好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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前回弦羽早と綾乃のやり取りに、試合の展開を低めで行くという台詞にご質問がありました。
その返信の改変ですが説明を。

低めというのは地面との距離、つまり高さの事を指してます。前後関係的な意味でネットに近い場合はネット寄りと称しています。(サービスライン寄りとも書いたりします)

低い球が中心となるとシャトルと地面の距離が短くなるので自然と速く動く必要がでて、結果ゲームスピードも速くなるといった感じです。

ただその分、配球のパターンが少なくなるので、綾乃はゲームスピードを無理してあげるくらいなら配球を意識して相手を前後に動かして、相手の好きな速さに付き合えばいいんじゃない?ってことでした。

説明不足で申し訳ないです。お言葉に甘えて本文ではなくこちらで補足させて頂きました。



話してごらん?

「(今日の試合楽しみだったのに…。つまんない…)」

 

ギュッとラケットを握る左手の力を強め、ネット越しに立つ息を乱す男女二人に眉をひそめる。自分と彼等は本当に同じスポーツをしているのかと、全く乱れる気配のない己の呼吸に意識を向けるが、意図して呼吸を抑えようとしてはいなかった。

今の自分は自然体でありながら、息切れとは縁のゆかりもない状態だった。

 

綾乃は斜め後ろに立てかけたスコアを確認する。

 

18‐0

 

ゲーム開始から一度もサーバーは移る事なく綾乃が打ち続けている。まともなラリーというのも精々五回がいいところで、あとは相手が勝手に自滅したり少し前に落とすだけで点が取れてしまい、ローテーションも綾乃が後ろに下がる展開は一度しか起こっていない。

それくらいラリーが続かずに一方的になり、しかしどういう訳か相手は息を乱している。

 

「頑張れー!」

 

「1点だけでも取ろう!」

 

「1点…?」

 

対戦相手のコーチ席に座る同校の応援に、自然と頬が引き攣るのを感じた。

 

「(1点でいいってよりにも応援が言うの?)」

 

その感覚が綾乃には理解できなかった。

自分達と彼等との間に明確な差が開いている事は、アップ練習の段階で綾乃も理解していた。だから手に汗握るような激しいラリーを望むほど期待はしていない。

それでも実力差があろうとも、弦羽早と組む以上試合には集中して入り込みたかった。

 

だが相手の二人はほんの一ミリたりとも勝とうという気を感じられなかった。ミスをすれば反省する素振りもなくヘラヘラしており、息は切れているが目の前の球を全力で取ろうと言う気迫が無くラリーを続ける事自体を諦めており、自分達の弱点を探そうと模索もしない。

応援するメンバーもまた一点で良いと最低の妥協案しか提示しない。

 

その癖ラリーが終わる毎に一々向き合ってタッチを交わすのが、尚の事綾乃を苦虫を嚙み潰したような顔にする。

 

ショートサーブ。上がったロブを弦羽早がスマッシュを打てば一点。

ショートサーブ。浮いた球をプッシュすれば一点。

ショートサーブ。相手がアウトに打って一点。

 

「…なにこれ」

 

インターバルに入った直後、綾乃はそうポツリと呟いた。

喉は乾いていない。なんなら授業間の休憩時間のおしゃべりの方が喉が渇くくらいだ。拭く汗は一滴も出ていないし、当然パイプ椅子に座るほど疲労もしていない。

だが何よりも、次のゲームをどうやろうという考えが一切出てこなかった。

 

ーー期待外れだった

ーーアップはこれまでにして少し本気を出そう

ーー練習中の球試してみよう

 

格下相手でもインターバルに入れば、いくつか思うところはこれまでにもあったが、今は何も思うことができない。

 

「……」

 

「なんか感じ悪いよね」

 

「え?」

 

そう言ったのはスポーツドリンクを手渡してくれたエレナだった。

 

「あんた達二人に勝てないって思うのは普通だと思う。だって世界ランク一位倒しちゃったんだし、私から見てもあの二人ってそんなに上手そうじゃない。でも真面目に試合をするって誠意くらい見せるものじゃないの?」

 

対戦相手の方をチラリと睨みつけるような視線を向けながら、少し小さめのエレナの言葉は、綾乃の心中の霧を薄くしてくれた。

 

