好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
とりあえず今書いているインターハイの長い試合の一つが終えたら次回投稿します。
改めて通常のダブルスと混合ダブルスの違いについて説明する。
男女がペアで戦う混合ダブルス、ミックスとも呼ぶが、その一番の違いはやはり男女の性別による力の差だろう。他にも身長を始めとした男女の違いはあるが、なぎさやコニーのような男子並みの身長を持つ女子もいるので、やはり一番の違いと言ったら力となる。
力の有無はやはり大きい。それは単純に速い球を打てないというのもあるが、重い球を返しづらいというのがダブルスにおいては大きなハンディである。元来なら
つまりもし男女でシングルスを行った場合は、女子からすればスマッシュの速さよりも体格差から生まれる一つ一つの動きの速さが差を感じるだろう。ここでいう体格差は身長だけでなく、地面を蹴る強さや膝などの全身的な違いを意味する。
一方ダブルスの場合は前述の通り、多くの女子は力に差を感じるはずだ。
そしてこれらの身体的な差から生まれる戦術として最も王道なのが、女子が前、男子が後ろのパターンである。
更に
勿論サイドバイサイドを全くしない訳ではない。しかしトップアンドバックを維持した方が強い状況もある。その状況によって守るか攻めるかを瞬時に判断するのがまずミックスの面白さの一つだろう。
こうして前衛と後衛に明確に役割が別れる場合、各々に求められてくるものは通常のダブルスよりも尖ったものとなる。
まず後衛の男子はゲームをコントロールする能力と、カバーをどれだけできるか。攻めの状態が継続している場合、もっともチャンスボールが集まってくるのは後衛の男子となる。そうなった場合、いかにして攻めを継続させつつ相手のコートの穴を作っていくかが重要となる。当然その穴を作る為にはスマッシュの速さも重要だ。
そして女子が前衛に専念している以上、
しかもダブルスはサイドラインがシングルスよりも一本広がる為、時にはシングルス以上に走らされる可能性もある。
続いて前衛の女子が求められる能力は前に出る速さとレシーブ力。前に出る速さというのは単純に足の速さではなく、後衛の打ったスマッシュを低めの球でレシーブされた時、それを返せる速さの事を言う。
実例で考えたら分かるが、味方の男子がスマッシュを打った時、それをミドルコート手前、つまり男女の守備範囲の境目に返された球を誰が取るか。
当然女子が取るに越した事が無いが、そもそも男子の速さに慣れていない女子にとっては、味方の男子のスマッシュも決して万能な武器ではない。スマッシュの速度が速いと言うことは当然レシーブまでの時間も短く、少しでも気を緩めていればあっという間に自分の横をシャトルが通り過ぎている。そこに反応できるか否かで男子の負担が大きく変わる。
次にレシーブ力だが、これは簡単な話で男子のスマッシュ一発で決まってしまえば話にならない。ラリーを続けるためも男子のスマッシュに対応していかなければならない。
勿論他にも通常のダブルス同様の能力や、種目問わず選手として要求されるものは当然あるが、一際要求される能力としてはこのようなところだ。
そしてここまでの話で分かるだろうが、弦羽早と綾乃の二人はこの能力を武器として持っている。
まず綾乃は言わずもがな、反射神経と培われた感性からなる圧倒的なタッチの速さは、前衛の男子選手すらも目じゃない。そしてラケットワークの高さと選球眼によるスマッシュレシーブは、的確に前衛の横を抜けるカウンターを打てる。
弦羽早のゲームのコントロールをする能力と言われるとピンと来ないかもしれないが、つまるところ多数の球種だ。後衛が打つ球は大きく別けるとスマッシュ、ドロップ、クリアーの三種類だけだが、細かく別けるともっと多くの球種が存在し、更にクロスを入れるとさらに攻めの幅は広がる。加えて弦羽早はダブルスの時は基本右で持つラケットを左に持ち替えることで、また球種に変化を加えることができる。
守備力もまた申し分なく、綺麗なフットワークと体幹、リアクションステップからなる守備範囲は、左右に振るだけで崩れるような選手ではない。
当然二人の強みはこれだけではない。
バシン!
15‐4でようやく掴んだ攻撃のチャンス。
逗子総合のユニフォームを着る男子生徒が強烈なジャンピングスマッシュを綾乃に打ち込むが、彼女はそれを悠々とクロスへと低めのロブで返す。
元来のダブルスであればここで前衛が後衛のサポートに入るのが鉄則だが、ミックスは状況によって左右される。その“違い”が前衛の女子選手の思考を一瞬躊躇させてしまい、シャトルは既に彼女の頭上を越えている。
際どいコースへのカウンターレシーブに後衛の男子はラケットを上で打つのはおろか、地面スレスレの位置で打つ形となる。加えて追いつくので精いっぱいで打つ瞬間に足を踏み込めていないその打ち方は、予め打つ場所を宣言しているようなものだ。
ストレートに返って来た甘いドロップショットを弦羽早が前に詰めて叩き落とす。
『ポイント!
