好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
男子の既存キャラとか他校にいないからこうなることは分かっていたが。
大井康太は自分より少し背の高い、一つ下の対戦相手をネット越しに軽く睨む。
世界ランク一位のペアを破った二刀流、秦野弦羽早。元々弦羽早の名前は一部の界隈では有名だったので、地区大会に出場した段階で既に彼の存在は知っていた。
始めて彼の顔を見たのはバドラッシュの写真でだったが、実際に見ると思ったよりも普通だったのが印象だった。それは貶しているのではなく、彼の隣によくいる綾乃が写真以上に冷たく近寄りがたいオーラを放っていたからだ。
ただ普通というのはプレイ面にも言えることだった。二刀流と聞いててっきりもっとラケットの持ち替えを多用するものかと思っていたが、少なくとも自分が見ていた限りではラケットはずっと左手のまま。
また攻撃力はそこまで無い。スマッシュは速いものの角度やコースはえぐるようなものでもなく、フェイントも多くないし、筋力も人一倍ある訳でないのでドライブショットも目立った強さは見られない。
そんな彼がここまであっさりと勝ち続けて来れたのは圧倒的な守備力とミスの少なさ。またその強さを活かす為のスタミナも、まだ成長期の途中ながら十分持っている。
特に守備に関する上手さは、大井自身、ダブルスプレイヤーの
『オンマイライト! 大井康太。横浜翔栄高校二年! オンマイレフト! 秦野弦羽早。北小町高校一年。サーバー、大井康太。ラブオルプレイ!』
だがあらゆるシャトルを取れる選手なんていない。一打で崩せないのなら、丁寧に組み立てていき崩せばよい。
最初のラリーはやはり予想通り遅い展開で来た。そこに大井は無理やりペースを上げようとはせずに、遅い展開に付き合いクリアにはクリアをして様子見をする。同じストレートにクリアーが八回と、その場面だけ見るとただのクリアーの練習に見える。
先に動いたのは弦羽早でカットドロップで前へと落とす。左利きのカットドロップはそれだけでエースショットになり得る時もあるが、ステップに自信を持つ大井は余裕を持ってシャトルの元まで足を運ばせ、ヘアピンを打ちたいのを堪えて、また同じ場所にロブを上げる。
だが弦羽早も無理に動かない。またクリアーで後ろへと追い込む。
またもクリアーを数回交えた後、再び弦羽早がドロップショットを繰り出す。流石に前に落とさないとこちらばかり動かされているのでヘアピン。
弦羽早がロブに上げてまだラリーが続く。
「(コイツ、全然速さを変えない)」
こちらもあえて速い展開ではなく遅い展開に入る事で弦羽早にとってやりにくい状況を作り出したかったが、弦羽早は一向にペースアップの気配を見せない。しかもその表情にはゆとりすら感じられる。
元々ラリーを続けるのを得意とする弦羽早にとって、相手がわざわざ遅めで来てくれるのならそれを嫌に想う必要はない。相手がそれこそトップレベルであれば焦りを感じるだろうが、まだ僅かな揺さぶりでミスが生じるレベル帯だ。
弦羽早が一向にペースアップをしない事を察した大井は、ならばとドロップを送る。
片足リアクションステップの出の速さを利用し、飛んできたシャトルにワンテンポ溜めを入れてクロスのヘアピンを送る。このクロス事態に大きな意味は無いが、溜めとクロスといくつかの変化を入れることで、相手に警戒する球種を増やさせるのが目的だ。
ならばと大井も同様にクロスのヘアピンで弦羽早を揺さぶる。ストレートと読んでいたので少しばかり驚いたが、元々片足リアクションステップは相手が打った後に地面を蹴り始めるので、今みたいに遅い展開であればフェイントにも崩れにくい。
低めのアタックロブが大井のフォアハンド奥へと飛ぶ。
まだ弦羽早は攻める気が無い。走るなら付き合ってやると第一ラリーから終盤まで走り続けるのを前提に動いている。
「(ここまで続いたラリーだ。この一点を取れたら秦野のメンタルを揺さぶれる)」
長いラリーの末に相手にポイントを取られた選手を襲うのは虚無感。一方ポイントを得た選手が得られるのは達成感。サーブミスと同じ一点でも、メンタルに与える影響力には違いがある。
だからこそこの最初の長期ラリーを失う訳にはいかない。
大井のクリアー、弦羽早のドロップ、ロブ、ドロップ、ヘアピン、ロブ。
上がって来たロブに対して大井に迷いが生じる。既に50回以上続くこのラリーは一体いつになったら終わるのか。この長期ラリーを毎回していたら間違いなく試合終了まで持たない。
