好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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今回短いです

流石にこれからも毎日投稿とかできないです。カキカキしつつ気分で貯めてるの消化していきます。



支えたい

目覚めは良いとは言えなかった。

変な時間に長時間寝てしまったせいか少し頭は痛く、体の内側に鉛を埋め込まれたかのような重さがあった。

瞼を開いても窓の隙間から覗き込む太陽の日差しはなく、電化製品の小さいランプだけが部屋を照らす光源となっている。

 

ゴソゴソと枕元を漁ると買って間もないスマホを発見した。電源を入れると画面には23:30と刻まれており、これでもかと睡眠を取ったばかりの綾乃に今日の終わりを無慈悲に伝える。

 

「寝すぎた…」

 

悩み毎ではなく不規則な睡眠から来る弱い頭痛に頭を押さえながら綾乃は小さくため息を吐く。

 

ただ意気消沈していた彼女の表情はものの十数秒もすれば、その口角が自然と上がっていた。

 

眠りから覚醒し出した綾乃は今日あった出来事を思い返す。朝の開会式の挨拶がまるで遠い昔のようで、薫子との試合から一日も過ぎていないなど考えられない。

そのくらい、眠りにつく直前の出来事は綾乃にとって大きかった。

 

「…シャワー」

 

ゆっくりと思い返せば、帰ってすぐ着替えるだけ着替えた記憶はあり、汗まみれの格好で眠り風邪を引く事態は免れたようだが全身のベタベタは取れてない。

良く親友のエレナには女子力がないと茶化される綾乃だが、化粧っけや色恋と洋服への興味が薄いだけで、立派な女の子だ。

 

既に寝静まった一階へと降りてシャワーを浴びる。

 

体のベタつきが流れていくのを直感できるこの瞬間はやはり至高である。汗をかく楽しみの一つと言っても大言壮語ではない。

 

頭の先から爪先へと流れ落ちる温水。それをじっと見つめながら綾乃はポツリと呟いた。

 

「弦羽早…」

 

ほぼ無意識の内に出たその名前に綾乃は閉じていた唇を僅かに動かした。

 

ずっと会いたくて会いたくて、そして遂に会うことができた大好きな母、有千夏。彼女の笑顔を二年ぶりに見て、てっきり自分の中は有千夏との思い出で溢れると思っていたが、それよりも思い出すのは共に戦った弦羽早とのやり取り。

その事に不思議と思うものの違和感はなかった。

 

 

――アリーナで会ったときちょっと様子が変だったかも。

 

――最初紅運のスマッシュを見た時、動揺する私の為に冷静になってくれたんだな。

 

――弦羽早が二人の正体に気づいたとき、様子が変なのは分かってた。それなのに自分のことでいっぱいいっぱいで当たっちゃったな。

 

「明日、改めて謝った方がいいのかな?」

 

自分が全部悪いとは思っていない。ただ一言何か優しく語るだけでも良かったのに、よりによって。

 

「ダブルス嫌いはないよ私ぃ…」

 

有千夏に会うためにと集中して、格上の相手であると分かり切羽詰まって、麗暁(リーシャオ)との激しいラリーの末にやっと上げさせたチャンスボールをネットに引っ掛けられた。

確かに怒るには十分な条件が備わっているが、バドミントンに限らずペア競技でパートナーのミスに怒るのは、それこそ失点ほぼ全てでもない限りNGだ。しかもただ怒るのではなく、ダブルス、つまりはパートナーを否定する発言。

完全にやってしまったと青息吐息の状態のまま、シャワーを止めて、沸かしてあった湯船へと浸かる。

 

「しかもあのサーブ、改めて思い返すとアウトだったかも…。うーんでもなぁ…」

 

ピリピリした空気の直後の、弦羽早のアウト発言。

あれも思い返せば少し冷静さを失って選球眼が濁っていたかもしれない。しかし、それこそライン上にコルク半分だけ掠めるくらいでなければ直感的にインとアウトか分かる自信もあるので肯定もできない。

 

ただこの場合インかアウトかはどうでもよく、あのまま無視してワンマンプレイをしてしまって、結局弦羽早に助けてもらったこと。

 

「あれもカッコ悪かったな。うん」

 

自虐気味に笑う綾乃だが、ダブルスでワンマンプレイをやろうと思ってやれるのがそもそもとんでもない事で、加えて弦羽早のフォローも遅い方だったのだが、今の彼女に客観的意見を与えてくれる人物はいない。

 

「(でも…)」

 

弦羽早なら良いと言ってくれるだろう。いや、それどころか謝ってくれた。

 

それを優しいと同時に凄いと思えた。たった1ゲームという体感時間では長くとも実際は短い時間の間で、目まぐるしく動いた自分の感情を彼は自己分析していた。

それは綾乃が無自覚の内に求めているもの。

 

ただそれを弦羽早が持っている事に対して、綾乃の胸の内がざわめきを帯びることはなかった。

 