コントロールの良い綾乃にとってコートをフルに使用できるダブルスというのは、より伸び伸びと際どいコースに打つことができる。特にサイドバイサイドの状況が少ないミックスダブルスにおいては、並みペアが相手だと彼女の目にはコートが穴だらけに見えて仕方ない。
そしてダブルス慣れしている弦羽早にとって、綾乃の速い動きに合わせるのは難しい事ではない。例えば今のカウンターレシーブを打った後、もし綾乃が瞬時にネット前に詰めるようであれば、弦羽早はすぐさま後ろに下がっていたが、綾乃は相手のクロスのドロップを抑制する為にあえてサイドバイサイドを維持した。であればストレートのネット前に来た球は綾乃に任せるのではなく自分が打つ。
ごく当たり前のように思うかもしれないが、ダブルスで要求される状況によって変化する担当する守備範囲。それをパートナーの意図を読み取って瞬時に判断できるのはかなりのダブルス慣れと、パートナーのプレイスタイルへの理解力が必要となる。
「強すぎるだろ…」
「ミス以外であの二人から点取れるの?」
地区大会では対戦相手に恵まれなかったことから練習のようにすら見えていたが、県大会ともなると対戦相手の試合への真剣さも変わり、ちゃんとした試合にはなっていた。
ただ、だからこそ二人の強さが一際目立っていた。
二人も強いが最強ではない。故にしっかりと組み立てていけばしっかりと点を取れる。
例えば今のラリーも、そもそも男子が綾乃のフォアハンド側にスマッシュを打った事で、目いっぱい反対まで引っ張られたのが駄目だった。
まず綾乃のバックハンド側へのスマッシュ。そのカウンターレシーブを前衛の女子がタッチして前に落とし、それを前に詰めた綾乃のヘアピンに、クロスのヘアピンで綾乃を動かす。そして誘い出したロブからまたラリーを組み立てる。
ただここで闇雲に綾乃にスマッシュを打っても決め球にはならない。なので彼女を前後に動かす為に、彼女の方へとクリアーを打てば、弦羽早がフォローに入ってドライブ気味のスマッシュで来るだろう。
それを男子がドライブで綾乃を抜き、弦羽早を動かしてラケットの位置を低くして甘い球を誘い出せば、女子が決めて一点となる。
もっとも“前衛の綾乃を抜く”“弦羽早のラケットの位置を下げる”。この二つを両立できるショットを打てるほどの力と技を持つ男子がこの会場に果たしているのかどうか。
少なくともこのようなラリーを行うのが前提でなければまず点は取れず、スマッシュ一発目のコースから甘く、また女子も男子のフォローに回れないのでは話にならない。
前衛の綾乃にシャトルを送りたくない。しかし後衛の弦羽早は何を打ってくるか分からない。
サイドバイサイドの弦羽早の守りを貫けない、綾乃のカウンターが怖くてスマッシュを打てない。
こう考えだせばもうこの時点で終わりだ。
一発や二発で決めるのではなく、ラリーを続けて組み立てていく。かつて健太郎が二人に言った“一人で決めようとするな”。ダブルスの前提であるこれをどれだけ意識してローテーションをしていけるかにより、初めて二人から一点を取る事が出来る。
21‐5
21‐7
第二ゲームで港南高校の監督のアドバイスにより序盤上手い流れを数回作れていたが、すぐに二人に修正を入れられそれ以上点が大きく伸びることは無かった。
審判のゲーム終了のコールに四人はネットへと歩み寄る。一回戦目では弦羽早に連れられる形となっていた綾乃だったが、流石に三戦目ともなると自分から足を運び、ネットの上に手を上げて握手を交わす。
満足げな表情の健太郎がいるコーチ席に戻り汗を拭きながら、綾乃はチラリと横目で対戦相手の二人のやり取りを見つめる。
「マジで強いなあ。もう少し行けると思ったんだけど」
「ゴメンね、フォロー入れなくてほとんどシャトルに触れなかった」
「こっちこそドライブが浮いてばっかで羽咲に取られてたから。あ~、悔しいわ」
「来年までにもう少し点取れるようにならないとね」
彼等のやり取りに、汗を拭く綾乃の手が緩徐なものになる。
県大会に上がってからは少なくとも地区大会のような対戦相手に対する苛立ちというものは感じられなくなった。個人シングルスでのなぎさのように全てを賭して挑んでくる選手はいないものの、彼等には自分の全力を出そうと言う意思があった。
「(…勝つ気は無い、でも全力で戦ってくれた…のかな?)」
