好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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はねバドで一番可愛いのは羽咲さんなんだよなぁ


ミックスで全国一位、目指そうぜ

それは彼がまだ黒いランドセルを背負っていた頃。全国高等学校バドミントン選手大会、通称インターハイに混合ダブルスの枠が新たに追加された。

混合ダブルスとはその名の通り、男女がペアになって行う混合ダブルス。人口が増えつつもまだメジャーとは言えないバドミントンの中でも一際マイナーなルールであったが、近年日本のバドミントンのレベルは年々上がってきており、加えて日本人の混合ダブルスが世界のトップランカーとして活躍しているのがきっかけだと言われている。

 

 

 

「ねえ、話ってなーに?」

 

卒業式だというのに、これといった緊張を感じさせない呑気な声。大人びた女性用のスーツを着る彼女は、その能天気な顔と雰囲気のせいで、お世辞にも似合っているとは言えない。

 

体育倉庫前というベタな場所に少女を呼び寄せた彼は、わざとらしく軽い咳払いをして彼女に振り向いた。まだ第二次成長期に入っていない若々しい肌の頬はほんのりと朱に染まっているが、その事に少女は気づくそぶりも見せない。

 

遠目から黄色い声を上げてこちらを見ている同級生と目の前の少女が違うことは、当に少年も知っている。

 

「あ、あのな羽咲!俺、卒業したら宮城の中学に行く」

 

「知ってる」

 

「それでその、も、もし俺が中学で全国一位になれたら、俺と……」

 

「俺と?」

 

「高校で、ミ、ミックス組んでくれ!」

 

「ん、いいよ」

 

それは少年が望んでいた了承の言葉。声が裏返るほど緊張していた少年の心情とは裏腹に、淡泊な返事に、少年は喜ぶより先にポケットから一枚の紙を取り出した。

 

少年少女、共に勉強が苦手だったが、その紙に書かれたのはドラマでもよくある契約書の文字で、少女も知識としては持っていた。要するに約束を守る為のものだと。

 

「なにこれ?」

 

「どうせお前の事だから三日後には忘れるだろ。だからけーやくしょだ」

 

「なぁ!わ、忘れないもん!」

 

「三日に一回は忘れ物届けてもらってる癖に!」

 

「そんなに多くない!」

 

「とにかく書け!」

 

最初の初々しい空気は無くなり、ギャーギャーと口喧嘩をするクラスメイトにとってはよく見る光景に戻る。

少女、羽咲綾乃は唇を尖らせながら渋々と渡されたボールペンを手に取り、倉庫の扉に紙を当てて、汚い字面の契約書の内容を深く見ずに自分の名前を書いた。

 

私は忘れんぼじゃないから、こんな紙なんて必要ないもん。

そう言いたげな様子だが、しかし書かなければ今度はボイスレコーダーを持って録音を要求してきそうな、そんな並々ならぬ気迫を少年から感じた。

 

正直少女、羽咲綾乃にとってこの契約書は紙切れ同然だった。何しろ前提条件である全国一位は、自分でさえ届かなかった領域。それを男子でありながら自分より弱いこの少年が手に入れるなど、あるはずがないとそう確信してのサインだった。

 

少年は書き終えた契約書ををひったくるように取ると、ニヤリとあくどい笑みを浮かべる。

 

「じゃあ約束だからな。ミックスで全国一位、目指そうぜ」

 

これまで何百回と負けても立ち向かい、前へと進み続ける少年。

綾乃にはその時の少年の笑顔が、自分には眩しすぎる事に薄らと無意識の内に嫉妬していた。

 

 

 

 

 

秦野弦羽早(はたのつばさ)は幼少期、自分は天才、とまではいかなくとも優秀だと思っていた。足は速かったし、大抵のスポーツは初めてやった時から平均以上はできた。子供の遊び道具であるホッピングや竹馬などもすぐにコツを掴んだし、自転車もすぐに補助輪は無くなった。

 

今では消し去りたい過去になっているが、当時の弦羽早はその程度の事で天狗になっていた。

 

そんな彼の世界を知らない男児らしい慢心が打ち壊されたのは、小学校一年のありふれた平日の夕方。

遊びに行っていた友人の家から帰る中、タコの滑り台がある公園で、一人の少女を見つけた事が、彼の人生の大きな分岐点となった。

肩甲骨辺りまで伸ばした後ろ髪をリボンで結んでいるのが特徴で、しかしそれ以外にはこれといった印象のない少女。

クラスメイトの羽咲、下の名前はその頃は知らなかった。当時の彼にとっての羽崎綾乃は馬鹿っぽくてとろい奴といった印象だった。一の段の足し算引き算すら間違え、何もせずにボーと突っ立っている姿もしばしば見かける。

 

 

その頃の彼なら興味のないクラスメイトが放課後何しようが興味はなかっただろうが、学校の外で見るクラスメイトが新鮮だったからか、あるいは子供特有の未知への興味が働いたのかもしれない。彼女が何をしているのかと立ち止まって観察する。

 

少女は暇そうにシャトルをトントンと小さく上にあげていた。彼女が運動している事に意外だったが、少年にとっては彼女が使っている球、つまるとこシャトルが白い事に興味があった。