だからだろうか。弦羽早の事を考えてもイライラしない。むしろ楽しかった。

 

彼と繋ぎあった激しいラリー。そこから得た1つ1つの得点が誇らしく、自分のミスで失った1点が歯がゆい。

文字通り持てる全てを出しきった試合は、打ってない球種を探す方が難しく、右手も左手も、フェイントも強打も、運も実力も全部使いきった。

 

だがそれでも追い付けない相手だった。世界ランク一位というのは手を抜いてなお、世界の頂点たるに相応しい強さを持っている。

それ程までに大きな差を綾乃は生まれて初めて味わった。ネット越しに佇む絶対王者二人の正体を知り、まるでネットの向こう側が巨大な壁に見えた。

 

心が折れ掛かってゴチャゴチャになっていた自分を支えてくれたのは、自分の名前を紡いでくれた優しい声に、ちょっと汗臭い匂いと硬い身体だった。

 

『…じゃあ、もっと支えたい。もっと一緒に戦いたい。俺が憧れた綾乃はこんなに強いんだぞって、日本だけじゃなくて、世界中に自慢してやりたい』

 

『だから、綾乃にも自慢して欲しい。俺ってパートナーがいて、そんな俺をいつも支えて、綾乃の存在が俺を強くしてくれるんだって』

 

脳内にリフレインする弦羽早の言葉と温もりに、頬の筋肉が緩むのが分かる。頬をムニムニと何度も揉んでみるがそれは変わらない。

 

弦羽早は以前にも憧れてると言ってくれた。その言葉を疑っていた等では断じてないが、彼は負けられない試合という中で世界の頂点を相手に意思の強さを証明してくれたのだ。

 

それは自分という存在が秦野弦羽早の支えになれたと自負するには十分で、これまでのバドミントンと強く繋がりあった人生を肯定されたかのようで、体の内全てが達成感と幸福感で満たされる。

 

これまで同学年から向けられてきた敵意や嫉妬とは明確に違う感情は、綾乃に確かな喜びを与えてくれた。

 

「えへへ…」

 

やっぱり明日謝るのは辞めよう。確かに気まずくなった瞬間はあったけれど、そこを乗り越えて大きな壁を乗り越えたのだ。感謝こそすれど謝るのは弦羽早に対しても、過去の頑張った自分に対しても失礼な気がした。

 

それに弦羽早に対して気を使いたくなかった。めんどくさいとか不純な理由ではなく、もっと気を許せる関係になりたい。

エレナやのり子のような友達、北小町バドミントン部のような仲間とも違う、パートナーとして。

 

「…弦羽早は私が支えになってくれてるって言ってくれた。私も弦羽早も支えてもらってる」

 

羽咲家の大きな和風の浴場に自分の声がこだまする。

 

ただ同じ”支える”という言葉を使ったが、自分と弦羽早では僅かにその内容に相違がある気がした。

 

「(私は弦羽早に支えてもらった。合宿、エレナとの喧嘩、薫子ちゃんに負けた時に今日の試合でも。でも弦羽早の支えになってる私はそういうのじゃないと思う)」

 

弦羽早は支えになっていると言ってくれたが、やはり再会してから自分が何かしてあげた記憶はない。

でももう疑わない。絶対に弦羽早の支えになれているんだと、自分を卑下するのは辞める。

きっと支えになっている形が違うのだ。それがまだ分からないだけ。

 

「(私はもっと弦羽早の日常を支えたい。だから私も弦羽早と同じように、弦羽早を支えにできたらいいなぁ)」

 

たった1ゲームという短い時間の中でも、それがコートの中だと綾乃の心を動かすには十分な時間だった。

 

有千夏に会う為に無我夢中だった試合の最中は辛かった。足はガクガクと震えていたし視界はフラついて、心臓がバクバクと破裂しそうで、その中で集中を深め続ける気力は一晩寝るくらいでは戻らない。

 

でも言葉を交わさずとも変化できるローテーション、ラリーを終える毎に重ねた手のひら、互いにフォローに入り、強みを活かす為の配球。

 

ダブルス経験の浅い綾乃でも、あの時の弦羽早とは繋がり会えたと胸を張って言える。

またあんな風に弦羽早とダブルスがしたい。

 

「明日の試合、応援にいかないと」

 

湯船のお湯をすくって顔を洗い、明日のパートナーの戦う姿を想像しながら笑みを浮かべた。

 




やっと、やっとデレ咲さんになってくれました。あんなに試合書いたのも、ここまでやったのなら少なくとも自分の中ではデレ始めることに違和感ないかなと。

自分の書きたかったデレ咲さんが、有千夏のいなくなった穴を埋めるというよりも、原作開始時からの羽咲さんをデレさせたかったのでここまで伸びました。

しかしここまで28話。序盤短い回もあったとはいえテンポが悪い。
でもようやく大きな一歩を成し遂げたぜ。

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