好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
え!?
しっかりバドミントンしているスポ魂もので、キャラクターがみんな個性的で魅力的で、何より主人公が可愛い何度も読み返しちゃうはねバドって漫画があるんだって!?
買うしかないな
真面目な話一気に全巻買わずとも
1~4巻
5~7巻
8~9巻
10~13巻
って感じだと区切りとしても比較的よく、分割して買いやすいかと思います。
薫子に勝利した綾乃は勝利者サインだけ書くと、因縁の相手であった彼女には何も言わずに静かにコートを去った。
弦羽早が強豪校逗子のエース、石澤望の試合を見ていくかと聞いたが、彼女は首を横に振ってアリーナを去って行った。
その背中をジッと悲哀の瞳で見つめる少年の肩がポンと叩かれる。
「羽咲を追わなくていいのか? 支えたいんだろ?」
ニヤリと笑う健太郎の表情はからかいも入っていたが、年頃の少年を気に掛ける大人のゆとりのようなものが感じられた。
「あはは…。二週間前のこと根に持ってます?」
「いや。ただお前の反応が少し意外でな。もっと気に掛けるかと思っていた。少なくとも、荒垣の方が今羽咲に接している」
心配してかは分からないが、綾乃の変化に一番接しようとしているのは弦羽早ではなくなぎさであった。
冷たい綾乃の一面を北小町で唯一知っていたのもあるだろうが、それでも弦羽早の反応には健太郎も少し疑問を抱いていた。
「単純に集中を邪魔したくないのもあります。特にシングルスに置いては、フィジカル面以外では羽咲が上。俺がアドバイスできる範囲は限られています」
「その気持ちは分かる。俺もそんなところだ」
「あとは、そうですね…。やっぱり混乱している部分も正直あります。今彼女にどう接したらよいのかが分かりません。なるべくいつも通りの自分でいようと思っていますが、試合という中で下手にメンタルを揺さぶるようなことは言いたくない。試合に関するアドバイスもしにくい。その結果が今の俺ですかね」
萎縮したかのように暗い声は、情けないと自己嫌悪が籠められていた。
健太郎も今の弦羽早の悩みを理解しているが、自分の言葉一つでブレるような気持ちではないと薫子の一件で理解していたのであえて追求する。
「…理屈じゃないんじゃなかったのか?」
「ええ、理屈で動いているのならもっと羽咲に寄り添ってますよ」
――少しでも一緒にいる為に。
声となって語られはしなかったが、そう読み取れる間があった。
「なるほどな…。じゃあ秦野が行かないのなら俺が羽咲のところへ行ってくるか」
「荒垣先輩の試合もうそろそろみたいですから、帰ってくるように伝えて下さい」
「おう」
健太郎もまたアリーナを去って行き、弦羽早は石澤望のラリーを数回だけ見て同じくアリーナを去る。
弦羽早はボーと考え事をしながらすれ違う人混みを避けていく。
今綾乃が何を望んでいるか、どう接して欲しいのか、それが再び分からずに今様子見の状態になっている。それが綾乃にとって決して良くない事は薄々気づいてはいた。集中しているからこそ、周囲いつも通りの接し方がベストなのだ。
だが弦羽早の心には、周りと同じでは嫌だという欲があった。
異性として、ダブルスのパートナーとして、女子バドミントン部のみんなやなぎさ、コーチとは違った形であの状態の綾乃と上手く接したい。
でもそれが綾乃の集中力を欠けることになるかと思うと、一歩が踏み出しにくい。
文はやりたし書く手は持たぬ。手紙を書く訳ではないがただ心境としては少し似ており、どこかもどかしさがある。
「久しぶりだね。悩める少年」
「……え?」
これから試合を行う人。試合が終わって笑みを浮かべる人。涙を浮かべる人。
アリーナの出入り口は数多の感情で渦巻きざわめきが収まる事がないが、雑音の中でその声は弦羽早の耳に綺麗な程に届いてきた。
