好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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一括予約投稿すると前書き書くことないよね。


エースショット

相模原涼(さがみはらりょう)。強豪校逗子総合の男子バドミントン部の主将にしてエース。

身長は185㎝で手足は長く、その強さはこれまでの試合全て1ゲームも落とさずに勝利を収めていることが如実に物語っている。

去年の二年生でありながら男子シングル、混合ダブルス共に一位でインターハイ出場を決めている文句なしの優勝候補。

 

その性格は硬派の一言に尽き、顔つきもゴツく短髪の似合う男らしさを持つ。部員からも上辺だけでなく心の底から慕われているのは、逗子総合バドミントン部男女一同が応援の為に集まっていることからも伺える。

彼は強豪校の主将だけあり厳しさを持つが、必ず他者にやれと言った以上の練習を常に行ってきた。素振りを100回と言えば彼は150回行い、校庭20週と言えば25週走る。部員達が軽いトラブルを起こし掃除の雑用を命じられた時は、部員達全員の前で叱りながらも掃除の手伝いを率先して行った。

また、スタミナの無い部員には無理をせぬよう声を掛け、体の堅い部員にはストレッチを念入りにするようにと促したりと気配りができる。

おまけに実家がその顔に似合わず洋菓子店であることから、時折手作りの洋菓子を作っては部員達に配っている。特に頭にモテないがつく男子部員にとっては、クリスマスやホワイトデーに配られる彼のお菓子は心の支えであった。

 

まさに男が惚れる男。

 

その言動や体格、顔つきから初見でバドミントン部だと見破られたことはほとんど無い彼は、最終アップの為に念入りなストレッチをしていた。

 

「あいつらまたベタベタしてるよ。さっきも休憩室でくっついてたぜ」

 

「いくら強いからって露骨だよな~」

 

自分を慕ってくれている後輩達の視線の先を見ると、決勝で戦う秦野弦羽早が、パートナーである少女羽咲綾乃の肩に頭を乗せて目を瞑っていた。

相模原は深く吐いていた息を整えると、その熊の唸り声のような低い声を鳴らした。

 

「お前達、陰口を言うのはよせ。逗子のバドミントン部の部員であることを忘れるな」

 

「す、すいません…」

 

「彼等は一年生でありながら偉業を成し遂げたのだ。強い絆で結ばれているのは至極当然。羽咲綾乃が整った容姿をしているのは分かるが僻むのはみっとも無いぞ」

 

「いや、あれと付き合うのは羨ましいとは思わないッス」

 

「あの目は何人か殺ってますよ」

 

口を慎むよう促そうとした相模原だったが、偶然彼女と目が合いその暗い瞳と視線を交わす。途端彼女は眉に皺を寄せ、何見てんだと言わんばかりに口を軽く開けて睨みつけて来た。

普段コンビニの前で屯する大学生に、デカブツと茶々を入れられようと睨み返して黙らせる彼も、蛇に睨まれた蛙の如く慌ててサッと視線を逸らす。

 

「…まあ、好みは人それぞれだ」

 

存外彼の周囲も決勝前らしからぬ緊張感の薄い空気だった。

 

 

 

 

「今度はリベンジさせて貰いますよ」

 

「こちらもチャレンジャーとして挑ませて貰います」

 

先程なぎさと望の試合を境に親睦が生まれた健太郎と逗子総合の監督、倉石が握手を交わす。彼は地区大会から監督陣の中でも一番目立っており、その理由は試合中も生徒達に大声で指示を送っていたから。もっともその大声もなぎさ戦の途中で止み、アリーナは静かになっていた。

 

「あの」

 

健太郎は話を切り出そうとすると、倉石はそのたらこ唇を軽く上げた。

 

「試合中にアドバイスは送りませんよ。元々、相模原は去年から言うこと聞かなくてね。もっともインターバルになると誰よりも真面目に話を聞いてくれますが」

 

「ウチの秦野も真面目ですよ。真面目で強く、そして面白いくらいに単純だ」

 

倉石の握手に籠める力が一度だけ強くなり、健太郎も不敵な笑みを浮かべてそれに応える。

監督勢のやり取りの隣では、弦羽早は綾乃からはアドバイスを、なぎさから背中をバンと叩かれ激励を貰い、応援席にいる北小町メンバーに手を振る。

 

