好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
農林水産省及び光ファイバー自由研究トレーニングセンター前。正式名称で呼ばれる事がまず無い、ごくありふれた市民体育館。
平日の夕方と利用客が少ない時間帯だったが、その日は先客のバスケットと卓球により、アリーナ内の四分の三は既に占拠されていた。
「ごめんね、バドミントンコートも既に先客が居て。でも一人だったから一緒にしたらどうだい? お嬢ちゃん美人だから、相手の男の子も喜ぶだろうよ」
事務員のおじさんのお世辞に適当に会釈すると、一人でバドミントンコートを取ろうとする自分と同じ奇怪な思考の持ち主の顔を確認しに行く。
アリーナに足を踏み入れると、バスケットボールが床にバウンドする音と卓球ボールの軽い音の中で、バドミントンコートの中には黙々とフットワークの練習をしている一人の少年。
彼と少女は目が合うと、互いに動きが数秒程止まった。
「いやー、助かったよ。練習相手がいなくて困っててさ」
「なんであなたがここにいるんですの?」
コートを取っていた先客、弦羽早と軽いクリアーを交わしながら体を温める薫子。
「体育祭が近いから競技の練習とかで体育館が使えなくてさ。部活の面々は休養だったり、用事入れてたり。芹ヶ谷こそ部活は?」
基本運動場を使用して行われる体育祭の練習だが、毎度運動場を使うとサッカー部などの運動場を使う部が体育祭終了までほとんど活動できなくなるので、時には体育館を使ったりもする。
これでもバドミントン部に期待していた校長の計らいにより、本命の混合ダブルスが終わるまでは体育館をバド部に優先して使わせていてくれたのだが、当の弦羽早と綾乃は知りえないことだった。
「こっちも似たようなものですわ」
薫子は数歩後ろに下がりながら、飛んできたシャトルを打たずに見送る。シャトルはバックバウンダリーラインから十センチ後ろの位置で落下した。
「三枚。仮にも二つの種目で優勝したのですから、もっとマシなミスになさい」
薫子の綺麗な弧を描くロングサーブに、弦羽早はやや苦笑しながらハイクリアーを打つ。今度は確実に入っているが、
「より上を目指すのでしたら、そのギリギリを狙わない癖も治すべきではなくて?」
「あ~、流石だね。やっぱり分かる?」
「あれだけ露骨ではわたくしで無くとも気付きますわ」
弦羽早のミスの少なさと言うのは強さと弱さが混合している。アウトが少なくラリーが続くと言うのは大きな利点であるが、コートのギリギリまで走らせないというのはデメリットだ。
確かにコートの外から見ればバックバウンダリーラインとダブルスロングサービスラインの差は720mmと歩幅一歩程度にも見えるが、実際この中で動くにあたってその差は大きい。バドミントンのフットワークはホームポジションから三歩で取るのが基本であるので、コートの端ギリギリとなると最後の一歩を大きく踏み出して、その状態でラケットを振らないといけなくなる。
「なるべく反復練習はしてるんだけどね。やっぱり機材とか人数とかの関係で」
「ノックマシンすらありませんものね。そんな高校が全ての種目を独占するなんて…ふざけていますわ」
「女ダブは芹ヶ谷が優勝したでしょ」
「中々ユニークな嫌味ですわね」
綾乃となぎさが参加していない女子ダブルスにおいて、薫子にとっては強敵と言える相手はほとんどいないに等しかった。勿論苦戦した試合はいくつかあったが、綾乃のような差を見せつけられる相手はいなかった。もっとも、あんなのが何人も居たらたまったものではないが。
クリアーにも飽きて来たので薫子が何の前兆も無くファストドロップを送ると、弦羽早は体を崩すこともなくすぐに前に出てハーフ球を繰り出し、そこから返って来た低めの球に対してプッシュで練習を続ける。
「今からインターハイに向けてどう練習するつもりですの? シングルスもミックスも、相手すらいないでしょう」
北小町のメンバーの実力は薫子もある程度は知っている。皆弱い選手ではないが、しかし全国レベルの選手でもない。
「…ん~、ここだけの話をしていい?」
「面白い内容であれば大声で言いふらしますわ」
「なら大丈夫かな」
えらく余裕のある様子でそう返してきた弦羽早に、薫子はピクリと眉を動かす。
彼と最後に話したのは地区大会での綾乃との試合の時で、その時に比べると随分と余裕があるように見える。
「(いや、元々普段の秦野弦羽早はこういう人なのでしょう)」