「…エレナでもそんなこと思うんだ」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

トーンが沈んだエレナの声に綾乃は慌てて両手を振る。

 

「そうじゃないの。私も同じこと思って、だから…」

 

「二人ともそんなに気にしなくていいよ。地区大会の第一試合はもっとも実力差が出やすい。それにミックスって仲のいいアピールで出るカップルもいるみたいだし」

 

「弦羽早」

 

ポンポンと撫でられる頭に首を上にあげてみると、彼の表情もまた笑顔とは言えないものではあったが、その纏う空気にはゆとりを感じられた。

 

「綾乃はちょっと試合に入り込み過ぎ。この試合はアップ感覚でいいんだから」

 

「で、でも…弦羽早とのダブルスすっごく楽しみにしてたのに、なんか…軽くやるのが嫌って言うか」

 

少しばかりトーンの低い綾乃の声は不機嫌というより、まるで期待外れのクリスマスプレゼントをもらった子供のように拗ねているように見られた。

 

何しろ綾乃が最後に戦った相手は、部活仲間の練習試合を除くと世界ランク一位のペア。弦羽早は翌日シングルスがあったため対戦相手の落差に思うところはなかったが、綾乃にとっては弦羽早を大切なパートナーだと思えるようになったきっかけというのもあり、まだあの時の余韻が残っていた。

その感覚を意識的に維持したまま一週間を過ごした末の初戦がこれだ。

 

綾乃は弦羽早に同意を求めていた。

軽い気持ちでやりたくない。同じ気持ちだよと。

 

でも返って来たのはフフッと余裕のある笑い声だった。

 

「な、なんで笑うの!?」

 

「い、いやゴメン。でもさ、俺達これから全国一位目指してたくさん試合するんだよ? 八月のインターハイは勿論、全日本ジュニアも出たい。おばさんが待ってる世界も決して夢物語じゃない。それなのに毎回そんなに気を張ってたら疲れるでしょ?」

 

「あっ…」

 

パートナーの言葉をきっかけに、綾乃はこの一週間の自分と周りの変化を思い返す。

 

あの試合をきっかけに、彼を支えたいと弦羽早と一緒にいる時間が増えた。互いの得意分野を教え合って、教室の中でもバドミントンの話で盛り上がった。そうすることでよりダブルスの質をより高め、今日の試合に臨むために。

 

同時に試合を境に明確に変わったのはなぎさだった。

かつて自分に負けたなぎさは今度は勝つためにと、特にこの一週間の彼女のやる気は強かった。

今日も練習を優先して応援には来ていない。

 

「(弦羽早を支えたいって思いと、なぎさちゃんと戦いたいって気持ちを、私はこの試合にごちゃ混ぜに持ってきてたんだ)」

 

そう気付くと自然と肩の力が抜けて、対戦相手へ抱いていた苛立ちが少し弱まった。

 

「確かに、気が張ってたのかも。エレナも怒ってくれてありがと」

 

「え? 別に私は思った事言っただけだし…」

 

思いの外アッサリとした綾乃の反応にエレナは少し困惑しながらも、悪い事ではなさそうなので頷いた。

 

「(自分の事を分かるってほんとに難しい…。それにやっぱり相手の態度は気に入らない、正直ウザい。くたばれ。でも弦羽早がいなかったら自覚できないままそう思ってたかも)」

 

自分の気持ちを自分で理解できるかできないか。その違いは大きい。

現にインターバル前は次のゲームどうしようかと何も考える気も起きなかったが今は違う。

相手にやる気がないのなら、一点たりとも渡す気はない。もし本気で一点でも自分達から欲しいものなら本気で向かってこいと、綾乃は妥協する事を辞めた。

 

だが綾乃の思いは空振りに終わり、相手はヒートアップする事なく、それどころかギアを上げた綾乃にげんなりするような視線を向けたまま、続くゲームも21‐0で終わった。

 

 

 

 

神童×奇才 最強の混合ペア現れる

 

綾乃と弦羽早の写真と共に大々的にそう載せたのは、バドミントン雑誌バドラッシュ。

バドミントン界隈ではそれなりに有名な雑誌で、その与えた影響力は大きかった。バドラッシュの記者はどうやら麗暁(リーシャオ)紅運(コウウン)の変装を見破ったらしく、変装前と変装後の二人の写真と共にその試合結果を公表した。

