好きな子と混合ダブルス組むために全国トップを要求された 作:小賢しいバドミントン
久しぶりのなので複数投稿
北小町の団体戦は順調だった。続く二回戦目もエレナは負けてしまったものの、綾乃が圧勝しそこでゲームエンドとなった。
ここまでは前日の健太郎の予想通りで、そこまで強敵ではなかった。しかし三回戦目以降ともなれば必ず強豪校と当たる事となり、その相手は前年の団体戦優勝者である横浜翔栄。
これまでの個人戦で横浜翔栄のレギュラー勢と戦った事があるのは綾乃一人だけで、彼女の試合内容を他のメンバーが参考に出来ないのは皆まで言う必要もない。
綾乃以外の面々の緊張感が一気に高まった。しかしそれは相手も同じ。
団体戦ではまず各々の試合の前に、チーム全員が並んで握手をし合う。その際に綾乃はそばかすのある見知った顔と目が合い、彼女が不敵な笑みを浮かべて来たので、できる限り口元を上げた。もっとも精一杯作ろうとした笑みは引き攣っており、笑い合った瑞貴を含む横浜翔栄の全員が軽く肩を震わせていた。特に主将の橋詰英美は個人シングルスの準決勝でボロ負けしたこともあり、肩だけでなく足も震えている。
「…瑞貴ちゃん、私の顔そんなに変?」
「相方に向けるのに比べるとね」
“瑞貴ちゃん”という呼び方も首を傾げる内容であったが追求はしない。
何しろ瑞貴にとっては元々パートナーの英美も読めないところがある。プレイ内容や精神面では無く、その日その日で変わる調子。彼女はとにかくプレッシャーに弱く、本番で力を発揮できないタイプだ。
その為試合は毎度彼女の調子に合わせて立ち回らないといけないところがあり、そこにプレイ面、精神面、調子全てにおいて読めない綾乃が加わってしまえば流石にパンクしてしまう。綾乃を読む部分はプレイ面に絞らなければならない。
挨拶が終わればすぐに試合が始まり、パートナーの英美の背中を見つめながら瑞貴は軽くその場で小さく跳ぶ。
『オンマイライト。横浜翔栄高校、橋詰・重盛。オンマイレフト。北小町高校、羽咲・泉。橋詰トゥサーブ。ラブオルプレイ!』
「(これまでの試合、ほとんど羽咲と泉ちゃんはトップアンドバックで戦ってる。それも得意な陣形は決まってる)」
いかに自分達の強い陣形に持ってくるか、そして相手にそうさせないように立ち回るかはダブルスをより奥深いものにする内容である。
混合ダブルスではパートナーが弦羽早であった為、序盤以降は手も足も出ない状況だったが、最強の状態での綾乃と戦っているからこそ今の綾乃であれば勝つ自信は瑞貴にはあった。
まずはサービス周り。これは悪手になりやすいが、しかしこれは予め決めており、綾乃に対して徹底的にロングサーブを打つというもの。とにかく綾乃の出の速さは僅かにでも浮けば叩かれ、浮かなくてもラケットワークの上手さからサイドラインギリギリに落ちる球を、サーブ直後のサーバーに強要する。
パン。
サーバーである英美は約束通りロングサーブで始動。ただロングサーブもそれを隠すのが下手な人がやればフェイントにはなりにくく、綾乃もそれを読んで直後に後ろに飛びながら空中でスマッシュの体勢を取る。
当然こちらもすぐにサイドバイサイドの陣形となりスマッシュに備えるが、綾乃のラケットは頭上でピタリと止まり、シャトルは英美側のネット際へと落ちていく。
速いラケットワークから直前でラケットを止めるチェックスマッシュと言われるものだ。スマッシュの名がついているがネット前で落とすと言うところから分かる通り見た目はドロップ。
この打ち方の難しい点は打点とその直前のフォーム。
まずラケットをピタリと止めるということは打つ瞬間にはスイングを行わない。当然威力が激減するためラケットの面の角度や、ラケットの到達点を見誤るとネットに引っ掛かりやすい。
そしてこのショットはスマッシュと同じフォームで打たなければその脅威は無いに等しい。予め強打を打つつもりもない棒立ちの状態でチェックスマッシュを打ったところで怖くはなく、また露骨に力を籠めすぎてもバレやすい。ドロップを打つがスマッシュと同じフォームと言うのは案外難しく、ドロップもスマッシュも、チェックスマッシュも選手の癖にもよるが打つ打点が微妙に異なる。その微弱な差を感じさせないフォームを作ると言うのは存外難しい。
