好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された   作:小賢しいバドミントン

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ちょっと執筆が止まってるのでこうなったら週一投稿を意識しようかなと。
ただ最近忙しいというか、日常的ではなくて。



良いところって

格上を相手にして戦う場合、その全てにおいて越えようとしてはならない。いかにして自分の強みを出して押し付けて、相手の強みを少しでも弱めるのが鍵となる。綾乃と弦羽早が世界ランク一位のペアに戦った時も、二人は自分達の強みを最大限に活かして戦った。

そしてそれを高校生の内にできる選手は少数であるが、しかし一定数の割合でいることは確かだ。

 

おそらくこれまで戦ったダブルスで、もっともそれを味わった試合が横浜翔栄の重盛瑞貴と大井康太のペアであろう。瑞貴は団体戦のレギュラーメンバーで、エース橋詰英美のダブルスパートナー。大井は弦羽早と準決勝で戦った男子で、こちらも男子ダブルスでインターハイ出場を決めている。

弦羽早と大井はミックスダブルスにおいても決勝を賭けて準決勝で戦う形となっていた。

 

二人は綾乃と弦羽早のペアに対し、チャレンジャーとして最初から試合に入っていた。そこに年齢による優劣などは存在しない。

 

動きの速い大井に対して、瑞貴は決して尖った能力を持った選手ではない。技術・体力において彼女より優れた選手はこの会場にも確かにいる。少なくとも単純な技術や体力だけを図った場合、ここまで残った人数以上には。

 

「前に詰めて!」

 

「了解ッス!」

 

後衛でスマッシュを打つ大井に対して瑞貴はそう叫んだ。元来のダブルスであれば、スマッシュを打つ後衛がその勢いのまま前に詰めて前衛と入れ替わる動きは珍しいものでは無いが、ミックスダブルスにおいてはあまり見ない動きだ。

綾乃のカウンタードライブに対し、大井はそのままネット前に詰めながらドライブで返す。

 

「前出る!」

 

「分かった」

 

しかし男子とのドライブ相手に引くどころか綾乃は詰めて応戦する。もっとも応戦と言ってもドライブで戦うのではなく、ネット前に落として一度シャトルの速度を遅くして時間にゆとりを生ませる。

大井は正面に来たネット前の球をバックハンドではたくようにしてプッシュを打ち込む。バックハンドでプッシュを打つ場合、どうしても鎖骨の作り状クロスに打つ場合には威力が減衰する。これはプッシュ問わずバックハンドに全般に言えることで、故にストレートを読んでいた弦羽早だったが、その読みに反してクロスへと飛んできた。

 

一瞬構えていた重心がグラリと揺れるが、すぐに持ち直してバックハンドへ飛んできたシャトルへとラケットを伸ばす。ただそのステップはリアクションステップでは無く、それまで癖となっていた足の運び方で、何とかシャトルに当てる形となる。

 

ストレートのネット前、つまり大井がいるポジションとは反対側へと送る。

 

そのシャトルに対して前に出たのが一度ローテーションの為に後ろに下がった瑞貴だった。その動きに無駄は無く、大井も瞬時にまたその球を瑞貴に任せて後ろへと動く。

 

パシンと再びネット前でダブルスの決め球でもあるプッシュを打ち込むが、しかし叩き落とすほどの甘い球ではなく、やはり“プッシュ”の名の通りの押し込む球となる。

それをがら空きのコート奥へと打ち込んだはずだが、瞬時に後ろに下がっていた綾乃によって再びネット前に返された。

 

それでも追い詰めているのはこちらだと二度、三度とプッシュを綾乃へと打ち込むが彼女は崩れるどころか、レシーブをした直後の1秒程度の僅かな時間で体勢を整えており、一撃目よりもレシーブの質が上がってきている。

ならばとあえてクロスにいる弦羽早のバックハンドへと打って意表を突こうとするが、背中を逸らせながらも安定したフォームから、バシンと後ろまでリターンされる。

 

「(やっぱりウチのプッシュじゃ決め球にはなりにくい。でも攻めは継続できている)」

 

