魔導書の話、テレサ編です。
ちょっとだけ、テレサの過去も書きました(笑)
乙女テックでロマンテックでうふふあははな話が書けない(絶望)
風のルーンについての追求は、研究者の間で静かに広まっていった。専攻をしている風の魔術師は勿論、他の魔術師にも、ルーンの意味を追求するべきか否か、そういった議題が生まれ、少しずつ普及される知識の中で、社会に流れが生まれ出す。だが、まだそれは川で例えれば支流に過ぎず、僅かな反発で途絶えてしまうようなものだ。今は、それが未来を変えるかどうかは分からないが、学院の中で確かに影響を受けている者がいる。
「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」
そう唱えると、目の前に僅かに視界が歪む空間が生まれた。ゆっくりと彼女は足を乗せ、体重を乗せていくが、上手くバランスが取れず、階段を踏み外したようにこける。
「いたた、難しいですね……」
黒く長い髪に木の葉を絡ませ、地面にぶつけた臀部をさする。その呪文は先日校内に公表された風のルーンについての魔術書に記載されていた魔術の一つ。
「『空を歩く人』、理論と魔術構成自体は簡単ですが、調節がここまで難しいなんて」
『空を歩く人』とは、風のルーンを中心にくみ上げられた魔術であり。術者の意図した位置に反発をもたらし、地を踏むように空を歩く魔術だ。人間一人程度の重さであれば然程マナも少なく、魔術構成も簡単なのだが、己の重さを知ることが案外難しい。更に、地面と同様に風などの他の外力に抵抗する必要があるため、熟練の技術が必要となる。尚、習得してしまえば、マナの消費自体は少ないので、風のルーンに適正があるものは早々に身につける魔術でもある。
「システィは、あんなに簡単に覚えたのに……」
勿論、テレサも資質の違いと理解してはいるものの、それでも自分が身につけたい技術を早々に友達が得てしまえば、嫉妬ぐらいするものだ。
「もう、いち……」
そう言って呪文を唱えようとした時、おのれのマナの消費に気付く。鍛錬を続けるにも、帰宅するにも体力が心許ない。そうであれば、少し休憩することで選択肢はどちらともとれる。
「少しだけなら」
そう言って、校内のベンチに横になる。
テレサは夢を見た。幼き日の遙か遠い夢。切っ掛けが無ければ、思い出さなかったはずの、夢。或いは記憶。
「マグヌス家には近づいてはいけません」
そう言われたテレサは、貿易の関連で連れて来られた商談で、暇をもてあましていた。大人達が喋る言葉は、いつも同じだ。それが良いのか悪いのか、まだ理解こそ出来ないものの、断片的には分かる。上っ面だけの会話、腹の探り合い、何が楽しいのか、幼少のテレサには理解が出来なかった。
「そ、それはですね、あの……」
まだ他と比べれば若い男性が、しどろもどろで答える。そこを問い詰める様にテレサの父が言葉を広げていく。
「それでは、先日お話ししたことと違うではありませんか。約束を違うというのであれば、こちらも考えがあります」
強者が弱者を押しつぶすようなそんな絵だ。テレサは行く先々で見る光景に最早興味は無い。大手の貿易を担っていることも有り、大抵の交渉はこういう形になる。なってしまう。一方的な蹂躙に、次を残すための情けを施すだけ。足早とその場を去り、他に興味のある場所はないかと歩む。
「どこだろう……」
商談の場を離れ、うろうろとしていると馬や馬車を管理している建物を見つけた。それは見た目こそ良くは無いものの、この時既に魔術を学んでいたテレサには、そこで何らかの魔術が発動している、ということは分かった。こっそりと、隙間から覗き込むと白髪の少年が、馬車を修理しているのが見える。その姿は今まで見たどんな魔術師とも違う、汗と泥にまみれ、しかし、精密で無駄の無い造作には美しさすら、感じてしまった。白髪の少年は仕事を終えると、足早に去って行く、その動作に微塵のまよいもなく、流れるようだ。それに心を奪われ、街灯に群がる虫のように、その建物の中に導かれ、その中で驚愕の事実を知る。
「すごい……」
テレサはその馬車に触れて、まるで魔法だと思った。どれだけ精緻な魔術であれば、車軸をここまで綺麗に出来るのだろうか、強くしなやかに無駄も無く作り上げられている。
「まるで、魔法使いの馬車みたい」