ここでスマッシュを打てばラリーを終えることができるかもしれない。
ラリーを速く終わらせたい。でも終わらせるためにはよりコートギリギリいっぱいの球を打たなければならない。そうやって角度を付けようとしたり、ラインギリギリを狙う相手の球のミスは増えていく。
守備の強さを武器とするプレイヤーが与える独特の精神的プレッシャー。
「(いや、一度気持ちを切り替える)」
スマッシュを打ちたくなったのを堪え、自分の動揺を自己分析して少し落ち着く時間を稼ぐために高い弧を描くハイクリアをラウンド側へ放つ。
弦羽早はこの妙なタイミングでのハイクリアに違和感を覚えた。弦羽早が打った球はそこまで大井を追い詰めるような球ではなかったので、クリアを打つのは良いとしてもハイクリアにしてまで大きく上げる必要性はない。
どのスポーツに置いてもそうだろうが、バドミントンの組み立て方にもいくつかに別けられるが、大きく別けると三つ。
思考型・観察型・直感型
どの選手もこの三つは必ず持ち合わせているが、その選手の強みとしてこの三つを無理やり当てはめる場合、初心者から中級者は基本直感型に入る。理由はバドミントンの速いゲームスピードの中で相手を観察したり、思考を張り巡らせること事態が難しいから。特に動きに慣れが出てくる中級者は、どうしてもその場その場の雰囲気で打つ者が多い。
では上級者レベルになると多いのはどれかとなると、一気に思考型と観察型になり、直感型は激減する。
その中でも秀でて観察眼に長けているのが薫子で、思考型に特化したのが唯華、直感に特化したのが綾乃だ。勿論綾乃が全く何も考えずに動いている訳ではないが、綾乃を思考型に当てはめてしまっては直感型という枠に意味が無くなる。
閑話休題
弦羽早は三つの枠に無理やり入れるとすれば、意外にも綾乃と同じ直感型だ。ただ前述の通り特化した綾乃と唯華が例外であって、基本どの選手もこの三つを必ず持ち合わせている。
弦羽早が直感型に当たる理由として、幼少期から綾乃と速いラリーを続けていた影響で、考える暇が無かったのが大きい。彼女と毎日数時間も練習していれば、脳が考えるのを諦め感覚で動き出すのは特別変な話でもない。またラケットを持つ手を切り替えるという行為も、頭で考えてからでは遅いので自然直感となる。
ただ直感型と胸を張って言うにはそこまでのセンスはなく、むしろ読みに関しては弱い方だ。結果コート外では日頃の勉強のおかげで組み立てができるが、コート内ではそこまで長期的な組み立てができない微妙な立ち位置となっている。
ただ悪いばかりではなく、直感型の選手は極めたらゾーンに入れる可能性が高い。
さて、そんな弦羽早の直感では、このハイクリアの意図を読み取れないというのが答えだった。
ただ観察面と思考面では別だ。
「(楽したい、あるいは打つ瞬間に迷いがあった?)」
弦羽早の考えは合っていたが、確信が持てない辺りやはり中途半端である。でもそう言った違和感を覚えることそのものが、プレーの流れを変える一打になる。
弦羽早はラウンド側に上がって来たシャトルを、そのまま背面打ちでも良かったがあえてテンポを変えるために右手に持ち替えつつ、そのままカットドロップを繰り出す。
右利きのカットドロップは左とは違い、ノビの良い速いドロップとなる。エースショットに成りえるのは左利きの方かもしれないが、右手のカットは奇襲性が高い。
手首の可変区域の関係で限界のあるリバースカットを無理やり使わずとも、両方の強みを活かせるのが両利きの強みだろう。そこに行きつくまでの努力に見合った成果があるとはとても思えないが。
突然相手の利き腕が変わり、バックハンドや移動方法が左右反転する。これは相手からすると突然対戦相手がラリー中に入れ替わるようなやりにくさを感じる。
「ぐっ…」
予想外の速さのカットドロップと利き腕の変化に、ここでヘアピンで勝負しようと思える者は少ない。一先ずもう一度ラウンド側に上げて構え直そう。
こうやって相手の思考を困惑させられるのが、フットワークも完全に反転させられる弦羽早の大きな強みである。
ラウンドに来たロブ球。ならやるべきことは決まっている。再び左手に持ち替えた弦羽早はシャトルの落下地点に素早く入り込むと、高く飛び上がり、そのシャトルをクロスに打ち込んだ。
奇襲に次ぐ奇襲。それはただのクロスのスマッシュかもしれないが、出をコンマ数秒遅らせるには非現実的な光景であった。咄嗟にラケットを伸ばすがその横をシャトルが通り過ぎる。
線審の男子へと視線を向けるが、彼は無慈悲に手を前に伸ばしてインの表示をしている。
『オーバー!
