好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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はねバドSS増えろ~




こういう時、大人の男は無力だ

翌日の放課後。

部活の勧誘が本格化する中、バドミントン部も朝早くからビラを配っていたが、つい数日前に一気に八人も一気に辞めた噂が広がっており、入部希望者は弦羽早(つばさ)以外には一人もいなかった。

 

各部活が勧誘に力を入れる中、一際賑やかな集団、というより騒ぎを巻き散らしていた二人がいた。

 

「待って羽咲!いい加減話くらい聞かせて!」

 

「ッ、ヤダ!言いたくない!」

 

「声小さくてなに言ってるか聞こえないよ!」

 

叫んでいるのに声が小さいという器用な怒鳴り方をする綾乃の声は、勧誘する先輩たちの掛け声と、二人に驚いて上がる小さな悲鳴によってかき消された。この二人、放課後のチャイムがなってから早々に鬼ごっこを始め、廊下を駆け、階段を飛び降り、人混みをまるでアメフトの選手の如く避けて学校中を走り回っていた。

本来なら体格や体力的に弦羽早が綾乃を捕まえるのにそう時間はかからないだろうが、相手次第ではシングルスを汗一つかかずに勝つのが綾乃だ。加えて教室のベランダから木に飛び移る身体能力と瞬発力の高さも持っている。そこに食らいついているだけで弦羽早もかなり早く、身体能力の高さが伺える。

 

再び階段を飛び降りて曲がった先には人混みが溢れていた。綾乃も弦羽早も知らないが、この学校で有名な美少女が所属する演劇部があり、一目見ようと新入生たちが集まっていたのだ。

 

「うぐっ…」

 

「ハァ、ハァ…。さあ、観念するんだ羽咲。また一緒にバドミントンしよう」

 

「ヤダって言ってるでしょ!」

 

「だからどうして!あんなにバドミントン好きだったのに」

 

「嫌いになったの!」

 

「ならその理由くらい!」

 

「うぅぅ~、ヤダ!」

 

ジリジリと歩み寄る弦羽早から背を向け、綾乃は人だかりへと走っていき、弦羽早もそれに続く。

いくら綾乃でもほとんど隙間の無いあの中を超えるのは不可能だろう。そんな弦羽早の予想を綾乃の身体能力は裏切った。彼女は勢いよく飛び上がり生徒達の頭上を越えつつ、空中で廊下の壁を二回ほど走ったのちに強く蹴り、その勢いで生徒の川を飛び越えた。教室の中に夢中になっている生徒たちはそれに気づかなかったが、ネットにアップしたらかなりの再生数が稼げそうな神業が行われていた。

 

「いや、流石にあり得ないでしょ…」

 

もはや関心を通り越して呆然とする弦羽早は、綾乃を部活に惹きこむのが想像以上に大変な事にようやく気付いた。

 

 

 

 

「てっ…天才だ!」

 

その日の夕方、綾乃に再び受難が訪れた。のり子のハンカチが三階から高い木の天辺へと引っ掛かり、それを綾乃が登って取って来た矢先の事だった。

180㎝超えの引き締まった体格で髪を金に染めた男が、突如そう叫びながら自分の手をギュッと握り、そしてさすさすと手を動かす。

 

ゾゾゾと背筋が凍ったのと直後に、不審者の後頭部にエレナの鞄がクリーンヒットした。

 

「あー!いやらしい!なに今の手付き!」

 

綾乃と不審者の間に割り込むように、エレナは(彼女にとっては)いたいけな少女をギュッと抱きしめる。

 

「ち、違う!誤解だ!」

 

想像以上だ。

羽咲綾乃、彼女の事は昨日既に弦羽早から聞いていた。彼がミックスダブルスを誘おうとしている相手。彼曰く、選球眼、反射神経、反応速度、技術、その全ては自分より高く、加えて左利きらしい。そんなバグみたいな女生徒がいるのかと半信半疑になっていた矢先、出会ったのが彼女。起きているか眠っているかも分からない、平和ボケという言葉がこの県内で一番似合っているような、羽咲綾乃という同姓同名の少女だった。

彼女を見た時、いよいよ弦羽早の冗談だったのだろうと思った矢先に、三階校舎とほぼ同じ背丈の木の天辺に、体一つで登るという神業を目の当たりにした。

 

「羽咲、君、バドミントン部に入らないか!?」

 

「ッ…どうして」

 

「あ~、秦野の奴か」

 

「ああ、彼から聞いた。君の凄さを。正直半信半疑だったが、嘘じゃないと確信した!君は間違いなく天才だ!君なら――」

 

乱れる吐息に荒げる声、一瞬も逸らさない真剣な瞳。それは時と場合によっては熱い青春のワンページとなるのだろう。だが先程の通り、健太郎は180㎝超えて体格もよく、髪を金髪に染めた世間一般から見れば、ちょっと危ない人に見えなくもないだろう。そんな彼が迫る相手が、身長150㎝少しの、外敵のいない室内で育てられた小動物のようなオーラを放つ少女となれば尚更だ。

