好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
11点を迎えた場合のインターバルの時間は僅か一分しかない。健太郎は忙しない動作で立ち上がると、まず最初に本題から入る。
「スコアは負けているが決して悪いゲームではない。落ち着け。お前なら必ずあのスマッシュを安定して返せる」
綾乃から渡されたスポーツドリンクを流し込みながら弦羽早は頷く。
「ここまでの試合、相手は正面のスマッシュに対してのレシーブは必ずネット前だ。苦手なのは間違いない。そこを起点にして打ち込むのが理想の攻めパターンだ。ただ同時にそれが誘いの可能性がある。羽咲が気づいたことだが、あのリストの強さなら多少差し込まれても無理やりスナップの力だけである程度まで飛ばせるかもしれない。念頭に入れておけ」
「はい」
「さっきは返せると言ったが、やはりあのスマッシュが脅威だ。ロブを上げるにしても、出来る限りジャンピングスマッシュができない高さの方がいい。ただお前の強みはエースショットを殺すことで発揮する。その辺りは試合中に調整しろ」
額から流れ落ちる汗を拭きながら、タオルで隠れた顔が上下に動く。
まずここまでのラリーで分析した中、健太郎がアドバイスできる部分は言い終えた。本来他の部活メンバーに対しては加えてメンタル的な部分もフォローしたりするが、それは彼女に任せた方がよいだろうと綾乃に軽く頷く。
「疲れは大丈夫?」
「今のところは。でも出来ることならストレートで勝ちたい。いや…それは無謀かな?」
世界ランク一位を倒したとはいえ、流石にそれは夜郎自大だと、気恥ずかしそうに頬を掻く。
その瞳には明らかな疲労の蓄積が見られた。綾乃と弦羽早では試合数自体は同じだが、これまで全ての試合10点以下で勝ってきた綾乃と、一つ一つのラリーが長くなりやすい弦羽早とでは動いてきた量は違うし、3ゲーム戦ってから僅か20分しか休憩時間が無かったのが響いている。
「弦羽早なら出来る。もしファイナルまで持ち込んだとしても勝てるから」
「…うん。ごめん、もう一回肩借りていい?」
「ん、いいよ」
弦羽早は気弱な笑顔を浮かべた後、正面に立つ綾乃の肩に額を落とした。ちょっと汗臭い綾乃の匂いが鼻腔をくすぐる。女の子にそんな事を言えばデリカシーが無いと拳の一つでも飛んできそうだが、弦羽早はこの匂いは好きだった。特に大好きな女の子が頑張った証だと思うと尚更。
弦羽早は勝ちたいという信念はブレていなかった。負けていても冷静に立ち回って試合に取り組めている。
だがシングルス慣れした格上。体格も恵まれてスタミナも自分よりあり、これまでの試合で蓄積された疲労の差は火を見るよりも明らか。
対して自分のスタイルは長期的なラリーを組み立てる為、1ゲームに消費するスタミナの消費は互いに激しくなるのは間違いないが、しかし3ゲーム目のラストまで持つビジョンが見えない。その上6点差で迎えたインターバルは、やはり弱音の一つでも吐きたくなった。
「(私はずっとシングルスだったから一人で戦うのになれているけど、中学に上がってから色んな強敵と戦ってきた弦羽早には必ず陸空君がいた。一人で自分より強い人に挑むのって不安になるよね)」
綾乃は先程の休憩時間同様、肩に置かれた頭を優しく撫でる。少しごわついた堅い髪質は自分のとは違う手触りだ。
ネットの先に聳え立つ巨大な壁、
あの時は自分一人では駄目だった。弦羽早もまた一人では抱えきれなかった。だから二人で共有した、支え合って乗り越えた。
「(このインターバルが終わったらこのゲームが終わるまで何も言えない。何か一つ、言っておかないと)」
だが言うべきことはインターバル前に考えて置いたが、試合に関する事は健太郎が言ってくれたし、人を励ますのが苦手な故に上手い言葉が見つからなかった。
