三人が歩みを進めると、どうやら目的の研究室に近づいているようだ。人ぐらいの大きさの物を運んだ跡、耳を澄ます必要も無いほど響く駆動音。それらが徐々に大きくなっていると言うことは、まさにこの先で研究が行われているのだろう。
「そんで、ここであんたが出てくるのか」
立ちふさがるのは、白金研究所の所長。
「若造共に、これ以上好き勝手させるわけにはいきませんからな」
そう言うと、バークスが魔薬を使役し、体を膨張させ異常なまでの筋肉と図体に変化する。
「グレン殿、アルベルト殿、先に行って下さい」
ラケルが短くそう言うと、立ちふさがるバークスの間をすり抜けるように走り抜ける。それを止めようと手を動かした瞬間、肘から先がゴトリ、と床に落ちる。
「なん……だと?」
バークスがラケルの方を振り向くと、既に足下まで近づいていた。腕を切り落とした刃を翻し、斜めに振り下ろして左膝を切る。
「がぁぁ! こんなもの直ぐに再生を……」
骨、血管、筋肉が順に再生していく。だがしかし、それが収まるまでラケルは待ちはしないし、足を失ったことで崩れた体勢は持ち直せない。股下から振り上げるように右足の間接部を断ち切ると、そのまま左腕を肩から切り落とす。
「再生が……間に合わない!?」
そうして、ゆっくりと崩れ落ちていくバークスを踏みつけ、無理矢理地を這いつくばらせる。
「遅い、倒れることさえも」
そう言うとラケルは、頭部と首の付け根を後ろから着き貫く。バークスは四肢を切断され、中途半端に再生している状態で倒れている。貫かれた喉からは、血を勢いよく吹き出す。
「異能能力者を研究し、四肢を落とした程度では即座に修復してしまう。そんな魔薬を貴方は作り上げた」
ラケルがそう言葉にしているが、四肢は一行に再生する気配は無く、唯々マナの源である血液を吐き出し続けるだけだ。
「だがその魔薬の効果にも、制御は必要だ。再生はどの状態にするのか、治癒魔術はどの状態から発動するのか。そうしてできあがっている魔薬の制御部に干渉すれば、マナが尽きるまで血を吐き出し続ける人形に成り下がる」
首を突き貫かれても、意識を失うことすら叶わない所長は、自分が今どうなっているかすら知ることは叶わず、只管に痛みとマナがすり減っていく疲労感だけを感じ取っている。
「真理への道を自ら閉ざした貴方には、理解出来ないのかもしれませんが」
そうして、ラケルは血を吐き出すだけの人形を見下し続ける。憐憫か、或いは己がそうならないようにという戒めか。
バークスの横をすり抜けると、直ぐに研究室があった。扉を開いて中に入ると、直ぐに実験に利用されているルミア、そしてリィエルの兄とそれを守るように立つリィエルが目に入った。
「リィエル! 目の前にいる奴は偽物だ! 目を覚ませ!」
グレンの叫びはリィエルには届かなかった。
「リィエル、彼が目の前で死ぬところを見ただろう? あいつこそ偽物なんだよ」
甘ったるい言葉で、リィエルの思考を奪う。その言葉に耳を傾けたリィエルは、曇った瞳で、はい兄様、と頷く。
「随分と彼女に御執心だなぁ。嫉妬してしまいそうだ!」
そう言って壁際の器具の上に座っていた女性が飛び降り、リィエル達とグレン達の間に立つ。それに反応し、グレンとアルベルトは直ぐさま距離を取る。
「あら? ルミアちゃんを取り戻すんじゃなかったのかな?」
そう言って、一歩ずつ近寄ってくるホーエンハイム、妖艶に歩む姿に嫌が応にも目を引き寄せられる。
「へっ、お前の能力なら知ってるんだぜ。二小節以下の魔術を単音で発生させられるんだろ? だが、二小節以下の魔術には威力も距離も限られてくる。つまり距離さえ取っていれば……」
そこまでグレンが喋って、違和感を覚える。
「嬉しいなぁ。そこまで理解していて尚、私に向かってきてくれるなんて。本当に、君たちがどんな動きをしてくれるのか、楽しみでしょうが無いよ」