 

「きみ、うちの生徒さんに何してるのかね?」

 

「…え?」

 

トンと置かれた手に健太郎は冷や汗を流しながら振り返ると、警備員のおじさんが明らかに不審者を見る目でこちらを睨んでいた。

 

「い、いえ、俺は怪しいものではなく」

 

「この人!いきなりこの子の手を掴んでサスサスした挙句、まるで告白するかのように迫って来たんです!」

 

こういう時容赦がないのがエレナという少女だった。そしてエレナの言葉は、言い方に悪意はあるが、確かに事実。

 

「いや、ちがっ!?」

 

「少し事務室で話聞かせてもらうよ」

 

「はい…」

 

「(すまん秦野。こういう時、大人の男は無力だ…)」

 

 

 

 

その翌日、羽咲の事は任せろとコーチこと健太郎からメッセージが届いたので、ここ二日でガツガツと押していた弦羽早は今日一日だけはと素直に引き下がり、授業が終わると同時に体育館へとやって来た。

昨日の時点で練習含め軽い試合も行ったが、この北小町の実力はやはりそこまで高くはない。唯一、突出して上手いのが短髪巨乳が特徴の、荒垣なぎさだが、表情に余裕がないのと、どこか動きが硬いのがいささか気にはなっていた。

今年はまだなぎさがいるのでよいが、引退後は別のチームで練習するのを早くも視野に入れながら、アップのドライブを伊勢原兄こと、学と打ち合っている。

 

学のプレイは安定しておりこういった基礎練習は続くが、しかし刺激はさしてない。ドライブなら本当にドライブ、クリアーならクリアーをする。どこか一手絡めようと言うものが感じられない。

 

「(いや、そうやって決めつけるのはいけない。相手になってくれている伊勢原先輩に失礼だ)」

 

そういう時は自分から進めていくべきだと、ドライブを打つ直前に重心を前に出し、シャトルに重さを乗せる。シャトルの速さと音は同じ、しかし明らかにそれまでより重くなったショットに、学の返しのドライブは弱くなる。それを数回繰り返し、押し負けると判断して力を込めて打ち返した球は、ネットに引っ掛かった。

 

「…上手いな」

 

「ありがとうございます」

 

「…もう少し、ドライブいいか?」

 

「はい、こちらこそお願いします」

 

この部のよいところは、上下関係にうるさくないところ、これに限る。自分より上手い後輩の入部に良く思わない者も世の中には大勢いるが、内心どうかは分からないが、少なくともこの部にはそういった空気を表だって出す人はいないので、練習に入りやすい。

 

それからドライブ、ドロップ、クリアーと基礎打ちをやっていると、困惑した顔の健太郎に、イライラした様子のなぎさ、能天気に髪を弄るエレナに、涙目の綾乃が一斉に入って来た。

 

「何事…?」

 

 

 

事の内容はこうだ。

綾乃を勧誘する際に健太郎が「この部活のエースになることができる」と言い、それを偶然通りかかったなぎさが聞いて、健太郎に反発。元々健太郎が気に入らなかったなぎさはこれを機にと、綾乃と試合をし、その勝敗で部活の入部か引退を賭けることとなった。しかし流石にそれでは重すぎだと、綾乃のHELPコールによって駆け付けたエレナが、『綾乃が勝負に勝てば健太郎は、二度と綾乃を勧誘する事ができない』という条件に変更する事にした。

 

綾乃を甘やかしてばかりのエレナにしては、随分アクティビティな内容に弦羽早は一瞬耳を疑ったが、そう言えばこの間バスケ漫画の話題でのり子と盛り上がっていた気がする。つまりはそういうことなのだろう。

 

しかしこれは弦羽早にとってまたとないチャンス。なぎさとの溝が深くなったことにため息を吐く健太郎が落ち込んでいる事に気付かず、グッと親指を立てる。

が、同時になぎさがあの綾乃に勝つにはハッキリ言ってかなりのハンデが必要だろう。

 

「秦野。俺はまだ羽咲の実力を知らないが、どうなると思う?」

 

「…俺も羽咲とは三年間会ってないので分かりませんが、ただ仮に、技術面で成長いっさいしていなくても、十分に強いですよ」

 

「そこまでか…。荒垣は勝てそうか?」

 

この話題の主役二人から少し離れて、まるで陰口を言い合う近所のおばちゃんのようにひそひそと話し合う。

 

「何とも言えませんが、ただやる気はないから、かなりハンディ背負ってますね。上履きでやる気みたいですし、右手持ち、スパッツすら履いてない」

 

「お、おい右手持ちって。羽咲ってまさかお前と同じ――」

 

「俺が羽咲に憧れて真似たんです。元々左利きだったんですが、彼女が左なので右も使えるようにと」

 

