先生の薦めで駒王町に引っ越してきた次の日。俺とタマモキャットは駒王町にあるホテルの一室で目を覚ました。
「もう朝か……」
「起きたかご主人。中々良い日の出であるぞ。う~ん、グッモーニン」
ベッドの上で目を覚ますと、俺の横で犬か猫のように丸まっていたタマモキャットが挨拶をしてくれた。
それにしても昨日は疲れたな……。
町に着いたと思ったら堕天使が一般人を殺そうとしている場面に出くわして、それを助けたらこの町を治めている悪魔に事情聴取をされて助けた一般人が伝説の神滅具の所有者で、ようやく帰れるかと思ったらまた堕天使が襲い掛かってきてそれに勝ったかと思えば悪魔に目をつけられて……。本当に昨日は濃い一日だった。
「それよりご主人。朝食の準備ができているゾ」
俺が昨日の事を思い出してため息を吐いているとタマモキャットがテーブルを指差す。テーブルにはホテルのモーニングではない明らかに手作りの、タマモキャットが作ってくれた朝食が置かれていた。
タマモキャットって炊事洗濯掃除と家事全て一流なんだよな。タマモキャットの正体を知っている俺としては、何故彼女が一流のケモミミメイドになったのか疑問に尽きない。
「ありがとう、キャット。さっそくいただくよ」
「うむうむ。朝の食事は一日の始まり。しっかり食べて今日の用事に備えるが良い」
タマモキャットに礼を言ってから俺は朝食を食べながら今日の予定を確認する。
今日の予定は今度転校する駒王学園への転入手続きとこの町で暮らす物件の書類手続き、それとリアスさんと同じくこの辺りを縄張りとしている悪魔への挨拶だ。
☆
駒王学園への転入手続きと物件の書類手続きは、実家と先生の方でほとんどやってくれているから俺がやることはほとんどない。
だから俺が今日やるのは悪魔への挨拶で、何処にいるかと思えばリアスさんと同じく駒王学園を拠点にしているらしい。なんでもリアスさんがオカルト研究部の部長をしているのに対して、その悪魔は生徒会の生徒会長を務めて一般の生徒に溶け込んでいるそうだ。
挨拶をする相手が自分の転入する高校の生徒会長だと知った俺は、駒王学園の職員室で転入手続きを済ませると早速生徒会室に向かおうと思ったのだが……職員室を出るとものの数分で完全に迷ってしまった。
この学園、結構広い上に案内板とかないんだよな……。
「どうしようか……? どこを行けばいいかさっぱり分からない」
(ふむん……。出口にならキャットの帰巣本能センサーでナビできるのだが、行ったこともない場所は流石に無理なのである)
俺が周囲を見渡しながら呟くと、霊体化してついてきたタマモキャットも分からないと言ってくる。
「おい、お前。そこで何をしているんだ?」
俺とタマモキャットが途方にくれていると駒王学園の制服を着た金髪の男子生徒が話しかけてきた。
「今日は日曜だぞ……ていうか、お前ウチの生徒か? ウチの制服を着ていないけど?」
「ああ、俺は今度この学校に転入する予定で、まだここの制服をもらっていないんだ」
俺が答えると金髪の男子生徒は納得したように頷いた。
「お前、転入生か。じゃあここに来たのは転入手続きか? だったら職員室は向こうだぜ」
金髪の男子生徒は職員室の方向を指差して教えてくれるが、俺はそれに首を横に振って返事をする。
「いや、転入手続きはもう済ませたんだ。実はここの生徒会長に用があって生徒会室を探していたんだけど道に迷ってしまって……」
「……会長に、用?」
生徒会長に用があると言った途端、金髪の男子生徒の目が鋭くなり、俺を睨むように見てくる。
あ、あれ? 俺、何か変な事言ったか? 何で彼、俺を敵を見るような目で見てくるの?