非公式戦ながら世界ランク一位の混合ダブルスペアに学生、それも高校一年生の二人が勝利した。

 

それが話題にならない訳がなく、特に二人がいる神奈川県の高校バドミントン界隈を震わせるには十分だった。

 

最初はガセネタかと笑うものもいたが、始めに変装を見破ったバドラッシュに続く様に次々と他の出版社も同じ試合の写真を載せた為それも真実味を帯び、世界ランク8位の赤羽玲二を始めとするトッププレイヤー達も見ていた事から、ガセネタの可能性はあっさりと潰された。

 

因みに二人がハグしている写真や弦羽早が綾乃を抱きかかえている写真も載せてあり、クラスメイトやコニーを筆頭に宮城メンバーが盛り上がっていたが、当の綾乃がその辺りに関しては全くの無反応だったので鎮火も早かった。

 

そんな二人が会場に来たらどうなるか、そしてもし対戦相手となればどうするか。

 

答えは明白である。会場を二人で歩いているだけで目立ち、人混みに歩けば蜘蛛の子を散らす様に去り、握手を交わす対戦相手の顔は端から勝つ気が無い。

 

――最初から消化試合感覚でやられるのってあんまりいい気持ではないね

 

弦羽早がそう言ったのは一試合目が終わった後の事だった。

人の良い弦羽早が自分と同じ思いを持っている事に綾乃は内心ホッとしたが、ただ彼に対してもどこか自分と感覚が違うことに気付いた。

 

麗暁と紅運との試合を得て、綾乃にとってダブルスとは繋がりを感じられる競技となっていた。

それまでバドミントンで他人と繋がるなど考えた事もなかった綾乃が、コニーの言葉を通して出来た新しい目標。その目標に綾乃はあまりにも短い時間でたどり着いてしまった。

 

どんなに強い相手でもパートナーと息を合わせ信頼し合うことで勝つことができる、シングルスには無い支えが存在する。

 

その考え自体は少々大げさなかもしれないが悪いものではない。ただ綾乃にとってバドミントンの価値観とは即ち人生の価値観に直結するものであり、だからこそバドミントンで得られた新しい価値観と異なる行為をコート内でやられると虫唾が走る。

 

「ゴメンね!足引っ張っちゃって」

 

「気にしないで。一本頑張ろう」

 

作ったような甘ったるい女の声と意図して低くしている不自然な男の声に、綾乃は手に持ったシャトルを潰すのをグッと堪える。

三回戦目。今回は一戦目と二戦目のように端からラリーをする気がない無気力試合とは違ったが、綾乃のこめかみを引き攣らせるには十分な相手だった。

 

三回戦目の相手は端的に言うならバカップル。恋愛に疎い綾乃でさえ分かるくらいにアピールがクドい。

毎回ラリー毎の手を合わせる行為は当たり前で、こちらが失点した時には女子の方は飛び上がりながら両手でタッチをしたくらいだ。

マナー違反であると審判に警告を受けたが、綾乃の苛立ちが収まる訳ではない。

 

綾乃も多少のバカップルくらいにここまで苛立ちは覚えないだろうが、対戦相手の二人もまた勝ちたいという意欲を感じられないのが助長させていた。

まるでこの混合ダブルスという種目そのものを、カップルである事のアピールの場か何かと見ている。一点一点を取る気は合っても、試合に勝つ気がない二人を見ているとそう思えてならない。

 

また短いラリーが終わり相手のコートにシャトルが落ちると、女子は自分の足元のシャトルを拾わずにわざわざ男子の方まで寄って手を合わせたあとに、またシャトルの元まで戻って綾乃へ送る。

 

「…ねぇ、一々タッチするの辞めてくれない? 試合のテンポ遅れてるんだけど」

 

試合のテンポは口実だった。

本当の理由は軽々しくその行為をして欲しくなかった。綾乃にとってその行為は、試合の合間という限られた時間の中でコミュニケーションを取り合いコンビネーションを高めるもので、神聖と言うには大げさだが、仲良しアピールを目的として軽々しくして良いものではなかった。

 

「え~、でもみんなやってるし。それに試合中にハグしてた人に言われたくないなぁ」

 

