別に何しててもいいじゃんとかは言わないで、オナシャス
時刻は黄昏時を過ぎ、太陽は西に沈み星と月だけが足下を照らす頃。人影を追う少女がいた。
「……どこに行く気かしら?」
髪型をツインテールにし、暗くてよく見えないが亜麻色の髪をたなびかせ、物陰に隠れ家なら、慣れない動きで跡をつける。
「怪しいにおいが、ぷんぷんしますわ」
楽しんでいるのか、抑揚が普段よりも高い。先を行く人影は市街地を抜け、工場区の方向へ向かっている。その跡を、静かに追いかけるウェンディ。
時は遡り、三時間前。
「私気になりますわ!」
「それ以上はいけない」
放課後になり、人が居なくなった教室にテレサとウェンディが残っていた。
「月に三度、週に約一度、ラケルが夜中に学園を出ることがあるんですのよ!?」
それに対し、おっとりとした言葉で返事をするテレサ。
「むしろ、学園から出ていないことに驚くべきじゃないかな……」
とはいえ、確かに行き先は少し気になりますねと付け足す。
「これは……事件の香りがしますわ」
目を輝かせるウェンディとは対照的に、あまり乗り気ではないテレサ。
「夜中に出歩くのは危険ですよ、ウェンディ」
警告はしたが、いまいちウェンディには効果が無いようだ。跡をつける気満々の様子だ。
「はぁ、大変なことにならなければ良いけど」
帰る支度を調えながら、他人事のように呟く。一方ウェンディは準備をして出入り口で待機し、ラケルが出てくるのを待った。ラケルが出てきたのは黄昏時、太陽がもう沈みかけている時間だった。
ラケルが角を曲がり、見失わないように追いかけると、大柄な二人に囲まれる。
「なっ、あんた達何ですの!?」
ウェンディの言葉に耳を貸さず、大柄な男二人が会話をする。
「兄ちゃん、貴族のお嬢さんっぽいよ。きっとお金持ちだよ」
「そうだな弟よ。捕まえれば大金が手に入るかもしれないぞ」
グフフと、気味の悪い笑みを浮かべ、じりじりと距離を詰めてくる。ウェンディは恐怖で足がすくみ、魔術を唱える余裕もなかった。
「だ、誰か……」
掠れるような声で助けを求めると、大柄な男の上から手刀が降ろされた。
「ラケル!?」
驚くウェンディに対し、狼狽える大柄の男達。
「金、銀、誘拐するなら計画を立ててから実行しろと教えたはずだが」
金と銀と呼ばれた大柄の男が、頭を下げ謝罪する。
「へぇ、すいませんラケルの兄貴!」
「すいやせんっした」
随分と訛り強い言葉で謝る横でウェンディが短く言葉を発する。
「違う、そうじゃない」
話を聞くとどうやら金と銀はラケルの実家の運送業の社員で、今からその支部に向かう所だったらしい。
「全く、こんなのを雇うなんて、なんて会社なのかしら」
ウェンディがそう呟くと、ラケルが声を出す。
「この町で僕を誘拐しようとしてね。返り討ちにして話を聞くと仕事を失って困っていたようだから雇ったんだ」
その言葉にウェンディが絶句していると、大きな倉庫のような場所に辿り着く。
「ようこそ、支部へ」
ラケルがそう言うと、両開きの扉が鈍い音を立てて開いていく。
煉瓦造りの外見からは想像も付かないが、中は広大なスペースが広がり、馬小屋と四台の馬車、そして職員が作業すると思われる部屋と馬のえさや掃除用具、馬車の調整用の道具らしきものが壁に掛けられていた。
「へぇ~、凄―い。それでラケルはここでなにするんですの?」
ウェンディの問いに、後ろから付いてきている金と銀が答える。
「ラケル兄貴は支部長で、全体の管理をしてるっす!」
「ラケル兄貴は何でも出来るっす、凄い人っす!」
拙い敬語を使いながら二人はラケルを褒める。しかし、その当人は話を聞いていないようで、馬の前に立っていた。その馬はラケルが近づくと嬉しそうに鳴き、手入れ用のブラッシングにうっとりとしている。