「会長に何の用だよ?」
「何の用って、単なる挨拶だよ。俺の恩師とここの会長がちょっとした知り合いらしいからね。ここに転入するからには挨拶しないといけないんだ」
嘘は言っていない。先生はここを治める悪魔と話を通したと言っていたから、交渉をしたという事で一応は知り合いに入るだろう。
俺が要件を口にすると金髪の男子生徒は一応納得した表情となって歩き出す。
「こっちだ。案内してやるよ」
「本当か? 助かるよ」
俺が金髪の男子生徒について行きながら言うと、金髪の男子生徒は生徒会室に向かって歩いたまま振り返ることなく答える。
「礼はいい。会長の客を無視する訳にはいかないからな。俺は匙元士郎。この学校の二年で生徒会の書記をやっている」
へぇ、俺と同い年で生徒会の書記か。
「俺は影木操人。転入したら同じ二年生になる。同じクラスになったらよろしくな」
「ああ、分かったよ」
☆
「初めまして。俺は影木操人。今度この駒王学園に転入する事になったので挨拶に来ました」
金髪の男子生徒、匙に案内された俺は、この学園の生徒会長の悪魔に挨拶をしていた。相手は眼鏡をかけた歳上の女学生で、リアスさんと同じように何も知らなかったら人間にしか見えなかった。
「はい、初めまして。私はこの学園の生徒会長を務めている三年の支取蒼那と言います。影木操人さん、私は貴方を歓迎します。この学園の一生徒として……そして悪魔としてもね」
「っ!? ちょっ! 会長!? それを言っていいんですか!?」
支取会長の言葉に匙が驚いた顔になって声を上げる。
支取会長が自分が悪魔だと言ってこの態度を見せるって事は匙……いや、ここにいる生徒会のメンバー全員が彼女と同じ悪魔ってことか。
「いいんですよ、匙。影木君はただの転入生ではなく魔術師です。私達悪魔の事も知っています」
匙に支取会長が声を落ち着かせるように声をかける。
「前に言ったでしょう? 近いうちに神霊聖杯戦争の優勝者である魔術師がやって来るって。彼がそうです」
『………!?』
支取会長の言葉に匙だけでなく、この生徒会室にいる生徒会メンバーのほとんどが驚いた顔になって俺を見てくる。
「し、神霊聖杯戦争の優勝者!? コイツが?」
「あいや待たれい! ご主人の侮辱はこのキャットが許さぬぞ!」
匙が驚いた顔をする生徒会メンバーを代表して俺を指差して言うと、そこにタマモキャットが現れる。
「うわっ!? な、何だアンタ!?」
「むっふっふ~♩ キャットこそはご主人が神霊聖杯戦争の時に召喚せし『狂戦士』の英霊。あらゆる敵よりご主人を守る守護獣である♩」
突然現れたタマモキャットに匙が驚き、そんな彼に胸を張って名乗りを上げるタマモキャットを支取会長が興味深そうに見る。
「なるほど。彼女が聖杯戦争で召喚される英霊、サーヴァントの一体『バーサーカー』ですか。……そう言えば影木君? 一つ聞きたい事があったのですがいいですか?」
「はい。何ですか?」
「影木君。貴方は神霊聖杯戦争の時に何故『根源の渦』に向かわなかったのですか?」
「………っ!?」
支取会長の質問に俺は自分の体が固くなったのを感じた。
まさかここでこの質問がくるとは思わなかったな……。
「根源の渦?」
「時間軸の外側に存在して世界の過去、現在、未来の可能性と出来事が全て記録されている場所だ。アカシックレコードとも言われていて、俺達魔術師はその根源の渦に到達する事を悲願としている。聖杯戦争も元々は根源の渦へと到達する為に開発された魔術儀式なんだ」
根源の渦を知らず首を傾げる匙に俺が説明すると支取会長が頷く。
「神霊聖杯戦争。召喚されたサーヴァントは全員、何らかの形で神に関係する強力な英霊で、開始から僅か八時間という亜種聖杯戦争でも最短の時間で終結した全ての意味でも異例の聖杯戦争。
その最中で聖杯は起動して根源の渦があるという世界の外側に通じる『穴』が開き、貴方は最後の勝利者としてその聖杯に触れました。しかし貴方は根源の渦へと到達せず、聖杯の力をそこのキャットさんを自分専用の使い魔にする事に使いました。
……それは一体何故か聞いてもいいですか?」
神霊聖杯戦争の説明をしてからもう一度同じ質問をしてくる支取会長。
参ったな。まさかここまで神霊聖杯戦争について調べているとは思わなかったな。聖杯戦争は確かに現在最も有名で強力な魔術儀式であるが「所詮は人間のやる事」と軽視する悪魔が多いっていうのに……。
「何故、ですか……。それは『あそこ』が根源の渦ではなかったからですよ」
「根源の渦ではなかった?」
支取会長の声に頷いてから俺はあの時の事を、聖杯の力で世界の外側に通じる「穴」が開いた時の事を思い出す。
「支取会長の言う通り神霊聖杯戦争の最中、聖杯はキャスターのマスターの手によって強引に起動されました。……しかしその穴の先にあったのは根源の渦ではなくもっと別のナニカだった。俺はあの時、穴の中からこちらを見てくる何か大きい存在の視線を感じて、その声を聞きました」
そう、あの時世界の外側に通じる穴の奥にいたのは、見たことも聞いたこともない名状し難きナニカ。あれは決して根源の渦なんかじゃない。あってはならない。
「あの時聞いた声は今でも思い出せる。ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅる……」
「ご主人!」
神霊聖杯戦争の時にあの名状し難きナニカから聞いた言葉を思わず呟きかけた俺をタマモキャットが止めてくれた。気づけば俺は大量の汗を流していて息も荒くなっており、支取会長や匙を初めとする生徒会メンバーの全員が驚いた目で俺を見ていた。
「キャット……?」
「大丈夫だ、ご主人。もうあの戦いは終わったのだ。あの穴は閉じ、あのゲテモノはここにはいない。安心するがよい」
「あ、ああ……。ありがとう、キャット。もう大丈夫だ。……支取会長、すみません。みっともないところをみせてしまって」
「い、いえ。こちらこそすみませんでした。何か辛いことを思い出させてしまったようですね」
俺がタマモキャットに礼を言ってから支取会長に謝ると、目を丸くしていた支取会長はそう言うと話題を変えるようと話しかけてきた。
「そ、それで影木君。もう一つ貴方に聞きたいことがあるんですけどいいでしょうか?」
「はい。いいですよ」
あの時の出来事の話題でなければどんな話でも大歓迎だ。
そう思って俺が頷くと、支取会長は口元に笑みを浮かべたのだが……あれ? 俺、この笑み、どこかで見たことあるぞ?
そう、あれはまるで昨日リアスさんが俺に見せたような獲物を見定めた肉食獣のような笑み……!
「ありがとう、影木君。それでは単刀直入に聞きます。影木操人君、貴方、私の『眷族』になる気はないかしら?」