一方相模原はアリーナにいる望と試合の戦略について話していた。

 

予備のシャトルを持った審判が大会本部から審判席へと座ると、選手を除く関係者はコートを出てコーチ席へと移動する。

 

弦羽早は首を僅かに上げながらネットの上に手を上げて、その大きくゴツゴツした無骨な手と握手を交わす。

 

「あの雑誌で君を見て以来、戦うのを楽しみにしていた」

 

「神奈川男子ナンバーワンプレイヤーにそう言って頂けて光栄です。全力で挑ませてもらいます」

 

じゃんけんの結果、サーバーは弦羽早となった。審判から渡されたシャトルを右手で受け取ると、ふぅと一息ついて右サービスコートに立つ。

 

『オンマイライト! 逗子総合高校、相模原涼! オンマイレフト! 北小町高校、秦野弦羽早! ラブオルプレイ!』

 

弦羽早はラケットを構える前に相模原の立ち位置を確認する。それは元来の立ち位置よりやや後ろ寄りであったが、手足の長さから前へのプレッシャーが無くなった訳ではない。

日本人で180を超えるバドミントンプレイヤーは少ないので、ここまで背の高い選手と戦う経験はあまりない。それこそ膝の調子がよい健太郎と11点のハーフゲームをやっていなければ呑まれていたかもしれない。

 

弦羽早は目を閉じて、意識を集中させる。

 

これまで戦った相手は言うなれば格下。準決勝で戦った大井はシングルスにおいては同格であったが、ダブルスとなると弦羽早はパートナーが一定以上の選手であれば試合前から勝つ自信があった。

だが目の前の選手はこの人口の多い神奈川県高校男子の頂点。

 

『俺と伊勢原先輩の分まで頑張ってくれ!』

 

『…相模原は強いがお前なら行ける…』

 

少ない男子バド部の先輩達からの言葉。

 

『バッサー滅茶苦茶調子いいし行けるよ!』

 

『精一杯応援するからね』

 

『無理はしないでね。綾乃ちゃんとのダブルスもあるんだから』

 

元気に拳を握る悠。兄が負けて悔し涙を流したばかりの空。心配性の理子。

 

『お前のディフェンスならあいつの攻撃も凌げる。どんなに凄い強打が来ても絶対諦めんな』

 

『ここまでよくやったな。正直な話、入ってすぐのお前を見た時はここまで来れるかは半々だと思っていた。だがお前は自分自身の力でここまでやって来た。それは紛れもないお前が培った努力の賜物だ、誇りに持って胸張れ。そして全力でぶつかってこい』

 

バシッと背中を叩きながら歯を見せてニッと笑うなぎさと、普段の練習時の厳しさとは正反対の、優しい大人の笑みを浮かべて激励を送ってくれた健太郎。

 

『…試合前にあれこれ言うの苦手だけど…勝って。県の優勝トロフィー、三つ揃えよう』

 

集中力を高めているのか静かなトーンの綾乃。

 

直前のやり取りが刹那の間に思い返される。

 

弦羽早は目を開くと、シャトルとラケットをゆっくり構えた。

 

「……」

 

トン。

ショートサーブの静かなシャトルの音と共に決勝戦が始まった。

 

フォアハンド側、ストレートへの低めのロブが弦羽早のコートに返って来た。相模原の立ち位置はホームポジションよりやや手前。生半可なドロップを打てば即座に叩けるように構えている。

 

弦羽早はシャトルに対して横向きになりながら、後方へとジャンプし、その体勢のままストレートにスマッシュを打ち込むサイド・オン・ジャンプスマッシュを仕掛ける。

 

「(む?速い展開か、あるいは俺に上げたくないか)」

 

互いに1ゲームの序盤は様子見から始まる。お互いに相手の試合を見てその強みは把握しているので、どこで自分の強みを活かし、相手の弱みを引き出すかが重要となる。

 

大きい手足を利用し、ミドルコートやや奥へと落ちるスマッシュを一歩でタッチし前に落とす。

 

