学業の都合でまただいぶ間が空いてしまいました。
僅かばかりでもこの小説を待ってくれている皆様、申し訳ありません。そして今後ともよろしくお願いします。
それでは最新話をどうぞ。
針女の住処では今回の依頼人であるはずのおばあさんが真柴を静かに見下ろしていた。
拘束されて地面に伏している彼はお婆さんの方を見ると唸るような声で助けを求めようと陸に上がった魚のように必死に身体をばたつかせる。怒りで爛々と光らせる針女がこちらに近づいてくる、そのあまりの恐ろしさに涙目になりながらも今度は鬼太郎の方へと目をやり、助けを必死で求めた。
「どうだい……自分が死の瀬戸際に立たされる心地は…………」
お婆さんが非常に冷たい声でそう言い放つとを見た真柴は涙ながらもふざけるなと言わんばかりに唸り声を上げながら睨みつけるがお婆さんはそんな彼をただただ静かに見下ろしていた。
「お婆さん…何故あなたがこんな事を………」
磔にされ、影を何箇所も攻撃されて激痛に苦しみながらも鬼太郎は問いかける。お婆さんはそんな鬼太郎にちらりと見ると針女の方へと視線を移した。
「針女よ…一旦傷を癒した方がいい…本当ならあんたはもう立っている事すらもままならないはずだよ。」
「人間風情が…!私に指図するつもりか?」
「標的はどうせ逃げれりゃしない…焦る事はない…今後この山を守る為にもくたばる訳にいかないだろう、」
話しながらもお婆さんはゆっくりと近づいた。
「貴様…一体なんのつもり……だ………?」
針女が最後までいい終わらない内に突然がっくりと倒れ込んでしまった。鬼太郎達は思わず目を見張った。針女の背後にいたのはお婆さんその人だったからだ。だが針女の前にもお婆さんは立っている。つまりお婆さんが二人いるのである。彼等をよそにお婆さんはそれを抱きとめるとそのまま彼女を崖にもたれかからせた。それから改めて鬼太郎の方へと向き直った。針女の拷問が一旦止んだものの身体が痺れていて全く動く事ができない。
そんな鬼太郎にお婆さんは唐突に問いかけた。
「鬼太郎さん……あんた、源さんが今どうなっているか…知っているかい?」
お婆さんの口から源五郎の名を出された鬼太郎は一瞬戸惑ったものの、その事についてはある疑念を持っていた。
実はここに来る前にちょうど避難しようとしている雲影村の人と出会い、彼らから源五郎がつい数ヶ月前に事故死したと聞かされた。
なのだがその時の彼らは源五郎の名を聞いた途端に歯切れが悪くなった。視点がこちらに合わせようとせず、何やら良からぬことを隠そう後ろめたさを感じさせた。
当然違和感を覚えた鬼太郎達だったが一旦頭の片隅に置いて、彼らと別れ、依頼主の元へと向かった。
しかし今この状況でその違和感が何なのかを、そしてそこから推察できる事の全貌に鬼太郎はハッと目を見開いた。
「まさか……源さんはこの人に………」
「…そうです。源さんは…このクズの毒牙にかかっちまった。しかも……こいつは…金と権威に…物を言わせた……最低なやり方で………!」
静かながらもお婆さんは握りこぶしを強く震わせ、事の全貌を話し始めた。
針女との戦いが終わった後、源五郎は針女のための祠を建て、山に入る時は必要以上に狩猟や採集をしない事を雲影村の皆に言い聞かせてた。彼自身、山でマタギを続けたものの必ずこの掟を忘れず、また他所から入ってきた者にも必ず言い聞かせていた。
年月は流れ、だいぶ年をとって昔程ではないものの源五郎は生涯現役でいけると周りから言われる程生き生きとしており、本人もそのつもりでいた。そしてあの一件で憧れを抱いた若者が一人弟子入りしており、彼が一人前になるまではくたばれない、とも言っていた。
そんな日々が続いていたのだが数年前、交通をより良くするという名目で開発を持ちかけられた。この時は源五郎は村の人達とも協力し、山を崩すのを最小限にとどめ、そしてあの祠もきちんと残しておくことを条件に道路やトンネルの開発を承認した。