「ッ!あれはッ!」

 

よりによって自分に手も足も出ず勝つ気の無い人間にあの時の抱擁を馬鹿にされ、綾乃はギリッと歯を強く噛む。

対戦相手の少女は元々そういった行動に現すスキンシップが好きなタイプなのだろう。仮にも世界ランク一位を倒した、今この会場で最も注目を浴びている綾乃から注意を受け、少なからず控えめになった少年に対しても、むしろ嫌がらせのようにタッチを求めていた。

 

「綾乃」

 

「…なに?」

 

機嫌を損ねた綾乃の瞳とトーンの暗さは、パートナーである弦羽早の額からも冷や汗が流れる。

 

「今日の朝ご飯なんだった?」

 

「は? ふざけてるの?」

 

「いいからいいから」

 

屈託のない弦羽早の笑顔に押され、いつもより早起きしてくれたチヨーが作ってくれた朝食を思い出す。

 

「…カツとサラダと、ご飯にお味噌汁」

 

「おっ、カツ、いい願掛けだね。じゃ、続きも頑張ろう」

 

「……うん」

 

また気を使ってくれたのだろう。

確かに頭の中の思考を切り替えたおかげか、胸の内の苛立ちが少し冷めていた。

こういったパートナーに対する気遣いの上手さも弦羽早がダブルス向きな要素ではあるが、今回に関しては相手に対する苛立ちは減っても、今度は弦羽早に対して疑念が生まれた。

 

だが多少メンタルがブレたところで二人の強さが変わらない。ミスが増え失点があったものの、それでも2ゲーム合わせて10点も取られる事なく二人は勝利した。

 

何事も無く終わるのを望んでいた弦羽早だったが、最後コートを離れる際に対戦相手の少女がわざとらしく少し大きめの声で。

 

「いいよね~、天才って。試合中ハグしても注意されるどころかもてはやされるんだもん」

 

「お、おい!」

 

二人の試合をコーチ席で見守っていたエレナが勢いよく立ち上がり言い返そうとしたが、少女は言うだけ言って逃げるような早足でアリーナを去って行った。パートナーの少年と視線が合い彼は頭を下げていたが、本気で謝る気があるのなら直接目の前で謝るべきだろうと、エレナの怒りが収まる事はない。

 

「なにアレ!信じられない!」

 

「個人競技だしああいう人もいるさ。勝ったのはこっちなんだ、言わせておけばいいよ」

 

バドミントンはダブルスというルールはあれど、サッカーやバスケ程強固なチームワークがなくとも形になる。つまり個が強くとも競技として成立する以上、元々自我の強い人間はチームを気にする必要がないので素が出やすい。

勿論厳しい高校やフレ女のような強豪校になれば、そう言った面も徹底的に矯正されるが、彼女のいる高校では厳しい指導のないゆるい部活なのだろう。

 

「秦野、あんた悔しくないわけ!?」

 

「それはいい気分じゃないけど、一々そんな事でコンディションは崩せない」

 

「…私はムカつくよ」

 

ポツリと吐き捨てるように呟いた少女の名を、弦羽早とエレナの声が重なって呼ぶ。

 

「私にとってあのダブルスは大切な時間だった。抱き締めてくれた弦羽早の言葉と感触、今でも覚えてる。ほんとに…嬉しかった。それをあんな雑魚に馬鹿にされてそれよりもコンディションが大事? よくそんな簡単に割り切れるね」

 

綾乃は弦羽早に対する確かな好意を表すのと裏腹に、彼に対する怒りが込められていた。その言葉の重みと冷たい声が、針の雨のように弦羽早の胸を突き刺す。

これまで何とか不安定だった綾乃のコンディションを整えようと、多少無理してゆとりのある雰囲気を出していたが、作り笑いを止める。

 

「…その、ゴメン。でもさ、明日はシングルスの本選なんだ。順調に勝ち進めば荒垣先輩と当たる事になる。だから綾乃には――」

 

「…今、理屈の通った話は聞きたくない。ゴメン、次の試合までには戻しとくから、それまで一人にさせて…」

 

彼が全てを言い終える前に遮ると、綾乃はバッグを抱えてアリーナを去った。

その背中を追うのを拒絶された弦羽早は青菜に塩でガックシと肩を落とす。

 