声の主は女性にしては長身であった。男子の平均身長そのままの弦羽早より少しだけ低いくらいで、顔を隠す様に被ったキャップからは長いポニーテールが飛び出ている。そのスタイルは昔と変わらず、肌も三年の歳月を感じさせない妙齢の女性。
「ッ、おばさん…」
「お、おばッ? つ、弦羽早君。もうやんちゃな子供じゃないんだし、有千夏さんって呼んでもいいのよ?」
ガックシとバランスを崩してキャップの隙間からのぞき込む顔は、おばさんという言葉は似合わない若さを持っている。バドミントンは無酸素運動であるので、長距離ランナーなどに比べると実際の年齢より若く見える人が多いが、彼女の美貌は生まれながらの恩恵もあるだろう。
「…なんでここにいるんですか。”おばさん”」
弦羽早としても悪意でそう言っているのではなく、単純に逆の立場を想像する。もし綾乃が、綾乃でなくとも同級生が自分の母親を名前呼びするのは違和感しかない。おばさんという言い方は二十代後半から時間が止まっているような彼女には似合わないかもしれないが、適切な呼び方である。
有千夏も自分の年齢は理解しているので、諦めたようにクスクスと笑う。
「あはは、昔と変わらず妙なところは頑固だね。…話があるの、付いてきてくれる?」
「…えっと、はい」
有千夏を追って向かった先は体育館の駐車場に停められた、ごく平凡な車の中だった。
道中荷物を持って来いと言われたので、バドミントンバッグを持って来た弦羽早は、それを二列目へと置いて助手席に乗る。彼女はエンジンを付けるとエアコンの風力を最大にして、ふぅ~と息を吐いた。
隠れて綾乃の試合を見に来た彼女は締め切った体育館には似つかわしくない厚手の恰好をしていたので、その冷風を満足げに浴びる。
「まずはほんとに久しぶりだね。コニーから弦羽早君のこと聞いて驚いたよ。まさか本当に全国一位を取って綾乃とダブルス組むなんて思わなかった」
「団体戦で、でしたけど」
「十分だよ。そこまでしてあの子と組みたいって言ってくれる人はいないと思うから」
サイドブレーキを外してドライブへとギアを変更させると、有千夏の足がアクセルを踏む。ゆっくりと進み始める車に弦羽早はギョッと目を開く。てっきり外では話しにくい内容なので車内を密談の場にするのだろうと思っていたが、違うようだ。
「ちょっ!どこに行くんですか!?」
「綾乃のところ」
「え?だって羽咲は会場にッ」
「ま~だ綾乃のこと苗字で呼んでるの? そんなんじゃいつまで経っても綾乃と進展しないよ」
「そんな機会は……じゃなくて、真面目に答えて下さい! それに出て行ったんじゃなかったんですか!」
最後に会った時から変わらない明るさに、この二週間でガツンと言ってやろうと考えていたことが全部頭からすっぽ抜けてしまった。
弦羽早にとって、有千夏は友達のお母さんでありながらも、見た目の若さとフレンドリーな性格が相まって”バドミントンの強いお姉さん”の感覚も無意識の内にだがあった。だからか、その感覚の違いと綾乃への気持ちから振り回されるパターンが多い。
「分かった分かった。弦羽早君はどこまで聞いた、私と綾乃のこと?」
「中二の時に芹ヶ谷に負けて、それを羽咲が負けてないって言って、出て行ったくらいです」
――お義父さんとお義母さんに伝えた事は聞いてないのか。
弦羽早が持っている情報の少なさから、綾乃本人から聞いたのだろうと有千夏は口元を上げた。少し心配な面もあったが上手く接しているようで、やはり弦羽早を誘って正解だった。
「そうだね。私が出て行ったのはあの子がバドミントンの選手として強くなる上で、私が近くにいることが妨げになると思ったから」
「ッ!だからって……いえ、どういうことか、聞いてもいいですか?」
それが親としてやるべき行動なのかと吐き出しそうになったが、有千夏に貰ったリストバンドが視界に入り、喉まで出かかっていた言葉をグッと呑み込む。
