好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
とりあえず時折可能な範囲で書き溜め消費していきますが見直しとかもあるのでペース落ちます。
綾乃から語られた過去は中学校に入ってからすぐのバドミントン部での事と、中学二年生のインターハイ予選での出来事。
と言っても部活の話は簡潔なもので、レベルが低すぎて馴染めなかったということだけ。そのあと綾乃は社会人とも合同のクラブチームに参加し、そこで薫子と会う。
それからずっと薫子に勝ち続けて来た綾乃だが、予選で風邪を引いた薫子は対等な条件で行うと無理やり綾乃に風邪を移し、その状態で二人は試合を行う。しかし風邪の引きかけと治りかけというのもあり、綾乃の動きの方がはるかに悪くなっており、結果薫子に敗北。
その夜、綾乃が看病する母親に「負けてない」と言った翌日に有千夏は家を出て行った。それから未だに一度も有千夏からの連絡もなく、会えていない。
綾乃は有千夏に会う為に、取りつかれたようにそれまで以上にバドミントンに打ち込むようになり、母親の旧姓を名乗って大会に出る。
勝って勝って、勝ち続けて、勝てば母親が帰ってきてくれると信じて。
戦った相手の顔なんて覚えていない。どんな試合をやったかも覚えていない程にただバドミントンを続けた。
だがそれでも、有千夏は帰って来なかった。
「…お母さんが居なくなったのは、私が…負けたからなの」
「…そんな事が…」
これは事の全てではない。綾乃のが知っているのはあくまでも綾乃が経験した事だけであり、実際有千夏はただ綾乃が負けたからと、誰にも何も言わずに家を出て行ったのではない。
有千夏は祖父と祖母の前に土下座し、綾乃をバドミントンの選手として育て上げる為にと経緯を説明した後に、家を出て行った。
だが綾乃が知らない事を弦羽早が知る訳もなく、ただ漠然と有千夏の気が狂ったのではないかと疑った。
たった一度の敗北で母親を失ってしまった綾乃。それはまだ幼い少女にとってトラウマを植え付けるには十分過ぎる程に大きな出来事だった。それまで母親をバドミントンの選手としてもリスペクトしていた綾乃には尚更である。
弦羽早の本心からの感情としては、有千夏に対する怒りと困惑であった。
何故一言声を掛けなかったのか。
言い訳をする綾乃がいけないと思ったのなら何故そう指導しなかったのか。
「…ッ」
ギュッと拳を強く握るが、有千夏への罵倒は喉が無意識の内に押さえつけて出てこなかった。
それは普通の親子としての正論を綾乃は求めていないのだろうと直感があったから。
綾乃の声はずっと震えており、時に泣き出しそうに擦れながらも、ただ有千夏を恨んでいるような重苦しい口調ではなかった。
そして弦羽早もまた、有千夏を知っていた。
彼女に指導を受けたのも一回や二回などではなく、彼女とラリーゲームをしてもらった事もある。自主練習のプランもわざわざ自分一人の為に作ってくれ、練習の後によく手作りのお菓子を体育館に持ってきてくれた。
彼女は決して悪い人間ではなく、むしろ優しくてバドミントンが滅茶苦茶上手い”羽咲のおばちゃん”で、綾乃と一緒の試合を行くときなどは車に乗せて連れてってもらったりもしていた。
有千夏との思い出を浮かばせながら、考えた末浮かび上がった持論を語る。
「…おばさんは、多分負けたからとかじゃないと思う」
「…どうして?」
「それまで、おばさんが一回も負けた事なくて日本のトップに立ったのなら、原因は羽咲の敗北かもしれない。でもおばさんだってたくさん負けてきたはず。そうじゃなきゃ十連覇以上しているし、オリンピックで金メダルだって取ってる。負けない選手なんてこの世にはいない。だから負けた事を理由に、羽咲みたいないい子を捨てる人じゃないと、俺は信じたいな」
「…でも、じゃあッ!…どうして?」
隣に座る弦羽早へと振り向く綾乃だが、彼は目を合わせてくれない。ただジッと、沈んでいく夕日を眺めながら申し訳なさそうに。
「今の話だけじゃ、俺にも分からない…」
「…そう、だよね…」
「でもさ、おばさんは羽咲の事大切に思ってるよ。というかあれは親馬鹿って言うのかな?」
「なんで秦野にそんなのが分かるの…」
しんみりとした、そよ風のように弱々しい声で綾乃は暗い顔を俯かせる。だが弦羽早の顔は対照的に呆れたような明るい笑みを浮かべており、朗々とした声で返した。