実に60回を超えるラリーを制したのは弦羽早だった。この最初の一点はスコア以上に大きい。
クッと小さく唇を噛み締める大井は、シャトルの交換を要求する弦羽早の方を観察する。やはりスタミナに自信があるだけあり、一回のラリー程度ではその肩は上下しない。
「ドンマイドンマイ!」
「次一本!」
そんな時聞きなれた仲間たちの声援に大井は観客席を見上げる。強豪校だけあって横浜翔栄の部員数は多く、自分を応援してくれる声援の大きさは逗子高校よりも大きい。
対する弦羽早の声援は一つも無かった。元々少ない部員の内半分が出場選手として出ており、加えてなぎさと格上相手と戦う学の元へ集まっている。
この差は決して侮れない。ホームグラウンドかアウェーかで選手のモチベーションは異なってくる。
「(秦野に遅い展開を仕掛けても無意味か。カウンターが得意だろうが関係ない。俺らしくスピードを上げる)」
新品のシャトルを右手に、ラケットを左手に持った摩訶不思議なプレイスタイルの相手に小さく頷いてラケットを構える。
トン
ショートサーブ。それが分かった瞬間に地面を蹴って前へと跳ぶ。サーブはプッシュのできない綺麗なものだが、ハーフ球は十分可能だ。
因みにハーフ球というのは基本ダブルスで使われる球で、ネット前に来たシャトルをトップアンドバックの相手の中間地点にドライブよりやや緩い軌道で送るものだが、これはシングルスでも使用される。もっともシングルスで中間地点に送っても効果は薄いので、コート奥に送る球となる。それがハーフ球かといわれると微妙だが、しかしアタックロブともプッシュとも微妙に相違があるのでここではハーフと記す。
低く特別速さのないハーフ球は横に飛びながら打てば十分間に合い、それを低めのロブで返す。
無理やりシャトルに入り込んでスマッシュを打つのも大井には可能だったが、まだ最序盤。身体への負担を避けるためにドロップショットで様子見。前に落とされるが大井は持ち前の素早さを利用してヘアピン勝負を挑む。
「(綾乃が言ってたこの人の強みは速さだ。ネット前じゃない)」
綾乃のネット前練習に付き合っていたおかげで自然と上達したヘアピンから弦羽早は逃げない。ここでネット周りでプレッシャーを与えるようになれば相手は息苦しさを覚えるはずだ。
クロスに逃げたりもせず、更に真正面にヘアピンを送り打つ瞬間にラケットの面を切ることでシャトルに回転を掛ける。
だが大井もまたネット周りには自信があった。というのもインターハイに出場した際の男子ダブルスでの彼の得意ポジションは前衛。持ち前の速さを利用してプレッシャーを与えると言う点では綾乃と一緒だ。
大井も逃げずにヘアピンで返す。その際シャトルが回転していたのは分かっていたので面を切る事はせず、冷静に白帯ギリギリを狙う。が、やはりそうそう狙って白帯に掛けることはできない。しかしネットスレスレに返す事はできた。
「(マズッ!)」
シャトルがネットに沿うように落ちる状況でロブを上げても良くてミドルコートまでしか飛ばない。それが分かっていたので弦羽早は無理やりヘアピンで更に返そうとしたが、ネットを越える前に白帯に憚れた。
『オーバー!