「うん、健康状態は良好だ。歯の奥に物が詰まっているから、それだけ取り除いておこうか」
ラケルはそう言って、ポンポンと馬の首の横を叩く、そうすると、意図を理解したようで、自ら口を開く。ピンセットを口の中に入れ、素早く歯の間詰まっていた草を取り除く。
「これで良し、長旅で疲れただろう? 今日はゆっくりとお休み」
ラケルが頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振るう、手を放すと疲れていたのだろうか、直ぐに藁が摘みあがっている寝床に横になる。この支部の中にいる馬は十六頭、それを一頭ずつ丁寧に見ていく。
「馬って、こんなに懐くものなの?」
過去に親に乗馬の体験をさせて貰った事のあるウェンディだが、大人しいロバでさえ、扱いが難しく、乗るのがやっとだったこと自分が未熟だということもあっただろうが、それでもラケルが丁寧に世話をしていることが窺える。
「おい金、蹄鉄変えてないだろ」
ラケルの言葉に、大柄の男が竦み上がる。冷や汗をだらだらと流しながら、答える。
「す、すいやせん! そいつだけ調子が良かったんで、うっかり……」
「うっかりで、済むと思うか?」
振り向きもせず言葉を発するラケルは、背筋が凍るような声を出す。そのまま作業を続け、蹄鉄を取り替え足の状態を中心に調べていく。
「特に異常はないな。ただ少し疲労の色は見える。ここに居る間は大丈夫だろうが、また此処を出るときには注意するように」
短く指示を出し、それに全力ではいと答える。そうして最後の馬を診ていると、他の馬に比べて鳴き声が大きい事にウェンディは気付いた。
「どうしたの?」
困った顔をして振り返るラケル。
「どうやら力が有り余っているみたいで、少し散歩をしたいらしい」
と言っても、この支部の中を多少歩くだけだけど、と言う。
「ねぇ、その馬って私も乗れますの?」
その問いに、首を傾げるとこう返す。
「乗馬ようの馬ではないですが、乗れますね」
荷馬車を引いてきているのだ、乗馬用の馬と比べ足も太く、背も小さい。力があるが乗馬程のスピードは出ないし、背中もごつごつしていて、乗り心地がいいものではないのだ。
「……ですわね」
何をはしゃいでいたのか、と反省しているウェンディを横目に檻の閂を外し、馬を宥めながら背中に鞍を取り付けていく。
「さぁ、どうぞ」
「えっ」
結局一人では乗れず、ラケルの手を借りる形で乗ることになった。そうして、なんとか背中に乗ることは出来たが、恐怖でしがみつくような姿勢になってしまう。その途端馬の様子が変わった。
「な、なんですの!?」
身震いをし、振り下ろそうとしているのだろうか、背中に違和感を感じているのだろう。
「ウェンディ殿、自信を持って背筋を伸ばして下さい。乗り手の不安を馬は感じるんですよ」
ラケルの言葉に、やけくそ気味に強ばっていた体を一気に伸ばす。そうすると、世界が変わったように感じた。視界が開いて、見える範囲が増え、たった一メトルほど視線が上がっただけで、印象が変わる。
「はい、そのまま……歩きますよ」
「ふぇっ!?」
急に後ろに引かれる感触に、手綱を掴んで体勢を保つ。上下に揺れる振動と一歩ずつ世界が新しくなっていく感覚に、最初の緊張を忘れ、嬉々とした表情へと変わっていく。
「ねぇ、ラケル!」
「はい?」
視線はそのまま、まっすぐ前を見て、ウェンディが無邪気に話す。
「私、楽しい!」
「それは……何よりです」
ゆっくりと歩く時間はあっという間に過ぎ、馬から下りた後も感動は収まらず、落ち着きがないウェンディ。乗った馬は適度な疲労を感じたのか、自ら寝床へと向かう。鞍を外して身軽にさせ、ラケルが馬を労うと歓び、すやすやと眠る。
読了ありがとうございました。
ウェンディは貴族口調以外は割と普通の少女……だよね?