だがそれからさらに数年後、真柴が経営する会社から更に大規模な開発を持ちかけられた。前の開発で生活必需品の購入には困らなかったので必要の無い工事だと村の人達は皆猛反対した。
だが相手の方もそれでおとなしく引き下がる連中ではなかった。
反対運動を展開していった村人に対して、今後の生活の不安や時代の流れ、そして公共利益の向上などをまくしたて、彼らの中で疼いていた生活の不安や罪悪感を煽り、そこから金銭で買収しようと目論んだ。それでも源五郎は持ち前の頭の切れの良さを活かし、村の重役達とも協力しながら彼らの策略を切り抜け、結果抗争は更に長引いた。
だが真柴は源五郎達が予想していたよりも恐ろしい男だった。源五郎がいる以上、自分達の思うように事が運ばないことを理解すると次第に手段を選ばなくなっていった………。
「どこぞのチンピラどもを使って村の生活を脅かすのなんて日常茶飯事…日に日に奴らの横暴が激しくなるなか、それでも源さんはこの山を守ろうとした……」
お婆さんは一旦そこで目を伏せながらも話を続ける。真柴達の対立が長期化していくにつれて、都市部に近い村の人たちや彼らにすっかり懐柔された黒影村の人達が次々と現れ、源五郎達に条件を飲むように迫り、遂には真柴達に直接手を貸すまでにまでになった者もいた。
結果源五郎は真柴達だけでなく、真柴を支持する村人とも駆け引きを繰り広げていくことになった。
だがそれでもめげず、源五郎は最低でも開発の縮小を目指して議論を交わしていった。
しかしそんなある日の事、源五郎が突如命を落としたとの話が広まった。医者の話によると死因は頭部を激しく損傷した事によるもので恐らく崖から落下した事が原因といった。
当然その情報はお婆さんの耳にもその事は入った。だがその事にどうしても納得がいかなかった。年老いたとはいえ、今でも険しい山道を軽々と移動し続けているあの源五郎が崖から落ち、そのまま亡くなるとはにわかに考え難い。そして反対運動の中心にいた源五郎が亡くなった事を好機と見た真柴達は一気に切り崩しにかかった。この頃になると真柴は既に県との話を進めており、あとは村人を懐柔すれば万事うまくいくところまでこぎつけていた。結果はもう陽の目を見るよりも明らかだった。真柴達の目論見通り、大規模な開発が決定されてしまった………。
「私は源さんが本当は真柴達に殺されたんじゃないかと常々考えていた。いや、私以外の協力者の誰もがそう思っていたが確証がない以上どうしようも無かった……開発が進んでもうこのまま泣き寝入りするしかないと諦めかけていた丁度その頃だったよ…
ある日、開発でどんどんと山が崩れていく眺めていた帰り道、反対側から一人の女性が歩いているのが目に留まった。この辺りでは見かけない顔だったし、何よりもその派手なその格好はこの村を散歩するとしては(本人には申し訳ないが)あまりにも場違いと言ってもいいほどでお婆さんはどうしても気になって思わず声をかけてしまっていた。
「お嬢ちゃん……」
お婆さんに声をかけられたその女性はこちらをじっと見つめてくる。お婆さんはかまわず話を続けた。
「あんたここいらじゃ見かけない顔だね。一体どうしてこんなところにきt「お婆さん……」っ?」
女性は突如お婆さんの話を遮ると不意にお婆さんの手を取り、何かをしっかりと握らせた。突然の事に驚いているお婆さんを彼女は真剣な表情で見つめ、力強く言った。
「これ……お婆さんにぜひ聞いて欲しくて……」
何事かと思い、お婆さんは握った手を開くとそこには一つのボイスレコーダーがあった。どうしてこんなものを、そもそも何故、とお婆さんは問いかけようとしたがそれ以上に見知らぬ自分にわざわざ聞いてもらいたいほどの事が一体どれほどの事なのかを知りたくなった。
そのまま女性と一緒に自宅へ戻ったお婆さんは早速ボイスレコーダーを再生した。
すると酔っ払った男性の声が響いてきた。
--いや〜目の上のこぶがようやく取れて助かったぜ--
--あのジジイ、やっとくたばってくれたよな〜--
