好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
投稿意欲と執筆意欲があるなら執筆を優先したい。
あと県大予選終了までは頑張りたい
インターハイ予選まで残り二週間と少しまで差し掛かり、綾乃も三日坊主を脱却し、部活生としての第一歩を踏み出していた。この季節はまだ湿度も気温も高くなく、締め切った体育館の中で行うバドミントンも比較的快適な方だ。
もっともその練習内容は、選手以上に気合に満ちた健太郎によって過酷なものとなっていた。
彼が入ってから八人もの生徒が辞めた練習は中々ハードだが、質の高い練習であり、入部すぐは練習内容に期待できないと読んでいた
先程団体戦に向けたミーティングを終えたバドミントン部一同はウェアに着替え終えると、ストレッチと準備運動を終えて、二人一組の半コートを使用した軽いアップに入る。
バドミントンでの練習内容や順番はその高校やチームそれぞれ異なるが、この北小町では、健太郎が一人、ないし二人相手にノックをしている間に、他のメンバーがフットワーク、個人練習、試合練習のどれかをするのが基本パターンで、今はその準備段階。
まだ体力に余裕のある彼・彼女らの表情にはゆとりがあるが、いつもこの三十分後には息を乱している。
その中で1コート丸々利用して練習しているのが、新入部員である弦羽早と綾乃のペアだった。勿論先輩たちの許可は貰っている。
因みに練習のペアは女子はなぎさと理子、悠と空。男子は学と行輝が、それまで通りにペアを組んでいる。
二人の練習しているのは、地面と平行するように打つ速い球、通称ドライブの練習だが、弦羽早が力の強いドライブを打ち続け、それに対して綾乃が慣れるのが練習の目的だった。
トントントントン
タッチの速い綾乃が行うことによってシャトルの鳴る感覚も他のコートよりもワンテンポ以上も速いもので、弦羽早としてもこの返球スピードを重いドライブで打ち続けるのはかなり練習になっている。
バック、バック、その後にもっとも苦手とする人が多いフォア寄りの正面。しかしそれも面を立てることですぐに対応し、返球速度が変わる事はない。
勿論弦羽早も、この程度の配球とコースで綾乃の練習になるとは微塵も思っていない。コート中央やや手前にいた弦羽早は、そこから少しでも甘いドライブがあれば前に詰めていく。
二人の距離が縮まったことにより、更にシャトル音の感覚が狭まる。
綾乃のドライブに付き合っている弦羽早だが、男子という点でリストが強いからこそ何とかドライブで返せているが、もしそのハンディが無ければタッチするだけで精いっぱいだ。
一歩ずつ狭まり、押し返す力に限界がある綾乃のドライブも徐々に弱まっていく。そしてゆったりとしたレシーブが弦羽早の元へと行ってしまい、ネット前まで詰めていた彼はそれをボディへとプッシュする。
が、ここまでがこの練習の前座だった。綾乃は足を付けながらも腰を引く様にして体の前に無理やり空間をつくると、体へと押し寄せてくるシャトルとの間にラケットを割り込ませ、クロスへとドライブを返した。
あそこまで追い込まれて置きながらのクロスのドライブはかなりの技術を要するものでコースは完ぺきだったが、やや威力に難ありだった。ドライブというには弱いそれは、ネット前にいた弦羽早が横に飛んでも充分に届くもので、再度プッシュを打たれて綾乃のコートへと落ちた。
「重いよぉ。あそこまえ詰められたら前でいっか」
「だね。俺が詰め出したらいつでもクロスに打っていいから」
「ん~…」
「なんでちょっと不機嫌そうなの?」
「別に…、もう一回」
綾乃とこうやって練習するのは三年ぶりになるが、時々弦羽早の言葉に綾乃は妙に不機嫌そうに返す。弦羽早もいろんな相手と練習してきたので、そういった反応がこれまで全くなかった訳ではないが、基本その手の輩は練習に不真面目なパターンがほとんどで、弦羽早も余り相手にはしていない。