ジャンプした弦羽早も持ち前の体幹の良さを利用し、ブレることなく着地と同時に地面を蹴って前へと瞬時に詰める。

その素早い動きは自分のコートに来るシャトルに対して、ラケットを高い位置で迎い入れる。ラケットを高い位置で構えることで打てる球種を増やし、相手を崩しやすくなる。

 

ラケットの面の位置と視線からストレートと呼んだ相模原は重心をやや右寄りにするが、打つ寸での瞬間に弦羽早の手首がクイッと内側に曲がった。

 

「(フェイント、クロスで来たか! だがこの軌道は)」

 

少し力み過ぎたのかあるいはスナップが速過ぎたか。威力が強すぎたクロスへのヘアピンはシングルスのサイドラインを越え、ダブルスのサイドラインやや手前に落ちた。

 

『アウト! オーバー! 1(ワン)  ‐  0(ラブ)!』

 

沸き上がる逗子総合の部員達の拍手と声援。それに負けじと北小町の面々も声を上げるが、やはり人数差にほとんどかき消される。しかし一番大事な弦羽早の耳にはちゃんと入っていた。

 

「(初動であえてフェイントで来たか。だが今のアウトは両者には大きい。これまで多種多様な配球に反比例して使用頻度が極端に少なかったフェイント。それが苦手と明言したようなものだ)」

 

倉石はインターバルに向けて手早く白紙のノートに書き込みを始める。彼の隣の椅子に座る望も声援を送るが、選手並みに集中する倉石の耳には遠くの声に聞こえる。

倉石が自分が分かるようにスピード重視で乱雑にノートに書き終えると同時に、相模原のロングサーブでラリーが始まる。

リスクの高いドライブサーブでなく弧を描くロングサーブ。それは相手を崩すよりも出方を伺っている。

 

「(警戒させる球種を増やしたいけど構えてる。こっちも相手のスマッシュには序盤で慣れておきたい)」

 

相模原の頭上を越えるように、だが高すぎてチャンスボールにならぬようにスタンダードクリアをクロスに打ち、ラウンドの技術を分析しようとする。

だが弦羽早の考えは甘かった。コーチ席に座る綾乃から「…馬鹿」と冷たい罵声が耳に届くが、それを気にするほど頭に余裕はない

 

相模原は飛んできたシャトルに対し、後ろに下がるのではなくグッと膝を曲げて大きく飛び上がった。

 

「なっ!?」

 

それは弦羽早だけでなく、彼のプレイを見流れていない逗子総合勢を除く観客全員の驚愕の表情が重なる。それはさながらバスケ選手のダンクシュートを見ているかのような高さ。地面とつま先の距離は80㎝近く離れており、更に長い手、そして規定に違反しない680mmギリギリいっぱいの長さのラケットが手から伸びる。

 

「ッ!」

 

弦羽早は驚きつつも冷静に前へと出る。全身を使った垂直飛びは高さこそ脅威だが、腕のストロークに入っていない。故に強打は不可能で、面で当てるだけとなる。ならば真っ先に警戒すべきはドロップであり、強打は度外視してよい。

弦羽早の読みは正しかった。彼から放たれたシャトルは強打とは言えない。しかしその軌道はドロップでもクリアーでもない、角度の付いたスマッシュだった。

腕をまっすぐ伸ばした状態で、彼は当たる瞬間に手首スナップの力だけでシャトルを叩き落とす。元来、手打ちと呼ばれる軽い球は弦羽早には通用しない。しかし高い打点から繰り出し、かつ高い視点で見ている相模原には弦羽早のコートの空きがくっきりと見える。

 

相模原のスマッシュはコート手前側(フォアコート)へと直角に近い角度で落ちていく。

 

だが決勝。それも世界ランク一位を破った強者。

彼は落ちる直前に地面からラケットを滑らせるように潜り込ませると、その横へ運動エネルギーを乗せたまま、クロスへのヘアピンを再度行う。

これは無理してクロスを狙ったのではなく、地面ギリギリのシャトルを打つ場合はストレートで打ったとしてもネットを越えない可能性が高い。

 

だがそれも、普段体制の崩れることがまずない弦羽早にとっては打ち慣れないショット。ネットをなんとか超えるものの、やはりダブルスのラインに寄せる形でのアウトとなる。

 

『ポイント! 2(ツー)  ‐  0(ラブ)!』

 

