ゲゲゲの鬼太郎 もう一人の末裔   作:朝ノ陽

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皆さん、お久しぶりです。
大変遅れて申し訳ありません。
最新話をどうぞ


張り巡らされた悪意

ほんの数刻前までは何事も無い日常が過ぎていたこの港町では今、あちこちで戦火に包まれていた。

街の方では牛鬼軍団と鬼太郎の仲間の妖怪達が、山の山頂近くでは牛鬼の本体と猫娘、そして同じく山頂近くと中腹あたりでは蒼坊主、鬼太郎がそれぞれ仮面をつけた者と激しい戦いを繰り広げていた……。

 

 

 

「ニャーーーッッッ!!!」

 

猫娘が素早い動きで牛鬼を翻弄し、隙をついては攻撃を加えていく。

 

「くっっ!ちょこまかと………!!」

 

そう言いながら牛鬼は指先に糸の塊を作り、それを弾丸のようにして連射し続けた。だが、先程から擦りはするものの全く急所を捉えることができない。対して猫娘は一回の攻撃で与えられる負荷はそれほど大きくはない。しかし彼女は四足歩行でその猛襲を避け続けながらも、隙をついては攻撃を加え、素早く距離を取る。この戦法によって少しずつではあるものの牛鬼を追い詰めていった。

一方牛鬼の方は弱体化しているとはいえ、猫娘にここまで苦戦していることに激しい屈辱を覚え、怒りから攻撃が単調になり始めている。

牛鬼が背中から生えた蜘蛛の足を力一杯振り下ろすものの、スピードが殺されており、むしろ逆に猫娘に攻撃の機会を与えるばかりだ。

 

(今あいつは確実に冷静さを失っている。攻めるなら今しかない‼︎)

 

猫娘は牛鬼の鳩尾辺りに蹴りを入れ、その反動を利用して距離を取りつつ、素早く呼吸を整える。

そして牛鬼が体勢を立て直そうとしたその隙をついて一気に距離を詰めようと駆け出したその時だった。

 

「にゃっっ!?」

 

突如猫娘の手足の自由が効かなくなった

体が思うように動かせなくなった猫娘はバランスを崩してそのまま

足がもつれて倒れしまった。

 

「これって………!」

 

猫娘が自分の体を見渡して驚いた。いつのまにか猫娘の腕や足の関節に牛鬼の糸がまるで裁縫のごとく縫い付けられていたのだった。

引き剥がそうとしても糸は強靭に縫い付けられており、ビクともしない。それどころか引っ張ろうとすればするほど糸はさらにその数を増やして身体を縫い付け、動きを封じて行く。

 

「いつのまにこんなことを?……と思っただろ」

 

身動き一つ取れなくなった猫娘を牛鬼はゆっくりと近づいてき、そのまましゃがみ込むと指をパチンと鳴らした。

すると当て損ねた糸の弾丸が地面や木の幹に埋まっていたのだろう。

あちこちから糸が植物が生えるかのごとく、姿を現した。

そのまま猫娘の体を持ち上げたかと思うとあっという間に糸が全身に巻きついた。

 

「物の見事に嵌ってくれたなあ。俺が貴様ごときに遅れをとるとでも思っていたのか?」

 

そう言いながら牛鬼は小さい子をあやすように猫娘の頭をポンポンと叩いた。

 

「お前の体に俺の糸弾が掠った時、その糸弾の一部を体に潜り込ませたのさ。俺の糸は俺の妖力を遠隔操作で送る、もしくは潜り込んだ相手の妖力を吸う事で数を増やすことができる。今お前は戦いで妖力が昂り、ほんのわずかな量でも比較的短時間でここまで育った。感謝しているよ。お前が程よく強くなってくれたおかげで計画遂行前にいい運動もできた。」

 

最後の方でたっぷりと侮蔑を含んで笑みを浮かべる牛鬼。猫娘は途方も無い無力感に襲われた。結局自分は彼の計画遂行の手助けをしたに過ぎなかった。どれだけ修行しようとも何もできない自分がたまらなく悔しい。今の自分にはせめてものの抵抗で牛鬼を睨み返す事しか出来なかった。

 