しかしその相手が綾乃となると色々考えては見るものの、正直心当たりはないし、すぐに口元を上げてシャトルを打ち始めるので益々分からない。
今二人がやっている練習は、綾乃が男子のドライブに慣れるというもの。パワーの無い綾乃は、一定以上のレベルの男子相手とドライブ勝負になった時、間違いなく押されてネット前に詰められる。
試合の緊張状態の中で、綾乃の返球スピードに対してドライブで打ち続けるのは並みではないが、上に行けば行くほどその状況は起こりやすくなる。
特にミックスはインターハイへの出場枠が優勝の一枠しかないことから、少しでも男女のゲームスピードの違いを綾乃に覚えさせておきたかった。
勿論弦羽早としても、ここまで打ち込んでも崩せない練習相手などそういない。まるで壁打ちをしているかのように、綾乃は返してくる。この間コニーとのドライブ合戦に負けた弦羽早としても、綾乃という練習相手は、バドミントンの選手として理想であった。
弦羽早が一歩詰めたのを合図に、クロスへのドライブや前へのドロップを打ち分ける。元々クロスへ打てるようになるまでに練習を要するが、その段階を軽くクリアしている綾乃としては、あとはシャトルの重さとタイミング、返球時の力加減を覚えればいいだけであり、その練習成果はここ数日で既に如実に出ている。
パシンとラケットの中央、スイートスポットに当てた綾乃のレシーブは、鋭い軌道で弦羽早の横を通り過ぎ、反対のサイドコートへと落ちた。
「……」
「今のどう?」
「流石、完璧だった。引きつけもよかったから全然分からなかったよ」
ふふんと綾乃が腰に手を当て、そんな彼女に乗せて置くかと弦羽早が拍手を送ったところで、健太郎の掛け声が体育館内に響き、本格的な練習へと移る。
「今日の練習はさっきのミーティングで決めたダブルスに向けてのノックをやる。羽咲、荒垣ペア。海老名、伊勢原妹ペア。伊勢原兄、葉山ペア。羽咲、秦野ペアのローテーションでやる。泉には特別にシングルスのノックだ」
「あ、ありがとうございます」
ダブルスのノック練習でさえキツイというのに、特別メニューの追加に理子の頬がピクピクと引き攣る。
「しかも今日からマネージャーが二人も入ってくれた。球拾いもやってくれるみたいだ。次の休憩まで休みはないからな」
はい!と元気よく返事をする弦羽早と理子に、変わらず返事をしないなぎさと無表情の学。その他のメンバーはうへぇと猫背になっている。
新しく入ってくれたマネージャーというのは、、エレナとのり子だった。綾乃の保護者としてという名目で、ただやはりこれまで見た事の無かった綾乃の一面に惹かれたのだろうと健太郎は思っている。これまで見守っていた友達にあれ程異質な才能を見て、それでも興味を持たないのなら、それはもはや表面上での友達に過ぎない。もっとも、マネージャーまでやってくれるというのは心強い限りだ。
最初のノックメンバー以外の練習はフットワーク。もっともきつく、かつ地味なものだが、体力と素早さを付けるという点では一番メジャーなものだ。
バドミントンは他の競技に比べるとそのコートは狭く、しかしその中を駆けまわるという点で、体力の使い方が他のスポーツとは少し違う。決して、どちらがきついと論争する訳ではないが、仮にそれまでサッカーをやっていた人がある時バドミントンをすれば、最初はサッカーの試合以上に疲れるだろう。その逆も然りだ。
ランダムにフットワークを指示する機械もあるが、そんな機材がある訳も無いので、予め決めたルートを回り全員が終えたら次のフットワークに進む。その為早く終わらせた方が、少しでも休憩できるというシビアなルールだった。
その中でもやはり早いのは弦羽早。ついで学だった。やはり体格という点で、どうしても悠が最後になりがちだったが、彼女は次のフットワークにも全力で取り組む。彼女も十二分にやる気に満ちていた。
次のフットワークで一度休憩に入るまで進んだ頃。ガチャンと、バドミントンプレイヤーにとっては聞きたくない、ラケット同士がぶつかった音が体育館に響き、皆のフットワークが止まる。