スコアボード上の記録では地区大会とさほど変わらない。でも自分の体を流れる汗やウェアの内側から籠る熱、乾いた喉は間違いなく試合をやった証であり、何より素直に楽しいと思えた。
そして一番の違いは対戦相手の雰囲気。個人シングルスで自分が下した選手は皆、泣くか怯えるか、あるいは逃げるかで、握手すら一度も交わしていない。
唯一の例外が薫子であったが、彼女は癖が強すぎるので綾乃の中でも当然“普通”にカテゴリされていない。
「(…弦羽早がよくて、私が駄目ってこと…?)」
そう思うと途端にある感情が浮かび上がってくる。
嫉妬でも苛立ちでもなく、寂しさ。夜明け前の窓の外に映る誰もいない薄暗い世界を見た時のような。
「綾乃、どうかした?」
その声はカラッとした言い方ではなく、体温で温まった冬の羽毛布団のように優しいもので、綾乃は半ば無意識の内に彼の胸板へとトンと少し腰を曲げて額を当てた。
まだ全力を出していない彼はあまり多くの汗を掻いておらず、日常から香る彼の匂いそのままで。
「…なんでもない。優勝しようね」
「ああ、もちろん」
ーーーー
時をさかのぼる事、数日前。何気ない平日の昼の授業。
「――であるからして」
古文という日常生活にも就職にも活かしようのない科目を担当する教師の声は、耳に入るものの脳に届く前に反対の耳から出て行く。その状態は綾乃だけではないようで、舟をこいでいるクラスメイト達の姿が目立っており、果たして来年還暦を迎える老教師はそのことに気付いているのか。
肘をついている綾乃は、空いている手でクルクルとペンを回す。数回ほど回したところで失敗し、ペンが机の上に落ちてそれでもう辞め、代わりに隣の席にいる弦羽早へとチラリと視線を向ける。
彼は熱心にノートと睨めっこしており、握ったシャープペンシルも動き続けていた。
まるで勉強熱心な少年に見えるだろうが、実際彼のシャープペンシルが書く文字には古文では使わないカタカナばかりで、加えてローマ字に絵まである。お察しの通り古文の勉強など一切しておらず、綾乃と理子、悠と空のペアについて色々考えていた。
「(ほんと、真面目なんだか不真面目なんだか)」
もっとも題名以外ほとんど白紙のノートを開いている綾乃も人の事を言えた義理ではない。こういう時、真面目な友人が同じクラスにいてくれるのはありがたいもので、よくエレナかのり子のノートを写させてもらっている。
弦羽早に関しては、日に日に彼がノートを写させてもらう相手が増えており、彼の交友関係の広さが伺える。綾乃は知らないが、クジによる席替えの時、綾乃の隣を取った男子と交渉して席を交換していた。因みにその交渉相手は現在教室の一番後ろの窓際という理想的なポジションでうつ伏せになって寝ている。
ここまで睡眠率の高い授業は、授業内容が教科書を読むだけのこの老教師が筆頭だろう。
「(…ミックスの県大会ももうすぐか)」
有千夏から命じられた弦羽早の一週間の休養期間も終わり、今日の放課後から練習に参加するらしい。
弦羽早と一緒に練習できるのは嬉しいが、正直なところなぎさが参加できなくなった以上は今の北小町で、自分と弦羽早がペアを組んでコートに立って練習したとしても、あまり成長は期待できない気がした。
成長ではなく、現状維持のための練習になってしまうのだ。試合は当然相手がおらず、各々の技を磨くのなら一緒のコートに立つ必要はない。当然、コンビネーションに関しての決め事や練習も必要なくなった。
それもまたもやもやする。
最近の綾乃はどこかこう、傍から見た雰囲気は落ち着いたものの、心の中はずっとざわついていた。少なくとも気持ちの良いもやもやではない。
綾乃の悩み――と言うよりも抱いている感情は、一言で表すのなら悔しさだった。
なぎさに負けたこと。その悔しさは日に日に薄れていくどころか、むしろ増して行っている。
もし攻め急がなければ。
もっとフィジカルトレーニングをしてブランクを取り戻していたら。
もし最後まで意識が持っていたら――
その自ら潰した起こりえた可能性を否が応でも考えてしまう。
もし仮に時間を巻き戻して試合をやり直せるなら、中学二年の薫子との試合よりも一週間前のなぎさの試合をやり直したいと思う程に。
元々綾乃は同年代に負けるのが極端に少ない選手で、最後に負けたのが件の薫子との試合で、それまで無敗を貫いていた。