「…どうして綾乃の事になると上手くいかないんだろ…」

 

「今回はあんたも悪い。まっ、あんたには借りがあるし、私が話聞いて来るよ」

 

「…ありがと」

 

 

 

 

 

人気の少ない体育館裏の細道。日陰と日向の境目が目の前にある通りで、太陽の熱を帯びていない影の中でうずくまるように綾乃は座っていた。

 

今回の一件で弦羽早が悪くないのは分かっていた。悪いのは自分の心の狭さと、お遊びのバドミントンと同レベルの有象無象達。

 

「(多分弦羽早はこうなることを気にしてたのかも)」

 

ここ一週間弦羽早は余り自分からミックスダブルスの練習をしようとはせずに、シングルスの練習に力を入れていた。綾乃に対しても、対戦表を見る限り今日はそこまで気合を入れる必要はないと何度か言ってくれた。

 

でも弦羽早と楽しい試合をしたいと忠告を無視し、ここ一週間のモチベーションの焦点を明日のシングルスではなく今日に当ててしまったのが今回のモヤモヤのきっかけだった。

 

今日のハードルを上げてしまった結果、用意されたハードルは低いどころか、世界ランク一位を倒したという称号の所為でハードルが地面ギリギリまで自ら下がっていく。

 

「…ああいうお遊戯でやってる連中は、コートに入ってきて欲しくないんだけどなぁ」

 

「あんまりそういう事は声に出して言うもんじゃないよ」

 

誰が聞いているか分からないでしょ? 

そう付け加えてひょこっと角っこから現れたのは親友のエレナ。

 

どうしてここが分かったと質問する前に、そう言えば以前エレナから、綾乃は日陰と日向の境目が好きだと言われた事を思い出した。無意識の内に選んだ場所だったが、確かにここも境目のすぐ目の前だ。

 

彼女は綾乃のすぐ隣に同じような姿勢で座り込む。その際よいしょと言うのが年寄り臭いが、妙に合っているのは彼女に年不相応の母性があるからか。

 

「だってホントのことでしょ。一回負けたら終わるトーナメント戦であんなにヘラヘラしたり、一点でいいとか考えられる神経が理解できない。その癖どいつもこいつもいっちょ前にタッチしてさ」

 

「確かに三戦ともやる気のある相手とは言えなかった。三戦目の相手は特に酷かったと思う。でもね、その人たちを庇う訳じゃないけど、やっぱりアンタ達はそれに相応しいくらいの事をやってみせたんだよ。何が何でも絶対に勝つって全力で挑んでくれる人は早々いない」

 

「…私、理屈の通った話は聞きたくないって、言わなかった?」

 

「じゃあアンタと一緒に他の選手貶せばいいってわけ? ラケット振った事もない私にはお門違いよ」

 

「…そうじゃないけど」

 

やっぱりエレナも説教に来たんだと、ブツブツと唇を尖らせる綾乃に、内心エレナはホッと息を吐いていた。もし喧嘩した時と同じ状態の綾乃になれば、励ますどころかこちらの心が折れかねない。

口調に毒があるながらも、目に光がある状態なら交渉可能だ。

 

「私はね~、今回の事は秦野にも問題はあると思ってる。勿論一番悪いのは対戦相手のあの女だけど」

 

「そんな事ない!弦羽早は悪くない…」

 

この話題で初めて声を荒げたのが弦羽早に対する非難の抗弁である辺り、本当に極端だと思いつつも、それだけ綾乃の中で件の試合が大きかったのが伺える。

 

「あんたさ、秦野のこと聖人君子か何かと思ってない? あいつああ見えて適当なところあるし、意外とドライだからね」

 

「そんな事ない。丁寧で気配りができて、優しいもん…」

 

「そりゃあ綾乃に対してはね。あいつ綾乃には甘いから。で、別にそこはいいの。ただ秦野だって普通の人間なんだから、常に正しい事言ってるとは限らないって伝えたいわけ。

今回の一件も秦野の言っていることは理屈では正しいかもしれない。でも理屈通りに動かないのが人間でしょ? 綾乃が大事にしてる試合をあんな風に馬鹿にされて怒らないのはちょっと理屈通りに考えすぎだと私は思ったわけさ」

 