アルベルトも警戒しながら距離を保つ。研究室の面積も広く、追い詰められると言うことはなさそうだが、隙をついてルミアの元に向かえるほどホーエンハイムの反応は低くない。
「罠だ、グレン!」
何かに気付いたのか、アルベルトが叫ぶが、気がついて時には既に遅かった。ホーエンハイムの言葉が紡がれる。
「さて、今まで私は何文字喋ったでしょうか?」
そう言葉を言い終えると、三人を囲んだ断絶結界が形成される。
「はっ、どっちみちお前は俺の『愚者の世界』でいちころってことは分かってんだよ」
そう言って、ポケットからタロットカードを取り出し、それと同時にアルベルトが軍用魔術を繰り出す。
「吠えろ 炎獅子」
「くるえ 」
その言葉と同時に、アルベルト目の前に爆炎が発生し、手元で爆発する。それを見ることもなく、グレンが駆け抜け、ホーエンハイムの元へと辿り着こうとするが。
「スペルインターセプト、ルーン言語を元に魔術を構成している以上、こういった芸当も可能なんだよ」
そうホーエンハイムが語り終えた後、グレンの目の前に光の刃が十六本現れる。狙いを見切ったのか、グレンは距離を取るように次々と襲いかかる光の刃を避ける。
「っぶねぇ! アルベルト、くたばってねぇよな!?」
爆炎の中からアルベルトが煙を払い、出てくる。
「当然だ。しかし、二小節という限定を超えるために、幾度も繰り返し発動させる事によって、更に上の魔術を繰り出す。それも通常の会話によって織り上げるのは、最早人間業ではないな」
そういって、ホーエンハイムと向き合う。人間業ではないと賞賛するものの、戦意は失っていない。
「ま、断絶結界にホーリーセイバーまで省略どころか、複数魔術の組み合わせで発動させてあるんだ。マナも体もボロボロだろうよ」
そういったグレンの視線の先には、衣服に所々血が滲んでいるホーエンハイムの姿があった。
「ふふっ、すごーい。でも、次は保つかな?」
獲物を震え上がらせるような、残忍な笑みを浮かべる。
バークスに突き刺していた刃を引き抜き、紙で血を拭い鞘に収める。最早ほとんどマナが残っていないのか、最初の再生速度は見る影もない。だが、徐々に四肢を取り戻しつつある。
「なぜ、私を殺さない?」
バークスがラケルに問う。あと数十秒も突き刺し続ければ、マナは枯渇し、欠乏症か或いは心肺停止で命は失われていたはずだ。
「あと二十秒弱続ければ、貴方は死んでいました。しかし、僕の刀を二十秒間汚す理由がありませんでしたので」
そういうと、振り向かずに研究室へとラケルは駆けていった。それを呆然と見送るしかないバークス。
「ははっ、全てを失ってしまったな」
長年ため込み続けたマナも、異能者の研究から作りだした魔薬も。今回の軍用キメラやリィエル計画が発覚してしまえば、錬金術師としても天の知恵研究会としても居場所を失うだろう。
「参ったな、なにもすることがない」
これまで弱ってしまえば、彼らに殺されるか、協会に罰せられるか、誰かに利用されるか、それすら自分で道を選ぶことすら出来なくなった。
「そうだ、研究員の研究のスケジュールの組み直しを忘れていたな。休暇や担当の割り振りも見なければいけないし……ああ、錬金術の研究がしたいな」
いつから、人の道を踏み外し、外道になったのだろうか。才能はあった、環境も恵まれていた、だが、彼らのように只管に錬金術にまっすぐ生きることが出来なかった。
「なんだ、随分と寄り道をしてしまったな」
もう戻れない所まで来て、始めて目が覚めたような、そんな感覚だったのだろうか、彼の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。
読了ありがとうございました。
ハゲぇ! 退場!
超速再生……虚かな?
取り敢えず今回はラケル君無双、これからもオリキャラ無双、たまにリィエルちゃん活躍(グレン? 知らない子ですね)予定