「ナイスヘアピン!」
「もう一本行こう!」
応援を送ってくれる仲間たちと視線を交えながら、大井は拳をギュッと握る。最初の長期ラリーから流れを掴まれなかったことで気がかなり軽くなった。
「あっちゃぁ、綾乃に見られたら怒られるな…」
そんな独り言が聞こえそちらを見ると、彼は失点をさして気にした様子もなく斜め横で繰り広げられている綾乃と、大井の先輩である橋詰恵美の試合をチラリと見ていた。そのスコアは既に7‐0。
神奈川随一の強豪校、その女子エースの彼女がボロ負けしている。
「…お前のパートナー、あれ人間か?」
「失礼な。可愛い女の子ですよ」
普通じゃないですけど、と付け加えられた言葉を大井は聞き逃さなかった。
とんでもない一年生が二人も来たものだと大井は呆れながらも、ラケットを構えるのと同時に気持ちを切り替える。
「(どの道俺のスマッシュじゃ守備は突破できない。ならできる限り消耗の少ないハーフスマッシュとドライブを中心に速度を上げていく)」
ショートサービスに対して弦羽早のレシーブはヘアピン。てっきりロブが来ると構えていたので少しばかり出が遅れる。
「(こいつ意外と負けず嫌いか?)」
先程負けたヘアピンでいきなり来たことでそう捉えたが、相手がヘアピン勝負を挑んでくるのなら、それに乗らないのがバドミントンだ。素直にリアコートまでロブを上げて守備に備える。
上がったシャトルは激しい音と共に勢いよく大井のコートへと鋭い軌道で飛んできた。
ロブかドロップ、あるいは
そのドライブに対し、弦羽早は更にドライブで返してきた。
「(ゲームスピードを上げて来た? いや、それならこっちが有利だ。必ずどこかで緩やかにしてくる)」
再びドライブ。それを前に返され、大井もヘアピンで攻めを継続。だが弦羽早も更に引かずにヘアピンで攻める。
今度のヘアピンは弦羽早に分があり、大磯が一旦ロブで逃げる。それをまた弦羽早はスマッシュ。だが今度はフルスマッシュではなく、そこまで速さのないスマッシュ。
「(こいつ、今度は攻め続ける気か。だがそうなれば俺の――)」
足を踏み出してシャトルを前に返そうとした大井だったが、シャトルは彼のラケットから逃げるように横に僅かに曲がった。それにより面の当てる位置がブレ甘い返球となってしまい、即座に前に詰めて来た弦羽早に叩かれる。
『オーバー!
「(やっぱり左利きの自分より強い先輩がいるってのはありがたいな)」
ガットが緩んでいないかを確認しつつ弦羽早は、もう一度綾乃の方を見やる。あのダブルス以降心を開いてくれたのか、この一週間彼女に教えてもらったのは緩急の付け方だけではなく、クロスファイアのコツについても教えてもらった。弦羽早も左利きのプレイヤーとしてこれまでも打ってはいたが、綾乃のように激しい変化にはならなかったので使用頻度はかなり低かった。
まだアウトやネットを意識して綾乃ほど大きな変化は加えられないが、相手のブレを誘うにはこれくらいでも効果はある。
「(さて、得意な速い展開に付いて行って、左右の切り替えとクロスファイアも見せた。手札は少なくなったけど相手の警戒する球種も増えた。あとはどこかのタイミングで二回続けてネット前を崩したい)」
しかし速い展開に付いて行ったとは言え、本来のプレイスタイルと異なるものを続けるのは普段よりも身体は勿論、脳への負担も大きい。警戒させるだけさせて、基本のプレイスタイルを貫く。それが今の弦羽早の戦い方だ。
それから試合は進み1ゲーム終盤。
『ポイント!