どうしたのかとノックチームのコートを見てみると、ノックの練習をしている綾乃となぎさがぶつかって、絶賛言い合いをしていた。そのコートの傍では、のり子が点数を捲っている。
数字は33となっておりバドミントンにおいてはまず見る事の無い数字で、綾乃となぎさの光景を苦笑しながらのり子はまた一枚めくった。
まさかと思ったのは弦羽早だけでなく、フットワークメンバー全員信じられないような目で二人を見やる。
「た…ただのノック練習なのに…」
「いやいや…34回もぶつかってんのは異常じゃない…?」
困惑する健太郎に対し、球拾いをしていたエレナがツッコミを入れる。
「な、何でただ声を掛けて引くと言うだけの連携が取れないんだ…」
人によって性格がプレイに出るのは当たり前だが、ここまでぶつかるダブルスプレイヤー達は、初心者を入れても見た事が無い。しかも片や昨年のインターハイ出場、片やダブルスでコニーを破った、バドミントン歴の長い上級プレイヤーだ。
動揺が隠せないながらも、角度のある球を打つために台の上に乗った健太郎は、ノックを再開する。
各々に対して打つ球には何の問題もない。綾乃は勿論だが、なぎさもどんな球でも全力で取りに行くスタイルで、持久戦に持ち込むのが得意なスタイル。正面の球は苦手なものの、シングルスの半コートであるダブルスのノックは、男子の平均身長以上の高さを持つ彼女にとって難しいものではない。
しかしと、健太郎は最後の一球を中央寄りに打つ。すると二人はまるでお約束のように一緒に手を伸ばし、仲良くぶつかり合った。
「…次、海老名と伊勢原妹ペア」
あまりの酷さに健太郎は頭を抱えながらも次の二人へと移す。本来ならなぎさと綾乃はフットワークの練習に入るが、健太郎に見ている様にと言われてコートの横へと待機する。
二人のノック練習は、勿論健太郎がレベルに合わせて綾乃となぎさよりは弱めの球を打っているとはいえ、当然一度の接触もなく楽々クリアした。
その光景を見ながらも、なぎさは綾乃を軽く睨みつける。
「…あたしに責任があるとは思えないんだけど…」
確かになぎさは中央の球を打つ時に、掛け声は出している。綾乃も出していたが、声が小さすぎて聞こえていない。またなぎさも、綾乃寄りの球も打とうとしていたので、やはりどちらが悪いとも言えない。
しかし綾乃、なぎさがペアで組む場合として、やはり守備に分があるのは綾乃であり、そこが強みでもあることはこの間のミックスダブルスで健太郎は把握している。そして綾乃の弱点は強打が無いことであるが、なぎさならそれを補えることも。
前衛の綾乃、後衛のなぎさという組み合わせは、もし仮に四週間後のダブルスに出た場合でも十分に通用する可能性を秘めている。
だからこそ、なぎさに譲って貰いたいという意識が健太郎にあった。
「(羽咲と秦野のノックを見せるか…? いや、あいつらはしっかり役割決めているし、秦野はパートナーの位置取りをよく見ている。正直参考にするには慣れ過ぎているな。なら…)」
「泉、ちょっと羽咲と組んでみろ。荒垣、泉とやるところ見とけ」
「理子ちゃん!」
そのお姉さんオーラからか、合宿を得てからすっかり綾乃は理子に懐いており、綾乃は嬉しそうに声を上げる。
自分とは全く違う態度の綾乃にムスッとしながらも、なぎさは頷く。
二人のノックは完璧だった。初めて組む即興のペアとは思えない程に安定していた。この間のミックスの試合で綾乃の守備範囲を理解していた理子は、厳しい球や判断に困る球は素直に綾乃に任せ、自分の仕事に専念する。
結果二人は接触する事も、お見合い状態になることもなく、ノック練習を終える。
しかしその結果をなぎさが面白く思う訳がなかった。
元々健太郎に対しては、綾乃が入部するきっかけとなった”お前なら金メダルを取れる”という発言、自分には一度も言った事の無いその言葉に、なぎさは未だに少なからずわだかまりを抱いていた。