彼もバドミントンはやったことあったが、それはおもちゃの、ゴム製のシャトルで軽く打ち合った程度。本物のシャトルを見るのはそれが初めてだった。

 

「羽咲、バトミントンやってるの?」

 

突然話しかけられた綾乃はビクッと肩を震わせ、続いていたシャトル遊びがそこで途切れる。突然男子、それもクラスの中心にいる騒がしい奴に話しかけられて、肩を縮めながらも。

 

「バトミントンじゃなくて、バドミントン」

 

練習の邪魔された事か、あるいは弦羽早の事が苦手からか。不機嫌な声は、学校での彼女とは印象の違うもので、弦羽早は意外そうに少しだけ目を開いた。

 

「どっちでもいいじゃん」

 

「良くない」

 

いやな奴に話しかけられたと、綾乃のテンションはそれまで以上に下がっていたが、当時の弦羽早はそこに気付く程大人でもなく、深くも捉えない。

 

「それで羽咲はバドミントンをやってたのか。一人で?」

 

「さっきまでお母さんと一緒にやってたけど、失敗しちゃったから今日はもうできないの」

 

失敗したからできない?と頭の中で復唱し、どういう事だと考えるが、当時の弦羽早は大きな失敗をして怒られた、程度に捕らえるしかできなかった。実際綾乃の言葉だけ聞いたら、大人でもそう捉えるのは自然だろう。

つまり怒られて落ち込んで、一人寂しくやっていたのだと、弦羽早は解釈する。

 

「じゃあ俺が相手になってやるよ」

 

綾乃の寂しさを埋めたい、など大層なことは考えから出た言葉ではなく、綾乃が持っている白いシャトルを打ってみたかった打算的なものであった。

 

「え?いいよ、相手にならないし」

 

そして綾乃にとってはそれは大きなお世話だった。

別に自分は落ち込んでいる訳でも無く、ただ外で時間を潰しているだけ。それをクラスの中でも騒がしいメンバーの中心にいる、苦手な男子である弦羽早に邪魔して欲しくなかった。しかし関わって欲しくないから出た『相手にならない』は、当時天狗になっている弦羽早には挑発にしか聞こえないだろう。

 

「なんでそんなことが分かるんだよ!」

 

「だって初心者でしょ。名前間違えてたし」

 

「何回かやったことある。丁度ラケット二本あるからいいだろ。とにかく貸せ!」

 

結果は明らかだった。しばらく後になって知った事だが、綾乃は物心ついた頃には既にバドミントンをやっていたらしい。それが少し運動神経がいい程度の少年が、おもちゃのラケットで数回遊んだ事ある程度で勝てるわけがなかった。

だがかつての、初めて本物のラケットを握り、シャトルを打った当時の弦羽早には素直に負けを認められるほど大人でもなく、様々な面で無知であった。

 

「も、もう一回だ!」

 

結局日が暮れるまで打ち合っていた二人は、綾乃の母親が心配して迎えに来るまで続いていた。

 

 

 

それからすぐに弦羽早はバドミントンクラブに入った。綾乃は経験者だから負けたと言うのは簡単だったが、クラスの女子、それも馬鹿っぽくてトロそうなあの羽咲綾乃に負けたと言うのは、当時クラスの中心だった彼のプライドが許さなかった。

 

クラブでの練習、それ以外の日には綾乃と打ち合い、あるいは家で練習。元々運動神経が良く、何よりも若さが弦羽早の腕を上達させたが、しかし綾乃に勝つことは一回もできず、それどころかストレート負けなんてことも珍しくなかった。

 

だから彼はそれまで以上に練習した。練習し、練習し、そして綾乃を観察して弱点を探そうとし、時には彼女の技を吸収し。違うバドミントンクラブに入っていたが、試合数は同クラブの子よりも圧倒的に多いくらいには、彼の生活に羽咲綾乃は当たり前の存在となっており、子供にとって長い数年という期間は、倒すべき相手から気になる女の子へと変えるには十分な時間だった。

 

そして弦羽早が綾乃への好意に自覚した頃に、インターハイに混合ダブルスが新たな種目として追加されるのが決まる。

当時の彼としては漠然と、いつか高校生になったら綾乃と組んで戦ってみたいというものだった。それはプライベートの気持ちも当然あったが、綾乃の実力を知るからこそ、組んでみたいと言う選手としての思いでもあった。

 

 

しかし弦羽早も、その思いを叶えるための条件がここまで厳しいとは思わなかっただろう。

 

 

「綾乃とミックスが組みたい?う~ん、それならせめて全国トップに通用するぐらい強くないと、親としてもコーチとしても認めてあげられないかな~」

 

綾乃の母親、有千夏がやっているバドミントンスクール(このスクールに参加しなかったのは、基本幼児向けの入門クラスだったから)に遊びに来ていた弦羽早は、多少気恥ずかしさを堪えながら、母親でありコーチである有千夏へ告げた時の返答がこれだった。

 

有千夏としては、弦羽早の好意は知っていたので、可愛い一人娘を生半可な男に渡す訳にはいかないと、ちょっとした冗談交じりのものであった。しかしバドミントン女子シングルス十連覇という正真正銘の化け物が言うにはそれは冗談には聞こえない。

 

かくして弦羽早は綾乃とダブルスを組むために、全国を目指すようになる。

 

 

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