「英美!」
フェイントから発生する硬直によって一歩が出ないパートナーの名前を呼ぶと、彼女はハッと目を開いて足を前に出す。そこから何とか体重移動を利用し、頭を下げながらもストレートのネット前に返す。
それを打ってきたのは先程後ろでチェックスマッシュを打った綾乃だった。
「なっ!?」
まずそもそもロングサーブを打たれた場合、後ろにいたパートナーは前に詰めて前衛に切り替わる。そうしなければお互いに後衛という状況が起こりえるからだ。
綾乃がロングサーブを打たれやすい性質上、パートナーがその動きを知らない訳では無いが、あえて綾乃に任せておく。
「(そこまで徹底するかッ)」
弦羽早と組んでいた時でさえここまで無理して前に詰めようとはしていなかったが考えが甘かった。彼女は詰めようと思えば無理にでも詰められるのだ。
そして更に瑞貴にとって予想外の展開が続く。すぐに点を取ってくるかと思った綾乃だが、あえて得意のラケットワークで瑞貴を翻弄し、前衛どうして低いラリーを続け始めた。当然彼女と打ちあいたくない英美は逃げようとロブを上げようとするが、差し込まれた状態、つまりラケットと胴体が近い状態でハイロブを上げる事ができず、速い球で抜こうにも彼女がタッチして前に落としてくる。
「(不味い!)」
まだ一回目のラリーでこれ以上続けるのは後に続かないと判断し、瑞貴は強引に英美にぶつかって無理やりラリーを終了させた。
「何するのよ!」
内弁慶のパートナーからの怒鳴り声が聞こえるが、それを適当に聞き流しながら綾乃と視線を交わす。
「「((なるほどね))」」
綾乃はただ勝つだけでは飽き足らず、この試合で英美の体力を削いでS3の理子の負担を減らすつもりだ。そしてそれに気づいた瑞貴が一点を与えてまでそれを阻止した。
互いの戦略を読み取り合い、二人は小さく眉を寄せる。
「(元より羽咲がいる状態で失点無しなんて理想的な勝ち方なんて考えてない)」
英美が考えている失点してもよい状況というのは、綾乃がレシーバーである時。それはかなりの割合で起こりえる状況なのだが、こればっかりは仕方がない。ロングサーブで徹底したとしても、ダブルスのロングサービスラインがシングルスより狭い事や、角度やコースを狙っていればアウトにもなりやすいこと、綾乃の球種を考えた場合そこで無理して点を取るよりもある程度捨てた方が良い。
逆に言えば綾乃がレシーバー以外の状況で点を取ればいいのだ。まさに今のサーバーが理子、レシーバーが自分である時のように。
理子のショートサーブをヘアピンでバックハンド側へと寄せ、あえてセンターラインの上から動かずに彼女に圧を掛けない。勿論最低限ヘアピンを抑制する為にすぐに飛べるようにしておく。
すると理子から見た場合、この球はわざわざ高いロブを上げずとも、前衛に狩られる心配が無いのでハーフ球で切り崩せる可能性があるように見えてしまう。
だがそれは誘われた球で、ハーフ球の最高点に達した瞬間をすぐに足を踏み出していた英美のラケットが捉え、彼女のドライブショットが理子のボディへと襲う。それをなんとかラケットに触れる形でなんとか返すが僅かに甘くなってしまう。
「(叩ける角度だけど、散々煮え湯を飲まされたからね)」
前衛の英美はラケットの面を理子に向けていたが、打つ直前にそれを綾乃の方へ傾ける。理子のフォローに入ろうとしていた綾乃にとってそのショットは完全に予想外で、綾乃が担当する側のネット前にシャトルが落ちた。
「ああ!?」
「ハァ…。綾乃の悪いところが出たな…」
試合を上から眺めていた弦羽早が小さくため息を吐く。今の場面、そもそも普通フォローに入ったりはしない。サイドバイサイドの状況でパートナー側に来た速球を返すなどは、パートナーにラケットが当たる事もあるので、本来ならあり得ない。
だからサイドバイサイドの状態でパートナーが集中して攻められている時にできることは、
でも綾乃はこれまで弦羽早とのダブルスで、本来あり得ないフォローが上手くいってしまっているので、今回も入ろうとしていた。
「しかしダブルスをここまでかき回しますかね、普通?」
「お~、芹ヶ谷。お疲れ」
「…この間ので随分フランクになりましたね、あなた」