「さて、お遊びはここまでだ。貴様の体を貰うつもりだったが今の宿主が俺にゾッコンだからな。せっかくこの体での戦闘に馴染んできたことだしそれなりに付き合いもある。貴様はこのまま俺の軍門に下って貰う。」

 

そう言い終わるや否や糸がますます増殖し、ゆっくりと猫娘の体を包んでいく。

自分が自分で無くなるなもしれない恐怖が刻一刻と迫ってくる中、猫娘には牛鬼が先ほど言った、あることが引っかかった。

 

「……⁉︎どういうことなの?付き合いもあるって………」

 

猫娘の問いに牛鬼が一瞬考えこむようなそぶりを見せたが自身の計画遂行に支障をきたさないと判断したのか、「まあ、いい。」とつぶやいた。それと同時に糸の動きがピタリと止まった。

 

「……ああ、言葉の通りさ。俺は2年以上この体の中にいるんだ」

 

2年、この言葉を聞いた猫娘は長老の言葉を思い出した。

確か牛鬼の復活のきっかけが起きたのも2年前と言っていた。

分別をわきまえない若者によって牛鬼岩の封印が解かれたの年、封印が解かれたのにも関わらず何も起きなかったあの日………。

 

「まさか……‼︎牛鬼岩の封印を解いたのって……利明君!?」

「御名答。数年前まで寂れていた蜘蛛島を有名観光地として栄えたのを目の当たりにし、次は自分がこの島をさらに栄えさせ、それを足掛かりにほかの地も繁栄させ、名誉を手に入れようと躍起になっていた。だが、長いこと島に暮らしていた老いぼれどもがしきたりに縛られているせいで、ちっとも前には進めない。支持者ですらいざとなれば自分の手柄を横取りしようと手ぐすねを引いている。そんな毎日にこいつは心をすり減らしていった」

 

牛鬼はそこで少し間を置いてからニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら話を続けた。

「せっかく苦労して名のある所で能力を身につけ、最も的確に物事を見据えることのできる自分に何故誰も従ってくれないのか。その苛立ちはやがて一種の支配欲へと変わっていた。遂にこいつは自分の思い通りにならない、その最たる原因である俺の封印を解いた」

 

あの日、牛鬼岬の観光名所化という自分の提案が周りに跳ね除けられ、ついに苛立ちが頂点に達した利明は皆が寝静まった頃、一人で禁断の地に足を踏み入れ、牛鬼岩の封印を解いてしまったのだった。

長年、この瞬間(とき)を待ち続けていた牛鬼はすぐさま取り憑き、彼の自我を抑え込み、完全に乗っ取った。そこで彼の心の中でに潜んでいた闇を知った。

当初、愚かな人間にありがちな欲望であることだと決めつけ、深く知ろうともしなかったが、あの男と出会ってさらなる力を身につけた、その時を境に利明の心の闇はより一層濃くなり、牛鬼の好奇心を刺激した。

 

「新しく得た能力をどう試そうか考えていた矢先、こいつの頭の中を覗き込んでひとつ面白い案が浮かんだ」

 

そう言いながら牛鬼はこの2年間における自分の行動を得意げに話し始めた。

 

「まず、そこら辺のかぶき者に牛鬼岩の情報を与え、封印を解かせるように仕向け、そのことを島の奴らに気付かせる。島の奴らはかつての恐怖の再来だと大慌てで迦楼羅に祈る。だが、何にも起こらない。そしてその反動で周りの警戒心が薄れて行く頃を見計らって、俺は島の奴らの脳に俺の妖力を纏った糸を潜り込ませ、この島の行く末に対する不安を助長させた。結果、島の若造はもちろん、老いぼれどももかつての過ちを繰り返さないことよりも、目先の利益に目がくらみ、自滅する道を選んだのさ。実に素晴らしい案だった」

 

最後の方に自信と皮肉をたっぷりと込めながらも牛鬼は話を続けた。

 

「驚いたことにこの宿主、初めこそは狼狽えていたものの周りの奴らを自分の思うように動かせる力を得たと実感するや否や俺の力をより一層求めるようになった。この力があれば何でも自分の思うように動かせる、何だって自分の意のままになる、ってな。こいつは無力な自分を変えてくれた俺に感謝している。」