「(二回連続アウト…。でも角度は問題ない、あとはスナップの力加減か。ここに来てシングルスの不慣れがでるのは練習不足だな)」

 

ガットがズレていないかを確認しつつ、自分の立ち位置とシャトルの落下地点から数回ほどクロスのヘアピンの素振りを行う。

失敗したあとに素振りをするのは何もおかしくない行動だが、ただあのジャンプを見た後にするには少し眉を動かす者もいる。

 

「秦野の奴、あのジャンプを見ても冷静だな。クロスのクリアーが封じられたってのに」

 

「…別にクロスが駄目なんじゃない。多分弦羽早はもう一回クロスのドリブンで行く…」

 

「ドリブンクリアで?」

 

スタンダードクリアでさえ届くのに、より低いドリブンクリアを狙うとはどういう訳か。

四つ並んだパイプ椅子で、自分とは一つ席を空けて一番端にいる綾乃に問いかけようと思ったが、その前にラリーが始まったので口を閉じた。

 

弦羽早がヘアピンで前に落とし、相模原がロブに上げて駆け引きが始まった。

 

安定を重視して七割ほどの力でバックハンドへとスマッシュ。それを前にレシーブし、今度は弦羽早が低めのロブでラウンド側のリアコートへと押し込む。

バドミントンにおいて身長はかなりの状況において有利に働くが、絶対ではない。150㎝ほどしかない麗暁(リーシャオ)が世界トップに立っている事がそれを証明している。

身長が高い故のデメリットとしては、自分の身長よりやや高い程度の中途半端な高さの配球に対して、身体を潜り込ませて打つことが厳しくなる。

 

その為相模原は、バックハンド側に来たシャトルをフォアで打つ、ラウンド・ザ・ヘッドストロークではなく、背中を相手に見せるハイバックで、空いているクロスにドライブを返す。

再度ヘアピンで相模原を走らせるが、一歩の歩幅が違う分悠々と届く。

 

「(相模原さんは強いしフィジカル面での才能は恵まれている。でも!)」

 

上がって来たロブに対し、弦羽早はクロスへと強烈なドリブンクリアを放つ。それは当然相模原の頭上を越えるルートとなり、低い軌道のドリブンクリアは少し跳ぶだけで叩き落とせる。

しかし先程クリアーを打ち落とした直後、それより低いドリブンが来るのは予想外のこと。加えて勢いのあるドリブンクリアは一度タイミングがズレるとジャンプに合わせて叩き落とすのが難しく、意図せぬコースと彼の体の重さが足を引っ張る。

 

「ぐっ…」

 

咄嗟に軽く飛びながら頭上を越えようとするクリアを手首のスナップだけで角度のあるドロップで返そうとするが、やはりブレた体勢で手打ちで返すのは並みの技術ではない。

シャトルはファサリとネットに引っ掛かる。

 

『オーバー! 1(ワン)  ‐  2(ツー)!』

 

「(やっぱり。それだけ大きくて体格も良ければ、小回りも利きにくいだろうよ)」

 

微かに口元を上げながら弦羽早は渡されたシャトルをキャッチする。

とは言え、今のは相手がドリブンクリアを警戒してなかったからできた奇襲だ。これ以降何度も同じ手が通用する相手ではない。だが試合が終わるまでのもう一回、相手の警戒が薄れた状況で同じパターンを組み込めば相手は嫌でも警戒せざる得なくなる。

 

「ほんとにドリブンで行った。しかも決め球になってる。おい、羽咲どういう」

 

「うっさい」

 

自分から話題を振っておきながら綾乃の返事は黙れ。それも年上、部活の先輩に対して言うのだから中々の暴君である。

 

「へいへい」

 

もっともなぎさももうこの程度では何も動じない。綾乃が駄目ならと健太郎の方へと向く。彼女の視線に気づいたのか、健太郎は真面目な顔つきで、選手達の集中を削がぬよう小声で話す。

 

「…高身長選手の弱点である体重の重さを利用したんだ。前のラリーでクリアーにタッチした時、彼は大きく跳ぶためにワンクッション置いていた。そのワンテンポを置かせない為の攻撃的なクリア。

そして彼みたいな高身長のプレイヤーに対してクロスのドリブンクリアは元々セオリーとは言い難い。さらに一手前の高めのクリアーを取られたのなら尚のこと彼は来るとも思わなかっただろう」