大井の配球は一球目をストレートにいる弦羽早へのドロップ、そして二球目をやや綾乃寄りへとドリブンクリアを打つ。フォローに入ろうとした綾乃だったが、弦羽早の地面を蹴る音を察してその球を弦羽早に任せ、シングルスで言う中央(ホームポジション)に移動する。

 

「(ローテーションに迷いがない、互いにフォローし合っている。中央のお見合いを狙うのも楽じゃないか。でも中央の配球自体は悪くない)」

 

綾乃のシングルスにおいての強みである守り。それは混合ダブルスであるからと失われるものではない。守りというのは単純なスマッシュレシーブの話ではなく、今のこの状況がまさにそうだ。

今の弦羽早はネット前に来た球からすぐに後ろへと下がり、後ろへと飛びながら攻め球を打とうとしている。そうなった場合激しいカウンターが来れば、まず弦羽早は取る事ができない。

それを防ぐために綾乃は中央に構えており、弦羽早付近に返って来た球を除く全てを一時的に引き受ける態勢にしていた。

 

弦羽早は一先ず速いドロップ、ファストドロップをストレートに送ってネットに引っ掛けないように確実な一手を取る。今後ろに跳びながらスマッシュを打ち込むのはネットの危険性が高い。

 

「(羽咲は…まだコート中央! やっぱりこの二人も完璧じゃない)」

 

瑞貴はがら空きになっているネット前へとヘアピンを送って再びトップアンドバックの状態を作る。綾乃相手にネット前の勝負は避けたいところだったが、二歩前に出るだけでネット前にたどり着く自分と、大きく三歩を前に出して踏み込まないといけない綾乃とではそもそも立っている土台が違う。

 

その瑞貴の予想通り、綾乃のヘアピンを打つ体制はやや苦しく明確に浮いた。それをがら空きのコートへと打ち込むが、ダン!と大きな着地音と共に早いドライブが瑞貴の横を通り過ぎる。

大きく跳ぶことにより初速だけ爆発的に上げる弦羽早ならではのリアクションステップ。その技は何もシングルスに限定した話ではない。

ここまで来て尚帰ってくるシャトルに驚きはしつつも、彼女もパートナーである後輩も気は抜いていない。

 

「でも!」

 

「ラァッ!」

 

そのドライブを大井が再び空いているサイドコートへとドライブを打ち込んだ。踏み込んだ直後の弦羽早もネット前にいる綾乃もそれには追い付けず、コルクがコートの中へと落ちた。

 

『オーバー! 6(シックス)  ‐  8(エイト)!』

 

最後の一撃を決めた大井がガッツポーズを取り、瑞貴も彼に手を差し出して軽くハイタッチを交わす。観客席からは横浜翔栄だけでなく、他校の生徒からも歓声が上がった。未だ1ゲームでの失点が10点もいかない優勝候補のペアが初めて接戦を繰り広げており、他校の生徒も注目するのは自然であった。

 

「ごめん、素直に上げればよかった」

 

「いや、その前のドロップがまず駄目だった。フォローに入ってくれた綾乃に負担かけてたし、俺がまず上げるべきだった」

 

瑞貴が一点を得るのを確信したのは弦羽早のドロップだった。彼の言った通り綾乃がコート全てを担当している状況での速いドロップショットは、決め球になる可能性よりもカウンターを決められやすい。もしその時の弦羽早が万全の体勢からフォームに入っていればファストドロップも強力な一手になるが、やや後ろに追い込まれた状況からのドロップは読みやすい。それも速いドロップを打った分、相手以上に綾乃にテンポアップを要求する一打となってしまった。

 

「でも…」

 

「じゃあお相子って事で」

 

トンと綾乃の額にリストバンドを軽く当てて笑みを浮かべると、綾乃も少しだけ口元を上げて小さく頷いた。

 

「あ~…少なくとも、仲違いさせてコンビネーションを崩すのは無理そうだ」

 

「そっすねー」

 