「…うん、あそこは怒って欲しかった。薫子ちゃんに怒った時も――」

 

あの時自分のこと以上に怒ってくれて嬉しかった。

そう言いそうになったが、あの時の自分はどういう訳か弦羽早にフォローされるのを極端に嫌っていた。自分が惨めに見えるから止めて欲しいと、彼に明確な苛立ちを覚える程に。

 

「(ひょっとして私、かなり我が儘なこと言った?)」

 

自覚が生まれた綾乃はタラリと冷や汗を流すが、幸いにもエレナとは反対側の頬を伝ったおかげでバレてはいない。

 

「つ、弦羽早はもういいの。元々弦羽早に怒ってた訳じゃないし」

 

墓穴を掘りそうだったので多少強引だったが話題を切り替える。それに弦羽早に対して多少腹を立てていたものの、苛立ちの切っ掛けではないのは本当だ。

 

「ん~、じゃあさ、話してごらん? 私は未経験者だし、何かに無我夢中になって取り組んだことないから聞かなきゃ分かんないや」

 

「えっと…」

 

このモヤモヤを誰かにぶつけたいのは確かだった。だがいざ言葉にしてみろと言われると、途端喉の奥につっかえて上手く説明できない。

 

かつてバドミントンをしたくないと言っていた綾乃であれば、この時点で逃げ出していただろうが、改めて自己分析をする。

 

一試合目、二試合目、三試合目。各々試合中に抱いた苛立ちと不満を思い出していき、一分近くの時間を要して初めて口を動かし始めた。

 

「まず初めから勝つ気がないのなら、それってもうバドミントンやる意味ないよね? 100均のラケットとシャトルで外で打ち合ってればいいじゃんって思った」

 

「う、うん…。それは対戦相手の人には言わないようにね」

 

「で、仮にも一丁前に高いシューズとラケット持って試合にエントリーしてるのに、よくあんなヘラヘラしたり一点取れたら十分なんて考えができるなって。私なら恥ずかしくてコートの中に立てない」

 

「あ、綾乃。もうちょと声のボリューム下げようか。ほら、昔みたいに」

 

「しかもニ回戦と三回戦の相手三年生だって。高校から始めたにしてもあれは弱すぎでしょ。なんかさ~、雑魚の癖にミックスを軽く見てるんだよね~。一応知識があるのかサービスの立ち位置変えてるのが尚の事滑稽。仲良しごっこ大会がしたいなら運動場空いてるしそこでやるべきだよ。

何より毎回タッチし合うのが目障りで不愉快、虫唾が走る。そんなのに労力使うのなら少しでも脳味噌働かせるべき」

 

「ちょっと黙ろうか綾乃!」

 

弦羽早とのダブルスを得て丸くなったと思ったがとんでもない。むしろ確実に口の悪さと態度のでかさは悪化している。

しかも意図して悪口を出そうとしておらず、素直に口から出た言葉なのが尚の事恐ろしい。

エレナは災いの元である健康的な唇を挟むと、辺りをキョロキョロ見渡して誰も聞いていないかを確認し、ホッと胸を撫でおろす。

もしこの事をこれまでの対戦相手に聞かれでもしたら、乱闘に発展しかねない。今の綾乃なら男数人で来られてもコートの内外問わずに返り討ちにしそうだが。

 

「あんたね、いくら私しかいないからって言い方には限度があるでしょ?」

 

「話してって言ったのはエレナじゃん…」

 

「とにかく、私以外にそんなこと言っちゃ駄目だから」

 

「は~、めんどくさいなぁ~」

 

壁に背中を預けて足を組むでかい態度の綾乃に、エレナは入学当初の思い出す。

彼女が一番つらかった中学時代に気づいてあげられなかった自分が偉そうな事は言えないが、にしても短期間で変わり過ぎではないか。ただそれまでの綾乃が素ではなく、今が素に近づいていると思うとやはり強く言えない自分がいる。

 

それに綾乃の気持ちは聞いたが、彼女がどういった線引きをしているかが分からない。

 

「綾乃は自分より下手な人全員にそんな風に思ってるの?」

 