それにもう残り時間も短く、そろそろコートに入って欲しいと言う審判の視線と目が合ったので、1秒でも黙らせるためにガンを飛ばしておくが、仮にも県大会の決勝を任された審判だ。小娘の一睨みで規定を崩す人間ではないことぐらい、プレイヤーである綾乃も分かる。
――駄目だ。何も思い浮かばない。
綾乃は自分の肩に額を付ける少年の姿をジッと見つめると同時に、今まで味わった事の無い無力感を抱いていた。
これまで弦羽早がどれだけ追い込まれても、コートには自分もいた。また、シングルス戦でも培ってきた観察眼で相手の弱点を見極めてアドバイスを送って来た。
でも今、スマッシュを起点に追い詰められている弦羽早に、自分の直感を伝授する事はできず、スマッシュの癖が見抜けた訳でもないので助言もできない。
すぐ目の前にあるコートは、勝敗が決するまで選手以外に入ってはいけない空間になってしまう。その中で僅かな間許された自分が入り込める時間は、もうあと十秒しか残っていない。
時間が無いと切羽詰まった綾乃の脳裏にあの時の感触がフラッシュバックし、何も考えずに弦羽早をギュッと抱きしめた。コートの外から黄色い声が上がった気がするが、綾乃の耳には届かない。
汗で冷えたウェアも気にもせず、引き締まったゴツゴツとした体を包み込む。
「弦羽早、自分に自信を持って。ダブルスじゃないとか、私がいないとか考えなくていい。でもそれでも勝てないって思ったなら、弦羽早を強くした私を信じて欲しいな…」
”綾乃の存在が俺を強くしてくれる”
それはまだたった一週間前しか経っていないあのダブルスで弦羽早が言ってくれた言葉だ。その言葉が建前でないことは綾乃が誰よりも知っている。
「綾乃…。なんでかな、綾乃に励ましてもらうと、さっきまで弱気になってたのが馬鹿馬鹿しく感じる」
『インターバル終了です!』
流石決勝を務める審判だと、空気を読めと思うのと同時に、公平なその声に関心を覚える。顔を上げた弦羽早も同じことを思ったのか、互いの苦笑する顔が合わさる。
「よし、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
相模原と審判、そして観客に謝罪を籠めて頭を何度か下げる弦羽早の背中を眺め、綾乃はホッと一息を吐いた。
「ビックリした。あんなに弱気になってたなんて」
「ビックリしたのはこっちだよ。いきなり抱き着くか普通?」
「あ゛~?別にいいでしょ…」
「…お前、流石に露骨過ぎないか?」
先程まで優しい表情を浮かべて来た綾乃は、なぎさの一声でそれまでの表情に切り替わる。
これは話しかけたのがなぎさだったのが原因だった。
次に決勝で当たるなぎさに対して強く当たるのは、綾乃の中での戦闘体制の表れである。もしあの状態の綾乃に話しかけたのが健太郎だったら、彼女はその優しい表情のまま口を開いただろう。
「短期間での連続試合、それまでの疲労、県のトッププレイヤー、まだ不慣れなシングルス。インターハイ出場が決まって安堵した矢先に一気に重なったのが原因だろうな。でもよくやったぞ羽咲。あれは相当スイッチ入ったはずだ」
「だといいんだけど…」
ーーーー
弦羽早はふぅと息を吐いてラケットを構える。
あれだけ好意を抱いている綾乃に抱き着かれたと言うのに、不思議と心は落ち着いていた。それまで頭の中で考えていたプランやロジカルがバラバラと崩壊していくが、それが脳から体全中に巡っていくような感覚を覚える。
試合の再開を告げる審判の声も少し遠い。
ゾーンとは違うなと、少し鈍くなった自己分析力で自分の状態を見直す。極限の集中状態で入ったゾーンはもっと異空間にいるような、あるいは自分の体をもう一人の自分が後ろから見ているような感覚だった。
そこまで入り籠めてはいない。でも無駄な雑念が頭から抜け落ちたのは間違いなかった。
トンと放たれたショートサーブに対して、弦羽早は全力で前へと足を踏み出し、彼のボディへとプッシュを仕掛ける。弦羽早が打つのとほぼ同時に踏み込まれた足が、ダン!と静まった体育館中を鳴らす。
