ロクデナシが増えるよ、やったね(略)
正面入り口へと向かうと門番らしき男が二人、立っていた。
「貴様がラケルか?」
それに対し、肯定すると門を開き、中へと招き入れられる。
「なんだ、まだ餓鬼じゃねぇか」
呆れたような声でラケルをにらみつける声の主は、通信で話していた男の声だ。
「約束通り、時間ぴったりか。まぁいい、金はもってるんだろうな?」
男の後ろ側でラケルの父が縛られ、こめかみに銃が突きつけられているのが見える。
「金は持ってきている。父上が借りたのは幾らですか?」
ラケルの言葉に対してくっくっくと笑うと男が答える。
「てめぇの親父はとんだギャンブル狂だな。俺達に金を借りてまで博打を打って、更に負けを増やした」
そう言って、金額が大きい事を主張するがラケルに反応はない。
「まぁ、今に始まったことじゃねぇってか。なら払って貰おうか、金貨十枚だ」
この時代の金貨は五枚もあれば、家が建つ程の金額だ。それに対しラケルは懐からプラスチックで束ねられた金貨を取り出す。
「二十枚で束ねてあります。十枚なら十分に足りますね」
その事実に、男が驚愕する。僅かに思考した後、言葉を付け足す。
「いいや、それは借りた金額だけの話だ。利息が付いて、金貨五十枚に跳ね上がってんだよ!」
そう大声を出すと、部下達が銃をラケルに向けて構える。
「……払えなければ、どうなりますか?」
ラケルの言葉に男がニヤリと笑うと、続ける。
「そりゃあ、てめぇも親父と一緒に売り捌くしかねぇな。てめぇの方が労働力としては高く付くだろうよ」
ガハハと品のない笑い方をすると、ラケルが金貨を懐に戻す動きを見て、睨みつける。
「何する気だ?」
その返答をせずに、服の袖に隠してあった拳銃のようなものを素早く取り出し、こう唱えた。
「ファイア、ファイア」
突然の銃声に、周囲が驚き銃を構える。ラケルが放った弾は二発とも命中した。
「うぎゃああああああ、痛いいいいいいい!?」
ラケルの父の肩と太ももに一発ずつ、弾は小さいらしく、出血は多くはない。そうして拳銃らしき物を床に転がすと、ラケルは表情を変えずに父に話す。
「母上に、出会ったら二、三発殴っておいてくれ、と言われましたので。代わりに撃ちました」
ラケルの父が悲鳴混じりに叫ぶ。
「それは、今必要!?」
そのやりとりに、周囲の驚きが、緊張感へと変わる。部下の一人が再びラケルの父に銃を突きつけ、部下達はラケルに銃を向け、狙いを定める。
「なんのつもりだ」
先ほどとは打って変わって余裕もなければ、油断もない、冷めた目で男がラケルを睨む。
「話通りに父上が博打で借金をしたのならば、お金で解決します。だが、先ほどの言動から、どちらかというと、狙いは僕の様ですので」
そう言うと、リーダー格である男に歩み寄る。
「てめぇら、撃てぇ!」
合図と共に部下達全員が引き金を引くが、響くのは撃鉄が受け皿を叩く金属音のみ。銃撃音は聞こえない。
「この倉庫全体に一定以上温度が上がらない魔術を施させて頂きました。幾ら衝撃を与えても、火薬の爆発温度まで上昇しなければ、弾を発射することはできません」
ラケルの言葉に、男が吠える。
「いつの間にそんな魔術使っていたあ!?」
淡々と返事をする。
「いつから、魔術を使っていないと?」
その言葉に愕然とする男。銃が使えないだけであればまだ人数で取り囲めば何とかなるかもしれない。しかし、相手しているのは錬金術師であり、通信から短時間でこれほどの対策をしている。決して優位に立っていないことを悟る。
「ラケル、殺すなっ!」
ラケルの父が叫び、その言葉に反応した瞬間ラケルの手刀が、男の胸部を貫く。
「光の精霊よ、その導きにより、彼を導き給へ」