この母と娘はごく普通の親子としての関係も持ちながらも、それより更に深い繋がりがあることを、二週間前の綾乃の言葉を通して理解した。
だからこの場で一方的な正論を言ったところで、何かが変わる訳がない。ただの自己満足であると分かっていた。
「弦羽早君も気づいてると思う。綾乃にとって何が足りないか、何が必要なのか。中学での部活のこと知らなくても、今日の試合でそれは読み取れたはず」
「部活のレベルが合わなかったとだけ聞きましたけど、やっぱり他にも何かあったんですね…」
「まあ、色々とね…。難しい時期だから」
弦羽早はチラリと有千夏の横顔を見つめる。髪の長さや凛とした目つきは違うが、誰が見ても親子に、あるいは姉妹に見える程によく似ている。
その表情はやはり綾乃が嫌いになったからと出て行ったわけではなかった。
有千夏の質問への答えはすぐに浮かび上がって来た。
今日の第一回戦。格下相手にアップをするためにとわざわざ1ゲーム与えた上で、最後のゲームではようやく真面目に戦い、圧倒的な点差をつけた試合。その後の対戦相手へのやる気のない雑な挨拶。
「一言で言うなら、マナーですか?」
「そうだね、それもある。その辺りの事は教えたつもり。私が出て行く前はちゃんとしてたんだけど」
「…それっておばさんが原因じゃないですか」
「ん~…面目ないなぁ」
娘の同級生から冷めた視線を向けられ言い訳もできないと苦笑する有千夏だったが、彼女の口ぶりからそれは正解ではないようだ。
確かにと第一試合の綾乃の態度が強すぎたが、昔の小学校時代の彼女はあんな風ではなかったのを今一度思い出す。
となるとマナーとは少し違う路線で言葉を探してみる。綾乃の態度を鮮明に思い出してみるとすぐに見つかった。
「相手を、舐めてる?」
「うん、正解。正確にはね、あの子は多分、自分が認めるほんの一部の以外の選手は、全員少なからず見下してる」
その言葉はとても親からのものとは思えず、弦羽早は目を大きく見開いて抗弁する。
「なっ!? 確かにあの試合はそう捉えられても仕方ないですけど、でもそれ以降の羽咲はそこまでッ……!」
圧倒的点差で勝った第二・第三試合、そして薫子戦。そのどれも、試合後の綾乃の表情は冷たいままだった。それは、期待外れだったと言っている様に見えなくもない。
有千夏の言葉に全てを否定できずに弦羽早は言い淀む。そしてそんな彼に有千夏は追い打ちを掛けた。
「…今だからこそ言うけどね、弦羽早君。綾乃がもっとも見下してたのは君なの」
「…は?」
丁度赤信号に引っ掛かり、車はゆっくりと速度を落としてピタリと止まる。
その動きに連動するように、弦羽早の思考も一瞬止まってしまった。有千夏の言葉が理解できず一瞬手元を見て、それからまた有千夏に視線を向けるが、彼女の横顔は変わらず真剣なものだった。
「(羽咲が俺を一番見下してた…? そんなわけ…だってあんなに毎日一緒に楽しく練習してた。時々だけどお互いの家に遊びに行って、一緒に宿題やらずに怒られたりもした。あんなの見下してる人間と一緒にやるわけがない)」
「な…にかの勘違い…でしょう。だって、羽咲を捨てたおばさんが――」
"捨てた"という棘のある言い方は弦羽早なりの反抗心から出た言葉だったが、悲哀の色が強く込められた有千夏の瞳に言葉が詰まる。
「…捨ててないよ。誰が見てもそう見えるのは分かってる。母親として間違ってるってことも、私が異常だってことも。でもね、私は綾乃のこと捨てたなんて思ってない。そして、バドミントンに関する綾乃の気持ちは
「いや、でも…」と弦羽早は言いよどむ。
そんな筈は無いと、記憶に新しい再開してからの綾乃とのやり取りを思い出す。
彼女は笑ってくれた、ありがとうと沢山言って、自分の前で涙を見せてくれた。何より楽しいバドミントンをしたいと言ってくれたではないか。
だが同時に。
『秦野…幻滅した? それとも、スッキリした? 私が同い年の女の子に無様に負けて…』