 

「失点の直後だからこそ決まった一手って訳か…。でもあのドリブン、ちょっと怪しかったような…」

 

「ああ、ギリギリライン上ってところか。だが仮にアウトだったとしても、クロスへのドリブンは予想外だ。警戒すれば僅かに出が遅れる。とにかく秦野は警戒させる球を一つずつ増やしていく気だ」

 

彼にはなぎさのようなエースショットは無い。だからこそ試合前から一定の球種を警戒させることはできない。故に一つ一つのラリーを粘りに粘って、試合全体をゆっくりと組み立てていく必要がある。

相手にシャトルを拾わせないバドミントンをするなぎさにとっては気が遠くなる話だ。

 

「(…元々のスタミナ量と今日の試合数から、できればストレートで勝ちたい。ならそろそろスマッシュを見ておきたいけど)」

 

だがスマッシュを誘う為に下手なロブ球を上げ続けて、それでスマッシュを温存された末に失点する展開は避けたい。

やはりここは低めの展開にしつつも、無理してテンポアップをしない絶妙なバランスで戦うのが吉か。

 

弦羽早が放ったショートサーブはやはりダブルス慣れしてるだけあり、そのクオリティは高い。少しでも浮けば長い手足を利用して叩く気持ちでいるが、彼のサーブは浮かない。

仕方ないと高めのロブを上げて出方を伺う。

 

弦羽早も無理して攻める気は無かったので様子見のスマッシュ。それがロブで返って来たので今度はやや強めに高身長プレイヤーの多くが苦手とする正面にスマッシュ。

無論神奈川トップの彼が正面のスマッシュに対する練習をしていない訳が無く、ローリターンで防ぐ。もっとも、やはり正面が苦手なのは変わりないようで、微かに後ろに仰け反りながらのレシーブとなる。

 

弦羽早はヘアピンの姿勢のまま入ると、またも打つ瞬間に手首を捻ってクロスに送る。

 

クロスのヘアピンは奇襲性が強いものの、その分飛距離が出る為シャトルが落下するまでの時間が長くなる。警戒している相手には通用せず、相模原のネット前への返球を高いロブで逃げる形となる。

 

「(ここでスマッシュを打つか否か)」

 

相模原はロブが落ちるまでの僅かな時間で考える。

彼は自分のスマッシュが弦羽早に対して通用する自負があった。故にこの球を打ち込めば一点が手に入る。

しかしこれまでの三回のラリー、弦羽早は得意とする遅い展開ではなく比較的速めの展開できている。それは即ち自分のフルスマッシュを警戒している証拠。

 

「(…いや、やはり温存は無いな)」

 

ここまでのラリー、多く点を取っているのは自分だが、仕掛けて来た数で言えば弦羽早の方が多い。特につい先程のクロスのヘアピンはしっかりインの軌道であり、修正を加えている。

このまま相手の動きに一つ一つ警戒するよりも、自分本来の攻めのバドミントンを貫き点差を広げていくべきだ。

 

相模原は膝のバネと地面を蹴る脚力から高く跳びあがる。

 

「高ッ!?」

 

観客席の節々から驚愕の声が上がる。先程もその跳躍力を見せたが、やはりジャンピングスマッシュとなるとその迫力はただ垂直に跳ぶのとは段違いだ。

 

弦羽早は腰を下ろし瞳に神経を集中させる。

 

まだ。まだ。まだ。

 

力を入れすぎて出が遅れないよう自然体でジッと堪え、ストロークの開始と直後にその場で軽く跳ぶ。

 

バシュン!と激しい音と共にシャトルが打ち込まれた――否、打ち落とされた。

高い跳躍、長い手足と最長のラケットを限界まで利用したスマッシュは、リアコート辺りから打ち込んだにも関わらず、ミドルコートに立つ弦羽早よりも前で地面と接触した。その隣には伸ばされた弦羽早のラケットがあるが、フレームにすら当たっていない。

 

『オーバー! 3(スリー)  ‐  1(ワン)!』

 

逗子総合から上がるのはまるで勝利の如き大歓声。それに釣られるように周囲の観客達もすさまじい角度のスマッシュに拍手を送る。

この一打にはコート内は無論、会場を呑み込む程の雄々しさと強さがあった。

 