軽く息を乱すパートナーの少年にチラリと振り向く。

ここまでの展開、確かにスコア上では競っているのは間違いなかったが、大井に掛かる負担がこれまでの試合とは比べ物にならなくなっている。

 

瑞貴が考えるこの試合の勝ち筋はやはり、いかにして大井の速さを活かして瑞貴が相手を翻弄しシャトルを上げさせ、攻めを継続するかに掛かっている。攻めると言っても生半可な一打では決まらないので、低い球を中心に組み立てていくしかない。

そうなるとラリーは長引き、更に相手の動きを翻弄する為に瑞貴はセオリーとは違う動きを行う為、その動きに大井が逐一合わせなければいけなかった。

 

話がラリー前にさかのぼるが、これが瑞貴の強み。視野が広く、試合の流れを見極めることに長けており、またできる事とできない事をハッキリと分別して試合を組み立てることができる。

これは堅実な配球を行える大井のプレイスタイルとマッチしており、この二人の組み合わせは監督である木叢が組み合わせたものだ。

 

目に見える形での強みは少ないが、しかし確実に勝ち上がれるペア。それは弦羽早や綾乃が目指すバドミントン(世界)では通用しないかもしれないが、しかし部活としてのバドミントン(今この場)では理想的なものなのかもしれない。

 

強者であるが故の声援と、強者故のアウェー。

どちらを応援したくなるかは人それぞれかもしれないが、これまで圧勝に次ぐ圧勝を重ねて来た二人に対しては、やはり横浜翔栄の二人を応援する声が多かった。また、声まで上げずとも内心で二人を応援する者もいる。

 

「これはひょっとしたら、ひょっとするかもだね!」

 

少し嬉しそうに声を上げるミキもまた、その中の一部かもしれない。彼女は二回戦目で件の二人にボロ負けしたので、横浜翔栄側を応援するのは不思議な事でもないが。

この子はどうして技術は高いのにも関わらず、その辺りの見極めが甘いのかと薫子は小さくため息を吐く。

 

「そんな訳ないでしょう。接戦も精々インターバルまで」

 

「え~?薫子ちゃんは羽咲さん達を応援してるの?」

 

「贔屓目などしておりません。単純に能力差があり過ぎる。あれだけの長いラリーが繰り返されて、かつ守りの状況が多くても、羽咲さんと秦野弦羽早はそこまで動いていない。その理由くらい分かるでしょう?」

 

「……分かんない!」

 

恥ずかしげも無く堂々と胸を張る、身体的にも精神的にも、ついでに学力的にも同学年とは思えない幼い彼女に薫子のため息が繰り返される。

 

「あなた、仮にもわたくしと共に優勝したんですからそれくらい分かりなさい。つまり横浜翔栄は僅か六点目で息切れする状況になるまで動いて初めて一点が取れるのに対して、リードしている羽咲さん達はそこまで動かなくても一点が容易に取れる。一点への重みが違い過ぎるのよ。横浜翔栄の二人が1ゲームを取るには、倍近くの点数を取るぐらいの労力がいるわ」

 

「た、確かに、あの二人から一点を取るだけでもしんどかったかも…」

 

つい数時間前に行われた二回戦目のことを思い出すと、ミキの肩が一瞬だけ揺れる。熱気の籠った体育館の中で振るえた肩は、当然肌寒さからくるものではなかった。

 

「結局のところ二人の強みはやはりミスの少なさと守備の固さ。それは各々シングルスで持つ強みでもあるのである種当然と言えば当然ですが、加えて互いのフォローにも迷いがない。あれだとコートの穴を見つけるのも一苦労でしょう。バカップルさをプレイにまで反映するなんて、ほんと、わたくしの中での羽咲さんのイメージが色々と…ハァ…」

 

「だ、大丈夫薫子ちゃん?」

 

 

 

『サービスオーバー! 9-9!』

 

遂に横浜翔栄が追い付いた形となった。

サーバーは瑞貴。レシーバーは出の速い綾乃。更にロングサーブに対しての戸惑いは無いのか、サービスラインギリギリに立って更に重心を前に出している。たったこれだけの事でもサーバーからすればかなりのプレッシャーとなり、サーブミスが増えやすい。