『ぅぅぅ!秦野の癖に!』
二週間前。薫子に負けて逃げ出した綾乃との会話。前者は喧嘩前のピリピリした時で、後者は喧嘩してお互いもう吹っ切れた時の言葉。
あの時は弦羽早も思考も感情もごちゃごちゃしていたので気にもしなかったが、その二つの言葉は有千夏の言葉と合致する。
特に前者は弦羽早を見下しているという負い目のようなものが無ければ、普通”自分が負けてスッキリした”などと思わない。
有千夏の発言を全て鵜呑みに下訳ではないが、ただ心当たりが出てきてしまった以上、弦羽早は擦れるような声で聞いた。
「…いつから、そう思ってたんですか?」
「確信したのはもう弦羽早君が宮城に行ってから。でも前々からふと気になる時はあったけど、二人とも楽しそうにしてたからまさかって。
弦羽早君と卒業式に契約書を書いたことを話してくれてね、”弦羽早君が全国取ったら綾乃もフォローしてもらえるね”って言ったら、”秦野だよ。そんなのあり得ない”って」
「ッ…」
そのすぐ後に、冗談でもそんな事を言ったら駄目だと叱咤したが、綾乃はどこか不満げに渋々と頷いた事を有千夏は思い出す。
「…ゴメンね。私がもっと早く気づいてあげたら良かった。あの子にとって一番負けた相手が私で、一番勝った相手が弦羽早君なの。でも弦羽早君は努力して、とっても頑張ってくれた。そこを綾乃がリスペクトしてくれたら良かったけれど、あの子の中では、それだけ頑張っても自分には勝てないって。決して本心じゃないの、それは分かって欲しい。でも、心のどこかでそう思うところもあったんだと思う」
「…そう、ですか…」
有千夏があと一言でも励ましの言葉を送れば涙腺が崩壊する程にショックを受けていた。
今の自分の基盤となった綾乃との出会い。彼女からバドミントンを通して学んだ沢山の事。本当の努力とはどういった事か、その先に何があるのか。
憧れだった彼女に見下されていたことは、まるで彼女自身からこれまでの自分を否定されたようで。
「…中学での部活でその意識が強くなってしまった。
「…羽咲らしいですね…」
嬉々として試合に挑んだ結果、相手をボコボコにする綾乃の姿が目に浮かぶ。
「うん。私も選手として戦ってきたから、スコンクなんて余程の実力差がないとできない。それはやられる方の努力不足だって思うところはあった。私も小さいときはやられた経験はあるからね。弦羽早君もそれは辛い程知ってる」
「…はい、それはもう」
どれだけ努力を重ねて強くなり、成績を残せるようになっても彼女の成長速度はその上を行っていた。シャトルの威力に差が出なくなっても彼女には技術力があり、レシーブがあり、素早い動きと選球眼。他にも数多のものを当時から持っていた彼女に勝つ術などあの頃の弦羽早にはなかった。
「でも本気でやるスポーツと友達付き合いの延長でやる部活のスポーツは違う。後者が悪いなんて思ってないけれど、お互い噛み合わない部分はある。そしてあの子の周りにはスポーツとして戦うプレイヤーと、負けてもずっと挑んでくれる君が居た。物心つく前からずっとバドミントンしているからこそ、それが当たり前だったの。スポーツのバドミントンが遊びになるくらい」
長かった赤信号が再び青に変わり、車は前に進む。
「その時綾乃は”努力しても強くなれない選手”の他に”努力できない人”を見つけたの。あとは君も知っての通りだと思う」
「…それだけじゃないです。羽咲は俺が負けても何も失ってないって言ってました…。でも、自分は一回の負けで失ったとも」
「そっか…そうだろうね」
「ッ、それが分かっていてなんで!」
「あの子が本気でバドミントンを目指すのなら、甘えられる母親はいらない。どんな結果でも負けたのなら受け入れて、それを共に分かち合える、見下すことのない本当の仲間やライバルが必要だと思ったの」
未だにショックが抜けないながらも弦羽早は何とか状況整理をすることができた。