男はその事実を、理解出来ないで居た。ラケルと呼ばれた少年の手刀は確かに胸部を貫き、即死してもおかしくない状態だというのに、痛みすらほとんどないことを。
「治癒魔術で貫いた部分の血管を修復しました。もともと他の臓器は避けていたので、あとは折れた肋骨ですが……他の部位に傷つけないようにはしてあります」
男は僅かに滲んだ血の跡から、ラケルの言うことを信用したようだ。しかし、先ほどの言葉から、明確に心臓を掴まれていることを理解してしまった。
「なにが……狙いだ?」
両手を挙げて降伏のポーズを取る。決してこの少年に手を出してはいけなかった、そう感じ取る。
「まずは父上の解放と、博打の真相を」
それに対して、男は答える。
「金を貸したのは事実だ。だが、店とつるんで、わざと勝たせてレートの高い所で、潰した」
「サマを認めるということは、お金を払う必要はないですね。それと、誰に頼まれました?」
男はゴクリと喉を鳴らし、口を開く。
「フードを被った女だ。顔は見てねぇ、前金で大層な額を貰って……お前を連れて来い、と」
正体は知らない、と首を振る。
「引き渡し場所は?」
「……白金術研究所だ、それ以上は知らない、本当だ」
そこまで聞き終えると、ラケルはその手を抜くと、再び治癒魔術を唱える。そうして、父の肩と太ももに入っている弾をピンセットで取り出すと、ガーゼで傷口を押さえ包帯を手早く巻いていく。それが終わると父に肩を貸して、倉庫を出て行こうとして、一歩出たところで口を開いた。
「伝言ありがとうございました。魔術は解いておきますが、美味しい話にはご用心を」
そう告げて去って行くラケルを追う者は誰も居なかった。
一人の男性に肩を貸して歩いてくるラケルに、ウェンディが近づく。
「だ、大丈夫ですの?」
肩と太ももに巻かれた包帯を見て、ウェンディは驚く。
「あ、ああ。大丈夫だよ」
その男性が返事をする。顔色も悪くはなく、出血も止まっているようだ。肩を貸しているといっても足は動いているし、重傷ではないようだ。
「ウェンディ殿、こちらが僕の父上、ロジャー・マグヌスです」
その言葉に一瞬硬直し、素早くウェンディが一礼をする。
「初めまして、ラケルさんのクラスメイトのウェンディですわ」
「こちらこそ初めまして、可愛いクラスメイトさん」
そう言うと温和そうな笑みを浮かべるロジャー。三人で並んで先ほどまでいた会社の支部に向かっていると、ロジャーがウェンディに話しかける。
「ナーブレスさんところのお嬢さん、だよね。何度か会ってると思うんだけど、覚えてるかな?」
幼い頃だったから、忘れてるかな、と付け足すロジャー。ウェンディは少し困った顔で答える。
「覚えていますわ。ただ、話したことはなかったと思います」
マグヌス家は没落貴族、ナーブレス家の人間の認識もそれは変わりなかった。何も知らないウェンディは両親の言葉を鵜呑みにして、できる限り近づかないようにしていたのだ。
「よかった、顔だけでも覚えててくれて。ラケルに君のような素敵なガールフレンドがいるとは、驚いたよ」
ウェンディの頬が赤く染まる。否定する言葉が幾つか出てくるが、ラケルの返答にかき消される。
「女性の友人、ですね。最初に言ったとおりクラスメイトです」
無表情で話すラケルに、ウェンディは大きく溜息を吐く。
「ははは、ラケルの相手は難しいと思うけど、根は悪くないんだ。父親の僕がいうのもおかしいけれど。仲良くとまでは言わない、どうか一緒に居てあげてほしい」
ロジャーの笑みが少し陰る。その言葉にウェンディが疑問を抱く。
「ラケルさんは、その、特殊ですが、良いひ……悪い人ではないのは、分かります。ですがどうして、そんなことを仰りますの?」