「そんな訳ないじゃん…。私は別に弱いから文句があるんじゃない。試合っていう戦う場に来て端から諦めてるのは勿論、抗う気力も無い、ラリーを続ける根気も無い、考える努力もしない。その癖形だけのコミュニケーションは取ってダブルスやってる気になってる連中が気に入らない。加えてマイナーなルールだからってミックスを浮いた気持ちでコートに入って軽く見てるのが尚のことウザい」

 

「じゃあ、コート内に恋愛を持ち込むなってこと?」

 

「…ちょっと違う。恋人同士で出るのはいいんだと思う。でもミックスって種目を勘違いして欲しくない。コートの中は仲のいいアピールをする場所じゃなくて、他の種目と一緒でちゃんと勝負事の場所として見て欲しい。シングルの時ここまでイライラしなかったのは、そういう奴が多いから」

 

ほぉとエレナは感嘆の息を吐いた。罵倒という罵倒を繰り出した後なので意外だったが、綾乃の根底にある思いはスポーツマンとして至極真っ当な考え方だった。

確かに素人であるエレナにも今日の会場の空気は正直緊張感が薄く、浮かれた顔が多かった印象だ。勿論全部が全部そういう訳では無いが、カップルを抜きにしても想像より多いエントリー数に比べて勝敗を重んじてない空気があった。

 

そのエレナの感覚は間違っておらず、実力者の女子が男子のスピードに馴れる為や、あるいは女子は前衛、男子は後衛の練習としてエントリーする者もいる。つまり一枠しかないミックスは本命ではなく、それ以外の部門の為の練習の場という訳だ。

 

「今の話を秦野にしてやりな。そしたら今の二人ならすぐに仲直りできるよ。いい、くれぐれも一番最後の話だけするんだからね?」

 

「え~…。そもそも弦羽早と喧嘩した訳じゃないし、それに私の苛立ち収まってもないし」

 

「…ホントめんどくさいわねあんた。じゃあどうしたいの?」

 

「根気も実力も無い雑魚カップルに明確な差を見せつけたい」

 

「言い方…。ていうか、差なんて付けまくってんじゃん。あれだけボロ勝ちの試合そんなにないから」

 

この子はどうしてオブラートに包むことができないのかと肩をすぼめながらも、二人のこれまで試合のスコアを思い返す。第三試合でも合計失点が十点以下と、注目に恥じない結果を残している。

 

「それ以外にもあると思うんだよね。私と弦羽早の方がパートナーとして支えあえてるって張りぼてペアにマウント取る方法」

 

「…だから言い方。てか罵詈雑言浴びせた割にしょーもない悩みね」

 

「しょっ!? エ、エレナ、喧嘩なら買うよ」

 

「だってそれってアンタ自身仲の良さをアピールしたいって事じゃないの?」

 

エレナの言葉に綾乃は一瞬ピタリと動きを止める。

確かに実力以外で短時間で信頼関係を表現する方法と言えば、スキンシップかあるいはおそろいのユニフォームなどを着るくらいしか思い浮かばない。

 

「…あ~? どうだろ? 別に目的はそうじゃないけど、手段としてはそうなるか」

 

ふむ、と綾乃は想像する。弦羽早と交わすスキンシップと言えば、タッチ、リストバンドを交わす、拳を当て合う、あとは彼が時折頭を撫でてくれるくらいか。

 

「インパクト薄いなぁ」

 

「アンタの感覚ズレすぎて分かんないけど、もうインターバルにハグでもすればいいんじゃないの。流石のバカップルでも試合中そこまでしないだろうし」

 

「だから弦羽早とはそんなんじゃないって…。でもハグか、それもありかも」

 

「は?」

 

羞恥心の欠片も込められていない淡々とした口ぶりに、驚きと呆れで目を白黒させる。

 

「いや待ちなさい綾乃。冗談だから本気にしないで」

 

「え~、でも信頼してるって表現としてはもっとも分かりやすいよね」

 

「それ以上にバカップル全開だから。アンタ達唯でさえ名前呼びになって仲良くなってるのに、そんなことしたらいよいよ付き合ってるって思われるわよ。あんたここ一週間その事で面倒そうにしてたじゃん」

 

どこからか情報を仕入れたのかバドラッシュの発売翌日にはクラスメイトからは勿論、バド部、顧問の美也子、店の従業員、帰って来た父親、更にコニーから電話まで掛かって来て至極うっとおしかったのを思い出す。

 