ばかげた話かもしれないがまさにテレサの感想の通り、とてもではないが数十キルメトル走ってきた馬車には見えない。熟練の職人に今作らせたばかりと言われても、微塵の違和感も無い。精緻を極めた馬車は、内外部とも今まで知りもしない技術で作られていて、内部には商品を個別に鮮度を保って運べるように、炎と水のルーンに寄る温度操作。あらゆる地形に対応するための車軸と車輪の間におけるサスペンションなど、職人の腕を持って、再現できるかどうかという世界だ。
それから、テレサはマグヌスの馬車が来る度に、それを見に行くようになった。マグヌス家の人間とは直接会わないように心がけてはいたが、思わぬ気の緩みで、マグヌス家の妻、ラケルの母親と遭遇する。
「あら、貴女は……確か、テレサさんでしたか?」
相手は一回りは優に違う子供に対しても丁寧な対応をしている。テレサは警戒心を持ちながらも、周囲とは違う、上からの目線では無い会話に新鮮さを感じていた。
「ああ、あの子の魔術? が気になっていたのかしら。ごめんなさいね、私には才能が無くて分からないの。それより、マグヌス家の人間と関わらないように、でしょう?」
そうラケルの母親はテレサの背中を押す。自らを蔑む言葉ではあったが、その会話に迷いは無い。自分の立場を理解して尚、現状に立ちむかおうとする強い意志を感じる。
「あの……この馬車は、マグヌスさんが?」
たどたどしい言葉でテレサが尋ねる。本来であれば伝わりにくい言葉だったはずだが、ラケルの母親はその手の質問になれているのだろう。言いたいことを理解し、直ぐさま返答をする。
「ええ、息子のラケルがいつもしているわ。最初は何をしているのか分からなかったけど、今ではあの子無しでは運送業も立ちゆかないの。良かったら直接……いえ、それは貴女に対して失礼ね」
ごめんなさい、と丁重にラケルの母親は頭を下げる。両親から聞いて居たマグヌス家のイメージと全く違い、困惑を表に出すテレサ。それを優しく窘めるようにラケルの母親が言葉を掛ける。
「ねぇ、どうしてラケルの魔術に興味を持ったの?」
その言葉に、テレサは即答した。
「まるで、カボチャの馬車の魔法使いみたいだから!」
とある童話の魔法使いのことだろう。決して主役では無いが、悲劇のヒロインを窮地から救いだす魔法使いの事だ。その言葉に、ラケルの母親は一瞬驚き、再度言葉を掛ける。
「ねぇ、貴女は魔法使いと王女様、どちらになりたいの?」
その女性に対しテレサがどう答えたのか、思い出せないまま、目を覚ます。見覚えのある部屋。どうやら、眠りすぎて、ラケルの部屋に運ばれてしまったようだ。
「『空を歩く人』の訓練で疲労していたので、外で休むよりは良いかと」
そう言って、ラケルは直ぐ近くで本を読んでいた。一瞬テレサは驚いた者の、むしろ見られていた事への羞恥が上回ったようで、話を逸らす。
「今、何時頃ですか?」
窓の外を眺めると、もう日は落ち星が輝いていた。
「テレサ殿が休まれてから三時間ほど、大凡十九時頃ですね。マナの貯蔵量は快復しているのではないのでしょうか?」
テレサはそう言われて、自分の体を顧みる。特に異常は見当たらず、多少の倦怠感は感じるものの特に問題はなさそうだ。
「はぁ、ご迷惑をおかけしました。失礼します」
そう言ってテレサが部屋を出て行こうとすると、ラケルが声を掛ける。
「『空を歩く人』の訓練はいいのですか?」
ラケルの一言であれよあれよという間に何故か、二人で訓練すると言うことになってしまった。テレサはやんわり断ったが、効率が悪い点をいくつか指摘されると協力して貰うのが一番覚えが早い、という結論になり、夜の学院の中庭でラケルとテレサの二人で空を歩く訓練を行う事になった。
「どうして、こんなことに」
別に意識することでも、頭を抱えるような事でも無いかもしれないが、夢を見た後だからか、ラケルのことを意識してしまうのだろう。
「さぁ、始めましょう」
そう言って、ラケルは両手を差し出す。その意味をテレサはくみ取れず、首を傾げる。
「イメージを固めるための訓練ですので、既に空を歩いている人と接触している方が良いと思われます」
個人差はありますが、と付け足すが特に理由が無ければそのまましてしまえ、といった様子である。遠慮等という言葉と無縁なラケルに問うことも無いと思ったのか、一瞬の躊躇いの後、ラケルへと手を伸ばす。