そして今の理子のような事を、なぎさがやるべきだという健太郎の発言を機に、元々溜まっていた不満が爆発した。
「つまりアンタのお気に入りの引き立て役になれってことか? 立花さん」
「何言ってるんだ、荒垣?」
「金メダルを取りたいアンタはそのちびっ子を使って夢をかなえたいって訳だ。だったら私はこんなの――」
降りるとは、言えなかった。自分を見つめる中学校からの仲間である理子の不安げな眼差しに、ヒートアップしていた頭が一瞬だけ冷えて、何とか押とどまった。
しかしなぎさのむしゃくしゃは収まらず、体育館を去っていく。理子がその背中を追いかけようとするが、健太郎に止められる。
健太郎の求めている意図が分かっている弦羽早もまた、なぎさを諭そうかと思ったが。
「ゴチャゴチャ言ってるがつまりお前も羽咲贔屓って訳だ」
この一言で片づけられる予感しかしない。ギロリとその勝気な瞳で睨まれるのが容易に想像できた。
実際守備に関しては、弦羽早はプライベートの感情抜きで綾乃を尊敬している。そもそも弦羽早が攻めより守りを主軸に戦うきっかけになったのも、綾乃との練習故だ。
だがどれだけ取り繕っても、この間綾乃がスマホを買い変えた一件から弦羽早は、綾乃最優先、という前科持ちだ。
「(断言できる。絶対話を聞いて貰えない)」
自業自得とはいえ自分の人望の無さに心の中でため息を吐きながら、弦羽早はまた練習を再開した。
それから一度綾乃が少しの間、いなくなったりもしてたが(こっそりなぎさに謝りに行っていた)、以降はトラブルは無く、次に綾乃と弦羽早のノックの順番となった。
フットワークメンバーも休憩に入っていないが足を止め、見学する事に健太郎も口出ししなかった。球出しであるエレナの手元には、それまで数ダース程度だったシャトルが、篭一つ丸々置かれている。
そしてエレナに対してすぐに出す様にと二回ほど繰り返してしつこく注意をする辺り、やはり気の入れ方が違う。
他の部員に対して手を抜いていた訳ではないが、取れない球のノックをしたところで練習にならない。ギリギリ取れる球を出し、その範囲を徐々に広げていくと言うのが理想のノック練習である。
そしてこの綾乃と弦羽早のペアには、おそらく取れない球というのが、それこそ台から叩き落とす様にして床に叩きつけない限り、存在しない。
「いいか。シャトルを打つ時、定期的に”上げろ”か”攻めろ”と俺が言うから、それに合わせてロブかシャトルを落として、フォーメーションを変えろ。何も言わない時はそのフォーメーションを持続する球を打て。攻めの時に甘い球があったり、アウトかネットがあったら、その分体育館半周だ。いいか?」
「はい!」
「えぇ…さっきと違い過ぎるよぉ」
「それくらい緊張感を持てって事だ。もう三週間近くしかない上に、ミックスで二位は許されないからな。行くぞ!”攻めろ”!」
いきなり中央からのドライブ球に対して、更にフォーメーションのチェンジの要求。厳しすぎる初球に部員達から悲鳴が起こるが、すぐさま綾乃がバックハンドで右のサービスコートのサイド寄りにドライブを放ちながら、前に出る。
「(今のを秦野ではなく羽咲が取るか。中央で互いにバックハンドなら、男が取るのが普通だが)」
トップアンドバックになった二人に対し、次はコート右奥にドライブ。健太郎が上げろと言っていないので、上げることは許されないが、弦羽早は特に困った顔をせずに、フォアハンドのストレートで打ち返す。サイドラインギリギリとは言えないが、その角度はネットギリギリ。
ならばと反対の左奥へと緩やかなハーフ球を送る。先程のなぎさや理子とやっていた綾乃なら手を出す球だったが、それを見送り、弦羽早が左へ飛びながらラウンドでスマッシュを放つ。
その直後に着地間近の弦羽早のボディへとドライブ球。それは前衛の綾乃がカバーに入り、ヘアピンで前に落とす。
が、これで二人は片方のサービスラインに集まる形となり、反対が開く。そこを見計らってサイドラインの中間へと、”上げろ”と告げながら少し弱めのドライブを放つ。