「そんなのっ‥‥!」

「俺が嘘を言っているだけ、そう言いたいんだろ。だが事実だ。なんなら直接本人に聞いてみるか?」

 

そう言った直後、紅一色に光っていた牛鬼の目から光が消え、黒い瞳が浮かび上がってきた。

 

「……ああ、そうさ!俺は…感謝しているんだよ……。」

 

その声は間違いなく利明のものだった。だが彼の目は先程のように怯えているものではなく、その目を見た者を戦慄させるほどのするほどの狂喜に満ちていた。

 

「今俺は凄くいい気分だ!力が湧き上がる‼︎今まで思い通りにならなかった事も今ならなんでも出来る!!」

「あんた…自分が今何を言っているのかわかっているの?あなたの故郷も家族もそいつに滅茶苦茶にされているのに…!」

「構うものか!俺を認めず、軽んじた罰だ!!この力さえあれば俺は理想郷だって築ける。もう無力感に苛まれることはないんだよ!」

 

完全に心酔しきっている。狂った様に笑う利明の目に正気の色が浮かんでいない。

だが猫娘は目の前の青年が本心でこんなことを言っているのだと信じたくはなかった。

以前ねずみ男を乗っ取った時も彼自身の声で鬼太郎を欺いたことがあった。今までの利明の言葉は全て牛鬼がなりすましているだけだと。

しかしそんな彼女の願いは否定された。利明の右肩がもぞもぞと蠢いたかと思うと牛のツノが生えた蜘蛛の顔が、にゅっと生えてきたのだ。

 

「この利明とは鬼太郎への復讐という目的を持っていたという点で共通していた。蜘蛛島に目をつける前にもこいつは他のある地で開発に着手し、一儲けしようと狙っていた。だが、その地に住んでいる人々は自分たちの地を、守り神の地を守る為だと開発にしぶとく反対し続けた。細工を施して開発を推し進めるも、依頼を受け、その地の守り神である妖怪と手を組んだ鬼太郎の介入によって、結局計画は頓挫した。」

「あの一件で味わった屈辱は今でも忘れられない……!あの土地だってな!既に高い買い手がいて、もっと有効に利用してくれる筈だった。なのにあの住人(連中)は公共の福祉っていうものをちっとも理解せず、妖怪がどうとか言って頑なに俺らの誠意を拒み続けやがった‼︎そんな奴らに鬼太郎が肩を持った所為で…職場での俺の面子は丸潰れだ‼︎だが‥あの時の俺は妖怪という得体の知れない存在に対して無力……ただ翻弄されるだけだった。」

 

利明は心底悔しそうに顔を歪め、一瞬目を下に向けた。

 

「…だが今は違う‼︎与えられたこの力で鬼太郎に俺たちの怒りを思い知らせてやるんだ!はははっ!ハハハハハッッ‼︎‼︎」

 

利明は掌を目に当てながら狂ったように笑い続けた。

猫娘は怒りを通り越して言葉さえ失ってしまった。

逆恨みも甚だしい。鬼太郎の計らいがあったからこそ妖怪を怒らせるような事をしても無事でいられたというのに。それこそこんな人間が関わっていた事を初めから鬼太郎が知っていたら彼自身本当にどうなっていたかわからない。

憤りを隠せない猫娘を静かに見下ろしながら牛鬼と利明は冷笑した。

 

「これで分かっただろ。俺と利明は互いの意思でこの体を共有しているのさ。」

「ハァ……最高だ…!本当に病みつきになるよ、この力は!!まずはゲゲゲの鬼太郎にたっぷりとお礼をしましょうよ!!」

 

牛鬼と利明が互いに会話しているのを見て今の言葉が彼の本心なのだと思わざるを得なかった。

猫娘は牛鬼の非情な行為、そして利明が自分と苦楽を共にしてきた人々が苦しもうと、故郷を滅茶苦茶にされようともその張本人である牛鬼の力を求め続けているという事実に背筋が凍る思いがした。

そして猫娘はとんでもないことにも気付いてハッ、とした。

 

「ほう、ようやく気付いたみたいだな。言っただろ、全て計画通りだとな。」

 