そして前回の負けとは違い、今回の敗因の全てが自分の力不足であることを綾乃は認めていた。
なぎさが絶好調だったとか、前日のミックスに焦点を当てた綾乃と違い、なぎさは綾乃との決勝を焦点に当てていたことなど、考えようとすれば一応言い訳も思いつくが、そこも含めての実力だと受け入れていた。
だからこそもどかしい。
何も言い訳にできない、自分の実力不足故の敗北。
選手なら、いや、選手でなくとも人であれば誰もが必ず抱くであろう悩み。
勿論綾乃も特殊な価値観を持っているとはいえ、そういった悩みを抱えた事はある。例えば勉強だったり身の回りのことをもっと頑張っていたらと。
しかし彼女の人生の根幹ともいえるバドミントンに関しては話が別だった。前述の勉強などは彼女にとっては義務だからやっているだけであって、好き勝手に生活してよいのであれば人生の片隅にでも放り投げているだろう。
でもバドミントンとなるとそうはいかない。
「(なぎさちゃんは私に負けてから強くなった。弦羽早も、あんなに私に負けて、中学でも沢山負けた筈なのに、ほんとに強くなった。でも、薫子ちゃんに負けた私は強くなったの…?)」
――“負けた相手だって強くなる”。エレナと喧嘩した時のきっかけとなった言葉。
――優勝した弦羽早となぎさ。優勝できなかった自分。
――自分も見下していた
これらの考えがふとした拍子に綾乃の頭に浮かびあがり、毎度精神をかき乱してくる。
もし今の綾乃の悩みを有千夏が知れば、“成長したね”と笑みを浮かべるだろう。
この悩みは特殊な価値観を持つ綾乃だからこそ解決策が見つかりにくいのであって、内容自体は多少口が悪いものの、決して歪でも変わっているものでもなかった。
この悩みはまだ誰にも、勿論弦羽早にも話していない。自分と他者との違いが、無意識の内に相談する事をブレーキをかけていた。
他者と自分との違い、その最もたるが試合後の対戦相手の態度や握手の有無など。
「(…でも、そういえば頭痛くなることなくなったかも。確か…弦羽早と喧嘩してから…かな?)」
消えない悩みと無意識の内に自分を押さえつけていた結果、己を苦しめていた頭痛。それがある種を境に無くなった事、そのきっかけをくれたのがパートナーの少年であることに気付く。
「(…ありがと、弦羽早)」
ーーーー
甘えるように、あるいは寂しさを紛らわせるように自分の胸に寄りかかって来た少女に、弦羽早は心の中でふぅと小さく息を吐いた。
弦羽早もまた、ここ最近綾乃の悩みがまた別のものに変わってきている事には気づいていた。その内容は分からなかったが、ただなぎさとの試合がきっかけになっている事には流石に読み取れていた。
当然相談に乗るよと、何度も言おうとはした。
ただ仮に綾乃が話してくれたとして、その悩みを自分なりの答えで返したとしてそれが綾乃の為になるかどうか、これが分からなかった。
“弦羽早君がどんなに頑張っても一人には限界がある。私と同じように”
今なら有千夏が綾乃の元に離れた心境が少しだけ分かる気がした。勿論本当に彼女の元から離れようとは微塵も思わないが、ただ狭い世界を持つ綾乃にとって、その中にいる自分一人の言葉が本当の意味で彼女の為になるのかと、懸命に悩み続ける綾乃を見ているとそう感じるようになった。
必死に一人で自分と向き合い続けようとしている彼女に、パートナーであることをいいことに甘い言葉をかけて綾乃の信頼をより得られたとしても、真の意味で彼女に良い変化を与えられているのか。
おそらく入学してすぐの弦羽早であれば、彼女の悩みを何とか自分が解決しようと奮闘していただろう。しかし今自分の存在が、好意の分類は定かでは無いが、綾乃にとって大きなものになってきているとは自負している。
影響力があるからこそ踏み出しにくい一歩。
ただこのまま悩み続ける彼女を横目に、流れに身を任せ続ける気も無い。
だから少しでも早く彼女の悩みが解決するよう祈り、少女の頭を優しく撫でた。
今回色々ミックスについて説明しましたが、まあこれもお約束の、絶対ではないですしこれだけってわけでもないです。
女性もゲームメイクをするに越したことはないので、やっぱり両方できるっていうのが一番良いですね。
いつも通りの諸説ありますってやつです。
綾乃の心境はやっぱり難しいですね。特に9巻以前は綾乃の悩みって文字で描写されているのが意外と、表情や行動で描写されてたりしますから。