「俺がなんで小学校の卒業式の日に、全国一位になったらペア組んでくれって言ったと思う?」
「え…? な、なんとなく約束の拘束力強そうだから?」
ブッブーとなるべく明るい空気にしようとしてかあるいは素か、弦羽早は腕でバツ印を作って呆れる口調で答えを教えた。
「そこまで賢く無かったよ。答えはおばさんに言われたから。羽咲とミックスが組みたいなら、せめて全国トップに通用するぐらい強くないと、親としてもコーチとしても認めてあげられないって。ほんと、いくら親馬鹿だからって過保護でしょ」
それを小学校三年生の少年、それも綾乃へ好意を抱いている少年に告げるのだから本当に容赦がない。
つまるとこ、全国トップレベルの男子でないと綾乃のパートナーは務まらず、更に恋愛面でもそこまで上り詰める男じゃないと自分は認めないと、そう遠回しにだが言ったのだ。
「そんな事お母さんが? …え?じゃあ秦野ってその約束守るために?」
「うん。俺はそこまでおばさんの下で練習できた訳じゃなかったし、本気で目指す為にも強い部のところに行った。日城を選んだのは近くに親戚がいたからだけど、あの中学で良かったと思ってる」
「ッ…なんで、私とペア組むためだけにそんなにできるの?」
その答えは驚くほどに単純で、言うだけならたった一言で済む簡単な言葉であるが、時に大きな原動力となる感情。
ただ今の綾乃は告白を求めているのではない。純粋に、何故自分をそこまで評価してくれるのか、その言葉を求めているのだ。
だから弦羽早は綾乃に恋する前に抱いた、今の自分を形成するもう1つのきっかけについて話した。
「…心の底から悔しいって思ったから」
「え?」
「始めて羽咲とバドミントンした時、ほんとに遊びのバドミントンでもあれで当時の俺にとっては悔しかったんだ。羽咲ってクラスではおっとりしてたからさ。
でも一番悔しかったのはバドミントン始めてから一年目、自分では滅茶苦茶上手くなったと思って羽咲に挑んでボロ負けした時」
「ちょっと、覚えてるかも。確か、泣いてたよね?」
「それは当時の俺基準ではかなり努力したからね。でも全然だった。なんで羽咲がそんなに強いんだろうって放課後あとを付けて、それでこの場所にやって来た。おばさんと楽しそうに、当たり前のように高度なラリーを続ける羽咲を見て思ったんだ。ああ、俺の努力って少しも頑張ってなかったんだなーって」
そう言えばと、綾乃の脳裏にかつてのこの場所での出来事がリフレインする。
それは春先のごく普通の平日。有千夏が家にいるのでその日は真っ先に帰って、何よりも楽しい有千夏との遊びをしていると、突然有千夏が窓の外に視線を固定させてシャトルを落っことした。
それに文句を言った記憶が少し残っている。
有千夏の視線の先、窓の外にはジッとこちらを見ている少年時代の弦羽早の顔があり、そんな少年を有千夏は迎え入れて一緒に練習をするようになった。招き入れた本人もそれが小学校六年生まで続くとは思いもよらなかっただろう。
「だから俺にとって、どんな選手よりも純粋に努力ができる羽咲とパートナーになれるっていうのは、ここまでやれたんだぞって、自分自身への証明って言うのかな。って、ゴメンね、羽咲にはプレッシャーかもしれない」
「う、ううん。私、そんな風に言ってくれる人いなかったから…嬉しい…」
天才と褒めてくれる指導者。ライバルだと言い放つ薫子。中学校の部活での白い目線。怯える対戦相手の顔。笑顔でラリーゲームをしてくれた有千夏。
綾乃にとってバドミントンを通して自分に向けられる感情というのは、これまで膨大な時間をつぎ込んできたにも関わらず多いと言えるものでは全くなかった。
いや、実際はもっと沢山の感情を向けられていたに違いないが、他者を理解する事に疎い綾乃が気づいたのはそれくらいである。
少なくとも、自分に憧れて全国一位を取ってくれる人なんて彼以外にいない。
「ん、そう言ってくれるならよかった。さて、ちょっと話脱線しちゃったけどおばさんの事はきっと大丈夫だよ」
両手でパンと膝を叩いて立ち上がりながら、自信げに弦羽早は告げた。彼からスッと差し出された手を取って、綾乃もまた立ち上がる。
「…うん。ホントの事は分からないけど、今はそう思うことにする。ありがとね、秦野。また、秦野に慰めてもらったね」
「パートナーとして当然のことさ」
「…私は何か、秦野の役に立ててる?」
弦羽早は自分に憧れていると言ってくれた。努力する自分を見て、パートナーになりたいって言ってくれた。