二人の点差は中々離れなかった。やはり速い展開では大井に分があり、大井の得点する場合は基本速攻。一方弦羽早の得点は粘ってからの大井のミスか、あるいは左右を使い分けることの球種の引き出しの多さから来ている。
「(やっぱりミスが少ない選手はやりにくいな)」
持てる手札を一枚一枚切って、かつ緩急をつけることで攻撃力の無さをカバーさせ、相手のミスを誘い出すのが弦羽早の強み。だが加点の要となる相手のミスショットが少なければ自然と点数が伸び悩む。
それでも今のところリードできているのは、やはり全中一位の強さとそこからの成長を見せている。
だがまたすぐに大井のプッシュが決まりサービスが移る。
『オーバー!
今のラリーも得意とする速攻の展開。弦羽早のショートサーブにヘアピン、ヘアピン、ロブで弦羽早を後ろに追い込み返って来たクリアを、ドリブンクリアで態勢を崩す。そこでもう一度返って来たクリアにクロスのスマッシュ、甘いレシーブを叩いて一点。
弦羽早もここまでの展開で気づいていたが、大井はフットワークと反射神経の速さは勿論だが、相手を崩す配球を得意としている。一打一打に激しさは無いが、前後左右上手くラケットを揺さぶって最後の一打に繋げている。
そして彼の速さは流れを生みやすい。
1ゲームを絶対に取ると強い意志を持ち、大井はドライブサーブを繰り出す。それを無理やり打ってエースショットにしようとしたのが失敗だった。後ろに飛びながら放った弦羽早のスマッシュはネットに引っ掛かり、連続失点となる。
「ラッキーラッキー!」
「ナイッサー!」
そして彼の流れを掴みやすい能力と熱気の籠った声援も少なからず弦羽早にプレッシャーを与えている。インターハイ出場が掛かった大舞台。傍からすれば緊張していないように見えるが、シングルスという自分一人だけで戦うこの舞台で、彼がこの試合で抱いているプレッシャーは大きい。
既に第二セット中盤を迎える綾乃に対して、パートナーの自分がここで負けたら周りからどういわれるか、皆まで想像しなくとも分かる。綾乃を信用していない訳では無いが、彼女に失望されたくないと小さな怯えが存在するのも確かだ。
これまでリードを維持していたおかげで保っていたメンタルが徐々にブレ始める。
「(不味いな、呑まれ始めてる。相手の応援人数いるからうっさいし。集中はしてるけどゾーンに入れる気配全くない)」
まず自分のメンタルの変化を冷静に自己分析して、自覚する。この有無だけでも分かるのとそうでないのでは気の持ち方が違う。
「(…待てよ? 今綾乃の点数は12。2ゲーム目のインターバルも終わってる。このペースで行くと…。よし。俺の単純さに掛けるか)」
ニッと笑みを浮かべる弦羽早に大井は警戒しながらも速攻を仕掛けようとする。しかしその球はロブによって優しく返される。スマッシュ、ドライブは例外なくロブ。ドロップやカットスマッシュに対しては前に落とすこともあるが、こちらがヘアピンをすればすぐにまたリアコートまで上げられる。
「(なんだこいつ。急に配球に点を取る意志が見えなくなったぞ)」
だが試合を諦めている訳ではない。むしろ攻めに転じ経ない分、返す動作に無駄が無くなっている。チャンス球は無数に来る。ストレート、クロス、フェイント、ドリブンクリアー。あらゆる球種を試すが、崩れずにアウトにもならない。しかも攻め毛はないと言ってもしっかり動かしてくるのが厄介で、ドロップやハーフスマッシュを混ぜて来るので、後ろに待機という訳にもいかない。
そうしている間にゲームスピードは緩やかになり弦羽早のペースとなってしまう。
第1ゲーム終盤であえて意図的に長いラリーを行う。これはゲーム最序盤で行うのとは訳が違う。まだファーストゲームとはいえ、長期的なラリーが多くまた点数も接していることから大井に掛かる負担は大きい。無論走っている弦羽早の疲労も蓄積されているが、攻める為に強打を打っている大井の消費の方が速い。