歩むスピードは変わらない。会社の支部まで辿り着くのに、あと数分といったところだ。
「そうだね。少し、昔話をしようか」
ロジャーはマグヌス家の三男で、いわゆる放蕩貴族だった。ある日、最後の抗争で父と兄弟を亡くすまでは。それから、気の進まなくても周りが勝手に話を進めて、結婚した。ロジャーは結婚については不満はなかった。少し控えめで、臆病な性格だが、優しくしっかりとした彼女のことを心の底から愛していた。
「ねぇ、ロジャー。どうするの?」
結婚による資金援助で何とかなっているものの、経営難には変わりない。妻の経理のおかげで首の皮一枚繋がっている状態だ。ロジャーも、赤字が進む鉱山を止め、農作を進めたり、他の地方の農法を真似したりと努力はしているが、如何せん才能がないのか、その目が出ることはない。日頃の忙しさは増す一方で、それでも火の車のマグヌス家を救う方法をロジャーは見いだした。
「ご先祖様の遺産を手に入れるんだ!」
突拍子もなく発せられたその言葉に、妻は落胆する。
「他の錬金術師達もアリストテレス様の遺産を探しましたわ。これ以上何か見つかるとは思いませんが」
「やってみないと分からないよ! 早速明日から捜索開始だ!」
言ったら聞かない人だと知っている妻は、これ以上は何も言わなかった。どうせ、三日もすれば飽きてまた戻ってくるだろう。過去に似たことを何度もしてきたのだから。
意気揚々と臣下を五人従えて、アリストテレスが住んでいたとされる場所に着く。
「あのー、ロジャー様。このスコップは一体?」
自信ありげにロジャーが解説する。
「ふっふっふ、アリストテレス様の家が会った場所は誰もが捜索して、し尽くされている! なら、近くを掘って掘って、誰も見つけていない何かを見つけるんだ!」
近くとは一体、と臣下が呟くが、ロジャーは聞いていない。砂漠の砂金を探すような行為を朝から始め、碌に成果が出ないまま、夕方になる。
「……めっちゃしんどい」
ロジャーが持っていたスコップにもたれかかって休憩していると、臣下から怒声が聞こえる。
「早く見つけないと、奥様から連絡が来ますよ!」
「そんなこと言われたって……」
渋々と掘り続けると、砂を掘るのと違う音がした。
「な、なんか出た!?」
ロジャーの言葉に臣下が集まる。堀広げていくと、鉄板のようなものが広がっていることが分かる。
「……なにこれ?」
「なんでしょう、とりあえず堀広げても徒労になりそうなくらい大きいものの様ですが」
数人がかりで穴を広げても、一行に全容は見えない。発見の時の期待は薄まり、再び疑問が湧く。
「これ、遺産と関係ないんじゃ」
その言葉に何も言えないロジャーが、とりあえず休もうと言い出した
「そう言えば、アリストテレス様は地下で研究されていたと噂されていましたね」
人との交流に愛想が尽き、誰も知らぬ地下で研究を続けている、そう物語には示されていた。見つけたこれがそれならば、どこかに入り口があるはずだ。
「よし、一旦小屋で休憩しよう」
そうして、その日は休もうとテントを張った地点で休む。夜になり、明かりはランタンのみになる。持ってきた携帯食料でお腹を満たすと寝る前に気晴らしにと外に出てみた。百五十年前には集落があったはずだが、今ではその残骸と砂に浸食されて人の住める環境ではない。それを見ていると、ロジャーは悲しい気分になっていく。もしも、ご先祖が、こうなっていくのを見ながら、一族が争っているのを見ているのならば、一人になりたくなる気持ちは分かる。そして、どうしてそこまでして争わなければならなかったのか、そう思った。
「そりゃあ、逃げたくもなるよね……あれ?」
ロジャーが違和感を感じる。見つけた地下と、見つからない入り口。過去に誰も見つけられなかったのだろうか、或いは見つけても今の自分たちと同様に入り口が見つけられなかったかもしれない。