これまでのサーブレシーブとはテンポが異なる激しい詰めに、相模原は咄嗟に”癖で”ボディへ来るシャトルを手首のスナップをフルに使いドライブで返す。
健太郎は二つの意味で驚愕しながらも、その試合から目を逸らさずに考え込む。
「(あれだけ差し込まれたプッシュをリストの力だけで無理やり持って行けるか。これは相当厄介だぞ。あの状態であそこまでのドライブは現役の俺でも無理だ。彼は素の力が違う。男子選手の中でも類を見ない恵まれた体格だ。
そしてそれを直感で読み取った羽咲も驚きだ。他者の試合に興味を持たなかった羽咲が本気でコーチングするとここまで読めるのか)」
健太郎が考え込む間も、弦羽早が返って来たドライブに跳び付き、空に浮いた状態で再度ボディへのドライブを打ち込む。そのコースは先程よりも更に返球が困難な肩口。
健太郎が驚愕するのと同様、倉石もまた対戦相手の生徒に驚きと関心を抱く。
「(普通の選手はプッシュの時あそこまで勢いよく踏み込んだら次の足が出ない。重心が前のめりになり過ぎてバランスを整えるのにタイムロスが生じる。それを一切感じさせないどころか、踏み込んだ足を蹴って跳ぶとまで来てる。あれ程優れた体幹と重心移動を持つ選手はプロでもごく僅かだ)」
弦羽早の集中力は一気に高まった。シャトルを打つ一回一回、頭で全てを考えずに感覚に身を委ねる。
それでも、あるいはそれ故か、相模原のコートにシャトルが落ちることは無い。
それどころか弦羽早の肩口へと強烈なドライブが、前に詰める相模原と一緒に迫りくる。
肩口へと来る球に対しロブで返せないと読んでの行動。
しかしと綾乃はコート外で口元を上げる。
「(ボディ周りは弦羽早のテリトリー)」
弦羽早もまた詰めて来た相模原に自然と口元を上げていた。
彼は足を地面につけたまま、上半身だけを後ろにギリギリいっぱいまで反らし、空いた僅かな空間にラケットを滑り込まる。その本来なら不安定な状態で、丹田を軸に地面を蹴り体を反らす事によって生まれた反発力で、僅かなストロークでありながら勢いのあるロブを上げる。
≪なっ!?≫
驚愕の声が会場中から上がったそれは、まるで蜂の巣をつついたようだ。
球種自体はなんら特別でないただのロブ。だがあのコースと速度に来たシャトルをロブでリターンできる人間がこの会場に果たしているのか。そこまでの異質なショットが僅か一秒弱の間で繰り広げられた。
だが、その異質さはさらに続いた。
相模原は半ば無意識の内に跳びあがった。
言うなれば感が働いた。シャトルを無我夢中で追いかけるバドミントン選手の感と言うべきか。
彼は元々インターハイに出場できる選手では無かった。それどころか県大会にすら出場できる選手では無かった。
そもそも彼がバドミントンを始めたのは中学生に入った頃とかなり遅い。元々体格の良かった彼は当時は、その体格を活かせるとある部活に入部していたが、入部して一か月も経つと、先輩が後輩を練習と称して苛めるのが当たり前の光景となっていた。当然そんな邪な部活が長続きする訳もなく、その苛めでの事故で相模原の同級生が大怪我し、問題が露呈してあっさりと廃部となった。真面目に練習する上級生も居らず、そこに異を唱える生徒は少なくとも相模原の記憶には無い。
そんな部活を失った相模原をバドミントン部に誘ったのが、二つ上の男子の先輩だった。彼は強かった。小学校から全国大会に出たプレイヤーで、中学でも好成績を残していた。ここの学校は特別バドミントンが強い訳ではなかったが、彼はそこに不満はなかったらしい。ただ彼の一個下、二年生の男子の新入部員がその年偶然にも一人もいなかった。
その為今年こそはと部活に入っていない一年生に一人一人勧誘しており、入学間近に廃部となった部員である相模原に白羽の矢が立ったのだ。