息が苦しい。一秒でも休みたい。汗を拭きたい。速く点を決めたい。
疲労から来るプレッシャーはあらゆる選手が同等に抱えるもの。だがその上で尚続けられるか否かは、そのプレイヤーのスタミナと精神力次第だ。そして弦羽早はスタミナに関しては多い部類に入る。それは毎日欠かさずフットワーク練習とランニングをして培われた努力による賜物。
特にバドミントンの細かく動くフットワークを、弦羽早は左右の切り替えを試合中に切り替える事ができる。それはすなわち、フットワークが血肉となる程に繰り返し行っていた証拠だ。
故に他のスポーツならもっと早くバテるかもしれないが、バドミントンに置いては彼は効率的なスタミナ消費で動くことができる。
だが努力したのは大井とて同じ。努力なしにここまで来れる程スポーツは甘くない。
だから組み立てる。クロスのドロップ、ラウンドへのクリアー、スマッシュ、ヘアピンと攻めを継続させ、そして遂にサイドラインギリギリのストレートのスマッシュに弦羽早はラケットを当てられずに一点が大井に入る。
「ナイッショ!」
「良いコース!流れに乗れてる!」
大井は腰に手を当てながら息を整える。再び長いラリーの末に傷ついたシャトルを交換する弦羽早の顔は、三点連続失点をしているのにも関わらず余裕があった。
決して手を抜いている訳でも無い。疲れていない訳が無い。何か秘策があるとしても、残り一点でマッチポイントとなるこの状況まで温存するだろうか。
次のラリーもやはり弦羽早は攻めない。だからと言ってこちらが少しでも楽しようとすると、前に揺さぶってくるので気が抜けない。当然大井も前後左右に振っているが、弦羽早は多くのシャトルを上げる為、ワンテンポ息を吐けることができる。一方大井は打つまでの間に弦羽早の立ち位置を確認し、どの配球で崩すべきか考えなければならない。この僅かな差でも蓄積していけばスタミナに明確な差が生まれる。
「(残り二点!デュースまでは持ち込まない!)」
休みを欲する体に負けてしまった。
焦りから放たれたスマッシュはそれまで避けていた弦羽早のボディ周り。ダブルスのサイドバイサイドを強みとする弦羽早にとって、正面に来たスマッシュを返すのはシャトル掬いの如く容易だ。
バシンとレシーブとは思えない激しい音が鳴る。重心を籠められたカウンタードライブは大井とは反対のリアコートへと鋭く突き進む。
「(アウトだ!アウト!)」
判別に自信がないシャトルをアウトだと思い見逃してしまうのもまた疲労から来るもの。突き刺さったシャトルはギリギリだったが線審は確かに見ていた。シャトルのコルクがライン上に乗っており、インの表示を行う。
大井は思わず線審の男子を睨みつけるが、彼は気まずそうに視線を逸らしながらも表示は変えない。
「(ラッキー。ついダブルス感覚で打ちそうになったけど、直前の軌道修正でも何とかなるもんだ)」
癖でダブルスサイドライン側を狙おうとしていた弦羽早だが、直前に気付き今回の神掛かったギリギリのショットに繋がった。
「(出来ればこのゲームを取って少しでも楽したいけれど、そんな簡単に倒せる相手でもない。まっ、このゲームはスタミナを削るだけ削って気楽にやりますか)」
大井が感じた配球に点を取る意志が無いと言うのは間違いでなく、弦羽早はもうこのゲームは最悪取られても良いと考えていた。18‐19と十分に挽回が可能なラインだったが、その終盤特有のプレッシャーを感じていると自覚があったので、あえて強く勝負に出るのを止めた。
目標はただ一つ、時間稼ぎ。
チラリと斜め前の綾乃が立つコートのスコアを確認する。16‐6。デュースまで持ち込めば間に合いそうだ。
「(ここまでアホな戦略建てるプレイヤーは俺が初めてだろうなぁ…)」
思考・観察・直感ですが当然オリジナルでリアリティーはないです。ただ案外よい分類分けできたんじゃないかなーと。
そこまで掘り下げるような話でもないですが。