「いや、それはないな。僕たちよりももっと躍起になって探してたはずだ」
そうして、地面に触れて気付く、拾い上げた砂の塊がボロリと崩れ落ちる。つまり、魔術によって鉄板の周りを被う砂を固めて、見つからないようにしていたのだ。魔術が切れ、風化した今、始めて地下の上辺まで辿り着いた。
「それなら……入り口は、本当に掘るしかない、か」
そうして、翌日も堀広げていくが、堅い層に当たることもあり、難航する。
「……あるはずなんだけどなぁ」
ロジャーが呟くと、臣下も手を止める。闇雲に掘り続けても、先人達と同じ末路を辿る可能性がある。日が落ちかけている。そこで一人の臣下が呟く。
「入り口って普通、地上にあるもんじゃないっすか?」
「まぁ、出口でもあるからなぁ。でも、もしかしたら、入り口なんて無いかもな」
俗世に二度と出るつもりがないのならば、出入り口をふさいでいても不思議はない。
「或いは魔術で出入りしてた可能性も、だとしたら鉄板を破らないと?」
「中で何があるか分からないのに、そんなこと出来るわけ無いだろ!」
臣下達が考えてをぶつけ合っているのを見ていると、各々が考えを持って歩き始めた四方八方に散った臣下を見守り、座っているロジャー。
「お腹すいたなぁ」
日が沈み、辺りが暗くなった頃、臣下に揺すられていることで、ロジャーは眠っていた事に気付いた。
「……どしたの?」
「見つかりました、井戸です!」
寝ぼけ眼のロジャーを引きずり、廃屋となった民家の井戸を指さす。
「あの下です!」
そう臣下がいうので、仕方なくと言った様子で井戸を覗き込むと、当然のように真っ暗だった。
「何も見えないよ」
「降りましょう」
新しく結び直したのであろうロープが垂れていて、臣下はランタンを手渡す。仕方なく、少しずつ降りていくとそう時間は掛からず底に辿り着いた。
「凄いにおい……なにこ、れ?」
そして、井戸の底に横穴がある事に気付く。通路のようなものではなく、でこぼこしているが、進めないことはなさそうだ。
「方向はあの鉄板を見つけた位置に伸びています。恐らくそこに、なにかあるはずです」
臣下の言うとおりに歩み続けること、数分。当然のことだが、鉄板がある場所への直線距離にそれはあった。
「梯子?」
何のために取り付けられたのかは分からないが、梯子を登っていくと、直ぐに登り切る。そこにあったのは、風化してしまった書物、紙、実験道具。壁には埋め尽くされるほどの魔方陣、そして、巨大な水槽の様な所に、五歳児程の少年が浮かんでいた。
「うわっ……ってなんだ、人か」
「いや、人じゃないでしょ。百五十年前の人間が生きてるわけ」
臣下がそう呟いた瞬間、ゴボリと子どもの口から空気が漏れた。
「生きてるぞ、早く助け出せ!」
水槽の中から出てきた少年は、酷く体が弱かった。医者にも診せたが、余命は数日と勧告され、折角ロジャー見つけたというのに、結果は残酷なものだった。それでも、見つけてきたロジャーには、労りの言葉が必要だろう、とロジャーの元を尋ねた妻は、驚きに腰を抜かした。
「聞いてくれ! この子を僕たちの息子にしよう!」
そこには、少年のように目を輝かせているロジャーと子鹿のように震えながら、それでも両足で立とうとしている少年だった。
ウェンディは驚きに目を見開く。
「それが、ラケル……だったんですの?」
それに対し、ロジャーは頷く。
「掠れて読めなかったけど、水槽には書いてあったのはラケルって文字だった。後で本人に聞いたら、魔術の知識は大量にあったから、試行錯誤で自分の体を改造していったんだってさ」