いつのまにか肩から牛鬼が居なくなり、再び体の主導権を取られた利明は人差し指を立てた。

そうするや否や糸が再び成長を始め、猫娘の体を包みこんでいく 。

 

「そろそろ終局だな。あばよ、猫娘。ゲゲゲの鬼太郎の弱点………」

牛鬼はボソリとそう呟くと勝ち誇った笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らす。

猫娘は最後の言葉にガン!と頭を強く殴られたかのような気分を感じた。やはり敵から見ても自分は鬼太郎の足手まといでしかない、自分が鬼太郎にしてあげられることは何もない。

彼女は無力感に苛まれながら糸に包まれていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山の山頂では今、天狗ポリスの面々や一反木綿、カラス達が島の人々や街の人々を蜘蛛島に送る準備をしていた。

その間、呼子や小豆洗い、アマビエやろくろ首、そしてそのろくろ首の夫である鷲尾誠が避難民を楽しませたり、励ましたりしていた。

鷲尾誠は数十年前にたまたま大学の購買で人間になりすまして働いていたろくろ首と恋に落ちた。人間と妖怪という異なる種族での関係であることもあってかこれまで様々な試練があった。ある時は人間と結ばれるのをよく思わない妖怪から命を狙われ、ある時は妖怪を恐れる人間から仲を引き裂かれそうになったこともあった。

だが、そうした困難を彼女とその仲間たちと共に乗り越え、無事二人は結ばれた。

今の自分たちの幸せを掴むのに協力してくれた鬼太郎達には大変恩を感じており、何か自分にできることをして少しでも力になりたいあげたいと思っており、今回危険を承知でこの場に赴いたのもそのためだった。

避難してきた人達も牛鬼を再び封印する為に迦楼羅様に祈りに蜘蛛島に向かう方へと気持ちを固めた頃、鷲尾はろくろ首や呼子、アマビエやかわうそと供に恐怖に怯える子供達やお年寄りの側に寄り添い、たとえほんの少しでも彼らの気持ちをほぐしてあげようとしていた。

その結果最初は泣きじゃくっていたり、失意に満ちた表情を浮かべていた人々も少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

「ろく子さん!」

 

長時間あちこち動いて周り、疲れが溜まったのか、切り株に座って休んでいたろくろ首の隣に鷲尾は飲み物を手に座った。

 

「誠さん……本当にありがとう。せっかくの休みの日なのに、手伝ってくれて……。」

「いいんですよ。僕も少しでもろく子さんや鬼太郎さんたちの力になりたいですし。」

 

鷲尾は飲み物を渡しながら笑顔で返した。

これからが今回の事件解決の肝となる。そう思いながらもつかの間のひと時をくつろいでいる時、二人に駆け寄ってくる者達がいた。

 

「「「「「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」」」」」

 

それは5、6歳くらいの子供達だった。

先程まで牛鬼達の襲撃により、皆恐怖のあまり泣きじゃくっていたのだが、皆の尽力によって今は少しずつ持ち直してきており、特に鷲尾とろくろ首の二人にすっかり懐いてしまっている。

 

「「「「「あーそーぼ‼︎」」」」」

 

笑顔で鷲尾とろくろ首の手を引こうとする子供達を見て、二人はその微笑ましさに自然に笑みがこぼれた。

そのせいか彼らにつられて先ほどまでの疲れがスッと消え、思わず立ち上がってしまった。

「「「すみません、家の子が……」」」

 

子供達が集まっているのに気づいたのか、親たちも駆け寄ってきた。

そしてそれぞれが我が子に「今お兄さんとお姉さんはは疲れているんだから…」と咎めた。

 

「あっ、大丈夫ですよ。今度は何をして遊ぶ?」

 

鷲尾は親達に一声かけた後、目の位置を子供達に合わせて何をして遊ぼうか尋ねた。

遊んでくれる事に大いに喜んだ子供達は事前に決めていたのか、互いに顔を見合わせた後、「せーのっ」と言いながらこういった。

 

「「「「「だるまさんがころんだ‼︎」」」」」

 