つい先ほど試合を終えた彼女は体を冷やさないように薄い長袖を羽織っている。この暑い体育館でも汗をそのままにしておけば冷えるので、コーチングの行き届いた強豪校では時に嫌でも強要されたりもする。
あの練習の後に弦羽早から連絡先を交換しようと言われてから、時折連絡を取り合っている。もっともその内容は主にミキとのダブルスについてで、話題を振っているのは薫子の方だったが。
普通の男子相手なら薫子はお断りするだろうが、弦羽早の一途さは知っており、案の定デートのお誘いなどは一度も届いていない。因みに薫子の連絡先が興南高校に広がれば、まるで迷惑メールの如く誘いが来るくらいには彼女も人気だ。
「そもそも橋詰さんを狙おうなんてふざけたこと考えるのは羽咲さんくらいですわよ。あの方、練習試合では他県のトップにも勝っているというのに」
「その話綾乃にしたら、橋詰さんとの試合内容ほとんど覚えてないって」
「その割には余裕のない点差になってますわね」
現在の得点は5‐2。綾乃のレシーバーの時にまた点を得られたが、このダブルスにおいては綾乃がサーバーである時はさほど脅威ではない。
そして4‐2の綾乃の二回目のレシーバーの時、ロングサーブをアウトだと理子の言葉を信じて見送ったが僅かに入っており、5‐2となる。
「ごめんね綾乃ちゃん!」
「大丈夫。私も言われてアウトだと思ったし」
その様子を指して。
「あれ、俺がやったらもっと嫌そうな顔する」
「それは実際あなたが悪いから当然ですわ」
仮にも中学では全国トップ、高校でも既に神奈川バドミントン界から注目を浴びているダブルスプレイヤーが、ロングサーブの入っているかの有無など重要な事を間違えるべきではない。特にロングサーブを打たれたレシーバーからすれば、パートナーの言葉の信憑性は大事なのだから。
「え~…」
同意を求めていた弦羽早は思わず形で説教をくらい、小さく肩をすぼめた。
6‐13とかなり点差が開いた状況まで追い込まれたが、ここに来て更に徹底した動きが二人に見られた。理子が一度コートから出るという異常な状況を作り上げて一点を取得。そこから流れに乗った綾乃の連続ポイントは、見ている者達の歓声を通り越して、力量差に困惑するほどだった。
サーバーは理子で、そこから事前に綾乃に言われた通りのロングサーブを英美に対して打つ。メンタル面では弱い彼女だがロングサーブに対しての返球などはやはり県トップを思わせるもので、素早く後退しながらサイドバイサイドへと移る途中の理子のボディへと狙う。
だがそれは鋭いカウンターとなって英美の足元に返された。理子の元に打った筈の球を何故か綾乃が打ち返していた。それもフォアハンドになるように右手で。
「…化け物」
「俺の前であんまりそういうこと言わないでくれる?」
「馬鹿ですかあなたは。今のプレイでそう思わない方がおかしいでしょう」
今のはプレイもシャトルを追いかけ英美に視線が集まっていたので気付かない者もいたが、綾乃の動きを追いかけるとこうなる。
まずロングサーブと共にセンターラインを添うように前に出て、中央で一度両手持ちになりながらその場で軽く跳んで片足リアクションステップの準備をする。これにより左右どちらに打たれても対応できるようにする。そして英美のショットの軌道を読んだ直後にフォア側になるように右に持ち替えながら左足で地面を蹴り、右足で踏ん張りながら腰を回す様にして激しいカウンターを打ち放つ。
「羽咲さんには元々常識が通用しませんでしたし、あなたとのダブルスでもそれは同じでした。でもこのダブルスをここまで複雑化しているのは、羽咲さんの実力が飛びぬけてしまっている」
英美は勿論ながら、混合ダブルスで準決勝にまで行った瑞貴も、成績は残せないながらも望を相手にデュース間近まで迫る理子。この三人の実力は平均ラインを越えている。そんな彼女達の中で更に飛びぬけているからこそ、より複雑になっている。
もし仮に初心者三人+綾乃とかであればここまで複雑にはならないし、仮に綾乃ではなくなぎさが入っていた場合でもこうはならない。