そんな彼には既に何回も助けて貰っている。合宿でのこと、エレナとの喧嘩のこと、今回のこと。どれも一人きりじゃ解決できなかった綾乃の芯まで根の張った大きな悩みだった。
勿論、そのどれもが未だ解決はしていないが、弦羽早がいてくれるおかげで綾乃は思考を放棄し、逃げることが減っていった。
でも果たして再会してからの今の自分はパートナーの弦羽早に対して何かできているのだろうかと、不安が心の奥底からポツポツと、白紙に滲む絵の具のようにじんわりと広がる。
「ん~、羽咲からすれば信じられないかもしれないだろうけど、とっても」
「え?」
その返事は悩んだ末に何とか声にした苦し紛れの励ましではなく、ほんとに胸の奥からそのままストンと言葉にして出て来たくらいに自然で。
あまりのあっさりした態度に、綾乃も思わず拍子抜けする。
「私、何か秦野にした?」
「うん。毎日、こうして会ってるだけで」
「え?え?」
益々分からないと綾乃は首を傾げ、これまでの自分の言動を思い返してみるが、弦羽早を励ましたり元気づけたりとした記憶はほとんどない。
腕を組んで想像力を働かせようとする綾乃の姿がえらく滑稽に見えたのか、弦羽早はからかうように軽く笑って。
「まあまあ、深く考えなくていいから。どうせ頭の半分は肉まんなんだし」
「ああ!やっぱり思ってたんだ!」
家に帰って来た綾乃と弦羽早を待っていたのは女子バドミントン部のみんなだった。理子、悠、空の三人は勿論、風邪がまだ完治していないなぎさも、マネージャーののり子も、そしてエレナの姿もあった。
状況が掴めずに固まる綾乃へとエレナは我先にと駆け寄り、自分より十センチ以上も小さく細い体をギュッと抱きしめた。
「エ、エレナ!?」
「綾乃、ごめんね!今まで、本当にごめん!」
どういった経緯でこうなっているのが理解できない綾乃だったが、ポツポツとエレナの涙が頬に当たり、今この時なのだろうとギュッとエレナにハグで返す。
「私もゴメンね。エレナに酷いこと言っちゃった。あんなこと、ホントに思ってなかった。ただ…ただエレナには頑張ってるって言って貰いたかったの…」
「うん、うん…。ゴメンね。綾乃っていっつも起きてるか寝てるかも分からないし、頭の上に蝶々が飛んでるみたいにほわほわしてるし、肉まんばっかり食べてて考えている事の半分はその事だと思ってたからつい」
「…うん?」
ひょっとして貶されているかと綾乃は一瞬ハグを解こうとしたが、エレナは泣いたままで乱れた吐息が耳元に当たり、きっと気のせいだろうと再びギュッと抱きしめる。
二人の姿を皆微笑ましそうに眺めている中、理子がピョコンと長いポニーテールを揺らしながら。
「良かったね、エレナちゃん、綾乃ちゃん」
「…そう言えば、どうしてエレナがここに?みんなも」
「アンタが負けて体育館から逃げ出したって連絡をのり子から貰ったの。なぎさ先輩も同じ。私もなぎさ先輩も、勿論他のみなさんもコーチも、綾乃が心配で来たの」
弦羽早だけでない。みんな、自分を心配して来てくれた。
それはこれまで弦羽早以外の同学年のバドミントン選手と馴染めなかった綾乃にとっては、嬉しさと同時に困惑を覚えさせる出来事であった。
「ど、どうして…? 私、まだみんなとそんなに練習してないし、ま、負けたのに…」
「なに言ってんの綾乃ん! こういうのは時間じゃないんだよ!」
「綾乃ちゃんには色々と技を見せて勉強させてもらってる」
「私なんか、もう何回負けたかも分からないくらい負けてるよ。でもそれでいいんだよ。負けたって、なにも恥ずかしい事じゃないから」
悠、空、理子の言葉に綾乃の頬がほんのりと赤くなり、目元には微かに涙が浮かび上がる。
ゴホゴホとマスクで咳を遮りながら歩いてきたなぎさは、綾乃の頭にポンポンと優しく手を置いた。懐かしさを感じるその仕草は、最近時折弦羽早がやってくれるものだ。
「お前はもう
「…なぎさちゃん」
あれだけピリピリしていたのに突然の変化になぎさ自身恥ずかしいのか、少し照れたようにそっぽを向きながらそう告げる。そしてキラキラとした瞳で見上げる綾乃と視線が合うと、照れ隠しをするように目いっぱい綾乃の頭をグシャグシャと乱雑に撫でた。
その様子を安心したように見守る男が二人。弦羽早と健太郎は邪魔をしないように少し離れたところに立っていた。
「何があったんですか?」
