! こりゃめでたいな!」
「はははは!! 綺麗所が戻ってくるか、こうあたしも肌が若返る気分だねえ! まだまだ現役現役!!」
「ジーンちゃーーーん!! また
「ゼルの旦那ーーー!! あんたの奥さん! 何かまたチンピラを天然で更生させてたぞーー! もうあれ何かの魔法じゃないか!?」
「おい! アイン! 天馬騎士の方でまた覗きスポットを見つけたぞ! 再チャレンジしようぜ!」
「あら。ヴァイス君。また新しい本が入荷したから、時間があれば来てね?」
「エルスお兄ちゃんの仮面、何か相変わらずかっけーー! ぼくも被りたいーーー!!」
騎士団の方に向かうまでに当然(目立つ仮面男がいるせいで)、自分達の帰参がばれてしまい、めっちゃもみくちゃにされるのであった。
何とか捌いて前進はしているのだが、超遅々としている。
こうやってもみくちゃにされると、改めて王都に帰ってきたと思ってしまう。
一部、告げられた言葉に気障に返す弓兵もいれば、頭を抱えるアーマーナイトの旦那がいたが気にしない。
奥さんの事を知っている俺らからしたらまたか…………としか言いようがないからである。
よくチンピラに囲まれていると通報されて、現場に辿り着いたら、何時も母よ…………!! と敬うチンピラ集団を聖母の如き笑みを浮かべて、よしよし、としているゼルの奥さんの姿を何度見た事か。
その度に胃を抑えるゼルを見るが、奥さんがとんでもなく器量よしでもあるから同情する気は無い。
胃ぐらい爆ぜやがれ
とは言っても、まぁ、不良騎士、問題児というのは絶対に俺もそうなるなぁ、とは思ったが、まさかここまでもみくちゃにされる程になるとはさすがに思ってもいなかった。
俺一人なら間違いなくたんこぶになっていたんだろうなぁ…………と思いつつ、うちの仮面の隊長を見る。
今でこそ、こうして受け入れられているが、当然、最初は顔を隠している男など信用される材料が一つも無かった。
入団の時も色々と問題になったし、それ以降も色々とあったものだが…………今となっては仮面じゃ色々と隠しきれない騎士で落ち着いているものなぁ。
ちなみに隠しきれていないに入るのは表情だったり、お人好しだったり、不器用さだったりと多種多様である。
お陰で今は、本人は気付いていないが、何時完全にデレて仮面を外すだろうか、で賭けが起きていたりする。
ちなみに俺は後、1年くらいすれば外すんじゃねえか、と予想して賭けている。二か月分を。
「おっ」
そうこうしている内に、大広場に出た。
大広場だけあって、人もかなりの数でおり、そこら中に警備の兵が立っているのだが────やはり、中心となるのはその中で立っている像だろう。
英雄王マルス
かつての伝説の英雄であり、王の像。
何時頃のマルスを象ったのかは分からないが、見た目だけ見るなら20代前半くらいの頃を象ったのか。
そんな英雄が凛々しく立っており、この国の人間ならば寝物語の代わりに語られた人物だから、最初に見た時はおぉー、と感動したものだが
「…………」
…………一人、エルスだけがこの像を見た瞬間、顔つきがむすっとしたのを悟る。
ジーンが大袈裟に顔面に手を付くのを見て、密かにヴァイスが腹パンしている光景を無視しながら、ゼルの旦那と視線を合わせ、同時に嘆息する。
このエルスという男は何故か、英雄王が嫌い…………と言うほどではないかもしれないが、まぁ、確執を持っているようなのだ。
彼の口から何かを言ってた、というわけではないが…………こういった像を見る度に、微妙に不機嫌そうな雰囲気を出している時点でバレバレだ。
お前の仮面は顔しか隠せてないんだぞ、とツッコんでやりたいが、言っても認めない頑固野郎だから、流石に言い飽きた。
だから、無理矢理エルスの肩に腕を回して、視線が固定している不器用な隊長兼友人に対し
「とっとと帰ろうぜエルス。飯食いてえし、ゼルの旦那も嫁さんに早く会いたいってよ」
出汁に使ってしまったが、ゼルの旦那も苦笑するだけで、特に否定しないから、そこら辺はチンピラ気質の俺よりも器はやっぱでけえんだよなぁ、と素直に尊敬する。
ヴァイスはゼルの旦那の爪の垢を主食にするといい。くたばれ。
ともかく、こちらの言葉を正しく受け取ったのか。
肩に回った腕をどかしもせずに、口元を苦い笑みに形を変え
「そうだね…………もう直ぐだ。早く帰ろう」
その表情にアインは全く、と呆れる。
本当、お前────その仮面じゃ何も隠せていないって気付いてねえなぁ
「────エルス、以下4名。ただいま帰還しました」
「おう、ごくろうさん」
王宮に最も近い騎士団の詰所。
そこでエルスは隊長として代表して、隊の帰参を告げていた。