 

しかし瑞貴は臆さずにショートサーブから始める。まだ第一ゲームの中盤。ここで綾乃のプレッシャーに慣れておかなければ、ゲーム終盤の点数のプレッシャーが掛かって来た状況に耐え切れなくなる。

このラリーだけでなく、先を見通したショートサーブはネットを越えた直後に綾乃に叩かれる。とは言え浮いた訳でも無いので地面に叩き落とされるようなことはなく、大井のバックハンド側のサイドラインへと伸びる。

 

大井はクロスのネット前に打って一度逃げようとするが、しかし綾乃の出の速さについていけず一呼吸遅れてしまい、クロスと言うには角度が付かずに中央寄りとなる。

そして右利きの大井のクロスとなればそれは左利きの綾乃にとってはフォアハンドとなり、二撃目のプッシュはより勢いのあるものとなり、あっさりと大井のボディへと直撃した。

 

『オーバー! 10(テン)  ‐  9(ナイン)!』

 

これが薫子の言っていた一点の重みの違いだ。瑞貴と大井のペアが数十回に続くラリーの末手に入れることができる一点に対し、二人、特に綾乃のサーブレシーブは僅か数回のラリーであっさりと手に入れてしまう。

それは無数に存在する強みの一つ、右利きと左利きのペア。例えば今の状況、大井としては無理やりドロップを打たずにストレートにロブを上げることも可能だったが、そうなると右持ちの弦羽早にとってはフォアハンドとなる。そして素早い綾乃のプッシュに足を伸ばしながら、バックハンドでコート奥まで飛ばすのは際どく、どこに打つにしてもリスクが高かった。

解決策としてはそもそも綾乃のプッシュに一呼吸遅れた時点で不利な状況となっているので、そこに追いつくしかない。

 

それでも瑞貴は大井の強みを活かして、そして大井は瑞貴の動きを中心にして流れを切り替える。

特に瑞貴は大井の負担を減らす為によりペースを上げた。可能な限りプッシュを無理にでも打ち込み、プッシュの癖があるように植え付けて置く。そしてここぞと言うチャンスボールをあえてネット前に落とすことで二人の意表を突く。

また、大井が攻撃する時に彼の前に立ってサイドコートを開けておく。当然パートナーのスマッシュに対し、弦羽早がクロスに返せないなど思っていない。しかし開けて置いたコートへのリターンを誘導し、そこに瑞貴が下がりながら対応。そこから綾乃へスマッシュを打ち込み、彼女のカウンタードライブを男ダブで前衛を担当している大井に狩ってもらう。

 

11‐10

 

遂にリードを許す形で、横浜翔栄の二人が先にインターバルを取った。

 

「凄いなぁ」

 

「え?」

 

リードされているのにも関わらず上がっていた弦羽早の声に、強く握っていた水筒が滑りそうになった。喉奥に入り込んできたドリンクに咽てしまい、ケホッと数回咳が出る。

驚いた様子で自分の背中をさするパートナーに、綾乃は睨むとまではいかないが、しかし鋭い視線を向けた。

 

「凄いって、まさか相手のこと?」

 

「うん。大井さんはシングルスの時から配球が上手いとは思ってたけど、あの重盛って人にも色々教えられる」

 

「は…?」

 

大井に関してはまだ分からないでもない。大井は県大会で唯一弦羽早から1ゲームを取った選手でもあり、彼の配球が上手い事は弦羽早も言っていた。

しかし重盛瑞貴。彼女はハッキリ言って特別上手くない。ラケットワークが良いわけでもなく、動きが俊敏なわけでも体力があるのでもない。インターバルを取られたのは何かの間違いかと思いたくなるように、彼女には武器になるものも盾となるものも存在しない。

 

「弦羽早はさ、その…、シングルスでもあの人との試合、負けてた時も少し楽しそうだったよね…? それは、どうして?」

 