それを後衛の弦羽早が上げて素早くサイドバイサイドに戻る。
綾乃へのドライブ、ネット前、そしてロブからの”攻めろ”。綾乃のスマッシュは角度こそないものの、シングルスのサイドラインのライン上へと決まる。
綾乃へいる場所へと数回繰り返してロブを上げる。それを綾乃はそれぞれ中央へのドロップ、クロスへのドロップ、そして中央のアタッククリアへと別ける。最後のアタッククリアは体育館半周かと思ったが、後ろのラインギリギリでかつほぼ中央のライン。これで半周に追加したら、お前がやって見ろと言われる。
そして弦羽早のいる前に二回ほど程送り、綾乃へのドライブを放つ。それを綾乃がストレートのドライブで打ち返すと直後に、綾乃の反対側のリアコートへとカウンター球を想定した速い球を送る。
「なっ!?」
いくらなんでも物理的に無理な配球に皆声を上げるが、しかしそのシャトルはリアコートへ行く前に、下がりながらスマッシュを打った弦羽早によって返された。更にそれに合わせ、素早く綾乃が前、弦羽早が後ろへとローテーションが切り替わった。
「ありがと」
「さっきのカバーのお礼ってことで」
「(凄いな、会話する余裕すらあるのか。もう少しバリエーションを増やしても問題なさそうだ)」
「”上げろ”そこから横維持でドライブ!相手は二人とも右利きだと思え!」
健太郎はそこからドライブやスマッシュを想定した激しい角度の球を打ち続けるが、二人は決してそれぞれのサービスコートの右側には打たなかった。
二人とも右利きと思えというのはつまること、フォアハンドに少しでも甘い球を打てば、それをカウントするという意味であり、二人はその意図をすぐに読み取った。
それから篭の中のシャトルが空になるまでの間、アウトやネットミス、あとはローテーションした直後の甘いミスなどやはりいくつかあったが、それでもノックを終えた二人が走ったのはせいぜい三週程度だった。
走り終えた二人は、綾乃は地面に倒れ込んで、弦羽早も床に座るようにして息を整えていた。
「ハァ…ハァ…き、きつい…」
「こ、ここまでのノックは、ひ、久しぶりです…」
一瞬、流石八人を辞めさせた鬼コーチだと冗談交じりの嫌味が出そうになるがそれを呑み込む。それが健太郎にとって冗談でないことは、この間の合宿の食事の際の彼を見れば子供でも分かる。
「驚いたぞ。合宿の際のコンビネーションは正直マグレかと思っていたが、既にあれ以上だ。スムーズだし中央の球に対する迷いもない。何か決めてるのか?」
「基本的に強い球、ロブは俺が取って、カウンターできそうな弱い球、前の球は羽咲に任せています。俺達は下手にバック側だからとか意識しない方が、相手への奇襲にもなりやすいので」
そう、この二人の守備範囲の広さの理由の一つが、やはり二人とも両利きという異質な組み合わせであること。右利き左利きである以上、お互い中央がバックハンドになるという状況が生まれるが、この二人に置いてはその常識が通用しない。ネット前にいる綾乃に対し、バックハンドにずっと配球を送っていれば、持ち替えてフォアでプッシュを打ち、弦羽早もラウンドに追い込んだと思ったら持ち替えてフォアハンドで打ち込んでくる。
遊びレベルなら”真面目にやれ”と健太郎も怒るが、この二人はどういう訳か実戦レベルでそれが使える。
「(この二人を越えるミックスペアが県内にいるとは思えないが、もしいるとしたら対策の必要がある。松川さんに聞いてみるか)」
この間の合宿の際にメモを貰ったバドミントン記者の女性を思い出しながら、健太郎は一先ず二人に休憩するようにと告げ、次は理子のシングルスノックへと移った。
練習は日が落ちるまで続き、その頃には皆の疲れもピークに達していて片づけを終えるとそうそうに切り上げていく。一番早かったのは綾乃で、エレナを引っ張るようにして帰って行った。のり子は夕方時に用事があるので先に帰っている。