そう言うと近くの木を指差しながらそちらに向かって駆け出した。

鷲尾とろくろ首も後に続いた。

それからろくろ首が鬼となり、だるまさんがころんだが始まった。

その後鷲尾が意外にも最初に捕まり、後ろに向けたろくろ首の手を繋ぎながら、ゆっくりと近付いてくる子供達を見た。

本当に子供達は楽しそうに笑っていた。

ろくろ首が言い終わって振り向くまでの間、ある子は恐る恐る足を忍ばせ、ある人は一気に近づこうとしたり。

鬼に捕まらないか否かのスリルを楽しみ、楽しそうにクスクスと笑う子供達の姿はとても微笑ましいもののはずだった。

だが遊んでいるうちに鷲尾は何故が、そこはかとない違和感を抱いた。

確かに子供達は笑顔を取り戻しつつあったものの、こんなにも明るく振る舞えるほどではなかったはずだ。

特にこのくらいの子供が住んでいる家を壊され、得体の知れない怪物に今も狙われている、現に大人ですら最初は状況を飲み込めず、パニック寸前に陥るほどだったこの状況下でいくら周りの大人たちが落ち着かせたり、励ましたところでそう易々と恐怖を払拭することなんてできやしない。

だが今目の前にいる子供達は今までの事などすっかりと忘れてしまったかのように無邪気に振舞っている。

そんな中ろくろ首が再度、言い終わると同時に振り向いたときだった。

先ほどまでニコニコ笑いながら近付いていた子供達が皆立ち止まりながら少し目を伏せ始めたのだ。

 

「…?皆、どうしたんの?」

 

ろくろ首が不思議に思いながら訪ねた。

「ううん、大丈夫だよ。」

「それよりも早く早くー」

「ふふっ、ふふふっ……」

「ひひっ、あひひひひっ……」

 

子供達は皆俯いたまま、互いに少し顔を向けながらそう返した。

楽しさのあまり、こみ上げてくる笑いを噛み殺しているのだと判断したろくろ首は違和感を覚えながらも再び木の幹に顔を向け、「だーるーまーさんーがー」と言い始めた正に次の瞬間だった。

突然子供達が目にも止まらない速さで2人に近づき、獣のように唸りながら一斉に飛びかかってきたのである。

その表情を見て鷲尾はゾッと身の毛がよだつ思いがした。

先程までの無邪気な、子供らしい笑顔は影も形もなくなっていた。

目は赤く、爛々と輝き、ナイフのような鋭い爪や歯をギラリと光らせながらこちらに向かってくるその姿は正に獲物を追う野犬のようだった。

 

「危ない!ろくこさん‼︎」

 

咄嗟に鷲尾は覆い被さるように彼女の前に立ち、襲い来る脅威から身を呈して庇った。

「ぐあああっ‼︎」

 

瞬間、鷲尾の肩や脇腹に熱い焼きごてで抉られたような激しい激痛が走り、その直後、何かが体の中に送り込まれていくのを感じた。

 

「ま・誠…さん……?」

 

ろくろ首はあまりに突然な事で一瞬理解が追いつかないが目の前で倒れそうになった鷲尾を無我夢中で支え、安否を確認する。

鷲尾が受けた傷は深く、すぐにでも治療をしなければ命はないほどの大けがのはずだった。

だが不思議なことに傷口がなぜか自然にふさがり、鷲尾もすぐに意識を正常に戻し、大事には至らなかった。

ろくろ首は一瞬何が起こったがわからなかったがだがとりあえず危篤状態には至らないとわかり、一旦安堵のため息をついた。

だがホッとしたのもつかの間、鷲尾は不意に何かに怯えるような表情をしたかと思いきや脂汗を流し、震え始めた。

「誠さん!…しっかりして!誠さん‼︎‼︎」

 

ろくろ首は何度も必死に声をかけるも鷲尾はろくろ首をはねのけると頭を抱えてガタガタと身震いし、多量の汗を流しながら苦しそうに唸り始めた。

皆を呼ばねば、そう判断したろくろ首は急いで皆を呼びに行こうとしたが……‥

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ、お姉ちゃん。もっとイッショにいようよー!」

 

「おにいちゃんもお姉ちゃんもぼくたちとイッショ……」

「ナカマガフエタネ……」

 