ギュッと右肘を握って細々としたトーンで問いかける彼女に、また弦羽早は一瞬だけ間を作らざるを得なかった。また一つ綾乃の中での変化の兆しが見えてきている。

追い詰められたような、あるいは切なげにも見える彼女の張った顔は、彼女の心の余裕の無さをそのまま表れしてくれている。

不謹慎かもしれないが、その分かりやすさは弦羽早にとっては助かった。

 

「どうして…か。それは俺が努力して手に入れられる物を持っているからかな」

 

「努力して、手に入れられる物…?」

 

「うん。例えば体格とか体質とか、そういうのはどうしようもない事だけど、大井さんの相手を崩す配球とかはもっと努力すれば手に入れる。あと、重盛さんは…」

 

ここで弦羽早は少しばかり言いよどんだ。

瑞貴の美点はメンタル的な部分に集中していた。

本気で自分達に勝つ為に戦う前向きな性格や、諦めない心だけでなく、こちらの強みをきちんと理解してくれている。つまり自分達をリスペクトして、その上で戦ってくれている。

彼女の一打一打の丁寧さと、点を欲する誠実さがそう表しているように弦羽早には見えた。

それは選手としてもあるが、人として尊敬できるような人物。

 

綾乃(あの子)は学ぶべきことが多い”

 

「…彼女も…うん、努力とは少し違うかもしれないけれど、でも、常日頃から意識すれば多分、あんな風に上手く戦えるようになれる気がするな」

 

一週間前の有千夏との会話を思い出し、弦羽早はあえて全てを語らずにそう返した。あたかも自分もよく分からないかのように。

勿論、弦羽早も瑞貴とはこの試合が初対面で、彼女とはコートの外では話した事すらないので彼女の本質なんて分からない。ただ悪い人間で無い事は自信を持って言えるくらいには、弦羽早もまた人生でコートの中にいる時間は長い。

 

「…そう、なんだ…」

 

また綾乃の中に現れる寂しさ。

弦羽早の言っている意味を頭で理解できても、感情で読み取れないのはやはり自分が間違っているからか。

 

人間とは必ず自分が中心に存在する為、自分が普通だと思って生きている。客観的に世間の平均から見て自分を評価できる人は多くは無い。

だが自分と弦羽早の差を見ていると、間違っているのは自分だと思うに値する出来事や結果が多く存在した。

 

「ねえ綾乃、覚えてる? 合宿の時、綾乃の悩みはバドミントンの中で解決していく筈って言った事」

 

「あっ、うん」

 

勿論その言葉は覚えていた。ただ常日頃から頭の中にあったかと言われるとそうでもなく、少しだけ頷くのがよそよそしかった。

 

「だから大丈夫。せっかくこんなに楽しいバドミントン(試合)ができるんだから、目いっぱい楽しもう」

 

そう優しい笑みを浮かべる彼はとても同い年に思えないくらいに落ち着いて、包容力があって。

かつて苛立ちを覚える程に優しい彼の存在は、まるで深々と根を張る大木のように背中を預けたくなる。

 

「ん、分かった」

 

弦羽早の拳と合わせ、スポーツドリンクを再度一口飲むと、再びラケットを持ってコートへと戻った。

 

 

 

サーバーは瑞貴でレシーバーが綾乃と先程もあった状況。

綾乃はジッと汗の拭かれた瑞貴の顔をネット越しに見つめる。そばかすが印象的な普通の少女だ。強気な吊り目をしているがそれでも素朴といったイメージが浮かぶ。

弦羽早が学ぶべきことを持っている相手。

それを探そうとジッとより深く見つめ続けていると、瑞貴の肩が小さくビクッと震え、その反動で無意識の内にサーブを打ってしまう。精神状態の乱れた中でのショートサーブが良いもののはずはなく、ネットに引っ掛かりせっかくのリードをドブに捨ててしまう形となった。

 

「(…ほんとにこの人が何かを持ってるの?)」

 