そして着替えの早い男子二人が上がり、そんな彼らに続く様に悠と空。そして最後に理子が更衣室の鍵を閉めてお開きというのがいつもの流れだったが、健太郎は少し残るとの事だったので弦羽早はそれをいいことに、マンツーマンでの練習を行っていた。
ビシュンと空を切る音と共に放たれたのは、健太郎のジャンピングスマッシュ。速さ、角度、コース、ノビ、全てが一級のそのスマッシュは弦羽早の立つサイドコートへと突き刺さる。
膝を怪我した事で選手生命を絶たれた彼だが、日常生活には差し支えなく、膝も一回や二回跳ねただけで痛いほど悪い訳ではない。ただ、選手としてバドミントンをするには致命的な怪我であった。
「凄い。怪我をしていてこのスマッシュ…」
ラケットを伸ばした時には既に横を通り過ぎていたシャトルに、弦羽早は感嘆の声を上げる。ここまでの質の高いスマッシュを見たのは久しぶりだった。
「秦野、あんまり練習し過ぎてバテても知らないぞ」
「日城バドミントン部卒業生舐めないで下さい」
「ったく、練習熱心過ぎる生徒がいるのも困りものだな」
健太郎は嬉しそうに口元を上げると、健太郎は右サービスコートから斜め前に立つ弦羽早へショートサーブを繰り出す。
それを少し甘めの中央へのドライブを放ち、素早くコート中央に戻るが、その直後に左サイドへの激しいドライブ。ネットを越える瞬間まで地面と平行だったその球へ、弦羽早は大きく一歩左足を踏み出して、”フォアハンド”で再びコート中央へと返球。
健太郎がロブを上げると中央へのスマッシュを放ち、ヘアピンで落としてきた球を、再び甘いハーフ球で返す。
この練習は健太郎と実際にラリーをする形式だったが、健太郎のいる中央へ返すというのが目標だった。使用するコートは内側線、つまりシングルスである為、中央に返す練習というのはそこまでタメにならないように思われるかもしれないが、どんな球でも中央に返すというのはコントロールが必要となり、何よりフットワークの練習としてはここまでいいものはない。
健太郎に負担が少ない分、弦羽早が粘るまでは練習は続くのだ。
上がって来たシャトルに対し、健太郎は強打と見せかけて前へとドロップ球を落とす。
「ぐっ…」
慌てて前に飛び出した弦羽早だが、シャトルはラケットに触れてヘアピンで返せたものの、真ん中に返すという練習はそこで終わりとなった。ラリーの回数は47回。弦羽早はコート隅から隅までは走らされながらも24回返球を続けた。もし本物ラリーであったら観客が沸き上がる程の熱いラリーだ。
「ハァ…ハァ…」
「なるほどな。お前がシングルスが苦手な理由が少し分かった。フットワークは綺麗なものだし、安定感に関してはズバ抜けている。教科書に乗せたいくらいにブレない。だがフットワークの出そのものがそこまで速くない」
「い、今の一回で、そ、そこまで分かりますか」
膝に手を置いて息を整えながら、首を上げて健太郎を見上げる。
「と言っても並みの選手よりかは速い。だが全国のシングルでとなると、上に上がる程通用しなくなるだろうな。あとはあれだ、少し素直過ぎる。ラケットの面にしても、コースにしても。決める事よりもラリーを続けることに意識している分、面がブレやすくなるフェイントを嫌っている。あと配球にはかなり気を使ってるみたいだが、それもその場で組み立てるより、予め決めているだろ?」
「コーチはエスパーですか」
「大人舐めんな…ってのは冗談だ。指導する立場となると、また他人のプレイが違って見えるんだよ。それに合宿の際から気にはなっていた」
弦羽早が入部してすぐに彼の中学校での戦績を見たが、シングルスは日城の身内争いに敗れたのか全国に出場すらしておらず、その反面個人ダブルスは二位。決勝戦で当たった相手とは団体戦時にも当たっており、そこでは勝っている。
「なるほどな。確かにダブルスは出の速さよりも安定感、フェイントもシングルスに比べると重要度は低い」