当然、告げるのは自身よりも上の…………今回は団長のに告げているのだが
「くくっ…………うちきっての問題児軍団が遂に帰還たぁな。次の愉快事件が楽しみでしょうがねえじゃねえか」
無精ひげを見苦しくない程度の生やし、鎧をつけた姿は実に貫録があるのだが…………浮かべている笑顔やら口調がなんだかそこらのおっさんみたいな感じを増強しているのだが、どうしたものか、とエルスは思う。
「問題児なのは否定しませんが…………そんな愉快な事件を多発させているような言い方は止めてくださいフリード団長」
「ほう? では、今回の見回り遠征では愉快な事は一切起きなかったって言うんだな?」
「────下手人はアインとヴァイスです。鞭打ち百回程で許してやってください」
「おい、こらぁ!!」
背後で馬鹿二人が叫んだが、気にしない。
奴らは今、敬礼をして、口答えなどしてはいけない筈なのだから、後ろの抗議は幻聴である。
疲れているのだろう、僕も。
まぁ、とは言ってもククク、と目の前で笑っている団長がいるのだから、特に問題は無いのだが。
「天馬騎士のミリルからもとりあえず報告は聞いているし、後はお前らもとっとと寮なり家なり帰って休め休め。今日一日は後は休暇だ。報告書の作成は後日でいい────エルスは別件で命があるがな」
「は…………?」
隊長である自分にだけ、という事か、と思うが、目の前の団長が超にやついている顔をしているのを見るとこれは違うな、と推理出来る。
そうなるとこの団長がニヤニヤしながらも、命令……………………することがあるとすれば
「おこと────」
「命令の拒否権は無い。受けろ。黙って行け。不器用マスクマン」
先手を打たれて、ぐぬぬ、と唸り────というかその不名誉な称号は止めて欲しい、と思いつつ、仲間になってくれないかと思って、ちらりと背後を見ると、そこには開け放たれた扉と消え去った仲間という事実であった。
裏切り者め…………、と思いつつ、小さく溜息を吐きながら
「……………………行って来ます」
「おう。うちの姫様のご機嫌取りをしてこい」
冗談じゃないのが笑えない所である、とエルスはツッコミを内心に止めた。
王宮に最も近しい詰め所であるここにも当然、騎士たちの訓練の為のグラウンドもあるが、憩いの場としてちょっとした庭のような場所がある。
勿論、そんな大きな場所でもないし、特別美しい花々があるというわけではない。
小さな家の庭よりは少し大きい程度の広さである。
そんなどこにでもあるような庭も────────相応しい人がそこにいるからか。
まるで御伽噺に出てくるような森のような幻想を見た。
そこにいるのは地上に現れた銀の月のような姫であった。
美しい銀の髪を日の光で照らし、輝かせ、紫水晶のような瞳が更にその美しさを際立たせている。
着ているドレスも華美でないのが、余計に素の素敵さを際立たせているようにも思える。
そんな儚さを体現したような少女が、この庭にあるただ一つのベンチに座って本を読んでいるのが、とてつもなく様になっている。
その静謐な空間を壊すことに一瞬、躊躇するが……………………命令であるので、観念して足を踏み入れる。
それに少女も現れた自分に視線を向け、笑みを向けているので無意味だ。
少女の眼前まで、歩を進め、片膝を着き、臣下の礼を取り
「遅れて申し訳ありません。エルス、ただいま帰還しました。エセル王女」
「構いませんよ。勝手に来たのは私ですし────誰かを待つのも嬉しいものです」
見た目に合わせたような音色のような声からそんな言葉を聞かされると騎士としては困るしかない。
「エセル王女殿下……………………失礼ながら、余り一人で動かれては危険が…………それに、たかが一兵卒にそんな言葉を投げかけては誤解が広まります」
「あら? どんな誤解が広まるのでしょうか?」
とても綺麗な笑みで問うてくるのだから、分かっておらっしゃる…………、と思うが、臣下である以上、答えるしかない。
「…………下世話な噂が流れかねない、という事です」
「確かにそれは困りますね────────誰かに見られたら、噂されますね」
ふふっ、と小さく王女が笑うのに合わせて自分も少し周りを見回してみたら、確かに人の気配が感じれない。
流石に一人で王女を歩かせているわけではないのだろうけど……………………その前に騎士とこんな風に密会させる方が駄目ではないだろうかと思うのだろうが…………
「……………………余り王を困らせぬようにして頂ければ」
「そこは大丈夫です────────多分、今頃気付いて、慌てています」
大丈夫とは何ぞや?
