好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
今回から試合が始まりますが一人勝手に盛り上がって六話ほどあります。おまけに一打一打細かく書きすぎて冷静に見返すと分かりにくかったり、心境コロコロ変わったり。
ただ盛り上がるポイントだと思っているので(頑張って書いたし)削りたくもない。それでもダラダラ見せてもどうかと思うので試合終了+1話毎日投稿しまふ。
時は少しさかのぼり、長身の穏やかそうな外国人の老人ヴィゴに連れられて、綾乃は高級車の後列にちんまりと肩を狭めて座っていた。
有千夏に会わせてくれると聞いてついてきたのはいいものの、この老人の胡散臭さは他人に対しての私見がズレている綾乃でさえ感じていた。
基本的に一人で勝手にぺちゃくちゃ喋っていたかつてのレジェンドプレイヤーは、定期的に綾乃に話しを振ってくる。
「ところで綾乃チャンに質問デス。アナタハ何故バドミントンをシテイルノデスカ?」
どこかわざとらしさのある片言の日本語で、ヴィゴは笑顔でそう聞いてきた。
「何を…って? む、難しいです…」
「駄目デス。答エナサイ」
四十センチ近く離れた長身の圧に押されてか、綾乃はますます体を縮こませながら考える。
まず真っ先に思いついたのは有千夏だった。今から半年前、バドミントンを辞めた時は掴めなかった母親の情報をコニーが教えてくれると言い、この老人は有千夏が待っていると言った。
――お母さんに会いたい。
ではそれ以外に何もないかと言われると、綾乃は心の中で首を振った。
久しぶりにやるバドミントンは素直に楽しいと感じられた。それまで嫌なことが重なっていたが、特に弦羽早と一緒にやるバドミントンは”綾乃の中では”純粋に楽しんでいたあの頃を思い出す。
それ以外にも自分を仲間だと言って、心配して駆けつけてくれたみんなと一緒に団体戦でインターハイに出場したい気持ちもあった。
ただそれは言葉にしようとすると途端に漠然となり、上手く言い表せない。いや、声にするだけなら簡単なのかもしれないが、自分の中にある違和感に喉が引っ掛かる。
「お母さんに会って、バドミントンで繋がれたみんなと…勝ちたい…?」
「ふむ、漠然として、矛盾シテイマスネ」
綾乃の母親、有千夏は世界で待っている。
でも今の北小町にいては練習内容が限られ、世界は目指せない。
「あと…秦野と…楽しいバドミントンしたいのも…ある」
綾乃の口から出た名前にヴィゴはピクリと眉を動かした後、年齢を経ても衰えない覇気の籠った目を細める。
「綾乃チャンは何故ミックスをスルノデス?」
「え?」
「アナタの才能が開花スルノは個を貫けるシングルスデス。あなたもダブルスは苦手ナ筈。何ヨリ、彼ハ綾乃チャンガ組ム程ノ才能を持ッテイナイ」
ヴィゴも弦羽早の成績や二刀流と呼ばれている奇怪なスタイルであることは知っており、中学時代の彼の試合もビデオでだが見たことはあるが、そこに興味は惹かれなかった。
毎年数人いる程度の努力の出来る凡夫。それがヴィゴの評価。
両利きなら既に綾乃がいるし、何よりそんなふざけたサーカスを主軸にする戦い方など好みではなかった。両利きというのは意外性があるのが強いのであって、端から武器として使うものではない。
弦羽早を見下すヴィゴの姿勢を直感的に感じ取ったのか、綾乃はギロリと暗い瞳で睨みつける。それまでオドオドとしていた少女の姿はそこになかった。
「…秦野のこと悪く言うのは止めて。それ、凄くイライラする」
「オオウ。ソレハ失礼シマシタ」
ふむ、とヴィゴは窓越しに映るスカイツリーを見上げる。
本来は綾乃と有千夏が見つけて来た少女のシングルスを見たかったヴィゴだが、有千夏たっての希望でミックスダブルスを行うことになった。しかも綾乃のペアは努力ができるだけの凡夫。
そんなのお断りだと当然拒否したが、有千夏は自分が綾乃を釣る餌なのをいいことにマウントを取って来たので今回は渋々乗ることとした。
「(綾乃チャンの評価ヲ下ゲル事ダケは止メテ欲シイデスネェ)」
至極興味の無さそうな顔を浮かべながら、顔も覚えていない弦羽早へと語り掛ける。
そんな態度も相まって一部からロリコン扱いされているのだが、当の本人には自覚がなかった。
目的地に到着するとすぐに、ヴィゴが日本のバドミントンの知名度を上げるために新たな事業を始める事を、無数のカメラの前で大々的にスピーチをする。
『
これが未だ国内で評価の低いバドミントンに、不満を持つヴィゴの新たな事業のコンセプトだった。
ヴィゴと彼を撮るカメラマン達を興味無さげに横目で見ていた綾乃は、アリーナ入口の近くにいる二人のバドミントンウェアを着た男女を見つけた。