その言葉に、再び無言になるウェンディ。仮にラケルの父親が言っている事が本当であれば、大変な事ではないのだろうか、と。
「だから本当は、妻の血はラケルには流れていないんだ。それでも、僕たちの息子だって、言ってくれたんだけどね」
つまり、ラケルが父上と呼ぶ人間は、父親ではなかった。勿論、母上と呼ぶ人もまた、同様に。
「父上は、何も知らなくても、息子と呼んで下さいました。母上は、幾多の思索の末、それでも息子だと、認めて下さいました。二人がそう言って下さるのならば、父上と母上は家族だと、考えています」
そうラケルが呟くと、ウェンディは転入初日を思い出す。両親についてあれほどまでに繊細だったのは、ラケルにとっての、初めてのつながりだったからかもしれない。
「そう……でしたのね」
ウェンディが呟くと、ロジャーが誇らしげに話す。
「今では自慢の息子だよ。少し世間知らずだけどね」
「父上、母上から早く戻ってこいと伝言を預かってます」
「マジで!? 激怒プンプン丸だった?」
ロジャーの言葉に首を傾げながら、ラケルは答える。
「帰ってこなかったら、二度と敷居を跨がせないとは言っていましたが?」
その言葉に顔色が急に悪くなり、直ぐに帰るとロジャーは言う。会社の馬車が実家を通るので乗っていくことに決まり、ロジャーとはそこで分かれることになった。
そうして二人、ラケルとウェンディは夜の街を歩く。
「ウェンディ殿、家まで送りますよ」
「いや、私今日は帰りませんわ」
ラケルがその返事に疑問を持っていると。
「日没までに帰らなかったら、閉めて良いって使用人に言っちゃった」
テヘペロ、と言うと悪気もなく、ウェンディが口に出す。
「ラケルの家に、泊めてくださいな」
ラケルの家と言っても、結局の所寝泊まりしているのは学院内であり、いつもの研究室で一夜を明かす、ということになる。だが、ラケルは少し寄り道をしたいと告げた。
「どこに行きますの?」
辺りは当然のように暗く、人の声もない。そんな時間にどこに行くのか、想像も難しい。
「鉄と果実の卸先に、話しに行きます。大体は予想が付いていますが、余り日を延ばしても良い結果にはなりません」
それと、食料の買い足しもしなければ、と言う。場所はラケルしか分からないので、必然的にウェンディはラケルについて行くことになる。
「そこに段差がありますので、お気をつけて」
ラケルがそう言うと、月明かりの陰に隠れた段差にウェンディが気付く。
「よく分かるわね、慣れてますの?」
「慣れてますし、見えますね」
はっきりと帰ってきた返事に、深く追求しないまま目的地へと向かう。一際大きい洋館に辿り着くと、躊躇う事無くノックをする。時間が経ち、やがて使用人と思しき女性が僅かに扉を開く。
「こんな夜に、どういったご用でしょうか」
排他的な対応にウェンディが少し気分を害したようだが、ラケルは普段通りに答える。
「マグヌス商会のラケルが、買い物に来たと。夜分で申し訳ないですが、ご主人にお伝えできませんか」
ラケルがそう言うと、扉が閉められる。中で話し声が僅かに聞こえ、待つこと数分。応接室に招かれ、二人にお茶を出されて家主が現れるのを待つ。
「……此処で買い物?」
「そうですが、何か問題がありますか?」
嫌みでも何でも無く、単純に疑問としてウェンディに問いかけるラケル。想像していたものと大きく違っている事は言葉するまでもないが、ウェンディは言葉を発することなく時間が過ぎ、やがて家主が現れる。
「いやいや、お待たせしました。夜分の来られるとは急な用でありますかな?」
小太りの男は、ラケルとウェンディの正面に座り、話を聞く体勢になる。
「夜分に来させて頂くには不躾な用ですが、食料を買わせて頂きたいと思いまして」