お婆さんはその声を聞いてハッとした。間違いない、この声の主は真柴だ。その後も録音機から語られる物語に息するのも忘れて聞き続けた。物語の全貌が明らかになるにつれてお婆さんはわなわなと震え始めた。
「これ……本当なのかい…?なんかの悪い冗談じゃないのかい…?ねえ……ねえ………!」
お婆さんはにわかに信じられず女性の肩を掴んで激しく揺らした。
彼女はそんなお婆さんにとても申し訳なさそうに、それでもはっきりと言い放った。
「お婆さん……悲しいけれど、これは事実です。ならば直接確かめますか………?」
その後お婆さんはある人の元へと連れていかれた。その人は初めはしらばっくれていたものの、女性と一緒に徹底的に問いただした事で遂に全てを話し始めた。話し終えた直後、お婆さんは怒りのあまりその人に掴みかかったのだが直ぐに力無く膝をついた。かつて針女から命を懸けて戦い抜いた一人の男に対するあまりにも酷い仕打ち。悲しさと悔しさが入り混じり、心の中で激しく渦巻いていった。お婆さんは虚ろな目で空を見上げて話し始めた。
「なあ……源さん…あんたが必死に守り通して来たのは……こんな奴らだったんだよ……全く…馬鹿みたいな話じゃないか………」
お婆さんは涙を流しながらずっと呟き続けていた。真柴達が、村の人達が憎い。だが自分が真実を知った所で何もできない事をすぐに思い知らされた。事実この録音機を持って行こうとした途端、どこぞの暴漢に襲われ、金品と共に奪われてしまった。己の無力さをこれほどまでに呪ったことはない。それらが黒い炎を日に日により大きく、より強く燃やした。
だからこそ針女が復活し、作業員や村の人達を再び恐怖のどん底に陥れていると知った時は正直少しばかりか胸が空く思いがした。
だが同時にお婆さんの心の奥底に疼いていたある願いはさらに肥大していった。
そしてある日の夜、突如お婆さんの前に
「…ようやく私は果たせる……源さんの仇…そしてこの山を守り通す事を……!」
お婆さんは憎悪のこもった目で身動き一つも取れぬ真柴を睨みつけながらゆっくりとその距離を詰めていった。
影を囚われ、おまけに身体が痺れて動けない鬼太郎は必死で訴える。
「やめてください……お婆さん……こんな事……」
「鬼太郎さん…!」
強い口調で遮るとお婆さんは懐から録音機を取り出した。
「これを聞いても……あんたは私を止めようってのかい⁉︎」
そう言いながらお婆さんは再生ボタンを押した。
するとしん…と静まり返った山の中で酔いが回った、真柴の得意げな声が響き渡った。
--全く、せっかくの一大事業だったのに、あのクソジジイ一向にこっちの言うことを聞こうともしねえ、ああいう老害が今後の経済発展を停滞させる……だから俺は一計を案じたんだよ。あの村の住人、最初こそは開発反対だの粋がっていやがったがまあ、所詮は寄せ集め。源五郎以外の連中なんざ適当にそれらしい事で言いくるめてこっちになびかせる。その前にその辺のチンピラを使ってちょいと脅しつけておけばより簡単さ。そうすりゃあっちの方でも勝手に内輪揉めしてくれるしな。ああ、それにあいつの弟子の親、都合いいことに俺の会社の下請けを務めている所の責任者だったのよ--
それから真柴はさらに得意げになって恐ろしい事を語り始めた。
--俺は適当に経費削減って事にしておいてその会社を切り捨てる事にしたのさ。あの会社は俺に捨てられた日には終わりさ。なんてったってあの会社はもともと潰れかけていたのをわざわざすくい上げてやったんだからな。仕事が無くなれば首も回らなくなり、奴らは露頭に迷うのを待つのみ。親が苦しめられるのを見てられなかったんだろうなあ。予定通りあの若造が切り捨ての撤回を求めてきた。
当然俺は開発事業を拡大させる事を要求した。だがあのジジイの弟子、家族と師匠、どっちを取るかではっきりしようとしなかったんだよ。そこでもう一押しってわけよ!俺の会社から切られたら親は仕事を無くすだけじゃない、今まで肩代わりしていた借金も元通りそちらに回ってくる…ってな。ははははははは--