一人は身長が綾乃と同じぐらいの背丈の低い少女。シュッと細身のある整った顔立ちと短い髪は、女子のウェアを着ていなければ美少年にも見える中性的な顔立ち。
男子の背丈もそこまで高くない。日本男子の平均より数センチ大きい程度か。西洋人なのか髪の色は金色で、肌の色は少し白め。ただ顔つきはアジア寄りで、健太郎以上に金髪が似合っていないというのが印象的のちぐはぐな男。
二人は綾乃の視線に気づいたのか少女は無表情に、少年か青年か、成長の早い西洋人なので見分けのつきにくい男子は眉を少し上げる。
【子供…】
【君がそれを言うか】
言語は中国語だろうか。
当然綾乃には何を言ってるか分からずに首を傾げていると、入り口の方からバッグを背負った見慣れた姿が現れた。
「あれ、秦野? なんでここに?」
綾乃の顔を見ると彼は一瞬顔をこわばらせる。先程の車内での出来事の直後、普段通りに装えるほど器用な性格でもない。
しかし彼はすぐに優しい笑みを浮かべると、綾乃の頭を乱雑に撫でた。
「えっ? えっ?」
彼は時折頭を優しく撫でてくれるが、こんな風に髪型が乱れるような撫で方は初めてだった。
嫌な感じはしなかったので綾乃は受け入れるが、ただ困惑しているのかポカンと小さく口を開けている。
綾乃の髪がぼさぼさになったところで満足したのか、弦羽早はククッと喉を鳴らす様に小さく笑う。
「匿名希望の方に羽咲と一緒に試合するようにって言われてね」
「試合? わ、私が…?」
「聞いてないの?」
まあすぐに分かると思うよと、弦羽早はラケットバックを置いてシューズを履くや、一人勝手にストレッチを始めた。
いつもならもっと自分に声を掛けて来たり、あるいは心配してくれそうな彼だが、少し様子が変な気がする。
ただ綾乃が感じたのは漠然とした違和感だったし、何より今から試合を行うということが気になって追及はしない。
『それではこれより、このアリーナのコンセプトでもある、次世代の若き才能同士による練習試合を始めます! 試合形式はまだマイナーながらも、○○年からインターハイに導入された混合ダブルス。その特殊な動きとコンビネーションが要求される競技の奥深さを彼・彼女等が見せてくれます!
オンマイライト中国出身、15歳、
オンマイレフト、神奈川県立北小町高校一年、羽咲綾乃!同じく秦野弦羽早!』
「え゛っ?」
ヴィゴの元に集まっていた記者たちの視線が一転して四人の元へと集まり、ざわざわと記者達のどよめきが走る。
記者たちの中で唯一名前を知っているのは弦羽早だけで、あとは無名の選手のみ。
バドミントン雑誌バドラッシュの明美と男性記者二名だけが綾乃の事を知っていたが、向こうの選手の名前はリアルタイムで調べても出てこないのか困惑の声を上げていた。
一方別の意味で困惑している綾乃は、驚いた様子無くアップを続けている弦羽早に声を掛ける。
「秦野、ど、どういうこと?」
「俺も詳しい経緯は分からないけど、羽咲がこの試合に挑むのなら、全力で一緒に戦うよ」
「わっ、私は嫌だよ…」
何も聞かされていないこの状況で、聞いたことも無い相手と記者の目の前で試合を行うなんて誰でも嫌だろう。
弦羽早もある程度の相手を覚悟していたが、無名の選手というのが返って不気味だった。
「(あの二人どっかで見た事ある気がするけど…)」
ただならぬオーラを纏う少女と少年を弦羽早はジッと見つめる。レーンは少年と呼ぶにはいささか老けている気がするが、西洋人ならそんなものだろうと納得した。
戸惑う綾乃の耳元で、協会の人間が何やら耳打ちをする。おそらく有千夏に関する話を持ち出しているのだろうと、そのやり口に弦羽早は口ひもを再びギュッと強く結ぶ。
主催者であるヴィゴは勿論だが、それに乗る有千夏に対する怒りも少なからずある。
先程まで有千夏と共にいたから感覚が麻痺していたが、綾乃はずっと有千夏との繋がりを持てずにいて、ついこの間ようやくリストバンドを手に入れたばかりだ。
そんな母の背中を追い続ける少女の良心を利用するのは気にいらない。
「(ただ俺も羽咲に黙っているから同罪だ。誰も責められない。それに、多分そこを気にしてる余裕もない…)」
対戦相手の二人と視線が合い、小麗は変わらず無表情のままだったが、レーンが小さく口元を上げる。たったそれだけなのにゾワリと背筋が震えるのを感じた。
「秦野! こっ、この試合に勝てば、お母さんに会えるって!」
ヴィゴの言っていたことは本当だったと、綾乃は身を乗り出す様に弦羽早に顔を近づけてキラキラと光る笑みを浮かべた。
車の中で有千夏から聞かされた話は今も弦羽早の中にわだかまりとなって残っていたが、そんな煌めいた笑顔を見せられたら、自分の抱いていた悩みなどそこらの石ころ並みにどうでもよくなってくる。
「ん、俺もその辺りの事は聞いてる。全力で頑張ろう」