「みーんないっしょ!みーんなでおそろい……」

 

「うれしいな〜」

 

「うれしいよ」

 

「もっともっと、うちの子たちとタノシンデイッテください…」

 

「ドウカお願いします…」

 

「アハッ」

「きゃはははははは」

 

 

 

 

 

先ほど襲いかかった子供達、そして彼らの両親が乾いた笑いをしながら、うずくまる鷲尾とろくろ首をぐるりと囲み、赤く光る目を光らせながらゆっくりと近寄って来た。

そしていつの間にか鷲尾は繭に包まれており、その中で絶叫をあげ続けていた。

 

「だっ…だれかー!誰かたすけっ………、きゃっ‼︎!」

 

ろくろ首は必死に声をあげ、助けを求めようとしたものの、言い終わる前に瞬く間に口を押さえられ、組み伏せられてしまった………‥…。

 

 

 

一方山のふもとで牛鬼軍団と戦っている妖怪たちも今絶体絶命の状態に追い込まれていた。

既に天狗ポリスや雪女などの何名かが牛鬼の糸に捕らえられ、繭玉にされており、そこから次々と新たな牛鬼が生まれる。

繭玉を氷漬けしようにも中にいる人間が冷気に耐えられるはずもなく、それ以前に牛鬼がそれを数の差を利用して妨害して来るのでどうしても復活を許してしまう。

それだけで無く、先程から牛鬼一匹あたりの妖力が更に高まっており、単純な実力においても差を詰めてきていた。

迂闊に倒すわけにもいかず、尚且つ、より強力となった牛鬼軍団の前に鬼太郎ファミリーの面々は再び徐々に追い詰められていったのであった。

 

「砂かけ殿。このままでは我々が先に力尽きてしまいます。」

「やはり、牛鬼の本体を叩くしか……」

 

黒鴉と砂かけ婆が背中合わせにそう話している最中だった。

不意に四方から何者かが一斉に飛びかかり、何とか躱した二人に今度は水流が襲いかかった。

流石にこれは躱しきれず、二人は後方に吹っ飛ばされた。

素早く立ち上がって攻撃してきた方を向いて砂かけ婆は驚きを隠せなかった。

 

「お前たち…まさか……!」

 

攻撃してきたのは自分が経営する妖怪アパートの住人であるかわうそやアマビエ、ろくろ首や呼子、そしてその後ろに避難していたはずの人々だった。

だが彼らの目は赤く爛々と光っており、背中から八本の蜘蛛の足が生えている。

そして彼ら自身の体から糸が生え、包み込んで行ったかと思うとあっという間に繭玉と化していった。

 

「何ということだ!牛鬼の魔の手がもうここまでのびていたとは……」

 

上空で黒鴉は愕然と呟き、辺りを見渡した。

戦局はまさに劣勢といったところだった。

ぬりかべや赤舌は互いに背中合わせで隙をなくし、自慢の怪力で牛鬼たちを押し返してはいるものの、とめどなく押し寄せる牛鬼軍団の前にだいぶ疲弊している。

雪女や夜道怪、子泣き爺や一反木綿達もそれぞれが自身の能力を存分に生かして奮戦してはいるもののこのままでは力尽きてしまうのが先だろう。

 

(鬼太郎殿、まだですか……。このままでは…。)

 

一瞬皆が避難している筈の山の方を向き、そう心の中で呟いた。

その一瞬が命取りとなった。

急に寒気がしたかと思いきや羽が重くなりあっという間に落下していき、牛鬼の糸に捕らえられてしまった。

いつのまにか背後に回っていた牛鬼の何体かが一斉に冷凍光線を吐き、黒鴉や天狗ポリスのメンバーの羽を凍らせたのだった。

 

(しまった‼︎私としたことが……!!)