有千夏の行為は未だ納得はできないが、動機に関しては弦羽早も選手として理解できる部分はある。
有千夏が普通の母親であれば綾乃の傍にいられただろうが、彼女は母親であり、コーチであり、元日本トップの選手。
そんな彼女が負けた綾乃に「大丈夫だよ」と母親として言っても、綾乃は母親としてだけでなく、コーチとしても元トップ選手の言葉としても捉えてしまう。
「でも…勝ち上がった時に会ってあげれば…」
「仲間もいなかった綾乃に? 駄目、また私に甘えるだけ。それだと出て行った意味は無いし、むしろ勝てば手に入るんだと思い込んでしまう。私はね、綾乃に勝って手に入れるんじゃなくて、負けて手に入れて欲しかったの。弦羽早君みたいに」
「俺、ですか?」
「うん。どれだけ負けても諦めずに努力し続ける心と、バドミントンに対する真っ直ぐな想い。その先で得た優勝。君は私が綾乃に望んでいたものを取ってくれた」
自分のそれまでの頑張りを褒めてくれる有千夏の言葉は嬉しかったが、しかし弦羽早が抱いた感情は否定だった。
それまで心の中に微かにあった違和感という名のパズルが今明確に形を持ち、同時にピースがピタリと重なる。
だが有千夏の言葉を一通り聞きたかったので、話を折らずに聞き側に回る。
「弦羽早君が中二の時には全国出て、中三で一位になったのはコニーから聞く前から知ってた。実はその試合も会場で見てたりして」
「えっ!?そんなに近くにいたんですか?」
「基本海外だったけどシーズンに合わせてね」
先程の静かなトーンとは一転して悪戯が成功した子供のようなうきうきとしたトーンで有千夏は語る。おそらく弦羽早に気を使ってそういう空気を出してくれているのだろう。そちらの方が弦羽早としても気が楽であった。
「綾乃の状況も理解してた。あの子がバドミントンを辞めるのなら、それでいいと思う部分もあったの。あの子にとってバドミントンが人生そのものだったから、そこを離れて普通の社会を勉強する事も母親としてはありだったから…。でももし綾乃を変えてくれるなら、弦羽早君じゃないかなって」
「えっと、そこで何で俺が?」
「綾乃がずっと見下して、勝ち続けた相手だから。それが全国一位になって綾乃の元に来たら、綾乃の中で沢山の変化が生まれる筈。でも、弦羽早君には弦羽早君の人生がある。君の元までいって、綾乃の為に強豪校でもない北小町に来てとは言えなかった」
「でも俺は現に北小町に来ましたよ?」
首を傾げる弦羽早を横目で見ていた有千夏は、突然ケラケラと笑い出しし両手で持っていたハンドルが左右に震える。同時に車体が左右に揺れて真剣な顔に戻ってハンドルを固定させるが、その肩は依然震えている。
「ふっ、アハハ。あのね弦羽早君、中学生という多感な三年間を経て全国のトッププレイヤーにもなって、それで強豪校を蹴って小学校の時の約束を守ろうとする子は極々限られてるよ。自分の娘の為にそこまでしてくれると思える程、私も親ばかじゃなかったし」
「嘘でしょう。未だにあの時のショックは覚えてますからね。羽咲とミックスペア組む条件」
「あの頃は二人がそこまでバドミントンに入り込むとは思っても無かったからついね。普通、本気で叶えるとは思わないでしょ」
「…全日本十連覇がいいます?」
「ちょ~と大人げなかったかな?」
まさか当の本人がここまで軽いノリだったとは夢にも思わなかった。今日弦羽早の元へと入った情報量は受験日前日のラストスパート時よりも多いかもしれない。
両利きになり、学校以外のほぼすべての時間をバドミントンに注ぎ込み、わざわざ地元から離れてまで得た称号は冗談から生まれたものらしい。
なんだそれはと、自分が道化に見えて弦羽早もまたケラケラと笑う。
「やっぱり親子ですね。ここまで他人に振り回されるのは今のところ羽咲とおばさんだけです」
「でもいい経験になったでしょ?」
「それは勿論。……あの、おばさん」
「ん~、なあに?」