「よろしくお願いします」
ラケルの手を繋いだテレサ。二人同時に詠唱を始める。
「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」
「大いなる風よ 天と地をかき回し 空へと導け」
まずは一歩、ラケルが宙に足を乗せる。まだテレサは足を地に着け、歩いているだけだ。そしてもう一歩、ラケルが完全に地を離れ、両足とも宙を踏みしめる。
(こんなの、ずるい)
テレサは、近くにいるラケルにすら聞こえないような声で呟く。テレサには見えているのだろう、ラケルが踏みしめていった足跡が。輝くほど、足が離れた後でも、瞼を閉じても尚、目に焼き付くほど。彼の踏みしめた後の宙が、自分に歩けないはずが無い、自信ではなく、最早すり込みや洗脳に近いかもしれない。優しく、暖かい微睡みに囚われるかのような、意識が睡眠と覚醒の間に囚われるような感覚。だが、それに身を任せることが幸福であるということが、はっきりと感じられる。ラケルの三歩目と共に、テレサが宙への一歩目を踏み出した。己が調節しているはずなのに、昼間に転んでいたのが嘘のようだ。四歩目、完全に足が地を離れる、今ではもう、どうして自分が地に足をつけていたのかすら、思い出せない。空を歩いていることが、当然だと思い込む必要すら無い、赤ん坊が四つん這いから立ち上がるように、テレサの足は地から離れ、宙を歩く。
「ようこそ、地に足をつけない人々の世界へ」
皮肉交じりにラケルが手を放す。一瞬よろめいたが、それでも地に落ちることは無かった。そこに立てる事が、当たり前なのだ。
「はぁ……当然のことでしょう?」
迷わず、躊躇わず歩き出せば、安定する。それが例え、道理や常識の埒外にあったとしても、暗闇を模索し進み続けるのが魔導士なのだ。
『空を歩く人』の魔術を覚えた記念として、お祝いをすると言って、自分の部屋に戻ったラケルに取り残され、夜風に火照った体を晒すテレサ。
「最後の一言がなければ、良かったのですが」
良いことがあれば、お祝いするのが決まりだ! とグレン教諭が仰っていたので、と付け加えなければ、正直に喜ぶことが出来たのだろう。しかし、ラケルがその情緒を理解出来ないことも、テレサは理解してしまう。ただそれとは関係も無く熱を持つ身体は、そっと熱を持ち去る風を心地よく寄りそおうとする。
「まぁ、念願の魔術を習得できたわけですし」
そう言葉にして、もう一つ心の中にわだかまりを誤魔化す。自分自身が確証も持てないその感情を表に出すことをテレサ自身が良と思えない。
「お待たせしました」
そう言って現れたラケルは、その手に一本のワインを持っていた。
「……それは?」
テレサがそのワインを指さし尋ねる。
「ウェンディ殿の商店から買い取った今年のワインです。熟成はしていませんが、出来が良いと聞いて居ますので、味は間違いないかと」
まだコルクも抜いていないそれを、どうやって飲むのだろうか。そもそもグラスもないのに、どうするつもりなのか、テレサには全く理解出来ない。
「さぁ、こちらへ」
そうラケルが囁くと、まるでエスコートするように空へと歩き出す。言われるがままにテレサも呪文を唱え、導かれるままに空へと歩き出す。地上がかすみ、校舎が水平に見えるほどの高さに辿り着いた頃、ラケルが振り返り、ワインを宙に置く。瓶の中の紅色の液体が僅かに揺れるが、少し時間が経つとそれも収まる。
「ミス・テレサ、おかけ下さい」
ワインから五十センチメトル程度だろうか、手を差し出し恭しく頭を下げる。テレサがそれを見て漸く理解出来たのか、溜息をつく。
「いつの間に、そんなことを覚えたんですか?」
満更でも無い笑みを零し、スカートがめくれないように手を添えて、空に座る。何も無いはずの空間に、まるで椅子とテーブルがあるかのように。
「システィーナ殿から、教えて頂きました」
そう言うと、テーブルの反対側のような位置にラケルが腰を掛ける。そこには何も無いはずだが、然も当然のように、第三者だけが、テーブルと椅子が見えていないようだった。
「おっと、少しワインを冷やしましょうか。その方が美味しく頂けます」