 

黒鴉は一瞬とはいえ隙を見せてしまった事を後悔したがもう後の祭り。

拘束した糸が独りでに蠢き、黒鴉達をゆっくりと包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わって山の中腹辺り、鬼太郎は仮面の者と尚も戦いを繰り広げていた。

 

「リモコン下駄‼︎」

 

鬼太郎が下駄を飛ばすも相手も拳から妖力を放ち、相殺される。

そしてそのまま一気に距離を詰め、妖力を纏った拳を振り上げた。

 

「はああああああっっ!」

戻ってきたリモコン下駄を右手に持つとこちらも妖力を込めた下駄パンチを繰り出し再び互いの力が拮抗し始める。

 

「ッ??」

 

…と思いきや不意に仮面の者が前のめりになってバランスを崩し、その隙をついた鬼太郎は力一杯下駄パンチで吹っ飛ばした。

そして仮面の者と入れ替わるように下駄が左足へと戻っていった。

鬼太郎は相手の戦法が攻撃の際に生じる隙をついて来ることを主流にしていることに気づき、リモコン下駄の利点を生かした挟み撃ち戦法に持ち込んだのだった。

攻撃は見事成功したのか、仮面の者はまだ立ち上がってくるもののかなりよろめいており、戦局はこちらに有利といった所である。

鬼太郎は素早く霊毛ちゃんちゃんこを手に構えると追撃の姿勢を取った。

だがそんな時、不意に横から巨大な爪が振り下ろされた。

鬼太郎は反応が遅れて躱せたものの一瞬倒れ込んでしまった。

 

「な・何と………」

「………!そんな……」

 

目玉おやじと鬼太郎が体制を整えて見上げ、すぐに驚愕の表情を浮かべる。

鬼太郎を襲った一匹の牛鬼。その牛鬼の額にある顔は猫娘のものだったからだ。

 

「久しぶりだな鬼太郎。そいつはつい先程俺の軍隊に加わった新兵だ。」

 

動揺する鬼太郎に聞き覚えのある声がかかる。

声のする方を向くと森の中から利明が姿を現した。

頭には牛の角が生え、背中からは八本の巨大な蜘蛛の足が生えている。

 

「牛鬼……!!」

 

鬼太郎が静かながらに怒気を込めた声で彼女をこんな風にした元凶を睨む。

 

「猫娘を…皆を元に戻せぇぇぇーーー‼︎‼︎」

 

鬼太郎は怒りのままにリモコン下駄を放つが……

 

「なっ……」

 

放った下駄を鬼太郎は突如引き返させた。

下駄が牛鬼本体に当たる直前に牛鬼と化した猫娘が割って入って行った。

姿を変えられているとはいえ、大切な仲間を傷つける事は出来ない。

鬼太郎は牛鬼の卑劣さにさらに怒りが燃え上がる。

 

「フハハハハッ、相変わらず甘い!甘すぎる‼︎そんなにもこいつが大切だったかぁ?」

 

牛鬼は大口を開けて笑いながらそのまま指先から糸の弾丸を放つ。

だが鬼太郎は毛針を使って相殺し、そして髪の毛を一本抜き取り、それを剣に変えて身構える。が今度は背中から強い衝撃が走った。

「がっ………」

 

まともにくらった鬼太郎はそのまま牛鬼と化した猫娘の所まで吹っ飛ばされ、そこから更に巨大な爪による攻撃によって鬼太郎はついに地面に伏した。

呻きながら後ろの方を見ると体制を立て直したのか、仮面の者がボクシングスタイルを取りながらこちらを見据えていた。

 

「ハハハッ、かのゲゲゲの鬼太郎がこうも無様な姿を晒すとはなぁ」

「今日が…鬼太郎の…命日だ……!」

 

利明本人の声と牛鬼の声がそんな話をしながら仮面の者と牛鬼とかした猫娘とともに鬼太郎を三方からゆっくりと近づく。

鬼太郎は自分の体に鞭を打つように立ち上がり、髪の剣を構える。

そんな鬼太郎を牛鬼は更に憐れみと蔑みに満ちた表情を浮かべる。

 

「ほう、まだ立つというのか……。だが…!その体で何が出来る⁉︎貴様の仲間とやらが俺の軍門に下るのも時間の問題!貴様はここで!俺に屈服し!!大切な者達を己自身の手で今度こそ壊していくのさァ!!!」

 

そう言い終わるのを合図に仮面の者が両手に集めた妖気を投げつけ、牛鬼の兵が糸で鬼太郎を拘束し、牛鬼が巨大な爪を振り下ろした。




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