ここまで有千夏の話を聞いて弦羽早の中には少なからず納得できる部分はあった。バドミントンと深く関わり合ってきた特殊な価値観を持つ綾乃に対して、親とコーチの両方の立場を持つ有千夏が生半可な事を言っても根本から解決しない事も。
有千夏から高く評価されたこともまた嬉しかった。綾乃とまでは行かずとも、有千夏の存在もまた自分にとっての憧れである。
そんな彼女から、綾乃を変えられるのは自分だと言われて何も思わない訳はなかった。だが、だからこそ気づくことができた。
「おばさんは俺の事評価してくれてます。羽咲も優しいって、助けてもらってるって言ってくれた。でも俺はそんな出来た人間じゃありません。全国まで頑張ったのだって不純な動機ですし、誰に対しても優しい訳じゃない。それに、ショックを受けた癖に俺自身、他人を無意識の内に見下していた」
「弦羽早君が?」
「入学した時は同じくらいの実力だった同級生に対して、レギュラーメンバーになった瞬間、俺はその子を格下に見ていた。一度試合に勝った相手には負けないだろうと、気を抜いて試合に入る時もありました」
「それは普通のことでしょう。努力して得た実力なんだから」
「だから羽咲も一緒です。彼女は俺以上に”当たり前に努力”して才能があった。それに及ばなかったのなら、羽咲が俺を下に見ていたのは当然だと思います…」
「でも綾乃と弦羽早君とは違う。あの子にとってバドミントンの価値観は人生の価値観と変わらないの。だからーー」
「変わりませんよ。俺も仲間をどこか下に見ていた。今の北小町のメンバーも少なからずそう見ているかもしれません。もし試合で当たったと想像しても、全力で試合に入る自分が浮かばない。それはどんなに取り繕っても下に見ているというのには変わらない」
「……すっかり大人になったね」
有千夏は穏やかな声で微笑みながらそう呟いた。
弦羽早は見下していると言ったが有千夏はそうは思わない、綾乃と弦羽早が一緒だとも。
どれだけ取り繕ってもバドミントンとは引き分けの無い必ず勝ち負けが決まる勝負であり、また個人競技であることから求められるのはチームワークではなく各々の実力だ。だから必ず実力差というのが生まれ、強弱という上下関係が生まれる。
問題はそこからどう他人と接するか。
どんな相手にも全力で戦えとは言う訳ではない。
でも弱い相手だって
「そんなこと、ないです。結局俺は羽咲の肩を持ちたいだけです」
「あんまり自分を卑下しないで。弦羽早君がそんなんじゃ、私はもう表に顔を出せないよ。…ありがとね、綾乃のことを悪く言わないでくれて」
――本当は母親である自分が何よりも綾乃を受け入れなければならないのに。
そう愚痴るように呟くには弦羽早はあまりに若かった。だと言うのに、彼の方が綾乃と向き合っているような気がしてならず、いたたまれない。
でもそれは当然の報いだと受け入れるしかなかった。
有千夏は小さく悲しみの込められた息を吐くと、潜り抜けた青い標識を見てハッと我に返る。
「おっと、そろそろどこに向かってるのか言わないと不味いわね」
物静かな空気から一転して忙しない口調になる。
「はあ」
ここに来るまで見えていた看板から東京方面に向かっていることは分かっていたが、細かい位置に心当たりはない。綾乃のいる場所と言っていたが、その事についてもまだ聞いていなかった。
「今向かっているのはヴィゴ・キアケゴー・スポーツアリーナ。簡単にいうと日本のトップ選手の育成を中心とした、
ヴィゴ・スピリッツ・キアケゴー。全英オープン四連覇で、ヨーロッパ勢の最初の金メダリスト。もう還暦を越えた老人だ。
彼が現役だった頃の試合はかなり古い映像となるので弦羽早も見た事はないが、名前だけなら知っている。
そこまでの大物が出てくるのかと弦羽早は小さく頭を抱える反面、流石綾乃だと感嘆の息を吐く。