ラケットを降ろして一呼吸入れた弦羽早に振り向き、訝し気な視線を向けると彼は軽く苦笑した。

集中してその瞳が暗くなっている事におそらく綾乃は気づいていないのだろう。ただでさえプレイ内容だけでも彼女にサーブを打つ時のプレッシャーは大きいが、加えて夜の路地裏のように暗い瞳を向けられたら手もブレるだろう。

 

瑞貴からパスされたシャトルを受け取ると、サーバーの綾乃が打つのを合図にまたラリーが始まる。

レシーバーの瑞貴は綾乃を抜く為に、彼女のバック側へとハーフ球を打つが、綾乃のバックハンド側と言うことはつまり弦羽早にとってはフォアハンドとなる。バシンと激しいドライブが正面の瑞貴へと伸びるが、構えていた彼女はすぐにラケットを立てる。

しかし重心の乗ったドライブは彼女の想像以上の反発力を生んでしまい浮かび上がり、ネットの白帯を越えた直後に綾乃のラケットによって叩き落とされた。

 

『ポイント! 12(トゥエルブ)  ‐  11(イレブン)!』

 

そこからは薫子の予想通りの展開となっていた。

まず序盤に動きすぎた大井がペースダウンし始め、同時に瑞貴の集中力も切れかかった。瑞貴は最終局面まで見通してはいたが、しかし一点を取る度に多くの集中力を労し、やはり技術の差を埋めることができなくなっていた。

 

それでも彼女達は最後まで諦めなかった。自分が出来る限りの事を行い戦い続けた。

 

『ゲーム! マッチワンバイ羽咲、秦野!

21(トゥエンティワン)  ‐  13(サーティーン)

21(トゥエンティワン)  -  7(セブン)!』

 

大きく肩を揺らして顔を始め体の節々から汗を垂らす瑞貴と大井に対し、微かに呼吸が荒いだけの二人はネットの上で握手を交わした。

結局綾乃には、弦羽早を引き付けた瑞貴の良さというものが分からなかった。強いていうなら諦めずに戦うところだろうが、それ以上に技術と体力が追い付いていない印象だった。

 

「ありがとね。本当の混合ダブルスっていうのを見せて貰った。アンタ達と戦えたことは、きっと数年後にはバドやってない人にも自慢できることになると思う」

 

ギュッと自分の手を強く握り絞めるバドミントン選手にしては少し日焼けした肌に視線を向ける。微かに震えるその腕に、綾乃は再度瑞貴の顔を見つめると、少しだけ目が潤んでいるように見えた。ただその泣き顔は怯えるようなものではなくて、自然な形で口元が少しだけ上がっていた。

 

「えっと、どういたしまして…?」

 

期待、されているのだろうか?

プラスの感情が籠められた彼女の言葉に、慣れていない綾乃の返事は少し棒読みになっていた。

それを少しだけおかしそうに瑞貴は笑いながら、強く握り絞めた手を緩めて。

 

「でも団体戦じゃ絶対に負けないから覚悟しといてね」

 

「あ、うん。楽しみに…してるよ?」

 

勝利者サインを二人分纏めて書き終えた弦羽早に、綾乃は小さな声で話しかけた。

 

「ねえ、あの…瑞貴ちゃんの良いところって、さっきみたいなところ?」

 

チラリとスコアシートに書かれている瑞貴の名前を確認する。彼女にとって年上を下の名前でちゃん付けで呼ぶことはなんら違和感のあるものではないらしい。

弦羽早はスコアシートとボールペンを審判の男性に返しながら、監督の優しい笑顔に迎えられていた瑞貴と大井を横目で見つめる。

自分よりも強い相手にも全力で立ち向かえる意欲、そこに行きつくまで諦めずに考え続けるメンタリティと、負けても相手を褒めることができる人格。

弦羽早が第一ゲームのインターバル前に感じていた事は間違っていなかったらしい。

 

「多分、そうだと思う。いい人だったね」

 

「そだね。優しい人だった」

 

ぴょこぴょこと揺れる瑞貴の短いツインテールを見つめながら、少しだけ弦羽早の言った意味を心で感じられた気がした。

 

 

 




瑞貴ちゃんって(はねバドには珍しく)ほんといい子だよね。

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