そう言うと、必要な分の食材を書いたメモを使用人に手渡すと、家主が話す。
「いえいえ、いつも卸して頂いているラケルさんにお金は頂けません。お好きなだけ、持って行って下さい」
そう言うと、小太りの家主が使用人に準備するように命令する。
「いえ、私たちが卸し、卸先が売る。それに金額をつけるのはお互いの利益のためです。それに対して敬意を払わぬのは、商人として相応しくないと考えていますので」
そういうと、ラケルは売値分の金額を机の上に置く。
「はっは、そう言われますと私も受け取るのが礼儀ということですな。ちなみに、お隣の女性についてお聞きしてもよろしいですか?」
学院の制服を纏っているが、小太りの家主との面識はない。
「ああ、彼女はクラスメイトで、訳あって送って行く最中でして。夜中に外に待たせる訳にもいかず、失礼ですが同行させて頂いてます」
小太りの家主は、とんでもないと首を横に振る。他愛ない世間話、そのはずだった会話に、ラケルが本題を切り出す。
「そう言えば、今年の他地方の果実の取れ高は悪いみたいですね」
ぼそりと呟くように言った言葉は、小太りの家主に冷や汗を掻かせる。
「耳が早いですな。ただ、去年豊作だった故に今年の売り上げがどうなるか。マグヌス商会の取引先は変わらず豊作の様ですがね」
そういうと、小太りの家主の目の色が変わる。
「ええ、去年と同じ量を仕入れることが出来ました、有り難いことです。ただ、全体の総量が減ってしまうと、今まで付き合いのなかったところからも声が掛かってきますので、中々思うようにはいきませんね」
ラケルがそう返すと、小太りの家主の動揺の色が見えだした。
「はっは、今更ですな。やはり、ラケルさんの所は毎年しっかりと仕入れて下さるので、私たちも安定して暮らしていけます」
ラケルを持ち上げて、会話を変えようとするが、お茶を飲み干したラケルが最後に話す。
「ええ、とても交渉事にしては遅いと思います。それに、先見のない場所に卸しても、こちらとしても不利益ですしね。ただまぁ、誠実な取引であれば、話を聞かざるを得ないのが、難しい所ですね」
そう言うと、使用人から食料を受け取り、屋敷を後にする。帰るときにウェンディが振り返ると、うなだれる家主が扉の隙間からちらりと見えた。
再び夜道を歩き出し、今度は鉄の卸先に向かうというラケル。その道中、ウェンディが尋ねる。
「ねぇ、さっきのはただの世間話?」
話し合いに違和感を感じたのか、ウェンディは興味本位聞くが、ラケルは正直に答える。
「いえ、果実の値段を買い叩きに来ていたので、それについて話していました」
その返答に、ウェンディは確認する。
「随分回りくどい言い方だったけど、要するに去年あんまり売れなかったから、安くしろって話に、それは出来ないって返事したってことですわよね?」
流れとしては合っているが、ラケルがそれに加える。
「その通りです。こちらの言い値が気食わないなら、他に流すと言いました。それでもまだ食い下がるような、取引先として切るだけですね」
顔色一つ変えず、淡々と話し、いつも通りの歩調で歩き続けるラケル。
「……ほんっと、容赦がないですわね」
商業地域よりは学院に近く、住宅街の外れ、あまり人の寄りつかない場所に、ひっそりと明かりが付いている家があった。どうやら、何かの工場の様にも見え、外には中に見えないように垂れ幕は掛かってはいるものの、特に戸締まりをしてあると言うことではなさそうだ。
「こんばんは、ラケルです。夜分に失礼します」
躊躇いもなく垂れ幕をかき分け、中に入るラケル。後を追ってウェンディが中に入ると、様々な鉱石が値札をつけられておいてある。その奥から僅かな光が漏れている。
「作業中失礼します。お話を伺いたくてご訪問させて頂きました」