そう言うと、まるで氷の入れた入れ物につけるように、ワインを持ち上げ置き直す。本来ならば、カランと氷と容器がぶつかり合う音が鳴るはずだが、どちらとも無いのだ音が鳴るはずも無い。しかし、ワインだけが揺れ、紅色の液体がゆっくりと円を描きながら波打つ。
「ふふっ」
テレサが、堪えきれないと言った様子で笑みを零す。
「どうしました?」
疑問符が見えるようにラケルが首を傾げる。
「いえ、ラケルさんがそんなことをしているのが、少々意外で」
傍から見れば、そんなことが問題では無いのだが、今ここにいる二人には、空でテーブルを囲っていることは、当たり前なのだ。ラケルがワインが冷えたことを確認して、瓶の口周りで指を回す。それに応える様にコルクがゆっくりと周り、圧縮された空気がはじけるようにポンというと音と共にコルクがラケルの手に落ちる。それをゆっくりと目の前に下ろし、空に転がす。そしてワインの底を持ち、テレサに言葉を伝える。
「グラスを」
ラケルの言葉に、まるでグラスを持っているかのような手つきで、左手を差し出すテレサ。少しずつ傾けるそれが、何も無い空中で溜まり、まるでグラスの中に注がれるようだった。
「それでは、ラケルさんも」
そうテレサが呟くと、ワインを受け取る。ラケルも同様に右手を差し出し、グラスの形に添うようにワインが注ぎ込まれる。二人の声と、時たま風に囁く木々の声、街からの喧騒は遠い。静寂といっても差し支えも無い星空の下で、何も無い空のど真ん中で、互いにワインを傾ける。
「「乾杯」」
校舎の向こうに輝く正円の月明かりはいつもより大きく輝き、時刻ににつかわない程瞬く星々は、昼間よりも二人が傾けるワインを色鮮やかに照らしていた。
いつも通りの昼間の食堂。システィーナ、ルミア、リィエルに珍しくテレサがテーブルを囲っていた。
「すごーい、そんなロマンチックな事があったんだね!」
前のめりに話を聞いていたルミアは、会話を聞き終えると上機嫌になる。ほほがやや染まり、血色が良いようにも見えるし、興奮してるようにも見えなくも無い。
「ふふっ、ラケルもそんなアプローチするなんて。テレサも満更じゃないんじゃない?」
システィーナが茶化すようにテレサに言葉を掛ける。彼女達は生まれは少々特殊だが、年頃の少女なのだ。浮いた話にはやはり興味がある。
「ラケルさんに限って、それはないでしょう。そもそも、恋愛感情があるかどうかすら……」
溜息と共に、紅茶を口に運ぶテレサ。あの日以来、ラケルがテレサに対して変わると言うことは無かった。良くも悪くも、お茶会に誘われる依然と何も変わらない。
「というか、男女の違いがわかってるかすら、疑問ですし」
テレサの落胆は期待の裏返しか、大きな溜息と共に吐き出される。何とかルミアとシスティーナがフォローしようとするが、言葉が出ない。そこにイチゴタルトに夢中だったリィエルが、クリームを口の端につけながら喋る。
「会話の途中で『ミス・テレサ』と使っていた、少なくともラケルが男女の認識がある事は間違いないと思われる。感情の有無は分からないけど、ラケルがお祝いの意味を理解していないとは思えない。それが示す意図は分からないけど」
そう言うと、再びイチゴタルトに齧り付く。その言葉にシスティーナとルミアが頷き、テレサにフォローを入れようとするが、その前にテレサが席を立つ。
「し、失礼します」
そう言ってトレイを持って足早に去るテレサ。
「ね、どうだと思う、システィ?」
珍しく意地悪な笑みを浮かべるルミア。
「私はラケルが色恋沙汰になるのが想像できないわ。精々、仲の良い友達じゃない?」
テレサからすれば、分からないけど、とシスティーナが付け加える。無粋な憶測であることを承知で友人の恋路をおかずに昼食をたしなむ。リィエルは何を笑っているのか分からない様子だが、それも含めて日常の風景だった。
読了ありがとうございました。
魔術師のディナー、テーブルの食器もないけれど、確かにそれがあるかのような晩餐です(笑)
バトルも勿論大好きですけど、こういうのも書いてて楽しいですね(´・ω・`)
風のルーンでベクトル操作を行い、グラスやテーブルがあるのと同じ様な反作用を発生させるという、魔術でするより皿持ってきた方が早そうな気がしますが、魔術習得のお祝いですので(適当)
月夜をバックに、見えないグラスを揺らすのもいいんじゃないかな(超絶適当)