録音機からは真柴の下衆な笑い声がこだました。この時点でもうお婆さんに変化が現れていた。
--ただでさえ、俺を支持していた村人達から源五郎と同じく白い目で見られ続け、挙句に仕事を失いかけて親はすっかり疲弊しちまっていた。あいつは家族のためと信じて俺の部下が見張っている中、狩猟中にあのジジイを遂に崖から突き落としたんだよ!すっかり油断していたあいつは頭から落ちてそのままぽっくり逝っちまいやがった。後はもう俺の思うがままさ。事が上手く運びすぎてもう震えが止まらなかったぜ!--
鬼太郎はこんな酷い事を仕組み、それをまるで武勇伝の様に得意げになって語る真柴という男に静かながらも強い憤りを覚えていた。だがお婆さんの怒りはそれ以上だった。録音機のスイッチを切ると鬼太郎の方へと振り返った。頰には一筋の涙が浮かんでいた。
「鬼太郎さん、私は…元々この山が大好きなんだよ。源さんと同じく、幼い頃からこの歳になるまで…ずっと共に生きてきた…他がなんと言おうとここは私の大切な場所なんだよ。」
鬼太郎はハッとした。お婆さんから強力な妖力を探知したからだ。
お婆さんの目から赤黒い線がまるで血管を這い回る蟲の様に全身に広がり始めていた。
「源さんに助けてもらった恩も仇で返し、私達を迫害した村人も…!卑怯なやり方で私達を貶め、故郷をぶっ壊そうとする真柴達も…!私は憎い!決して許さないっ!ユルサナイッッ‼︎」
お婆さんの妖力がさらに膨れ上がり、どんどんとその姿を変えていく。同じく囚われていた目玉おやじも全てを察した。
「お婆さん……やはりお主も……」
「そうさ…
鬼太郎はお婆さんの言う<あの方>が誰なのかはおおよその見当がついていた。だからこそ鬼太郎は知っている。その力を得た者がどうなるのかを……。
「違う…!そいつは貴方の心に漬け込んで利用しているだけです…!その人が許せないのは分からなくもありません。ですがそれ以上その力を使えば、その先に待っているのは破滅です…!何よりも…こんなやり方で源さんに顔向けができるんですか?」
「じゃあ、どうしろと…?私一人が声を上げたところで取り合ってくれるはずもない…自分の故郷が無残に壊されていくのをただ黙っていているなんて、もううんざりなんだよ‼︎」
妖力の影響か、お婆さんは口調を荒げて怒鳴り散らした。その気迫に真柴はいよいよ死の危険を感じていたのか、必死もがきながら鬼太郎の方へと視線を送った。そうこうしている間にお婆さんの身体に赤黒い線がどんどんと広がっていった。
「無力であるが故に自分の大切な物を次々と失っていく。それを止めることもできずただ見ているしかない……。そんなんだったら……
あたしゃ人間なんか捨ててやるよ!!!」
積りに積もった激情を吐き出すとお婆さんの身体全体にに赤黒い紋様が侵食し、その肉体を人あらざるものへと姿を変えていった。
するとそれに合わせてあちこちからそれと同じ姿をした複数の異形がお婆さんの元へと集まり、元の姿へと連結していった。
「ウオオオオオオオオオオッッ!!」
本来の姿を現したその妖怪は山一帯に響き渡る程の咆哮をした。その気迫は針女のそれに勝るとも劣らないといってもいい。
「あれは……大百足っ!!」
目玉おやじはその妖怪の名を叫んだ。かつて節ごとにその魂を石に封じ込められていたのだが人間達の手でその封印が解かれた事で復活し、鬼太郎達と激闘を繰り広げた。この時ぬりかべファミリーに敗れ、魂の破片が海に流れた事で復活することはもう無いだろうと考えられた。大百足は拘束されながらも必死で手足をばたつかせてもがく真柴にその鋭い牙を光らせ、狙いを定めた。
「オワリダ!ゲンサンノカタキ!コノヤマノガイジュウゥゥゥゥゥゥ!!」
これまで他者を食い物にし続けてきた愚か者に復讐に燃える大百足が襲いかかった。
感想・アドバイス募集中です。
よろしくお願いします。