「そのアリーナのデモンストレーションの試合にヴィゴは綾乃を指定してきた。綾乃を自分の元に惹きこむための餌を用意してね」
「餌? もしかして…」
「そう、私。ヴィゴの目的と私の目的は微妙に違うけれど、綾乃に次のステップに上がって来て欲しいから、私もその話に乗ってとびっきりの選手を二人用意した」
「二人?」
「うん。弦羽早君にはそこで綾乃とペアを組んでその二人と戦って貰う」
「…はい?えっと…いや、試合を行うのは構いませんが、ヴィゴは羽咲を指名したんですよね?」
であればわざわざ自分が関与してダブルスを行う必要性は無い。
第一、有千夏が用意したとびっきりの選手とはどこの化け物だ。彼女のことだ、ネット越しに二匹の鬼が立っていてもあり得ない話ではないので笑えない。
「ダブルスは私が無理やり指名させたの。綾乃にステージを上がるのとは別に、もう一つあるものを見つけて欲しかったから」
「あるものって?」
「それは弦羽早君にも教えられないかな。でもこの試合を通せば見つけられる可能性はあると私は思ってる」
教えられない。ならば自分で答えを見つけてやろうと思うのが人の性だが、弦羽早はすぐに諦める。ある部分では娘以上にぶっ飛んでいるこの母親の思考は、弦羽早に読み取れるものでもない。
「それくらい私が選んだ二人は強い。今の綾乃と弦羽早君じゃ絶対に勝てない」
「…それは、シングルスで羽咲が戦っても?」
「ええ。手も足も出ずに負けるでしょうね」
あの綾乃が手も足も出ずに負けると聞き、いよいよコートの中に立つ鬼の姿が鮮明に浮かび上がる。
「…俺がやってる競技ってバドミントンであって、鬼退治じゃないんですが」
「茶化さないの。でもね、もう一つ上のステージに、個人としてペアとして上がったら可能性はゼロじゃなくなる。そしたら弦羽早君にも大きなものになると思う。だから頑張って。さ、着いたわよ」
有千夏はモデルのようなスラッとした長い足に履いた、色気の無い微かに汚れたスニーカーでブレーキを踏む。
試合の話題にはまだ納得できない部分もあったが、ただ綾乃にとっても自分にとっても大きな試合となれば無下にはできない。
選手にとって自分を変えられる大きな試合とは望んでも手に入るものではない。それを用意してくれたのなら乗るべきだ。
また或いは有千夏の話に考える余裕が無くなり、半ば思考停止状態での選択なのかもしれない。
二列目のバッグを肩にかけると、数秒だけ建物を観察する。
元々は普通の体育館だったのか特別際立った形状ではないが、壁の塗装にシャトルやラケットがあることからバドミントンの専門的な場所であるのは初見の弦羽早でも分かる。
「もう綾乃は来てるはずよ」
運転席に乗ったまま、開けたミラー越しに弦羽早へと告げる。
「弦羽早君、綾乃が無自覚とは言えあなたを酷く傷つけた事は分かってる。私のお願いを聞き受ける義務も無い。でも、それでもあなたが綾乃と組んでくれるって思ってくれるなら、お願い、綾乃のパートナーとして支えてあげて」
「おばさんから見て、俺はもう羽咲のパートナーになれてますか?」
「ええ。でももっといいパートナーになれるはずよ。あなた達にはその素質がある」
「…分かりました。なら、そうなる為にもちょっと頑張ってきますよ」
この話十回以上手直ししてるんですけど、綾乃ちゃんを悪者にして主人公マンセーに見えてしまう…。自分の書きたい悪可愛い羽咲さんと違うって言いますか、これでも試行錯誤はしたんですが。
ヒロイン力を溜めてる段階なんですよきっと多分おそらく。
今回の有千夏の心境としても特別原作と変えたつもりはなくて、手紙の内容からもこんな風にも思ってたんじゃないかなと。当然独自解釈ですが。
ただインターハイ編の有千夏さんも性格暗くなり過ぎてよく分からん。
多分綾乃ちゃんとの電話か体のどっちかが原因かと思うんですけど、有千夏さんのイメージって基本明るいんですよね。
もうちょっと娘二人を見習って安定したメンタル持って欲しい。