どこまでも単純な自分の思考回路と感情に呆れながらも、弦羽早は笑顔で右手に付け替えたリストバンドを前に出すと、綾乃もまたニッと強気な笑みを浮かべて左腕のリストバンドを交わした。
綾乃との試合前練習以外では今日シャトルを打っていない弦羽早は、一本練習を要求してレーンとクリアーを交わす。
綾乃と小麗はいらないとばかりにラケットを降ろしてジッとその様子を見ていた。
クリアーだけでは強さを測れないが、ただ全てがスイートスポットに当たって聞いていて気持ちよい音を鳴らしている。
「(それくらい当然か。おばさんが選んだって言ってたし)」
肩慣らしを終えた弦羽早は、サーバーである小麗の前にドロップを送って練習終了の合図を送る。彼女はそのショットを空中ですくうと右手に持った。
「(相手は男子が右に女子が左、こっちと同じか…)」
『サーバー小麗! ラブオルプレイ!』
審判の声と共に四名がラケットを構えて試合に入り込む。その瞬間綾乃の視界に見覚えのある長い髪が舞った。
「ッ! おかあさ――」
「羽咲!」
レシーバーの綾乃の視線の先には、特等席にジッと立つ有千夏のものと思われる人影があった。
自分には黙っていてくれと言っていた癖に随分ずさんな隠れ方だと悪態をつきながら、集中が切れた瞬間に放たれたサーブに、怒鳴るように綾乃の名前を呼んだ。
「ッ!」
綾乃は既に腰より下へと落ちかかっていたサーブをすくうようにして、なるべく上げないようにと軽いドライブを放つ。
【遅い…】
だがそれは前衛に構えていた小麗にとっては絶好の球。小さな体からは想像できない重たい音と共にドライブを繰り出す。
綾乃も甘い球を打ったとは自覚があったので、心構えはできていた。持ち前の反射神経で正面に来た球を打ち返すが、小麗はすぐに綾乃のフォア側へと落ちる角度のあるショットを繰り出す。
「(ネット前の速い展開で羽咲が押されてる!?)」
「ぐっ…!上げるね!」
出だしが小麗に有利だったとはいえ、速い展開から逃げるようにロブを上げる綾乃の背中に弦羽早も目を見開く。
敵はどれほどの実力者なのだと困惑しながら、防御の陣形サイドバイサイドへとなり、正面に上げられたシャトルをジッと見つめる。
後衛のレーンは既にシャトルの落下地点に待機しており、両足をバネに飛び出していた。
ーー来る!
弦羽早は中腰になって上半身をやや前に、自分の体前方に大きなボールを両手で抱えるようなイメージでラケットを構える。身体の目の前に空間をつくる事で、差し込まれてもある程度素早い球にも対応できるようになる、弦羽早にとっては一番馴染みのあるフォームかもしれない。
そして弦羽早の横をシャトルが
「「…え?」」
それは弦羽早の声だけではなかった。綾乃の声も記者たちの声も、小麗とレーンの正体を知らないヴィゴも目を見開いていた。
唯一笑みを浮かべるのはこの会場にたった三人。小麗、レーン、そして有千夏。
『ポイント
淡々とポイントを告げる審判も、もしかしたらレーンの実力を知っていたのかもしれない。
スマッシュを受けた弦羽早は勿論、綾乃もまた呆然と自分のコートに転がったシャトルを見つめていた。弦羽早を越える動体視力を持っている綾乃でさえ、完全に捉え切れたとは言えなかった。レーンが放ったシャトルはそれこそ一瞬で弦羽早の横を通り過ぎていた。
バドミントンのシャトルは初速と終速でかなり速さが変わるが、ギネスに乗っている初速は493キロ。初速だけなら新幹線よりも遥かに速く、最速のスポーツとしてギネス登録もされている。
そしておそらく今のスマッシュは、そこまではいかずとも初速は400は超えている。
試合が始まってまだ一度もシャトルを打っていない弦羽早の額から、タラリと汗が流れる。
「は、秦野…」
「…ごめん、取れなかった」
ふぅと一度息を吐いた後、弦羽早は笑みを浮かべてシャトルを小麗へと渡したあと、動揺の残る綾乃の頭をポンと叩いた。
「羽咲、切り替えるよ。相手はとびっきりの格上だ。本気でいかないと、一点も取れない」
「…うん、そうみたい」
頷いた綾乃の瞳は瞼一回だけで暗くなり、弦羽早でさえ息を呑むほどに纏う空気が下がる。
かつては全日本トップの有千夏の下で指導を受けた二人は、相手が格上だからとそう簡単に折れない。
常に立ち向かう弦羽早と、一瞬で試合に入り込む綾乃。タイプは違えど選手としてすぐれたメンタリティであるのは変わりない。
あのスマッシュを見て動揺はすれど闘志を燃え滾らせる二人に小麗は一瞬口元を上げると、再び無表情な顔で弦羽早へとショートサーブを放った。
一応説明すると【】は中国語です。
一度400キロのスマッシュとか生で見てみたいです。
493キロとか想像もできない。駅で新幹線が横切るより速いんですよね…。う~む…。