何しろ弦羽早とのファーストコンタクトは薫子が北小町に乗り込んできた時。あの時散々綾乃に対して言ったのだから彼が良い印象を抱く訳がない。
三回目の接触でここまで友好的に接してくれるのは、彼の人柄だろう。
「実は
まあ綾乃のオマケみたいな扱いだったけど。そう最後に付け加えると、弦羽早はプッシュをやめてヘアピンで前に落としながら後ろに下がる。同時に薫子が前に出てそれを拾うと、今度はプッシュとレシーブが入れ替わった。
「確かに上を目指すものとしてそれは大馬鹿ね」
ヴィゴの下でバドミントンができるということは、それはただ彼から直々に指導を受けられるだけではない。それだけでも選手として大きな成長を遂げるに値するものだが、最新機材の使用や、スポーツ医学等の科学的トレーニングやケア、そして登録選手との合同練習。
もし仮に自分が誘われたら、一秒と悩まずに母校を捨ててそちらに乗り換えるだろうと、情の薄い自分の姿を薫子は想像する。
「確かにあなたと羽咲さんのペアは強い。でも、今のまま優勝となるとその考えは甘くってよ。まあ、わたくしが偉そうな事言えるレベルではありませんが」
「いや、実際そうだ。芹ヶ谷みたいにハッキリ言ってくれる人が周りにいないかったけど、やっぱり見える人にはそう見えるんだね」
自分達は現に県大会優勝を成し遂げる程の実力を持っており、世界ランク一位を倒したというのは伊達じゃないと周りから見られている。
しかしそれが時折不安に感じることがあったので、薫子の言葉は優しく聞こえた。
「二人が爆発的な集中力を発揮できるのなら、“決勝に上がるような相手”にも勝てるでしょうね。実際その場を見ていませんが、麗暁と紅運と戦った時もその状態だったのでは?」
「流石綾乃のファン。その通り」
「誰が!」
「おっと」
弦羽早のユーモアにこめかみ部分が一瞬痙攣し、目いっぱい力を込めてラケットを振る。
少々体勢が崩れながらも弦羽早の元へ飛んだシャトルはしっかりネットを越えて自分の元へと返って来た。
「あの時は1ゲームで限界だったし、そもそも俺はあれ以降一度もあの感覚に入れていない。綾乃は既に二回は入ってるのに」
プッシュレシーブをしているので肩を下す余裕は無いが、声のトーンはまさに青息吐息といった張りの無いものだった。
「荒垣さんとこの間の決勝の後半、ですね…。なるほど」
確かにあの状態の綾乃であれば、手を抜かれていたとはいえ世界ランク一位を倒したのだと納得できる。
「まあ、今後どうするかは綾乃次第かな」
「それは羽咲さんに選択を押し付けているのではなくて?」
薫子の声は毒のある鋭いものではなかった。何も飾らない平常なトーンでの一言。
籠められた意味と声のトーンのギャップからは、付き合いが短いながらも薫子らしさが感じられた。
「容赦ないなぁ、芹ヶ谷は」
プッシュよりも鋭い言葉に弦羽早は返すことができず、シャトルが彼の足元にコトンと落ちる。腰を曲げてラケットでシャトルをすくいながら、弦の上の羽をジッと見つめる。
「やっぱりまだあるんだと思う。綾乃に嫌われたくない、これ以上悩みを増やしたくないって」
「…あの方はまだ悩んでいますの?」
綾乃が自己分析能力の低さと周囲の環境から必要以上に深く悩む性格であるのは知っていたが、なぎさとの決勝戦で見せた爽やかな笑顔と、混合ダブルスの決勝で見せた無垢な笑顔を見てまだ悩んでいるとは流石に読めない。
「少しずつ解決には近づいてるけど、大きなものがつっかえてる。きっとそんな感じだと思う」
「つっかえてる…」
まさかと薫子は少し視線を上げて綾乃の悩みを想像してみる。彼女の本質に関して薫子は、弦羽早以上に理解していると自負しており、具体的な悩みまでは見当つかないが方向性に関しては多少の予想は出来た。
「…もう少し待ってみるよ、団体戦が終わるまで」
「まあ、あなたは好きにしたらよくて?」
綾乃に対しては歪な形で親近感を抱いているが、弦羽早に対しては異性と言うのもありそう言った感情は無い。バドミントンプレイヤーとして尊敬する点や、綾乃を強くする起爆剤として期待していた面もあったが、それを除けば個人的な関係は二人の間には少ない。それこそファーストコンタクトの時点で険悪で、今はそれを互いに引きずっておらず、練習相手として見ているくらいか。
「ん、そうするよ。ありがと、芹ヶ谷は話しやすいね」
「本気で言っているのなら、あなたの目、相当濁ってますわよ」
カオルコチャン…