「羽咲の過去をお爺さんとお婆さんに聞いたんだ。羽咲が一番つらい時何も知らなかったことと、この間何かあったんだろ?それをかなり気に病んでいた」
「ああ…なるほど」
大事な友達がもっとも苦しんでいる時に何も気づいて上げられなかったのなら、それはエレナにとっては深く重たく、そして自分が情けないと悔しかっただろう。
しかしニコニコと微笑み合う綾乃とエレナを見ていると、もう仲直りの心配をする必要は無さそうだ。
改めて健太郎は安心したようにホッと肩を撫でおろすと、家の奥から綾乃の祖父祖母、マシャシィとチヨーが箱を持ってやって来た。
「揃いますたかな? 綾乃に、渡しゅようにとことじゅかっておったのじゃ。有千夏しゃんから」
「お母さんから…?」
この二年間一度もなかった有千夏との繋がり。あまりにも突然な母親からのプレゼントは、綾乃の瞳をより一層煌めかせるには十分だった。
箱を開けるとそこにあったのはたくさんのリストバンド。可愛らしい色違いのそれは、綾乃を意識したシャトルの形をしたAのイニシャルから手作りであると分かる。
「いつか綾乃に、一緒にバドミントンをしゅりゅ友達が再びできたら…と」
マシャシィと一瞬視線が合った弦羽早は、ペコリと軽く頭を下げる。
やはり有千夏は綾乃が負けたからとか、嫌いになったからとかそういう理由で家を出て行ったのではない。
自分が綾乃の元から離れる事で試練を与えたのだろうか?
そうぼんやりと、あの長いポニーテールと白いリボンが印象的な、優しかった有千夏の姿を思い浮かべる。
「(おばさんの意図が分からないのは俺がバドミントンに入り込めていないのか、それともおばさんの考え方が常識外れなのか、あるいは羽咲が普通と違うからか……)」
こと綾乃の事となると熟考する癖のある弦羽早は、とてとてと自分の元に歩み寄ってくる原因の少女に気付くのが一瞬遅れた。
「秦野?」
「ん?あっ、どうしたの羽咲?」
「これ、秦野のだから」
彼女が差し出した手の平にあったのは、早速彼女の左腕につけられているものと色違いの、空色のリストバンドだった。確かに空色は自分の名前と親近感が沸くので好きな色だが、それだけで自分のものとは断定できない。でもTのイニシャルと、Tの両端から生えた鳥の翼に、なるほどと小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう」
それは綾乃に対してのものでもあったが、同時にこの場にいない有千夏に対してのものでもあった。
「それとこれ」
綾乃はさっぱりとした表情で一枚の小さなメモ用紙を見せてくる。
そこに書かれていたのは二年間綾乃がずっと求めていた母親との繋がり。
≪綾乃 世界で待ってる 会いにおいで。
アナタの素敵なお母さんより≫
「秦野が言ってくれた通り。お母さんは私の事、大切に思ってくれてた」
「うん、案外近くから見守ってくれてるかもしれないね。しかし世界かぁ。これは本格的に練習に取り組まないと」
「頑張る!」
両手でギュッと拳を握って口元を上げる綾乃の姿に、自然と弦羽早にも喜びとやる気が胸の内から溢れてくる。
正直有千夏へは一言どころか、二言もハッキリと言葉が浮かんでこないが、何か言ってやりたい気持ちはあった。少なからずの怒りを覚えているし、立派な母親の行動とは天地がひっくり返っても思えない。
でも悪意あっての行動ではなく綾乃の事を思っての行動であるのは、この手作りのリストバンドからも伝わってくる。でなければ、宮城から帰って来るかも分からない娘の友人の為に、こんな手の込んだリストバンドは作れない。
皆各々好きな色のリストバンドを腕に付けると、テンションの上がった悠が円陣を組もうと提案。なぎさと健太郎の二人は羞恥心から乗る気ではなかったが、理子や綾乃は乗る気満々で嫌とは言える空気ではなかった。
これでも風邪の身なんだと少しは労わって欲しかったなぎさだが、主将である以上円陣の掛け声は免れない。
背の順的に健太郎の両隣になぎさと弦羽早が入り、あとは好きなように入りながら、全員で円を描く。
「行くぞ! 北小町ーー!」
『おお~~~~ッ!』
そして僅かな四月は瞬く間に流れ過ぎて行き――個人シングルスの予選がこれから始まる。
綾乃→赤
弦羽早→空色
理子→ピンク
悠→緑
空→青色
なぎさ→オレンジ
エレナ→紫
のり子→黄色
学→黒
行輝→黄緑
健太郎→余った茶色
ちょっと後半あっさりと言うか駆け足な感じでした