綾乃の連続ポイントは更に続く。理子が前で粘りを見せて瑞貴にロブを上げさせると、綾乃は体重を籠めたフルスマッシュをストレートにいる瑞貴の首元へと狙う。容赦のないコースだが、胴体周りでも肩口近くは特に取りにくく、首はその中でも中央に位置する為、状況によっては肩口によっても取り辛い。
瑞貴のレシーブはフレームショットとなってしまいアウト。
今度は理子のショートサーブが明確に浮き、これは決まると、綾乃のバックハンド側の角へと鋭い伸びのあるプッシュ。コース自体はプロでも通用するレベルのショットだが、僅かに半歩足が下がって重心が完全に乗り切っていないことに、本人は気づいていなかった。
理子の球が浮いた瞬間にすぐリアクションステップの前準備をしていた綾乃は、視線とラケットの面、立ち位置などから英美が打つのがバックハンド側と読み、打つのとほぼ同時に地面を蹴って何とか間に合う形となる。ただコートの角かつ、地面とシャトルの位置が数十センチの状態では、ロブを打つにもドライブを打つにも弱くなってしまう。かといってストレートのドロップも100%英美に狩られる。
「(どの道失うくらいなら!)」
「理子ちゃん頭下げて!」
綾乃は半ば賭けに出るような心境で手首を立てながら弾く様にして打った。弾くように打つというのは、本来ならスイングして振り切るところを、打った瞬間にラケットを戻すような変わった挙動によるもの。これによりラケットを引っ張らずに打つ為、打った瞬間のラケットの面にシャトルが飛びやすい。とは言え、スイートスポットに当たらなくてはまともに飛ばず、そのスイートスポットにも当たりにくくなるので難易度は高い。
弾かれたシャトルは英美が張っていたストレートとは完全に逆のクロスへと飛び、理子の頭上と白帯を通るようにしてがら空きのコートへと落ちた。英美も瑞貴もそちらのコースは完全に読んでおらず、足は一歩目すらでていない。
「…秦野弦羽早、今のは?」
「時々遊びでやってたトリックショット的な? ダブルスなら使えるかもって」
「…羽咲さんが本格的にダブルスやるのはわたくしの精神衛生上よろしくないように思えてきましたわ」
まず英美のショットは重心が乗っておらずコントロールしやすかったものの、コースと速さと角度は完璧だった。全国でもエースショットとして通用してもおかしくない一打。それがあのざまだ。
綾乃の手足の長さで角に落ちる速球を拾う出の速さと読みの精度から、クロスに打とうと考えるふざけた発想と、それを理想的な角度で打ってしまう技術力。
「バドが遊びだった綾乃だからこそ成功した技だ。最近の試合で似たようなショットを紅運がしてたけど」
「…世界トップを引き合いに…ああ、あなた達知り合いでしたわね」
基礎やセオリーを重んじる薫子にとってこの試合は見ていてあまりに頭が痛くなる。おそらく自分と同系列のバドミントンをする瑞貴も似たような顔をしており、同情の視線を彼女に送った。
「(強い…)」
綾乃のショット一つ一つに翻弄され、彼女がシャトルに触る毎にまるで精神がゴリゴリと音を立てて削れていくみたいだ。今はまだリードをしているので大丈夫だが、いつパートナーの英美のメンタルが崩れ出すかが分からない。
「(今の羽咲は本気だ。少なくともミックスの時やこのゲーム序盤とは比べ物にならない…)」
ミックスの時でさえ速さと守備の固さから翻弄されていたというのに、あれでさえ力を隠していたと思うとゾッとしない。
「(けど絶対でも完璧でもない。上手く突破口を見つけないと)」
しかしラリーを重ねるごとに綾乃の勢いは衰えるどころか増して行き、ほとんど一対二の状態であるのにも関わらず点差が縮んでいく。英美が理子へと球を集中させようとしても、突然理子の前に現れてそれを打ち、ならばと理子とは逆のサイドに振ってもバランスを崩す事無く取ってくる。
当然遅い展開で仕掛けようともした。しかしそうすると今度はタッチの速さでは無くラケットワークの上手さが活き、打つ直前に面の向きを変えたり、あえてワンテンポ遅らせて打つことでこちらを徹底的に崩していく。
当然彼女もミスはするし、こちらも押し込めているラリーもある。だがその数があまりにも少なく、また連続ポイントを許してくれない。
結局リードしていた点差はあっという間に逆転され、21‐16で第一ゲームを取られた。
やっぱ綾乃ってバグってますね。
あともう一話投稿します