「なんだよあれ、ほぼファストドロップの軌道じゃねぇか」

 

「ああ。何度か映像で見た事はあったが、実際に見ると厄介なんてものじゃない。手前に落ちるだけならまだ対処は可能だが、あそこまで角度をつけれるのなら当然リアコートまでも鋭いスマッシュを飛ばせる。一人でダブルスコート全部守れと押し付けられたようなものだ」

 

現役時代の健太郎でも速さであれば勝つ自信があるが、あそこまでの角度を付けたスマッシュは打てない。

ゾーン状態とは言え世界トップのスマッシュを返した彼なら、ただ速いスマッシュであれば初見では無理でも数回もすれば返せるが、この角度に果たして対応できるようになるのか。

 

綾乃は静かに観戦していた。

あのスマッシュは自分でも初見で取るのは不可能だ。何度か見た後でも読みが外れたら取れない。

対策としては打たせないが一番手っ取り早いだろうが、それ即ち弦羽早の元来のスタイルから逸れる。相手が格下であればそれでも通用するが、格上相手に本来とは違うスタイルを貫いたとして果たして勝てるものか。

同年代で格上相手と戦った事の無い綾乃にとって、ジャイアントキリングは専門外の領域だった。

 

腕と足を組み、かなりガラの悪い姿勢で弦羽早を見つめていると、チラリと彼がこちらを向いてくる。

そう言えば応援を忘れていたと手を振ってやると、軽く微笑んで手を振り返してきた。それを見て近所の柴犬を連想したが、流石の綾乃も失礼だと思ったのか胸の内に留めて置いた。

 

 

 

『ポイント! 8(エイト)  ‐  3(スリー)

 

バシン!と激しい音を鳴らし発射されたジャンピングスマッシュが弦羽早のリアコートギリギリまで伸びて床と接触する。

 

前を警戒すれば後ろ、後ろを警戒すれば前へと放たれる。当然左右もくまなく打ってくるそれに弦羽早は翻弄されていた。

 

「(駄目だ。一番厳しいのはやっぱりミドルコート前に来るスマッシュ。でも前で構えれば今度は奥に打ってくる。緩急をつけようにもこのままじゃ遅い展開まで持って行けない)」

 

あのスマッシュに対する雑な案としては、慣れる、打たせない、疲れさせるの三つ。このうちもっとも近道かつ難易度が高いのが慣れる。逆に現時点では疲れさせるは厳しい。

このまま行けばストレート勝ちするどころか、ストレート負けに流れが傾いており、既に片足を突っ込んでいる状況だ。

 

「(打たせない。それがセオリーなのは分かってるがッ!)」

 

弦羽早は上げさせたロブ球に対して彼の正面へスマッシュを打ち込む。それに相模原はやや長い腕がつっかえるものの、ローリターンで返され決め球にならない。そしてそのリターンに軽いハーフ球を打ち、低めの展開に持って行くと、長い手から半ば強引なドライブが来る。

 

本来そう言った無理やり打つ、手打ちのショットは重心が乗ってなく軽いもので弦羽早にとっては鴨が葱を背負って来るようなものだが、しかし彼のリストの強さがそれを許さなかった。手打ちでありながらその見た目通り、強烈なドライブとなる。

 

無論その一打事態は厄介であれどエースショットにはならない。だがそれを少しでも甘いコースに返すと、今度は体重を乗せた彼の本気のドライブが飛んでくる。

 

弦羽早はグッと地面を踏ん張り地面を蹴る反発力を利用して、重いドライブを重いドライブで返す。

だが有千夏が天才だと褒めるその技術も、優れた筋力とリストの強さに無理やりねじ伏せられる。相模原のドライブが弦羽早の左脇腹のウェアを霞め、コート外へと伸びる。

アウトだが、プレイヤーの一部であるウェアに触れた事でタッチしたことになり、相模原のポイントとなる。

 

『ポイント! 9(ナイン)  ‐  3(スリー)!』

 

「あぁ゛!?今のアウトでしょ!」

 

ドスを利かせた声と共に勢いよく立ち上がった綾乃が抗議する。

 