そう言うと僅かな光の下に行き、ラケルが一礼をする。そこには、顕微鏡で鉱石を覗き込む老人が一人、静かに座っていた。
「なんじゃ、鉄の件か。随分と早いの」
そういうと顕微鏡から目を離し、ラケルの方へと振り向く。
「ええ、鉄の売れ行きが悪いと聞きまして。今年は仕事がなさそうですか?」
その言葉に、ウェンディが周囲を見渡すと、鋤や鍬、果てには包丁など、様々な補修品が置いてあるのが目に付いた。
「まぁ、補修の依頼はいつも通りだ。それでも件数は少ないだろうな。値段の話か?」
「はい。どれ位の数量なら通常の金額で買いますか? やはり二キログラム程でしょうか」
ラケルが問うと、少し考え老人が答える。
「いや、一キロで十分じゃな。何せ職人が流れておるからな。態々此処で買うのも、補修するのも面倒じゃろう」
そう呟くと、ラケルが呟く。
「ああ、東の鉄道開拓がありましたか。しかし、今年に行われるのですか?」
余り進展について耳にしないのですが、とラケルは問う。
「職人が口を揃えて声を掛けられたと言っておる。大っぴらにはならんが、どうせ貴族か王族が急かしているだろうよ」
そう言うと機嫌が悪そうに机に向き直る。間接的にではあるが、仕事が減るのだ。面白い話ではない。
「分かりました。通常の八割で鉄を卸します。あとは東に流しても大丈夫ですね」
好きにしろ、とぶっきらぼうに老人が答えると、もう口をきく気はないようだ。それに納得したのか、ラケルは一歩引き、店を出ようとすると、ウェンディが一つの品物に目を引かれているのが見える。
「ああ……エメラルドの原石ですか」
ウェンディが眺めていたのは、エメラルドの原石だ。それも、直径八センチほど。安い買い物ではないが、相場と比べると破格の値段だ。
「それは、内部で割れが生じ、更に混合物が複雑に入り込んでいるので、磨いたあとは見た目以上に小さい塊になりますよ。売り値と磨き代が合わないので流れてきたものです」
そうラケルが説明すると、ウェンディがぎくりと驚く。やはり安いものにはそれなりの理由があるのだ。
「まぁ、触媒としては問題ないですけどね」
魔術用に使うのであれば、用途にも寄るが大きさや形を吟味する必要は少ない。勿論装飾品と比べての話だが。何も告げずにエメラルドの原石を抱えて先ほどの老人の所へ向かうウェンディ。それを見送りながら、ラケルは呟いた。
「磨きの構築は……今ある材料で間に合うかな」
どうせ、作業は自分に回ってくるだろう、そう予感しての一言だったのかもしれない。
学院に入り、特に寄り道もせずにラケルの研究室に入る。
「と言うわけで、シチューにします」
的確に野菜を刻んでいき、鍋に水を入れ炎のルーンで熱していく。歩き疲れたのか、ソファの魔術を発動させて、寝転がるウェンディ。完全に料理に参加する気はなさそうだが、ラケルの一言で気が変わったようだ。
「味、つけます?」
そうして鍋の前に二人が立つ。
「あんた、この前のシチューはどうしてたんですの?」
ウェンディの問いにラケルが答える。
「味付けはギイブル殿にして頂きました」
錬金術は台所から生まれた、という説があるくらいだからね、そう言うギイブルの姿が容易に想像できる。
「そんなこと言っても、私も料理したことないですわ」
「味付けの仕方は分かります。ただ、どのような味付けが好まれるかが分からないので、味見だけして頂ければ」
そう言って作り上げられたシチューは、普通の味に仕上がった。
読了ありがとうございました。
次回への伏線と、ラケルの出生の秘話?でした。
あんまり長い話だと分けた方が良いのかな、と思うけど話数だけ増えるのはどうかな、と思ってこんな形に……
まぁ、いっか(適当)