二人が話している間に試合は始まった。綾乃のサービス、ロングサーブは天井スレスレ、更にエンドラインギリギリに落ち、判断に迷ったなぎさの甘い球を、綾乃が叩く感じでゲームはスタートした。

 

「わー!綾乃ナイスー!ねえ今の何点?」

 

「バドミントンは一点ずつ入るんだ、そして21点先取」

 

やる気無さげにラケットを構える綾乃は、再びエンドラインギリギリのサーブを繰り出す。一度ギリギリに入ったサーブを見送るのはかなりの慣れと選球眼が必要だ。疑わしきは罰せよ、そのスタンスでスマッシュを打つなぎさの判断は正しかった。

 

「…それと、荒垣先輩にもしアドバイスするなら」

 

右手にラケットを持つ綾乃に対して、ストレートのスマッシュ。女子にしてはかなり速いスマッシュだが、しかし綾乃を追い込むにはコース、角度、スピード、重さ、全て甘い。

 

「羽咲に生半可な強打は通じないことでしょうか」

 

なぎさのスマッシュはあっさりとストレートのネット前に落とされる。バドミントンは攻撃は勿論だが、それ以上に防御の面に置いて実力差が出てくる。まず今のなぎさのスマッシュに全く手も出ないのは初心者、続けて中級者も仮に返せたとしても、威力を殺せずにサービスライン、あるいはつい手癖で大きく返してしまうか。少なくともバックに来た決め球を、威力を殺し、ネット前スレスレに落とすのは、少し齧った程度では不可能だ。

だがなぎさも体勢は崩れながらも前で拾いネット前に落とす。しかし微かに浮いた球を綾乃は飛びつく様に前に出て、押し出すような軽いプッシュでまた一点を決めた。

 

「また一点!ナイス綾乃!」

 

「な、なにもんだあいつは…?」

 

「天才、ですね」

 

その後すぐにバドミントン部全員が集まり、二人の試合を見て、そして綾乃の異常性に気付いた。点差は13対11でなぎさがリードしている。それだけなら流石主将と部員たちも誇らしいだろうが、相手は制服に上履き。

バドミントンは基本利き足を最初に1・2・3のステップで取るが、この三歩目のステップを大きく踏み込み、体重の乗せる為そこで負荷が掛かりやすい。その踏み込みを無しにしても、狭いように見えてこの広いコートに来る球を一人で取るバドミントンには、しっかりと滑り止めのある靴は必須。

服にしても、弦羽早にはスカートがどういった感覚かは分からないが、腕を振るうにあたって制服の生地は邪魔にしかならないだろう。

これに加えて本来のプレイする腕とは逆の右手、更に綾乃の額には汗一つなかった。

 

流石に男子全国で戦ってきた弦羽早には、本調子でないなぎさとハンディを抱えた綾乃のこの試合は、激しいものではなかったが、しかし三年ぶりの羽咲綾乃のバドミントンを見るには、ある種絶好のものだった。

 

 

 

「21-18 マッチワンバイなぎさ!」

 

「よしッ!」

 

最後の一点が決まり、なぎさが汗だくの拳をギュッと握る。もはやその表情は、相手が制服だとか上履きだとか、そういったハンデを抱えている事を一切忘れている、純粋な勝利への喜びだった。

一方完全になぎさを舐めていた綾乃はボケーとしており、自分が負けた事に気付いていないようだ。

 

「ま、負けた…?」

 

「うん、なに信じられないみたいな顔してんの?負ける時は負けるでしょ。それにあんた、ラケット使う時は左利きみたいじゃない?そういうのは相手にも失礼でしょ」

 

「…ハッ!?」

 

「まさか気づかずに右でやってたの?」

 

てっきり余裕こいての右手か、あるいはここ三年で右利きに変えたかのどちらかと思ったが、ただ単にどうやらグリップの巻きが右利き用で、それに気付かずにやっていたらしい。

 

エレナに泣きつく綾乃の元にやってきた弦羽早は、嬉しい半分呆れ半分といった微妙な心境で、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

「…秦野、なんで言ってくれなかった…?」

 

「いや、まさかラケットの利き手に気付いてないとは思わなくて…。でも安心した!羽咲が昔とおんなじ強いままで!だから羽咲、改めて一緒にダブルスしようよ!」

 

「そうだぞ羽咲!金メダルを取れる!お前は天才だ!異常なほどの!」

 

金メダルに執着する男と、混合ダブルスを執着する二人の男に言い寄られながらも、空気に流されて頷くような軟な性格を綾乃は持ち合わせていなかった。

 

「ぅぅぅ…。わ、私絶対バドミントンやりません!誰がなんと言おうとも、バドミントンなんて好きじゃないからやらないの!」

 

「金メダル、取れるんだぞ!?」

 

「いらない!」

 

「…羽咲」

 

迫る健太郎に小さい声で怒鳴り返す綾乃の姿に、弦羽早は焦燥感を抱きながら、その日はそれ以上何も言えなかった。

 

 

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