それまで対戦相手と接触するスポーツをいくつかやっていた彼には、最初バドミントンというのは軟弱なスポーツに思えてならなかった。
しかし本物のバドミントンを生で見て、自分の中でのバドミントンのイメージ象はガラスのように粉々に砕け散った。
最速のスポーツバドミントン。その魅力に彼はすぐに取り付かれた。
そして誘ってくれた先輩を始めとする、二つ上の先輩たちは数こそ少ないものの優しかった。三年生の倍以上の新入部員達全員が皆彼等を尊敬していたと、相模原は胸を張って言える。
彼等は自分達の練習時間を削ってまで、初心者も経験者に隔たりなく教えてくれた。そのおかげで一年の間に凄まじい成長を遂げたが、しかしそれも僅か一年だけ。二年生で最上級生となった彼等に指導者がいなくなってしまった。顧問の先生も人格者であったが、素人で指導者としては向いていない。
そんな彼らの目標は三年生の時に県大会出場で、県のレベルの高さを味わって彼等は引退した。
それでもまだバドミントンを続けたい。もっと上手くなりたい。そう願った相模原は強豪校の逗子総合に推薦ではなく受験して入学。
そしてバドミントン部に入って倉石と出会う。
「お前、相模原だったか。その場で腕を伸ばしながら目いっぱいジャンプしてみろ」
推薦入学ではない無名の選手。フォームも汚く、シャトルに重心を籠っていない手打ちと、基礎を重んじる倉石には見るに堪えない新入生だったが、その中の光るものを彼は見つけたのだろう。
相模原は困惑しつつも、言われた通りに素直に垂直にジャンプした。
その頃からだろうか、倉石が相模原と同級生の女子、石澤望に対して特に厳しく丁寧に指導を始めたのは。
弦羽早の顔に突如巨大な影が差し掛かり、その直後、彼の足元にシャトルが叩き落とされる。
相模原の上に伸ばされたラケットが、大きく弧を描くはずだったシャトルをネット前で捉えたのだ。
異質なロブに次ぐ異質な高さからのキルショット。それは歓声を通り越して、広い体育館に数秒の静寂と大歓声を巻き起こした。
「嘘でしょ…」
流石の綾乃も動揺を隠せなかった。あれほど神懸ったリターンロブが叩き落とされたのだ。健太郎もメモの為に持ったボールペンを震わせている。
北小町メンバーからの励ましの声援も出ない。逗子総合を始めとする会場全体の歓声に呑まれていた。
周囲にまでそれ程の影響を与える一打に、打ち込まれた本人が何も抱かない訳が無い。
インターバルの綾乃の励ましを境に冷静になった頭に、まるで間欠泉の如く動揺が一気に溢れ出る。
自信のある勝利を確信したショットほど、それを返された場合の動揺は激しい。ラケットを持つ震える左手を右手で押さえつけ、冷静になるようにと一呼吸置くがそれまで落ち着いていた心臓の鼓動は激しいままだ。
「ドンマイドンマイ!気にすんなって! ナイスレシーブだったぞ!」
そんな弦羽早の耳に届いたのは、明るいトーンのなぎさの声だった。
思わず勢いよくそちらも見ると、まるで先ほどのラリーが何事も無かったかのように声援を送る主将。彼女は弦羽早と目が合うと、隣に座る綾乃の頬をぐにゃぐにゃと引っ張って遊び始める。呆然としていた綾乃も我に返ったのか、なぎさの太ももを抓って返していた。
仲の良い光景に弦羽早はクッと軽く吹きだすと、コートに落ちたシャトルを相模原に渡す。
「(ありがとうございます、荒垣先輩)」
この状況下でも自分を貫き通して応援してくれたなぎさに感謝しながら、再びふぅと息を大きく吐いた。すると先程は効果の無かった深呼吸が嘘のように、再び集中状態に入れた。
「いい仲間たちだな」
「はい。あなたも、あれだけの人達に慕われてる。一人のことで一杯な俺にはできない」
「俺からすればその一人と心を通わせているお前の方が羨ましい」
「え?」
「気にするな。何でもないさ」
不敵な笑みを浮かべてラケットを構える相模原に釣られ、弦羽早もニッと笑ってラケットを構える。