「……………………王よ。先程のエセル王女の報告は誤報でした。どうやら何時の間にか、王宮から脱走しておられたようで…………行先は恐らく…………」
「ぬぅ…………! 賢明な…………! 賢明な娘に…………! というより何故エセルが脱走したのに気づかれず、更には誤報などが起きているのだ!!」
「それが、どうやら侍女はおろか護衛をしている騎士などを買収、もしくは篭絡したご様子で────────王のダンディさよりもエセル王女の可憐さに命を懸けるべきだと思ったのではないかと今の状況から推測します」
「くっ…………! 流石は我が娘…………! よくぞそこまで成長した…………!」
今頃、王は荒れ狂っているのではないか、と戦々恐々しながら、本当にどうしたものか、と思っているとエセル王女はふふっ、と小さく笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。騎士団長や他の人にも頼んで、誰にも見られないようには頼んでいますから」
「……………………寛大な処置を感謝しま────────」
「そんな大げさな行為をしなくてはいけない事をしないで欲しい、と思われると逆にしたくなりますね」
「……………………」
「顔に出てますよ?」
仮面を着けている筈なのだが、何故か良く言われる言葉である。
もう全員が心を読むスキルを持っているとした方が精神衛生上良い様だ。
決して、自分が無駄に顔に出やすいだけ、とか思いたくないのである。
「エルスも帰ってきたばっかりで申し訳ありません。ただ、この時間くらいしか時間を取れなくて…………」
「────いえ。エセル王女の願いであるならば、疲労など関係なく王女殿下の元に向かいます」
己の嘘偽りのない本音を口にすると、一瞬、息を吸った音が聞こえたと思うと、顔を上げてください、と命じられる。
一瞬、迷うが、もうこの状況だと今更かと思い、観念して顔を上げると地上に現れた月のような王女が綺麗な微笑を浮かべていたので、ならば、自分は間違った答えを言わなかったのだ、と思ってしまい、逆に困る。
しかし、その笑みのまま、黙ってベンチの空いている箇所を叩くのを見たら、流石に真顔になる。
「いえ…………私はこのまま…………」
「…………」
「の、野宿にも慣れていますし、それに王女殿下の隣などふけ────────」
「────その王女殿下のお願いを聞かないのは不敬ではないのですか?」
「…………………………………………失礼します」
「はい、どうぞ♪」
間違いなくからかわれている……………………自分がこう立場だとか仮面だとか気にしている箇所をピンポイントに攻撃してきている…………
ある意味で、成長成された、と思えるから、これは喜ぶべきだろうか。
年は自分が4つか5つくらい上の筈なのだが、女の子は本当にこういった成長が早く感じてしまうのは、僕がおっさん思考なだけだろうか、と思いつつ、隣に座る。
ふわり、と鼻腔に華の匂いが広がっていくのを感じ取るが、流石にそれを表に出す程、初心でも無ければ若くも無かった。
しかし、次の瞬間、こちらの頬に添えるように手が来たとなると心臓が少しだけジャンプするのを避けれない。
「少し痩せましたか? ただでさえ、細い体なのに、これ以上、細くなると病人みたいで心配です」
「……………………勿体なきお言葉。ですが、心配ありません。ちゃんと健康には気を使っています。いざという時、エセル王女を守れない騎士など無用な騎士になってしまいますからね」
「まぁ」
憂いの顔を笑みに変えれた時、こんな自分でも誰かを喜ばせる事が出来るのか、と錯覚を覚えてしまいそうになる。
勝手な勘違いなど覚えないようにしなければいけない立場なのだ。
余り、そんな感情を覚えてはいけない────────覚えたら辛くなるだけだ。
だから、僕は何時も通りに仮面で出来る限り、顔を隠しながら、更に表情と言う名のもう一つの仮面を更に被せて、笑みを浮かべるのだ。
「この半年の、皆と一緒に得た旅の話でもしましょうか?」
「ええ。困った事に…………今日はそれが楽しみで仕方がなかったのです」
なら、最低限、その期待に応える事が自身の務めだろうと思い、己の記憶を脳内から引きずり出して、この少女が笑ってくれそうな思い出をピックアップする。
僕が出来る事なんて、精々その程度が関の山なのだから。