例えばシングルスでの王道のフェイントだが、ネット前に落ちて来た球を、ヘアピンで返すと見せかけて奥へとロブを行うフェイントがある。コート全てを一人で拾うシングルスにおいて、そのフェイントに引っ掛かったら致命的だ。しかしダブルスで同じフェイントを使用したところで、後ろにはもう一人相手がいるのだから、引っ掛かったところで即失点につながることは無い。
勿論ダブルスにおいても様々な有効なフェイントや騙しなどはあるが、その辺りを弦羽早はほとんど使用しない。
「どんな強打にも撃ち負けないレシーブ力、ミスをせずに継続できる安定性、ネット際を狙いながらも引っ掛からないドライブ、そして両利き。正真正銘ダブルス特化って訳だ」
「中学校の監督にも言われました。俺はダブルスをとことん極めた方がいいって。実際俺もダブルスの方が好きですし、やってて楽しいのは断然こっちです。でも――」
少し言葉に行き詰った弦羽早は少し照れくさそうに頬を掻く。
エレナやのり子が弦羽早は分かりやすいと言っていたが、確かにこれは恋愛に疎い輩でもすぐに分かりそうだ。その相手が恋愛に疎いを通り越している朴念仁であるのは、この二人にとって吉と出ているのか凶と出ているのか。
「…また羽咲か?」
「あはは…やっぱり分かっちゃいますか。そうですね、はい。ただ、それはその、男としてどうこうって訳じゃなくて、ずっと見て来たのはシングルスで戦う彼女なので。だからやっぱり、目指したくなるんですよね」
でも、と弦羽早は続ける。
「監督はやっぱり俺をダブルスの選手として育て上げたかったみたいで、中学ではほとんどダブルスの練習がメインでした。実際それに不満は無くて、むしろ毎日成長を実感できるみたいで楽しかったんですが、久しぶりに羽咲と再開すると、こう沸き立つんですよね。彼女と一緒のバドミントンを見たいって」
「ああ、なるほどな…」
健太郎はフッと笑みを浮かべるが、その内心は爽やかな笑顔とは正反対だった。
「(こいつ重ぇぇえ。羽咲羽咲って、こいつの原動力ほぼ全部羽咲じゃねぇか。両利きになったのも羽咲とペア組むだけにやってるし。もしこれでバドミントン始めたきっかけと日城に入ったきっかけまで羽咲だったらいよいよヤバいぞ。フラれた暁にはストーカーか自殺かひきこもるか、どの道ろくなことにならなそうだ。
まあ、幸い羽咲を好きになる奴はかなりの”物好き”だからな。ライバルは少なそうか)」
心の中であることをいいことに教え子二人に毒を吐く健太郎。弦羽早は性格、外見、スペック共にどれも同じ男としても打ちどころがないが、想いが一途であまりにも重すぎる。
その好意を向けられている綾乃は、外見は背が低く細身で、顔つきも女の子らしくて男受けしそうだが、中身はまあ色々と変わっている。ついでに一部の身体能力も人間のリミッターの一つくらい外れている程度にぶっ飛んでいる。
健太郎の結論としては、こいつらの恋愛に関わりたくないな~という、至極引き気味な答えであった。進展するなら高校卒業後、せめて高3のインターハイが終わるまで待って欲しい。
もっとも、このレベルの二人がそこまで長い期間、このバドミントン部で練習するとも考えにくいが。
二人が笑みを浮かべ合って(一人は作り笑い)語り合っていると、ガラリと体育館の扉が開いた。そこに立っていたのは、練習中に出て行ったなぎさであった。
綾乃をライバル視しているなぎさと、綾乃が好きなことがバレバレな弦羽早。
自分が彼女と相性が悪いことは知っていたので、弦羽早は空気を読んで練習を切り上げた。
「あっ、荒垣先輩お疲れ様です。じゃあ俺、これで失礼するんで」
「えっ?あ、ああ。お疲れ」
挙動不審な弦羽早に首を傾げつつも、すぐに健太郎の真剣な声と表情で我に返ったなぎさ。
彼女はこれから健太郎とのシングルスの中で、抱えていたコンプレックスを解消し、部員の皆に謝りに行くのだが、新入生の二人はその現場に居合わせてはいなかった。
試合の日程とかは開催時に描写で書きます。まあ原作と基本一緒です。
アニメしか見てない人は…買おう!