彼等の動作に合わせて、それまで上がっていた歓声が静かになる。テニスのようにラリー中は必ず静かにしていないというルールは無いが、しかし基本ラリーの最中は静かにするのがマナーだ。
先程の前への詰めを警戒してか、ロングサーブから始まる。相模原はサーブの精度はそこまで高く無いがバックハンドでのサーブでありながら、リストの強さでバックパウンダリーラインまで軽く飛ばせるのが強みである。
弦羽早はワンテンポ出が遅れてしまい、少し仰け反った体勢でクリアーで状況を整える。
そのクリアーはジャンピングスマッシュを打ち込むには十分な高さとなってしまう。弦羽早はフッと息を吐きながらホームポジションに足を運ばせつつ、あのスマッシュをどう対処するかを考える。
『それでも勝てないって思ったなら、弦羽早を強くした私を信じて欲しいな…』
つい1分前の出来事が、まるで数十分も前のように感じられる。
「(俺を強くしてくれた綾乃を信じる。俺を強く…俺の強み――)」
何かをひらめいたのか、弦羽早は一瞬目を大きく開いて相模原を観察する。確信はないが、このままあのエースショットを野放しにしてはどの道勝ち筋を見いだせない。
ならば試してみるしかないと弦羽早は直感のままに、相模原がスマッシュの為に跳びあがった直後、”自分もその場で大きく跳びあがった”。
今日何度目かの動揺が会場から上がり、試合を観察するピンク色の髪の少女がボソリと”珍獣…”と一人呟く。
「(何をするかは分からんが、この角度なら!)」
おそらく地面から四メートル近くは離れた地点から放たれる強打。その安定感は倉石が徹底して教え込んだもので、毎日怒鳴り続けていた甲斐があってかそのフォームにブレは無い。
僅か5gしかないシャトルはまるで垂直に落ちるかの如く、弦羽早のミドルコート手前へ、更にサイドライン寄りに落ちていく。
だが相模原のスマッシュの激しい音と共に、ダン!と不可解な床を踏む音がアリーナに響く。その直後、まるで豹のように低い姿勢と速さでシャトルの下にラケットを滑り込ませる弦羽早の姿があった。
トン…
その気迫からは似つかない静かな音が鳴り、シャトルはネットを頂点とする綺麗な弧を描いてコトンと音を鳴らした。
『オ、オーバー!
この試合で早くもどれだけの歓声と声援がなっただろうか。
ただその声援を受ける少年は、集中したままジッとホームポジションと現在の自分の立ち位置を確認していた。
「か、監督!今の何ですか!?」
これまで声援に専念していた望が思わず声を上げた。
倉石もそれまで見た事の無いプレイに動揺し、額から汗を流しながらもポツポツと呟く。
「リアクションステップが速く動ける原理として、作用・反作用の法則がある。着地すると同時に地面に体重以上の力を加えるようになり、その力で初速を速めるんだ…。秦野は初速を上げるために従来のリアクションステップとは比べ物にならないくらい、目に見える高さで跳び、反発力を上げたんだろう…」
「で、でもそんなことしたら」
「…ああ。普通は”ブレる”か”踏み込めない”。だが秦野は手足共に両利きで、何より重心移動に優れている。右足で強く蹴って、左足で踏ん張って、更にラケットを振るうなんて常人では不可能な芸当もあいつには可能なんだろう」
「そんな滅茶苦茶な…」
「(重心移動と体幹の良さ、それは両利きを補っているのではなく、両利きすらただの踏み台。もし秦野のスタイルを意図して育てた人物がいるのなら、そいつは間違いなくイカれているぞ…)」
イクチッと、熱気の籠った体育館で不自然に帽子とロングコートを着た妙齢の女性が、可愛らしいくしゃみを上げた。
中学から初めて全国区レベルとか化け物かな?
ただここまで行かずとも、この年齢の成長速度はほんとに凄いですよね。とはいえ成長速度が現実離れ過ぎんよぉ。
最後の変なリアクションステップも当然フィクションです。物理的にそうなるか、私にも分からん。