『アウトでしたがウェアにかすめました。それと、コーチ席のプレイヤーはインターバル以外で口を挟まないように』

 

「スマッシュの風で揺れただけかも」

 

『シャトルが掠った音がしました』

 

チッと舌打ちをする少女の顔は、唯でさえ普段より暗いというのに苛立ちがそこに交ざる。

普段の綾乃との落差の違いに弦羽早は苦笑しながらも、感謝の意を込めて空いている手を上げた。

 

「羽咲、落ち着け。まだ1ゲームの中盤に入ったばかりだ」

 

「ッ…ダブルスなら助けてあげられるのに…」

 

低い呪詛のような呟きは、おそらく無意識の内に出たものだろう。声のトーンは人気のない夜に聞こえたら、全力でその場から逃げ出すくらい気味が悪かったが、その内容に健太郎となぎさは一瞬だけ視線を合わせて軽く口元を上げる。

 

入学してすぐは、なぎさと何十回もぶつかる程ダブルスが苦手だった少女とは思えない発言だ。

 

「ねぇ、コーチ。インターバル何話すか決まってるの…?」

 

「ああ。秦野は打ち分けを重視して、正面への配球がそこまで多くない。正面も返されているがカウンタードライブは一度も来ていないからそこを起点に詰めていくべきだが、どうだ?」

 

「…いいと思う…けど、ドライブの上手さが気になる…。手打ちであれだけ速い球が打てるなら、多少無理やりな体制でもカウンタードライブできそう…かなって…。あんまり、男子の試合分からないけど…」

 

元々他者の試合を見る機会が極端に少なかった綾乃にとって、男子の試合などほとんど見た事がない。

それこそ小学校時代、弦羽早と同じ試合に出場する機会もあったが、その時彼の試合が行われている最中も素振りや壁打ちをしたりして暇を潰すのが羽咲綾乃という少女だった。

弦羽早を応援したのはそれこそ有千夏に引っ張られて半ば無理やりで、自分から他人の応援をするのは一週間前が初めてだ。

 

だから綾乃にとっても男女の違いからなるセオリーの違いは分からない。ただ幼少期から磨かれた感性は的を得ていた。

 

「…確かに、言われてみればそうか…」

 

「それに逗子総合のあの監督が切り札の弱点をそこまで分かりやすくするとも思えないな」

 

綾乃の意見になぎさも乗っかる。それは根拠としては薄いが、戦略を企てるのが得意な倉石の事だ。あえて序盤正面が苦手なフリをして、中盤以降にそれを利用する作戦も考えられる。

手足の長いプレイヤーが正面が苦手というのはそこに例外は無い。どんな選手も手が長ければ、正面に差し込まれたシャトルに対して肘を大きく曲げて打つ必要が出てくる。それは普遍的な事実。

 

問題はその差し込まれた状態でどこまでの反応とレシーブができるか。現在差し込まれたスマッシュに対して相模原の返球パターンはローリターンのみ。

だが県のトッププレイヤーが正面のスマッシュをローリターンしかできないだろうか。答えは考えずとも明白で、否である。

 

「助かった羽咲。そこも念頭に入れる形でアドバイスを送る。あとはお前からも一言いってやれ。それが秦野にとって一番の起爆剤だ」

 

「…分かった」

 

弦羽早も上手く低めの展開に持っていき点を稼ごうとするが、相模原が前大会王者の力を見せつける。

 

1ゲームは11‐5で相模原がリードしてインターバルに入る展開となった。

 

 

 

 

 




何度か見直しして修正しましたが、地の文が読みにくかったかもしれません。


身長によるメリットデメリットは自分の私見が多いですが、高いとやっぱりリーチや角度、今回のような中途半端なショットを打ち落とせる。
デメリットとしてはシャトルに入り込みにくいのと、手が長いため、身長が低い人よりもボディ周りに差し込まれる位置が早いことでしょうか。
速いラリーが多いダブルスでは身長はどちらでも利点はあるんじゃないかなーと。

ただシングルスでも、綾乃のイメージの元である山口茜さんが高い身長でないながらもトップランカーとして活躍していたりと、やはり絶対ではないと。
とはいえシングルスは高身長がかなり有利とは思います。
絶対ではないというのがむずかしいですな。
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