「あ~、それも面倒。別に私も弦羽早もそういう感情持ってないのに、どうしてこ~そんな関係にしたがるんだろ」

 

「(そりゃ片方は恋愛感情を糧に優勝したからな。にしても、本当に異性として意識してないし気づいてもないのか…流石に鈍感過ぎでしょ。あれだけ周りから言われたらいくら綾乃でももっと意識しそうなものなんだけど)」

 

綾乃とは幼稚園から幼馴染の関係が続いているが、何度か恋愛経験をした事のあるエレナに対して綾乃の浮いた話は聞いたこともないし、彼女からその手の相談を受けた事もない。

何かにつけて恋愛に話しをこじつけたくなる小学生女児でさえも、綾乃の意中の相手と言うのは未知数だった。

 

「…綾乃って昔から好きな子とかいなかったっけ?」

 

「いないね」

 

「じゃあ好みのタイプとか無いの?」

 

「興味ない。嫌いなタイプならいるけど。…試合の日にこういう話題、私嫌いなんだけど」

 

かつて自分に抱き着いてきていた甘えん坊の少女はいずこへ行ったのか、反抗期の娘に困惑する親の気持ちが今なら分かる。今度の母の日には中学に上がってから渡さなかったプレゼントを送ろうと頭の片隅で思いながら、エレナは合点がいったのか内心に浮かぶ空想の自分がポンと手を合わせる。

 

それは今日に限った話ではないのだが、試合の合間、会場のエントランスで大声で恋バナをする緩い空気の他校の生徒に対して冷めた目線を送っていた。

あれは単に声が五月蠅いからでなく、試合に対する覚悟の薄さに、菽麦(しゅくばく)を弁ずることもできないと軽蔑していたのだ。

 

「だったらハグは諦めなさい。綾乃の本心がどうであれ、そう捉えられるのは避けられないんだから。それでもいいのなら好きにハグしてマウント取ればいいでしょ」

 

「うわ~、投げやり」

 

「あんたがめんどくさいのよ」

 

カラッとした言い方と、数週間前に喧嘩をしていたおかげか、綾乃はブツブツ文句は言うものの空気が冷たくなる気配はなかった。

 

エレナにとってかつての綾乃と今の綾乃。どちらが良いかと言われると正直前者に天秤は傾くが、ただこうやって多少毒のある言葉を言い合える関係と言うのも悪くない。今まではエレナがからかい半分で綾乃をおちょくるのがほとんどだったので、綾乃からガツガツ言われるのは対等な友達らしい。

ただそれにしても口が悪すぎるが。

 

「(この子が秦野のこと好きなのは間違いない。ハグなんてスキンシップ私にもそんなにしないし、それが男子となるとよっぽど信頼してる。でもそこに恋愛感情があるかが分からないのよね。普通の子なら100%恋愛感情だけど、この子普通じゃないもんなぁ)」

 

大変失礼だが、綾乃は可愛いのは間違いないが、その癖の強さから好意を寄せてくれる男は少ない。所謂変人に分類されるから犬が西向きゃ尾は東だ。

そんな彼女にこれでもかと好意を寄せてくれる男子がいて綾乃も信頼しているのなら、友人としては進展して欲しいが、そうコロリと綾乃が落ちるなら苦労はしない。

 

結局のところ綾乃にもっとも大きな心境の変化を与えるのはバドミントンの他にない。それもエレナが少し齧った程度では踏み入る事はできない高い領域。

 

「(ま、フォローはしといたから頑張んなさい)」

 

心配してそわそわと落ち着かない様子の弦羽早の姿を思い浮かべながら、エレナは小さくため息を吐いた。

 




☆羽咲さんからの大切なお知らせ☆


羽咲さん「半端な気持ちで入ってこないでよ、バドの世界によぉ!

あなた達がやってるお遊戯とは違うんだよねぇ!」

アニメ版なら割と言ってくれそう。


高校ミックスが実装されたらめっちゃ文句言われそうな内容でした。
でもほんとに試合よりもタッチするのが優先みたいなペアはいますねぇ。
触れるくらいの軽いのは様になるんですけど、何事も度合いだと思います。


次回から個人シングルスに入りますが、前回のダブルスとまでは無理ですが連続投稿するつもりなのでまた開きます。
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