「────────と、そこでアインの馬鹿が罠で捕まえたイノシシ相手に調子に乗って近付いたら、罠を無理矢理破ったイノシシに思いっきりタックルを受けまして。全員で自業自得だと笑ったら、馬鹿が槍振り回すものだから、イノシシを含めての大乱闘になりまして」
「やんちゃですねぇ…………誰が最終的に勝ったんです?」
「僭越ながら私が────死んだ振りして、勝ち誇っている馬鹿を遠慮なく叩き伏せて」
「まぁ」
こういう時、あの馬鹿メンバーは役に立つものだ、と苦笑しながら、少女が楽しめるように色々な旅の話題を離していると何時の間にか日が傾いているのに気付く。
空が空けに染まっているのは美しいが、もう数十分すれば闇に染まるかもしれない時間帯だ。
警護する者はいるのだろうが、だからと言って夜中に帰っても大丈夫とは言えない。
それをエセル王女も理解したのだろう。
空を見上げ、少しだけ愁いを帯びた目で、夕焼けを紫の瞳に投影しながら
「今日はここまでですか…………楽しい時間は何時もあっという間に過ぎていってしまいますね」
「……………………また、何度でもお話しますよ。旅の話でなくても、これからの話を」
「……………………いいえ。それはもう、出来なくなりますよ」
唐突な少女の否定に、つい、少女の顔を見る。
夕暮れに焼けたその顔は、しかし輝いたままで────────だけど、その顔は仕方なさそうに笑っていた。
「民は、人々は笑っていましたか?」
続いて問われる疑問に、意図を掴めないまま、しかし決してお為ごかしではない真実で答えを返した。
「はい。どの街も、大人も、子供も、皆、笑っているように見えました」
「────────ですが、次代の王がどうなるのだろうか、という疑問が広がっていませんでしたか?」
「────────」
不意を打たれた言葉に、エルスは何も返せない自分を自覚するのに数秒かかってしまい────────それが致命的な隙である事に気付き、苦虫を噛んだ。
そんな自分の無様を、少女は微笑むだけ。
「私は、そう遠くない内に、誰かと結婚するでしょう。次代の王を、お父様のように立派な王となるのを支え、見守る為に」
「……………………」
王というシステム。
雄大のように見えて無情な人間社会における選別。
王は国民の代表であり、国民からの支えを受け取る事を許された存在であり───────代償としてその人生を国へと捧げる事になる。
無論、王の在り方次第では逆となる王もいるのだろうけど、目の前にある少女の未来に横たわっているのは滅私という形の王であった。
蝶よ花よと愛でられていた少女は、国の安泰の為に感情を無視し、納得という形で利用される。
それを残酷だ、と罵れるわけがない。
何せ、そのシステムに安心しきっているのが自分であり、国民だ。
少女に手を伸ばすことが出来ない自分がどの口でそんな事が言えるだろうか
「不幸だとは思ってはいません。その分、私は確かに民に支えられ、今までを生きてこれたのですから」
賢明な少女は当然、それを理解し、受け入れている。
なら、騎士として自分はこう言うべきだ。
立派だと。
それでこそ私が仕える主の一人であると誇るべきだ────────そう思うのに
「……………………」
口も体も一切、動いてはくれなかった。
それをどう受け取ったのか、少女は愁いを帯びた顔を、少しだけさっきまでのように年相応な少女の微笑みを浮かべ
「少しは、ポーカーフェイスを磨かないといけませんよ?」
そんな事を告げて、少女は立ち上がった。
「今日はお疲れの所、楽しいお話をありがとうございました──────どうか、これからも健やかに」
一方的に別れの言葉を放ち、そのまま去っていった。
まるで、風のように颯爽と去っていく後ろ姿を見送りながら、姿が見えなくなったタイミングでベンチに全体重を押し付けた。
「……………………馬鹿か僕は…………」
何を一丁前に迷っているような素振りを見せているのだ。
どうせ、どれだけ迷おうが、自分には何も出来ないのだ。
騎士は王都同じで民に、国に、そして王に捧げられし剣。
矛先を敵に向ける事はあっても、内に向ける事などあってはいけない。
何より
「……………………」
片手で仮面を撫でる。
常に隠し続けている素顔。
憎しみすら抱いている顔。
「……………………格好悪いなぁ」
自分の全てを表す言葉を漏らしながら、空を見上げる。
そこには何時の間にか闇が広がっていた。
これを夜、と言えない時点で自分は負け犬なのだ
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